久しぶりの野盗
太陽が昇り切った頃、ノブナガたちはナルマ街を後にし、城塞都市ガラールへと向かい始めた。
出発し始めの頃は旅らしい旅が始まった事に歓喜していたアリンカは「衝撃が全然来ない!すごい!!」ぐらいに思っていたのだが……
車輪が石を踏み越えて馬車が若干傾いたにも関わらず、なぜか着地した衝撃が来ない事に「あれ?」と疑問符を浮かべた。
「気のせい?」などと思うアリンカだったが、また馬車が傾いて衝撃が来なかった事にアリンカの現実逃避は粉々にされた。
「ノブナガ」
「うん?なんだ?」
アリンカは我慢できずに操縦席に座るノブナガに声をかける。
バズとビズが引いてくれるので、途中から「もう手綱とかいいや」と思っちゃったノブナガは手綱を手放して作業していた。
「この馬車、普通じゃないでしょ?」
「普通じゃない、とは?」
「なんで衝撃がないのよ!?」
「え、衝撃?衝撃があったら腰とかお尻とか痛いだろ?長い道のりなんだし、衝撃を失くしたんだよ。最初はちょっとした快適空間と盗難対策しかしなかっんだけどな。試しに少し走らせただけであれじゃ、保たないって」
「とりあえず、普通じゃない事はわかったわ」
そう、ノブナガが作ったんだから普通なんてあり得ない!
それがわかっていたエリーナとザンは驚きもせず、ただ遠い目をするだけだった。
とりあえず、説明しよう。
ノブナガが作った馬車はアーティファクトと言っていいが、名前はない。
その外見は一見木製のように思われるが、実は外周りには断魔鉱石が使われていてその上に薄い木板を貼り付けたのである。
馬車の中には快適な温度を保つ為に魔法版エアコンが設置されていて、床に設置されている魔力結晶から魔力を取り出している。
その魔力結晶は屋根に設置されたエネルギー魔力変換が太陽の熱を魔力に変換され、常に補充されていて尽きる事はない。
さらに馬車を囲むように結界が展開されていて、熱や冷気、それに衝撃を反射する仕掛けになっている。
そして、車輪の衝撃は“魔力変換”で車輪を回す力へと変えている為、衝撃が来る事はない。
「なるほど。ノブちゃんの匠が光ってる馬車だね」
「光ってるのが馬車ってどうなのよ……」
「まだあるぞ。例えば、印を付けていない奴が触れたり侵入したりするとーー」
「?ノブナガさん?どうかしたんですか?」
自慢気な顔で説明しようとするノブナガ。
しかし、急に言葉を切って街道から外れた木々の方へを意識を向け出した。
その行動の意味がわからなかったエリーナはノブナガに声をかける。
それにも反応する様子はなく、ボソリと呟く。
「……来たか。ほれっ、アリンカ。旅の醍醐味が来たぞ」
「はあ?何よそれ?何が来たって、ってちょっと待て!何が旅の醍醐味よ!確かに醍醐味でしょうけどっ、私が求める醍醐味と違う!!」
ノブナガの「来た」という言葉を聞いたアリンカはなんとなしに“気配探知”を発動させた。
直後、もう1キロとない範囲にこちらに近づいて来る大勢の気配を掴むと、叫ばずにはいられなかった。
「野盗に襲われるのも旅人と商人の務めだと思うんだが……」
「確かに旅人と商人がいなきゃ野盗は仕事できないでしょうけどっ。襲われる側は構う義理なんてないでしょ!!」
「ま、それもそうだな。じゃあ、相手がこっちを目視出来ていない間に洪水でも起こして追い払うか」
「待ちなさい」
アリンカの言葉に納得顔になったノブナガは手早く確実に追い払う方法を実行しようとする。
しかし、野盗が迫って来る方へ向けた左腕をアリンカにガシッされるノブナガ。
目で「What?」と聞く。
「今、何しようとした?」
「え、“アクアウェイブ・ダイブ”だけど?」
わかりやすく訳すと「え、軍隊を丸ごと呑み込んで戦闘不能にさせちゃう魔法だけど、なに?」となる。
「わかった。私が相手する。ノブナガは絶対に手を出さないで」
「え?でも構う義理がないんじゃ……」
(もう義理以前の問題なのよ!!)
心の底から叫びたかったが、頑張って胸の中に押し留めたアリンカ。
自分の発言のせいで、野盗たちが訳もわからず洪水に呑み込まれて殺られるとか、後味悪すぎでしょ!!
今のアリンカには、野盗に構う義理があった。
そう、無駄な死体を出さないようにするという義理が!!
バズとビズに声をかけ馬車を止める。
そこにアリンカが馬車から降りて、迎え撃つ準備をする。
「ノブナガさん。結構大勢いるみたいですけど、アリンカ1人で大丈夫でしょうか?」
馬車の中からメガネの探知機能を起動させたエリーナがその数を見て心配そうに言う。
気配の数はざっと30。
確かに多い数だ。
「大丈夫ですよ。もともとアリンカは強いですから。それに、断魔鉱石の効果で馬車の中にいたエリーナさんたちまでは気づいてないはずです。俺1人の為にゾロゾロと襲って来る奴らの実力なんて高が知れてます」
「まぁ、確かにねー。それにもしもの時にはノブちゃんも出るんでしょ?」
「俺、というかアレだけどな」
ザンの言葉に半分頷きながら、上を指差すノブナガ。
そこには、いつの間にか取り出されていた“セルブ・サテライト”があった。
安全を第一に考え、ノブナガが浮上させていたものだ。
「お、来たみたいだな」
ノブナガの言葉にエリーナとザンはアリンカの方へ視線を向ける。
すると、木々の方から剣やら斧やら杖やらを持った人影が現れ、30近い影がアリンカを囲む。
野盗の中でも中級紋が数人、他は全員低級紋のようだ。
「あぁ?相手は1人なんじゃねぇのかよ?」
「確かに1人だったんだけどよぉ。でも、女ばっかでラッキーじゃねぇか」
「だな!ガハハハハハハハッ!!」
急に高笑いを始める野盗たち。
ゲラゲラと笑う顔は隠す事もなく下卑ていた。
(バカだなぁ、あいつら)
そんな野盗たちに呆れた視線を送るノブナガ。
完全に包囲したにも関わらず、未だに襲いかかろうともせず笑うばかり。
隙を見せているのかと思ったが、ノブナガたちを完全に意識から外している時点でそんな器用な事ができる奴らではない事はわかった。
1人を包囲しているからと言っても、その美少女は“剣聖”。
剣の腕では誰にも勝つ事が出来ない剣の最高位の天紋だ。
そんな、例え納剣状態だったとしても、剣を手にする“剣聖”を前にしてゲラゲラ笑う野盗たちを目にノブナガは思う。
(アホだなぁ)
と。
直後、アリンカの剣が疾る。
野盗たちには剣を抜く動作も、迫り来る移動も追う事が出来なかった。
気がつけば剣が抜かれ、包囲の一帯に間合いを詰めて剣を振るっていた。
次の瞬間、吹き飛んでいう5人の野盗。
その余りの光景に目を点にして固まる他の野盗たち。
「な、なにが……」
「どうなってやがる……」
アリンカを囲んでいる野盗たちから動揺の声が漏れる。
アリンカの動きがまったく見えなかった事にもそうだが、唯一見る事が出来た剣を振るう動作すら、5回のうちの1回でしかなかった事に驚きと動揺を隠せないのだ。
そんな棒立ちになっている野盗たちだが、手を抜く気はサラサラないらしいアリンカ。
振り向きざまに剣を振るい、そこにいた野盗を吹き飛ばした。
剣を構え、一瞬のタメをつくると突進する勢いで飛び出すアリンカ。
硬直が解けた野盗が応戦しようとそれぞれの武器を振るうが、その攻撃がアリンカに当たるどころか掠る事もない。
一時は訓練を受けていたはずの野盗たちに連携などなく、己の衝動だけで振るっている為に武器に技もない。
“先読”があるアリンカにとって[+身体強化]をするまでもなかった。
武器を振るった直後の隙を突くだけで、野盗は容易く吹き飛んでいく。
「うわぁ、人がゴミのように飛んでるよ」
「だな。予想以上に野盗たちが弱いな」
「あの剣って、ノブナガさんが作った物じゃないですよね?」
「えぇ。あの剣はもともとアリンカが持っていた剣です。それがどうかしたんですか?」
「いえ、確かに剣を抜いているのに斬れずに吹き飛んでいるんで……ノブナガさん作なのかな、と」
(なんだろう……エリーナさんの言葉を言い換えると『現象のわからない物=俺が作った物』って聞こえたのは俺の心が汚れているからか?)
まったくもってその通りです。
理由は……辺境な村を要塞化したという事実だけでわかるだろう。
とりあえず、今は気にしないようにするノブナガ。
エリーナの純粋な疑問に答える。
「あれは剣に弱く風を纏わせているだけですよ。相手に刀身が当たる前に風で殴られているんで、斬られずに吹き飛んでるんです」
「なるほど。死なないように配慮してるんですね。さすがはアリンカです」
そう、なぜそんな事をするかというと、そういう事だ。
ストックさせていた“属性付与”を[+遅延発動]させて、不可視の風を纏った剣で昏倒させているのだ。
纏う風を弱くしているのは、万が一にも野盗の身体が凹まないようにという配慮だろう。
「それにしても、ホントに野盗弱いね。アリちゃん無双だよ」
「確かに。遠目でもわかるぐらい足を震わせてる奴がいるぞ。あいつ絶対に逃げるんだろうなぁ」
「“暗殺者”っぽいし、逃げ足とかに自信ありそうだしね」
そう言って、ノブナガたちは短剣を持った1人の野盗に視線を向ける。
剣を振るって次々と野盗を吹き飛ばしているアリンカを目にガクブルしている“暗殺者”っぽい野盗。
そこで、ふと視線を感じたっぽい“暗殺者”はノブナガたちの方へ振り返る。
目と目が合い、互いに「あ」という声が漏れる。
アリンカという美少女を前にノブナガたちの事をすっかり忘れてしまっていたらしい野盗たち。
アリンカの打開策として、ノブナガたちを人質にしようと考えた“暗殺者”の野盗は踵を返して馬車へ迫り来る。
「げっ、あいつ自殺志願者かよ!?」
「馬車に迫るだけで、なんで自殺になるのよ!!」
つい上げてしまったノブナガの声に、なぜか絶賛戦闘中のアリンカがツッコみをいれる。
そのツッコみで馬車に迫る“暗殺者”に気づいた野盗たちは、何をしようとしているのを理解した数人がアリンカから視線を逸らして駆け出した。
目の前の打開策に気を釣られたのか、ノブナガの言葉が頭から抜けてしまったようだ。
本当にヤバいのに……
1番最初に駆け出した“暗殺者”が馬車に到着し、操縦席に座るノブナガの背後を取ろうと馬車に足をかけた瞬間ーー
バタリッ
なぜか急に倒れ込んでしまった“暗殺者”さん。
受け身も取らず、口をポカンと開けて白目を剥いていた。
四肢に力が入っていない様子の“暗殺者”をバカを見るような目をしながら、遅れて到着した野盗たちがそれぞれが何かしらで馬車に接触した瞬間ーー
バタリバタリバタリバタリッ
やっぱり全員倒れ込む野盗たち。
全員が全員、最初の“暗殺者”と同様の運命を辿った。
目の前でバタバタと倒れていった野盗たちを目にし、ギギギッという音が聞こえてきそうな首の動作でノブナガに視線を向けるエリーナとザン。
その目は「説明しろ」と雄弁に語っていた。
そんな視線に気不味い思いをしながらも、野盗が来る前の説明の続きを話すノブナガ。
「印を付けていない者がこの馬車に触れると、マインドショックが放たれて強制ブラックアウトされる仕掛けになっているんです。基本は気絶するだけなんで、死んではいませんよ」
「ホントに?あんな白目を剥いてるのに?」
気絶しているだけです。
死んでないったら、死んでないんです。
例え、数人の野盗が口からエクトプラズムを出しているエフェクトが見えていたとしてもっ、死んでないったら死んでいないのだ!
「あれに突っ込みたい?」
馬車に迫っていた野盗がバタバタと倒れていく光景にアリンカと対峙していた野盗たちが目を点にして眺めていた。
そんな所にノブナガの説明が鮮明に聞こえ、アリンカが遠い目をしながら馬車を指差して問いかける。
対峙していた野盗たちが高速で首を横に振った。
残像ができるほどの速度だった……
そんな野盗を生暖かい目を向けるエリーナとザンとアリンカ。
ノブナガはサッと目を逸らして、遠くの空に飛んでいる鳥を眺めていた。
それから先はアリンカの蹂躙劇のみが行われた。
最初のぶっ飛ばしで包囲が崩れた野盗たちはアリンカに襲いかかるも敢えなく迎撃され、逃げようと踵を返す野盗には一瞬で回り込んで吹き飛ばしたりする事で、30人近くいた野盗が地を舐める事になった。
その内の約10人は白目を剥いて、口から魂が飛び出しているが……
とりあえず、これ以上の被害が出ないように野盗たちから武器を回収する。
[+錬金]があるとはいえ、鉄がある事に越した事はないからという理由もある。
“ストレージ”の中へポンポンと入れ、すべて回収し終えるとバズとビズに合図を出して出発した。
「んーっ、久々に運動したー」
「お疲れ、アリンカ」
「お水飲むー?」
「ありがとう、ザン」
「今日はもう少し進んで、野宿にしよう。その前にーーーーカレンを起こしておいてくれ」
出発してからも、野盗がやって来てからもずっと眠っているカレンさん。
カレンの図太さに苦笑するノブナガたち。
いや、マジでよく寝れてるなレベルである。
エリーナが身体を揺さぶって起こそうとしているが、まったく起きる気配を見せないカレン。
そして、野宿する場所に到着してもカレンの意識は浮上してこなかった……




