“魔王”サランと“堕天使”ネルラ
巨大な大陸に存在する5つの国。
その中で1番面積が広く、力を持った国--アンディエル帝国。
四方を他の国に囲まれたアンディエル帝国は、軍事国家として大陸中に力を示す。
今も西の地では休戦中ではあるが戦争は続いている。
そして、その中心から北西にズレた位置にある帝都。
そこにある帝城の謁見の間。
そこでは50代ほどの髭を生やした男が、段の上で椅子に腰をかけている現王と次代王へ跪いていた。
次代王--“魔王”サランの隣には黒いドレスの少女、ネルラも立っている。
「よく来たな、ハルサーマンよ」
「……はっ」
跪いている男--ハルサーマンは、サランに声をかけられた事に一瞬の抵抗感を覚える。
だが、ハルサーマンの立場では抵抗する事も出来ず、少し控え目に応えた。
「労いの言葉を送ってやりたいが、少々急ぎの話でな。早速本題に入らせてもらう」
現王であるアブリーは、いつものように何も言わない。
まるで飾りのように、ただジッと椅子に座っているだけだった。
虚ろになりかけている目が動く事はない。
「お前が南のダンジョンで戦った奴を覚えているか?」
「はい。忘れるはずもございません」
「その小僧だが……最近出向いた北のダンジョンで出会ってな。随分と強かった」
少年--ノブナガの出会いは、ハルサーマンにとって忘れる事のできない記憶であった。
身体をボロボロにし、なお立ち上がってくる少年の姿は今でも目に焼き付いている。
その少年が、“魔王”と対峙したと言う。
それを聞いたハルサーマンは、特にこれと言った反応を示さなかった。
あの少年なら、いつか“魔王”に立ちはだかると確信していたからだ。
それが予想より少し早かっただけで、驚くような事はない。
「おかげで4人も大切な仲間を失った。不意打ちで背中から刺して致命傷を与えたが……あの化け物の事だ。きっと生き延びているだろう」
ここで、なぜノブナガの話をしているのか薄々気がつくハルサーマン。
「小僧は、間違いなくここに来る。そう時間が開かぬうちにな。その時は“剣聖”のお前に任せる」
胸の中で、「やはりか」と呟くハルサーマン。
わかっていたところで、ハルサーマンに拒否権などない。
断れば、殺されるのは自分ではなく妻なのだから。
「--はっ。今度こそ、あの少年に勝利いたしましょう」
首を垂らした上体のまま、ハルサーマンは頷いた。
「そうか。その言葉が聞けて何よりだ。話はこれで終わりだ」
「はっ。失礼いたしました」
立ち上がり、謁見の間を後にしようとする。
踵を返したハルサーマンの背中に、サランが思い出したように声をかける。
「そういえば、ダンジョンでお前の娘にあった。なかなか元気にしているようだったぞ」
「--……」
ぴくりっと肩が反応する。
言葉を紡ぐでもなく、振り返る事もしないハルサーマン。
そのまま、扉へと歩み始めた。
もうすぐ扉の前に到達しようとすると、その扉がガァァァアアアアッと勢いよく開けられた。
「サラン様!!」
そこから飛び出してきたのは、メガネを掛けた青年と黒肌の女の2人。
冷静な印象を与える2人なのだが、その顔は焦燥した顔でずかずかと謁見の間に入ってきた。
ハルサーマンの隣をあっさりと通り過ぎて行ったので、ハルサーマンはそのまま謁見の間を出た。
「なんだ、ナヴォツ、ズーリ。騒々しい」
「サラン様!クグゥが殺られたとは本当ですか!?」
サランの言葉を無視し、メガネの青年ーーナヴォツは問い詰める様に言う。
その背後にいる女ーーズーリがナヴォツの腕を掴んでいなければ、きっとサランの目の前にまで詰め寄っていたところだろう。
「落ち着きなさい、ナヴォツ。サラン様に失礼よ」
「だがっ!」
「ズーリよ、よい。ナヴォツは仲間を想って行動しているのだ。その想いを咎めるほど、我の心は狭くはない」
止めようとしているズーリを止めるサランの言葉。
その言葉が謁見の間に鮮明に響き渡る。
興奮気味だったナヴォツの耳にも届き、全身に染み渡るようにも感じた。
ようやく冷静さを取り戻す。
「--申し訳ありません。サラン様も心を痛めているというのに……自分が冷静さを失ってしまいました」
「よい、許す。クグゥ、それに他の4人を失ったのは、我の失態なのだから」
「そのような事を言わないで下さいませ。サラン様が無事に帰って来てくださっただけで、私たちは安堵しているのです」
すかさず、ズーリの声が挟まれる。
だが、それでもサランの顔は晴れる事はない。
今までに見た事のないサランの顔に、ナヴォツとズーリは驚きを隠せないよう。
それほどまでに、その少年に追い詰められたのだと察したのだ。
つい、ぽろっと声が漏れた。
「それほどまでの化け物だったのですか……?」
「……ああ。我の空間魔法と“魔眼”が効かぬのだ」
「「ッ!?」」
“魔王”サランには他の“魔王”に無い2つの先天性スキルがあった。
1つは“空間魔法”。
魔法の適正がない魔族が魔法を放った理由だ。
そして、最も恐ろしいスキルが“魔眼”なのだ。
この“魔眼”は万能で、“遠目”や“夜目”のようなものもあれば、視界の敵を呪い、さらには未来を先読みする事も出来る。
ザンを石にしたのは、その中の[+石呪]という派生スキルだ。
対象者のMNDにも依るが、視るだけで相手を無力化する事ができるのだ。
予備動作もなければ、詠唱もない。
本当に視るだけなのだから、対策のない者には一瞬にして石漬けにされる運命。
自分たちの王の力であるのだから、その“魔眼”の強力さは熟知している。
だから、驚きを隠す事が出来なかった。
その“魔眼”が効かない化け物がいるだなんて。
「我は、自惚れていたのだ」
「そのような事は決してっ--」
「よい。わかっている。我がどんなに悔いようとも、失くした部下たちが帰ってくるわけでもない。だが……あの時、あの少年のプレッシャーを浴びた時、思ってしまったのだ。--勝てぬ、と」
「なっ--」
サランの言葉に、息を呑む声を漏らすナヴォツ。
声を漏らさなかったが、ズーリも絶句するように固まっていた。
それほどに、サランの言葉が信じられないものだったのだろう。
「“魔眼”が特殊で強力なものだと思い込んでいた。だが、我にそれ以上の力もない。“魔王”とは、ただ部下の力に縋る事しか出来ない者なのだと、わかったのだ」
サランが自然と向けられた視線の先は、アブリー・アンディエル。
その頭の中で思い出されるのは、アブリーを暗示に掛けた時の事。
『私を押さえたところで、この国は変えられん。妻が、エリーナが、そして民たちが取り戻してくれる。愛してくれた国を。必ずな』
『遺言はそれだけか、アブリー?ならば、我ら魔族がこの世界を支配した時、お前に見せてやろう。お前の国が変わり果てた我の国を』
『ふっ。我の国、か。そう言っているうちは、汝に国は持てんよ。国を作るのは、汝ではない』
『……なに?』
『私の最後の言葉だ、サラン。“王”は国を作る者ではない。誰よりも民に支えられ、誰よりも民の事を考える者が“王”と呼ばれるのだ』
そんな言葉を。
(ただの戯論と切り捨てた言葉を実感する日が来るとはな……)
「だから、我はお前たちに頼もう。約束の日を迎える為に、お前たちの力を貸してくれ」
賢明な考えが出来る人物ではあったが、今まで誰かに頭を下げるような事はなかった。
“魔王”に相応しい立ち振る舞いがあってこそ、サランは部下たちに慕われてきたのだ。
そんなサランが、部下に頼みをした。
頭を下げたわけではない。
いつもの様に椅子に腰掛け、威圧するように座っているだけ。
それなのに、いつものサランとは違うのように感じてしまうのはなぜなのか。
それはきっと、魔族の王としてではなく、民に支えられる1人の王として1つ成長したからだろう。
その成長が、ナヴォツやズーリに強烈に伝わった。
奮い起ちそうになるのを必死に抑え、勢いよく跪いた。
「はっ!我々はっ、一生サラン様に付いて行く所存です!!」
「この身、この命に代えてもっ、我々はあなた様の盾になりましょう!!」
「--お前たちの忠誠、この身でしかと受け止めた。よろしく頼む」
「「はっ!!」」
興奮が収まらないのか、素早く立ち上がったナヴォツとズーリは早々に謁見の間を後にした。
残されたのは、屍のように座っているアブリーとサラン、それにネルラだけとなった。
「アブリー、部屋に戻れ」
それもサランがそう命令する事で、アブリーは自室へと戻って行き、最終的に残ったのは2人だけとなった。
静まり返る謁見の間。
いつもであれば、ちょっとした笑いを挟みながら会話している2人だが、今日は空気が重かった。
余裕そうな笑みを浮かべているネルラも、一切笑っていない。
ずっと一点を見つめているだけ。
そんな静寂を、サランが壊す。
「お前は、我を恨んでいるか?」
「--っ」
息を呑むような気配が伝わってくる。
ネルラにとって、想像もしていなかった質問なのだろう。
そんなネルラを無視し、サランは続けて言った。
「我がお前を作ったのは、北のダンジョンの封印を解く為だ。我は自身の娘を、道具の為に産ませたのだ。お前の母にな」
椅子から立ち上がり、外が見える窓へと歩を進める。
「お前の役目は果たされた。お前がこれ以上、我々に付いてくる理由はない。我を恨んでいるのであれば、我の下を離れ、これからは自由に生きるがいい」
「……」
サランの言葉を、ネルラは無言で聞いていた。
ただサランに驚愕の視線を向けながら、ジッと。
サランが紡いだ言葉が、まるで父親のような言葉だったからだ。
王という責務を負う父としての言葉のように聞こえたからだ。
ネルラは少なくとも物心がついてから、サランのそんな言葉を聞いた事がない。
親の愛情というものを感じた事がなかった。
そんなサランがそう言ってきたのは、きっと王としてだけでなく、父としても成長したからなのだろう。
ネルラは固く閉じていた口を開く。
「お父様。わたしはお父様の娘です。娘が父の傍にいる事の何に疑問を抱いているのですか?」
そう言うネルラの顔にはいつもの余裕のある笑みはない。
それは、普通の少女が浮かべる、何の変哲も無い少女の笑み。
何も考えず、気がつけば綻ばせている自然の笑顔だ。
「……そうか。わかった」
そう言い、謁見の間を出たサラン。
側から見れば冷たい態度のように見えるかもしれないが、ネルラには何となくだがわかった。
あれがただ冷たく言い放ったものではない事を。
だから、何も言わずサランの後を追う、ネルラだった。
************************
ノブナガ一行がセインズ村を旅立って、1週間。
ノブナガたちの目には、大きな砦と、さらに奥にあ?大きい建物の頂点が見えていた。
砦を前に、ジッと眺めているだけ。
そんな中、エリーナがしみじみと感じるように言う。
「ついに、戻ってきたんですね」
「えぇ。私たちの故郷に」
「ここにあいつらがいるわけだね」
「ラスボスは目の前ッス」
「……」
砦--アンディエル帝国の帝都の砦を前に、1人を除いて全員が呟いた。
今は夜で、門も閉まっているので“奪還者”以外の者に聞かれる事はない。
見張りの騎士も、月明かりの差さない暗闇ではノブナガたちを見つける事はできないだろう。
そんなしみじみとする雰囲気を、ノブナガは振り払うように言う。
「ここが最終決戦だ。絶対に、勝つぞ」




