魔の四天王が1人、ザクロム
“仙人”。
地球でもこの名は、修行の果てに特殊な力に目覚めた者をそう呼び、己の身体を武器として戦う。
この世界でも、“仙人”は“拳闘士”や“魔闘士”の上級紋であり、“格闘術”では最強を謳われている天紋である。
比較的に出現率が高い天紋であるが、己を鍛えるという点ではどの天紋も同じなので、強い天紋に変わりなかった。
が、
(こいつは絶対弱いわ……)
足元に目を向けるノブナガ。
そこには身体をもじもじさせている豚がいた。
ただノブナガの足を退かす為に身を捻ったり起き上がろうとしているだけなのだが、力負けして身動き1つ取れないせいで気持ち悪い動きになっている。
これが、己の身体を武器にして戦う天紋を持つ者とは到底思えなかった。
いや、太った腹の物量で迫られれば、確かに脅威を感じなくもないが……それでも拳が敵に届くとは思わない。
「お前が、ここに滞在している隊の隊長なのか?」
「そうだ!余を足掛けにした事をせいぜい後悔しろっ。余の部下共でお前を地獄に叩き落としてやる!!」
「そっか。まぁ、頑張れ。お前に指揮権があればの話だけど」
とりあえず、“簒奪”を発動。
久しぶりに発動したが、しっかりとスキルの効果は働いて“仙人”の天紋を得た。
貴族の権力を使って隊長になったのだろうが、隊長クラスの天紋を奪って戦力を削ぐ事は必要な事だ。
ステータスがまたヤバい事になっただろうが、もう気にしないようにしたノブナガ。
豚から足を退け、村長の下に歩く。
が、その背後でガタッという音を立てながら立ち上がる豚がいた。
「死ねぇぇぇえええええええええええええええ!!」
拳を握り締め、そんな掛け声のような事を言いながら放ってくる。
もちろん、もう天紋がない豚のパンチなど蝿が止まったぐらいにしか感じない。
振り向きざまにノブナガがビンタを喰らわせ、綺麗なトリプルアクセルを決めて倒れ込んだ。
一体何がしたかったのだろう?と首を傾げながら、村長に話しかける。
「もう大丈夫です。さ、脱出しましょう」
「あ、はい」
まだイエスマンな村長は、ノブナガに言われるまま魔法陣の絨毯の上に立って転移。
絨毯を回収しなくてはならないので、ノブナガは行きと同様に歩いて戻らなくてはならない。
サッと気配を消して拠点から脱出するノブナガ。
エリーナたちと別れる時に『気づかれずに全員を逃すのは無理』的な事を言ったノブナガであるが、警備がザラ過ぎてまったく気づかれなかった。
拍子抜け過ぎて、逆に疲れたようなため息を漏らす。
そして、空間歪曲に置いてきた[+標的固定]の魔力を[+特定探知]しながら砂漠を進む。
途中で脱獄に気づいて追ってくるかも、なんて思っていたが完全な杞憂に終わった。
普通に何もなくエリーナたちと合流した。
「ただい……ま?」
何もないように見える空間歪曲の中に入ったノブナガは、帰ってきてからの第一声を微妙なところで止めた。
なぜなら、ノブナガの目の前には机を挟んで座っているザンとあの無表情少女ーースフィが何やら変な空気を作り出していたからだ。
ノブナガが帰ってきた事に気づいたザン以外の“奪還者”のメンバーがノブナガのところに屯ってくる。
「何があったの?」
「それが私たちにもよくわからないのよ」
「あの子の顔を見るなり、ザンさんが『なんでスフィがいるのよ!』って言い出しまして……」
「どうも知り合いみたいなんスよ」
「知り合い?ザンの?」
ザンの知り合いでノブナガとエリーナが知らないわけがない。
なんせ、あの封印のダンジョンから目覚めたザンとはずっと一緒にいたのだ。
例外といえば、そのさらに前の知り合いぐらいだ。
(ん?封印される前の知り合い、だと辻褄が合うんじゃないか?)
通力の存在を知っている事。
そして、鎖に繋がれていたヤバい存在。
「ノブナガ」
「あ、ノブちゃん。帰ってたの」
スフィがノブナガに気づき、次にザンが気がついた。
話し掛けられたノブナガは、どうしたものかと仲間に視線を送るが……全員から『任せた』という視線しか返ってこない。
顔を痙攣らせたいのを抑え込み、前に踏み出す。
「あのさ、ザン。もしかしなくても、スフィちゃんって……」
「ああ、うん。ノブちゃんが想像した通りだと思う」
ノブナガの顔で何が言いたいのか察したザン。
ノブナガにだけでなく、他の仲間にも向けて言う。
「この子はスフィーリア。“衣”の天紋を持つ、精霊だよ」
エリーナたちは目ん玉が飛び出るほど目を剥き、ノブナガはやっぱりかというように手で顔を覆って天を仰いだ。
ザンも心なしか疲れたような顔になっている。
ノブナガたちは思ったのだ。
これ以上、濃いキャラはいらないよ!
と。
「とりあえず、スフィ。自己紹介して」
「わたし、スフィ」
「「「「「…………?」」」」」
ザンがそう言うと、コクリと頷いて自身の名前を口にする。
が、それから先が一向に出てこない。
どうしたのかと首を傾げるノブナガたちに合わせて、スフィも首を傾げる始末だ。
「はぁ……スフィは何千年経ったも変わらないのね。オーケー」
ザンが疲れたように呟いた言葉から察すると、どうも昔から一言以上の言葉を発しないらしい。
なので、ザンが説明する事になった。
「スフィはわたしと同じで数千年前に魔王を倒す為に精霊界から人間界にやって来たの」
「人間界に来たのはザンだけじゃなかったのか?」
「あの時は説明を省いたけど、人間界に来たのはわたしを含めた4人。その1人がスフィなの」
「へぇ。じゃあ、それからずっと人間界にいるんだ、あの子」
「まぁ、それが幸いして精霊界滅亡に巻き込まれずに済んだんだけどね」
ザンが数千年前の魔王を倒す為に人間界にやって来た事は“奪還者”全員が知っている事だったが、まさかその時の仲間に出会えるとは思わなったノブナガたち。
いろいろと聞きたい話はまだあるが、いつまでもこの砂漠の真っ只中にいるわけにはいかない。
捕虜の人たちを安全な場所に移動させなくてはならないからだ。
が、一歩遅かった。
『こちらノブナガ分身体!増援と思われる軍隊がそっちに向かっているのを発見したっ。あと20分ぐらいでそっちにたどり着くぞ!!』
突如入ってきた念話。
それはコウモリ男の魔石を取りに行っていたノブナガの分身体からで、内容は最悪なものだった。
太陽を見れば、もう日は上り切って沈み始めている。
ガルアークが言った通りなら、来てもおかしくない時間帯だ。
共有されてくる視覚からノブナガも軍隊を見る事が出来た。
数はかつてノブナガが相手したほどないが、それでも捕虜の人たちを守りながらでは厳し過ぎる。
分身体のノブナガが偵察球を飛ばしているので、ノブナガは自分の“ストレージ”から共有用のメガネを取り出してザンに渡した。
「ザン。先頭で馬に乗ってる奴を見てくれ。わかるか?」
「先頭で馬に乗ってる、あ。いたいた。あれは魔族だね」
「やっぱりか。帝都からの増援って時点で怪しかったんだよなぁ」
ザンから予想通りの答えが返ってきて、ノブナガはため息混じりに言う。
「スフィ、わかる?」
ザンが外したメガネをスフィに差し出した。
差し出されたメガネをデフォルト顔で受け取り、掛けるスフィ。
その行動の意味がよくわかっていないノブナガたち。
「なんで、メガネをスフィに?」
「ん?あー、スフィは精霊の中でも特別でね。エレメントを持たない代わりに、ステータスを視る事が出来るの」
「ステータスを?マジで?」
「うん。あくまで、スフィの言葉を繋ぎ合わせて予想したものだけど」
「それでも、ステータスを視るなんてすごいですね」
あまりな能力にエリーナも感心の声を漏らす。
まるで、そこら辺に生えている木のように動かないスフィは、徐に口が動く。
「“鮫”」
「サメ?」
「“潜地”」
「せんち?」
「“電流感知”」
「電流感知?探知じゃなくて?」
スフィが呟く毎にノブナガたちが首を傾げる。
おそらく、相手の魔族の天紋がサメで、他の2つがスキルなのはわかるのだが……
スキル名だけ言われても、何もわからないノブナガたち。
できれば、効果も言って貰いたいところである。
「それで、どうするの?ノブちゃん」
「そうだな……」
20分ぐらいでこっちに来るとなると、この人数で移動では間に合わない。
迂回しても、今からでは無理だろう。
(座標は分身体でわかるし、ゲートを開いて避難するのもアリなんだけど……)
感覚の共有が出来ている以上、分身体の座標を使えば空間魔法の転移も可能だ。
無理でも分身体に転移の絨毯を出させればいい。
のだが……
「魔族を見逃すわけにはいかない、よな」
「だね」
ノブナガの呟きにザンは強く頷く。
ザンの目的は、魔族をぶっ潰す事だ。
目の前に獲物がいて逃げ出す猛獣はいない。
「空間は開かれる。我が虚空の前に開門するーー“開空”」
虚空に手を突き出して詠唱するノブナガ。
直後、ノブナガが翳した手の方の空間に穴が開く。
その穴の奥の光景は、合間も変わらず砂漠だった。
空間魔法“開空”は現在の座標と目的の座標の間にある空間に穴を開けて繋げる魔法である。
要は、RPGでよくあるゲートだ。
欠点としては、目的の座標がわかっていないといけないぐらい。
「ここを通ってください。向こう側には僕の双子の弟がいるんで、そいつに従ってください」
ゲートの向こう側にいるノブナガの分身体の説明が面倒だったので、適当な事をでっち上げる。
ザン以外の“奪還者”たちが驚いたように向いて来るが、“無視”を発動させて、捕虜の人たちに急いで潜ってもらう。
「スフィは残りなさい」
が、普通に捕虜の人に混ざって潜ろうとしているスフィだけは、ザンが首根っこを掴んで止められた。
首根っこを掴んでいるザンを見るスフィ。
「ノブナガの弟、気になる」
「いいのよ。どうせ、ただの分身なんだから」
なんてやり取りをしているうちに、ノブナガはゲートを閉じた。
とりあえず、スフィも当事者としてザンが巻き込んだとだけ理解しておいた。
「さて、また帝国に軍隊と対決だ。準備はいいか?」
「はい」
「問題ないッス!」
「いつでもいいわよ」
「ドンと来い来い!」
「……」
1人無反応な精霊がいたが、みんなの準備は大丈夫のようだ。
全員が髪の変色を解除する。
それぞれが本当の髪の色に戻っていき、そして歩き始める。
もちろん、戦場へ。
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“魔王”サランに仕える四天王が1人、ザクロム。
サランの命を受けたザクロムは、東の戦場にある拠点へと向かっていた。
戦争を激化させる、という命を受けたザクロムは相手に激昂を煽る事を計画し、今回の捕虜公開処刑を企てた。
すぐに作戦資料を作って使者を送り、捕虜たちの準備は整っている。
まさか、5人の反逆者たちに阻止さているとは思いもしていないザクロムはそう信じてやまなかった。
少数ではあるが“重武人”ガウル率いる第2番隊を連れて進軍していた。
城塞都市ガラールも過ぎ、あと十数分でたどり着くところまでやって来たザクロム。
が、その砂漠の上に6人の影が現れる。
まるで、自分たちの進路に立ち塞がるように立っている6人の人影の容姿が見えてきたところで止まる。
黒髪の少年と銀髪の少女、それに金色に桃色、栗色、そして緑色の髪の少女たち。
どっからどう見ても子供の集まりだったが、その容姿を見た瞬間にザクロムは警戒心を最大限にする。
「軍隊を展開して下さい」
「は?なんで?」
「彼らの容姿を見て下さい。あの中の3人、この間の10番隊を全滅させた者たちと特徴が一致しています」
「……おいおい、マジかよ。総員!陣形『鎚』に展開!!敵襲だ!!」
ザクロムに言われた事で気づいた隊長ガウルが、隊をすぐに戦えるように指示を出す。
もともと規律が強い2番隊の騎士たちはガウルの指示に慌てふためく事なく指示された陣形を取る。
陣形を変えるのに掛かった時間は、まずか30秒。
戦場なら脅威になりうる速さだ。
陣形が完成すると、ザクロムは隊から少し前に出て、立ち塞がる者たちに話しかける。
「我々はアンディエル帝国の軍の騎士だ。君たちはそれを知ってここに立っているという認識で構わないか?」
距離はあったが、ザクロムの声は確かに届いたらしく、黒髪の少年ーーノブナガが前に出て言う。
「あぁ。でも、用があるのはあんただけだ。軍隊の方はついでみたいなものだ」
「しがない僕に用ですか?誰かと間違っているという事はーー」
「ない。いちいちしらを切るなよ、面倒さい。あんたが魔族だからここにいるだよ」
白々しい嘘にイラッと来たらしいノブナガ。
……自分もガルアークと初めて会った時に、白々しいまでの大嘘を放ったくせに。
エリーナたちの間でそう呟きかけたのが全員。
ただ、空気的に言うようなタイミングではなかったので口にはしなかったが。
「……なるほど。やはり、我々の計画を邪魔しているのは君たちでしたか。ならば、排除しなくてはなりませんね」
そう言うと、ザクロムは手を小さく上げる。
それを見たガウルが己の武器を抜き、それが合図だったかのように騎士たちも武器を抜き放った。
「……やっぱり大勢で攻めてくるよな」
「当たり前です。数で勝っている以上、僕が命を張る必要はありませんから」
「確かに」
もっともらしい考えに、ノブナガはなぜか笑みをこぼした。
否、ほくそ笑んだ。
「でも、そうすると思ってたよ」
直後、ノブナガが足先で地面を2回ノックする。
次の瞬間には、ノブナガを中心に黒い霧が放たれ、辺り一面が一切見えなくなった。
闇の初級魔法“ダーク・スモーク”だ。
しばらくすると霧は晴れ、騎士たちは辺りを見回した。
目くらましの魔法が放たれたのだから、てっきり攻撃が来るものだと思っていたのでただ何も起こらずに霧が晴れた事に拍子抜けしたのだろう。
しかし、辺りを見回した事で、騎士たちは霧が放たれる前とは違う所を見つけた。
それはーー
ノブナガとザクロムがいない事だ。
その場にいたはずの2人は、まるで神隠しにあったように姿を消したのだ。
何が起こったのは未だに理解できない者もいる。
しかし、そんな事はお構いなしと話を進める者がいた。
「さて、厄介なのはノブちゃんに任せて、わたしたちはわたしたちの事をやろう」
「はい。ここが、正念場です」
「えぇ。ノブナガにばかり良い所は見せないわ」
「自分の今日の炎は、よく燃えるッスよ!!」
各々、気合いの言葉を発する。
「それじゃあ、軍隊さん。あなたたちの相手はわたしたちだから、遠慮なく来るといいよ。手加減なんて考えてると……命足りないよ?」
ザンの口元が三日月に割れた。
その素敵で不適な笑みは、どこかの契約者がしていた笑みとまったく同じだった。
「チッ。野郎共っ!遠慮一切はいらねぇ!総員っ、かかれー!!」
ザンから放たれるオーラに圧されたガウルは、舌打ちを1つすると隊全体に届くように言い放った。
その声に士気を叩き上げられた騎士たちは、各々の武器を手にし、咆哮を上げて進軍する。
千単位の騎士が迫って来る迫力は、宛ら海から流れ入ってくる洪水のよう。
それを前に、4人は若干頰を痙攣らせながら、2千の騎士に挑むのであった。




