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奴隷からはじまる下克上冒険  作者: 明石 遼太郎
アンディエル帝国編
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遥か昔の夢

 空とは思えない、血色の空。

 周りは、魔物とも魔族とも言えない歪んだ影のような者たちに囲まれ、絶体絶命のピンチを迎えていた。

 それでも、諦めず刀を構えられるのは、自分の力の事もあるのだろうが、それ以上に頼もしい相棒が背中にいるからだろう。


「はははは。こりゃ死にますわ、信長さんや」

「そんな軽口が言える分には大丈夫ですよ、誠人(まさと)さんや」


 互いに背中を預けながら、背中越しにそんな軽口が飛び交う。

 ノブナガーー信長はニヤリと笑い、背後の青年ーー誠人もまたニヤリと笑う。


 2人はいつもこうだった。

 どんなにヤバい奴が相手だろうと、どんなに危険な賭けだろうと、2人で乗り越えてきた。

『2人ならなんでも出来る』

 いつしかそれが仲間内での口癖になる程に、乗り越えてきたのだ。


 だから、今回もどうせ何とかなる。

 そんな心が信長を諦めさせてくれないのだ。


「行くぜ、誠人」

「おう、信長」


 気合いを込めるように互いが呼び合う。

 互いに刀を構え、周りにいる奴らを鋭く睨みつける。


 その間、信長の身体から光が漏れ出した。

 まるで闇を払うかのような黄金の光。

 それが周囲に広がり、周囲にいる奴らに向ける。


「さ、悪魔退治だ」


 黄金の光を操り、構えている刀へと纏わせる。

 それだけで、業物の刀は神刀のような神々しいオーラを放ち始めた。


 これが信長の特殊な力。

 悪魔を祓い、時には神すら殺す事が出来る、生まれつき持つ特別な力。

 それに触れただけで、下級の悪魔など一瞬で滅ぶ。


 腰を低くし、タメを作る信長。


 そして、いざ飛び出そうとした瞬間ーーーー胸元に走った衝撃に動きを止める。


 胸元に目を向ければ、そこには胸元から飛び出している刀の刀身があった。


「え?」


 信長はわからないというな様に声を漏らす。


 なぜなら、信長は刀身がなんなのかを知っているからだ。

 何度も見て、見間違えるはずのない物。


「悪いな、信長」

「ま……まさ、と……なんでっ」


 ブスリと抜かれる刀。

 傷口から冗談のように溢れ出る紅血。

 急激に血が抜け、激しい目眩に信長は患部を押さえる事も出来ず倒れ込む。


「俺、あっちに付く事にしたから」

「……っ!?」


 必死に目を動かし、ようやく捉える事ができた誠人は親指で周囲にいる歪んだ影ーー悪魔たちを指していた。


「かはっ……!よっ、よせっ。悪魔と交渉なんて……っ」

「それが出来ちゃったんだよなぁ」


 血塊を吐きながら必死に止めようとする信長の言葉を、誠人はあっさりと否定する。


「なあ、信長。お前という存在が人間側と悪魔側にどれほどの影響を与えているか知ってるか?」

「ーー…………そ、いう……事なのか……」

「さすが信長。理解が早ぇな」


 信長が生まれつき持っていた力、黄金の光。

 それは人類史上ーー否、地球史上初めて確認された能力。

 世界のどんな秘術も使われていない、信長だけの固有能力(ユニークスキル)。

 信長が望めば、存在そのものを殺す事も出来る強力な力だ。


 その力を使い、幾多もの悪魔を滅ぼしてきた。

 悪魔側として、信長という存在は脅威でしかない。

 曖昧な存在で完全な消滅をしなかった悪魔たちにとって、本当の死の恐怖を突き付けられたように思うのも仕方がない事だろう。


 そして、人間側にとって信長は人類の希望。

 悪魔を屠る力を持って生まれた信長を、神の使徒と崇める者がいるほどに。

 しかし、人間側の上の者たちは完全に信長を利用する事しか考えていない。

 一体どれだけの悪魔、それに神すらも殺してきたというのに、それが終わる度にまた新たな戦場に駆り出された事か。


「つまり、この戦いに信長という存在は悪い方にしか影響していないのさ」

「かはっかはっ!……な、らっ、どうし、て……裏ぎっ……た……そんな事っ、しなくても……俺がっ」

「………………もうすぐ死ぬお前には関係のない事だ」


 血塗られた刀を倒れている信長の首筋に添える誠人。

 何をしようとしているのか理解した信長だったが、もう血が足りなくて目を動かす力もない。


 誠人は刀を振り上げーー


「じゃあな、相棒。良い来世を送ってくれ」


 ーー信長の首に振り下ろした。



 **********************



「ーーッ!はぁはぁはぁはぁ……」


 ベッドから飛び上がるように起きた、ノブナガ。

 額だけでなく、その胸元や背中、身体中にびっしりと汗をかいていた。

 溜まった空気を吐き出すように息をし、慌てて自身の胸元に手を添える。


「……夢、か。いや、ある意味夢じゃないけど……」


 夢の内容を思い出すと同時に、現実での記憶も思い出したノブナガ。

 “魔王”に吸血界に飛ばされ、4人の魔族と戦って勝った。

 そして……ネルラを持った“魔王”に刺された。

 夢と同じように。


(あれは……羽倉信長の記憶、なのか……?)


 もしそうであるのなら、ノブナガが思い出せる地球と雰囲気が違うように思う。

 少なくとも、あんな血の色のような空はなかった。

 それに、あの悪魔と呼んだ奴らも。


「ーーいや、それは後だ」


 記憶を捻り出すよりも、今はしなければならない事を思い出すノブナガ。

 周囲を見渡して状況を確認する。


 が、ノブナガがいるベッドも周囲の光景も途轍もなく見覚えのある場所だった。


「てか、ここ……どっからどう見ても俺の部屋、だよな」


 セインズ村にあるノブナガたちの宅、そのほぼアトリエとなっているノブナガの部屋と瓜二つだった。

 否、というかそこだった。


「あれからどうなったんだ……」


 記憶を遡るが、ダンジョンの最深部の扉が開けられたところまでしか覚えていない。

 それ以上は曖昧過ぎて、覚えているというほどではなかった。


 そんな時、ガチャッという音を立て部屋の扉が開けられた。


 その気配にまったく気がつかなかったノブナガは驚いたように顔を上げ、扉の方に視線を向ける。

 そこには、扉を開けた状態でノブナガを見て止まっているエリーナがいた。

 そんなエリーナを見て、ノブナガも止まる。


「えっと……おはようございます?」


 よくわからない静寂に気まずさを覚え、なんとなしにそう言う。


 それでも何も言って来ないエリーナに、ノブナガは等々わからなくなった。


(一体なんだっ、この間は!?)


 と、胸の中の戸惑いを抑えられないようだ。


「ノブっ、ノブナガさん!!」


 突然静寂が終わり、上体を起こしているノブナガにダイブするように抱き着き出すエリーナ。

 急な事で少しパニックになるノブナガだったが、エリーナの肩が小刻みに震えている事に気がついた。


「エ、エリーナさん?」

「ぐすっ……よかった、ぐすっ……よかったです……」


 そこでようやく、エリーナが泣いている事に気がついたノブナガ。

 その事に気づき、自分の無神経さを心の中で罵声した。


「心配かけて、すいません」


 ノブナガの腹部に顔を埋めているエリーナにそう言う。

 ノブナガの腕がエリーナの背中に伸びるが、迷うように伸びたり引っ込めたりを繰り返している。

 ノブナガの表情が、今まで見た事ないような苦悩の顔になっていた。


 ノブナガがそんな事をしている間に、エリーナは涙を引っ込めたのかノブナガから離れる。


「本当に心配しました。ノブナガさん、2日も目を覚まさなくて……」

「2日も、ですか……」


 エリーナの言葉に驚いたように呟くノブナガ。

 ほんの少しの夢のように思えたが、随分と眠っていた事に驚いたのだろう。


「あの後……ババロンの最深部の扉が開かれた後にどうなったか教えてください」

「はい」



 ババロンのダンジョンがノブナガの血とネルラの通力によって攻略された後、ノブナガが致命傷を負いながら力を振り絞り、セインズ村の山に座標転移するアーティファクトを取り出して起動させたそうだ。

 まったく覚えていないノブナガだが、現に今セインズ村にいるという事は事実なのだろう。

 そして、セインズ村に着いたエリーナたちは意識のないノブナガを急いで運び治療した。


 ダンジョンを出たおかげで、ノブナガの“魔素再生”が働いて血が止まる程度には塞がったらしい。

 本来であれば、切り飛ばされた腕すらもすぐに回復する“魔素再生”だが、今回は構造が複雑な内臓を抉られたせいで回復速度が極端に遅かったようだ。

 それでも全治不可能な傷を1日間で完治させたのだから、驚きの治癒速度である。


 そうして傷が癒えたノブナガだったが、肉体は回復しても精神の方の疲労まで回復するわけではない。

 帰って来たからの丸2日間、ずっと眠っていたそうだ。


「そうですか……なら、もたもたしている暇はないですね」

「ノブナガさん?」


 話を聞き終えたノブナガは、ベッドから起き上がる。

 念の為レベルに巻かれた包帯を解き、自身の身体の状態を確認する。

 突然の事でついていけなかったエリーナだったが、徐々にそれも解けてくる。


「ノ、ノブナガさんっ、何しているんですか!?」

「ダンジョンの封印が解かれたんです。早く手をうたないと」

「あんな傷を負ったんですよ!?まだ安静にしててください!!」

「時間がないんです。早くしないと“魔神”が……」


 不意に背中からエリーナの腕が伸びてくる。

 それと同時に感じる、暖かく優しい感触。

 一拍遅れ、自分が抱き締められている事に気づくノブナガ。


「お願いですからっ、これ以上無茶しないでください!!」


 エリーナの叫声が、木霊の様に部屋に響き渡る。

 その言葉で、さすがのノブナガも動きを止めた。


「エリーナさん……」


 頭の中が少しクリアになったように感じる。

 どうやら、無意識のうちに焦っていたようだ。

 それに気づき、申し訳なさそうに声を萎らせるノブナガ。


「すいません……冷静じゃなかったです。さっき謝ったばかりなのに……すいません……」


 入っていた身体の力がストンと抜ける。

 それでもエリーナは抱き締める力を抜かない。


 抱き締めたまま、エリーナはノブナガの背中に埋めている顔を振った。


「いえ……元はと言えば、私の事なんです。私の事で頑張っているのに……私が我儘を言っているだけで……」

「そんな事はないです。エリーナさんは悪くないです。俺が……多分、俺が自分に対して冷たいだけなんだと思います……」

「?」


 エリーナの言葉を否定し、ノブナガはどこか噛み締めるように言う。

 その言葉の意味がわからなかったエリーナは抱き締めるながら首を傾げる。


「随分と前に、ザンに言われたんです。『ノブちゃんって結構ドライだよねぇ』って。自分や敵に対しては急に冷たくなる、って」


 かつて、初めてセインズ村にやって来て、ベリンのログハウスから帰るところだ。

 ザンにそう言われたのは。


「多分、俺に自覚がないだけで……今まで結構自分に対して非道になっていたかもしれません……」


 いつの間にか、自分よりも大切を優先していたのかもしれない。

 それは決して悪い事じゃないし素敵な事なのだろうが、行き過ぎれば逆に大切な人を傷付ける事になる。


 ノブナガはまさにあの時、サランからエリーナを庇う時、天秤にかけたのだ。

 エリーナの大切な命と、自分の軽過ぎる命を。

 決して自分の命を軽く見ているつもりはなかったのに、その時だけとても軽く感じたのだ。

 エリーナという比べものにならないくらい大切な命を前にして。


 ノブナガの無意識な価値観では、敵に対しては上回れど、大切に対しては酷く下回る。

 他人に対しても、同等以上になってしまうほどに。


「エリーナさんを心配させてしまうのは、俺のせいです。すいません」

「あ、謝らないでくださいっ。それこそ私のせい--」

「いや、自分を蔑ろにしていた俺のせいです」


 否定しようとするエリーナに被せ、ノブナガは言う。


「そして、多分俺はこれからも自分を蔑ろにし続けると思います」


 人の心構えなんて、そう簡単に変わらない。

 小さな事でも、そう簡単に変えられないものだ。

 ノブナガも、すぐに自分を大切には出来ないだろう。


「だから、エリーナさんが俺の歯止めになってください」

「歯止め、ですか?」

「はい。もし俺がまた自分を蔑ろにするような事しようとしたら、エリーナさんが俺を止めてください」


 ノブナガの手が、自然と背後から回されたエリーナの手を握った。

 弱くもなく強くもない、その手の温もりが感じられるような優しさ。

 しかし、エリーナは優しさとは違う、どこか縋るようにも感じた。


 今まで見た事がないノブナガの弱々しさに、エリーナは驚いたように数秒固まる。

 硬直が解け、ドキリッと胸が跳ねる音を抑えながら空いた手をノブナガの握る手に被せた。


「はい。殴ってでも止めます」

「ははは、それは確かに効きそうです」


 ターサの喫茶店“レプラン”でノブナガが自分を化物と言った時のエリーナの平手打ちを思い出したのか、ノブナガから笑顔が溢れ出た。

 弱々しさのない、いつものノブナガのように。

 そんなノブナガの笑い声に、エリーナは胸に溜まったものを吐き出すかのようにホッとする。


 互いに握った手から互いを感じ合う時間が流れる。

 ずっと続けれいられるような、心安らぐ時間。


 ただ、そんな時間が永遠に続くわけもなく……


 コンコンコンッ


 とノックされる扉。

 返事もしていないのに、次の瞬間には開けられた。


 ノブナガとエリーナがノックの音に気づいて扉の方を向くのと、来訪者--ザンがノブナガたちを視界に収めるのは同時だった。


「「「あ」」」


 お互いを見合い、シンクロさせるように同じ言葉を漏らす3人。

 思考が停止した、空白の静寂がその場を支配する。


 最初に我に返ったのはザンで、わざとらしく咳を1つして一拍、


「お邪魔しました」


 バタンッと扉を閉めるザン。


 さらに一拍置いた後--


「ノブちゃんとエリちゃんが大人の階段上ろうとしてるぅぅぅぅうううううううううううう!!!!!!!!!!」


「「ちょっと待ってぇぇぇぇえええええ!!!!!!」」




 羞恥心やら動揺やらで我に返ったノブナガとエリーナは、勢いよく部屋を飛び出し、今とんでもない誤解を広めようとしているザンを追いかけるのであった。

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