聖剣を振るった女神
教会を出ようとノブナガは祈りの場にイクレがいる事に気づく。
(朝にもしてたな。こんな時間にまたお祈り?)
今日の朝、ノブナガがここを通った時もイクレは今のようにお祈りをしていた。
完全に日が沈んだ今の時間にお祈りしている事に疑問を覚えるノブナガ。
「あら、ノブナガくん?」
イクレもノブナガに気づき、声を掛けてくる。
さすがに無視するわけにもいかず、ノブナガはイクレに歩み寄る。
「邪魔してしまってすいません。お祈りですか?」
「うん。でも、もう終わったから大丈夫」
イクレは両手を振りながらそう言う。
ちょうどいい機会なので、ノブナガはさっき気になった事を聞いてみる事にした。
「イクレさん、朝もお祈りしてましたよね?こんな時間にお祈りをする理由とかあるんですか?」
「あるよ。この教会は特に意味があるかな」
「この教会は?」
「あの石像よ」
そう言って、イクレは正面にある石像を指差す。
それは長い髪の女性の石像だった。
両手を前で組むように剣を持っている石像。
「今から数千年前、この地に悪き王が降り立った。悪き王は破壊を齎し、すべてを消し去ろうとした。そこで現れたのが、聖剣を持つ女神様だったの」
「聖剣を持つ、女神……」
ノブナガは自然と女神の石像に目を向ける。
おそらく、女性が持っている剣が聖剣なのだろう。
(いや、あの形状って……)
女神の持つ剣に既視感を覚えるノブナガ。
しかし、そんなノブナガを余所にイクレは話を進める。
「長い戦いの末、ついに悪き王を倒した女神様。悪き王が居なくなり平和が訪れると、女神様は聖剣をどこかへ収め、自身は月へと帰って行ったとさ。めでたしめでたし」
「……それは実話なんですか?」
「さぁ?でも、石像があるって事は実話なんじゃない?」
本当にあったかの真偽は不明らしい。
ノブナガは9割の確率で実話だと思っている。
「だから、月が出ている時にお祈りするの」
「なるほど。それじゃあ、朝のお祈りは?」
「あぁ、それはどこの教会でもやってる事でね。太陽には神様がいるから、太陽が出ている時にお祈りするの」
「そういう事だったんですね。だから、日にお祈りを2回も」
「まぁ、それが“神官”の務め、だからね。私にはこれしか出来ないから……」
“神官”は低級紋に値する天紋で、特にこれと言ったスキルが取得でいるわけではない。
祈りを捧げる事でステータスに補助のような効果を与える事はあるが、効果は著しく弱い。
戦闘向けの天紋というわけでもなく、ただ毎日祈りを捧げる事が宿命のようなもの。
だから、イクレが言う事は正しいだろう。
だが、
「そんな事ないですよ」
それは“神官”として、だ。
「イクレさんは身寄りのない子供たちを集めて、しっかり親代わりをしてるじゃないですか。イクレさんが居なければ、子供たちは今ごと笑顔を見せない子になっていたかもしれません」
たとえ、運命で定められた事だとしても、天紋がすべてではない。
神が勝手に決めた宿命などではなく、人と人とが紡ぐ定めが必ず出来る。
イクレは子供たちと築く事で、イクレは居なくてはならない存在になったんだ。
「だから、イクレさんはちゃんと生きてます。“神官”ではそれだけかもしれませんけど、人間イクレさんはたくさんの事が出来る人です」
「………………ノブナガくんって本当に12歳?」
「なぜ今、年齢について疑われているんですか?」
「いや、だって。言ってる事が大人っぽいし。なんか子供っぽくない」
「えー……」
なぜか年を否定された。
ノブナガの心に若干のダメージが入った!
「まぁ、うん。そうだね。ノブナガくんが言ってくれた事は、確かに私の励みになったよ。ありがとう!」
「どういたしまして」
どうしてこんな話になったのかはまったくわからないけど、元気が出たのであれば結果オーライだと納得するノブナガ。
「さてっ。私は湯浴びして、寝ーよおっと」
「俺はまだ少しやる事があるので残ります」
「わかった。早く寝ないとダメだよ?」
「はい。終わったらすぐに寝ますよ」
「よろしい。じゃ、おやすみー」
「おやすみなさい」
やけにハイテンションだったイクレを見送るノブナガ。
イクレが奥の方へ消えていくのを確認し、ノブナガは祈りの場の1つの柱の方を向く。
「さっきの昔話、どこまでが本当なんだ?」
「ほとんど、かなー」
ノブナガが見る柱に隠れていたのは、さっきまでリビングの方にいたザンだ。
イクレと話している間にザンがここにやって来た事をノブナガはわかっていた。
正直、会話に入って来られそうな空気ではなかったので、ノブナガも敢えてザンに話しかけなかった。
「まぁ、本人であるわたしから言わせれもらえば、随分と軽い話になったなー、と思ったね」
ノブナガの近くにある長椅子に腰掛けるザン。
その顔は夜とは違う、後ろめたい暗さが感じられた。
「どこから話してほしい?」
「最初から頼む」
「オッケー」
口調はいつものザンと変わらないが、いつものザンよりも声に明るさがない。
心の準備をするかのように目を閉じると、見開いて語り始める。
「ノブちゃんは察しがいいからわかってると思うけど、イーちゃん(イクレのことです)が言ってた悪き王は魔王の事。魔族に世界を渡る力はないけど、1つの例外が存在する。太陽と月が重なる瞬間、魔界に人間界に通ずる穴が開く。それを通って、当時の魔王はやって来た」
(太陽と月が重なる瞬間……日食の事、か)
ノブナガは前世の知識と当て嵌まる。
どうやら、信長は何度か日食を見た事があるようだ。
「魔王は多くの魔族を引き連れて人間を蹂躙した。それは許されない事だった。だから、当時の精霊神はわたしを人間界に送ったの」
それからザンは当時人間族唯一の“剣聖”だった少女と契約したそうだ。
まだまともに剣を持った事がない少女だったが、聖剣ザンガルドを手にして数多の魔族を倒していった。
魔族の数は次第に少なくなっていき、そして等々少女は魔王にたどり着いた。
一歩も引けない戦いに少女は通力を駆使して戦ったそうだ。
聖剣の姿でありながらもザンも通力を全開にして頑張った。
その頑張りが報われ、少女は魔王の心臓を聖剣で貫いた。
「こうして、魔族との戦いは終わり、人間界に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし……とはいかなかったんだよ」
それでは終わらなかった。
そこで終われば、何もかもが幸せに終われたのに。
「何があったんだ?」
「少女は……消滅したの。過度な通力の使い過ぎで」
「通力の使い過ぎ?」
「ノブちゃんにも説明したでしょ。通力は生命本来の力だって。それを過度に使えば、生命の力は弱まってしまう」
「ッ!?」
通力の過度な使用。
それは生命の力を消費しているのと同じ。
その先に待っている物は……消滅だった。
「あの時のわたしはバカだったんだよ。強力な力を持つ通力を過信して、あの子に使い続けさせちゃったんだから。あの子はもともと精霊や通力との親和性がほとんどなかったのに……」
少女を消滅させてしまった後、ザンも通力の使い過ぎで剣のまま意識を無くしたようだ。
「その後の事はわたしにもわからない。どうしてあんな所に封印されてたのかも、わたしにはわからないんだよ」
「じゃあ、月に上ったとか女神とかは歴史の流れの中で歪んだものなのか」
「そうなるね。でも……あの子は女神みたいに可愛い子だったよ」
ザンは前を見上げ、女神の石像に目を向ける。
ノブナガも自然とその視線を追う。
確かに、長い髪が美しく見える可愛らしい笑顔を見せている。
「どうして、その事を黙ってたんだ?」
「んー、最初はノブちゃんたちが魔王殺しの聖剣だって知った時に驚かしてやろう、って思ってたんだけど……今は遠慮させない為、かな」
「俺とザンが、通力を使う事を?」
ノブナガの言葉にザンはコクリと頷く。
「ノブちゃんは精霊とも通力とも親和性が高い。だから、通力を暴走させない限りは大丈夫だと思う。だけど、わたしの事、考えちゃうでしょ?」
「…………」
ザンがノブナガにそう言う。
ノブナガは黙ったまま、無言の肯定をする。
ザンもザンガルドになる時、通力を消費する。
つまり、ザンにも消滅の可能性があるという事だ。
現にザンは数千年前に剣の状態のまま、意識を喪失させていた。
この間のセインズ村でネルラと戦った時のような無茶は出来ないという事だ。
「そりゃ、ノブちゃんはわたしが居なくても強いけどさ。それでもわたしが必要な時だってあると思う。その時は躊躇わないで。それがわたしの今の望みだよ」
ザンはノブナガに向かって、目一杯の笑顔を向ける。
その笑顔はどこか辛そうで、だけど本心から来た願いなのだと感じ取ったノブナガ。
胸が締め付けられるように苦しい。
「わかった。その時は迷いはしない」
居た堪れない気持ちになったのか、ノブナガは歩きながらそう言い、教会を出ていく。
扉を閉めたノブナガは胸に溜まった空気を吐き出し、集中するかのように目を瞑る。
空間全体を掌握したかのように知覚が冴え渡り、周囲の気配を敏感に感じ取っていた。
クワッと目を見開いた瞬間、ノブナガは“ストレージ”から手元に転移させてきた短剣を近くの木に向かって投擲した。
**********************
翌日。
お祈りを済ませたイクレはある人物がいない事に気が付き、教会の中を探し回る。
台所に戻るとエリーナが昼食の準備をしていた。
イクレがキョロキョロとしている事に気づき、声をかけるエリーナ。
「イクレさん、どうかしたんですか?」
「うん。ノブナガくんの姿が見えなくてさ。どこ行ったんだろう?」
「ノブナガさんでしたら、朝から外に出てますよ」
「え?どうして?」
「理由は私も聞いてないんですけど。昼食も手持ちのものを持って行きましたし」
「ふーん。何しに行ったんだろう」
どうやら、ノブナガは朝からどこかへ出かけているようだ。
その理由も仲間たちに伏せて。
いつもノブナガらしくない行動に聞かされたエリーナも疑問に思っている。
ただ、ノブナガが行動する時はいつも自分たちの為だとわかっているエリーナは特に気にした様子はない。
そんなエリーナたちの所にある声が響き渡る。
「イクレさん!イクレさん!!」
教会の扉が勢いよく開けられた音が聞こえるとともに、少女の叫び声が響いてくる。
急かすような言葉に呼ばれたイクレ、それに料理の手を止めたエリーナが祈りの場に向かう。
祈りの場に出るとそこにはアリンカ、それと第13番隊副隊長であるタヤもいた。
アリンカがイクレを視野に捉えると、弾き出されたように駆け出しでイクレの肩を掴む。
「イクレさんっ、早くこの町から逃げて!」
「なっ、何があったの!?」
「この町はもうすぐっ、戦場になるの!!」
「「え!?」」
**********************
時間を遡る事少し前。
昨日のドラゴン戦でたくさんの隊員が負傷した為、今日は急所休みとなった。
急に暇になったアリンカはーー
「へへっ」
自分に宛行わられた宿の部屋の中で1人剣を見てニヤニヤしていた……
剣を抜いてはニヤニヤ。
帯剣した自分の姿を鏡で見てニヤニヤ。
ノブナガに修理してもらった剣を随分と気に入っているらしい……
若干イタいと思ってしまうのは仕方のない事だ……
「へへ、えへへへへっ」
もう若干ではなく普通にイタい人になっていた。
そんな時、ニヤニヤアリンカの部屋の扉がノックされる。
「アリンカちゃん?報告があるんだけど、今大丈夫?」
「っ!タ、タヤさん……?は、はい、大丈夫です」
急いで剣を壁に立て掛け、タヤの入室を許可する。
扉を開けて入ってきたタヤはドタバタしているアリンカに疑問を覚えながらも、目的である報告をアリンカにする。
「昨日、第10番隊がこの地に向かって進軍を開始したそうなの」
「進軍?何の為にですか?」
「連絡部隊の話によると、カイリューン王国に戦争を仕掛けるんだって」
「戦争!?」
今、帝国は西の国ラン公国と戦争している所だ。
それなのに碌な宣戦布告もなしに戦争を仕掛けようなどと、もう狂人のする事だ。
「陛下のご命令、なんだって。しかも、戦場をこの町、タルワーリア町に置くつもりみたい。今日中には町に着くそうなの」
「っ、な、なんて事ですか!?」
今、帝国が戦争を仕掛けようとしている事は誰も知らない。
アリンカですら今知ったのに、町の人が知るはずもない。
こんな状況で戦争が始まれば、必ず町に被害が出る。
そして、逃げ遅れれば……
「……………ないと」
「アリンカちゃん?」
「……知らせないと」
独り言のようにそう呟いたアリンカは壁に立て掛けた剣を持って、部屋を飛び出した。
「アリンカちゃん!?」
隊長の急な行動に驚きながら、タヤも部屋を飛び出してアリンカを追う。
無我夢中で走り続けるアリンカとそれを追うタヤ。
アリンカが向かう先は町から少し離れた教会、イクレの下だ。
“剣聖”のステータスで全力疾走したアリンカはすぐに教会へとたどり着き、その扉を体当たりで開ける。
「イクレさん!イクレさん!!」
祈りの場に着くなり、イクレを呼ぶアリンカ。
そこでようやく後ろからタヤが到着する。
息を切らしながら入ってくるタヤを労いもせず、アリンカは必死にイクレの名前を叫ぶ。
すると、奥の通路からイクレ、それにエリーナが出てくる。
それを視界に捉えるとすぐに駆け出し、イクレの肩を掴みながら訴える。
「イクレさんっ、早くこの町から逃げて!」
「なっ、何があったの!?」
「この町はもうすぐっ、戦場になるの!!」
「「え!?」」
アリンカの言葉にイクレとエリーナは驚きの声を上げる。
「今日中に隊が到着してっ、戦争が起こるの!このままじゃ、町の人たちも戦争に巻き込まれちゃう!!」
アリンカの必死な言葉にイクレとエリーナはド規模を抜かれて棒立ちになってしまう。
そんな2人にアリンカは「早く逃げる準備を!」と叫ぼうとした。
が、それを阻む者が奥へと通ずる通路から出てくる。
「確かに、それは早く逃げないとだねー」
アリンカの焦った声とは正反対な明るい声が響き渡る。
その声の正体はザンだ。
騒ぎを聞きつけてか、ザンの後ろにはカレンも控えている。
「なら、早く準備をっ」
「でも、その前に目の前にいる害虫駆除が先だよ」
「害虫駆除?」
アリンカの言葉に被せるように言ったザンの言葉に誰もが反応する。
エリーナやアリンカ、それにイクレはピンときていないようで首を傾げている。
「そっ。害虫駆除」
ザンの足はエリーナ、それにイクレとアリンカの横を通り抜け、扉の前にいる少女ーータヤに視線を向ける。
「とっとと正体を現しなよ、魔族」
さっきの明るくない、殺気の篭った声で言う。
この場にいる全員の口から「え?」という声が漏れた。
ただ1人、タヤを除いては。
「あー、やっちゃったなぁ。出てきた時、まさかと思ったけど、やっぱネルラが言ってた精霊かぁ」
「タ、タヤさん……?」
「ごめんね〜、アリンカちゃん。王から監視するように言われてた魔族なの。アリンカちゃんのお父さんが裏切った時の為の人質がアリンカちゃんなんだけど……まさかこんな所で正体がバレちゃうとはねぇ」
何を言っているのかわからないというように呟くアリンカにタヤは切り捨てるように言う。
そして、その視線をザンに固定する。
「ま、ちょうどいいや。あなたの存在は後々邪魔になるだろうし、今始末しちゃおうっと」
「っ!光・散弾・撃ち抜けーー“フォトン・バレット”!!」
タヤの目がギロリと笑った瞬間、ザンは[+省略詠唱]で唱えた魔法を放つ。
小さな光から飛び出した光球が瞬く間にタヤを襲い呑み込む。
砂埃が舞い、少しの静寂。
「あは、あははははは!これ如きで私に傷が付けられるとでも思ったの!?」
砂埃が収まり、タヤが姿を現わす。
「「「「ッ!?」」」」
その姿を目にしたザン以外は目を剥いて驚く。
下半身すべてが大きな腹部分へと変わり、そこから6本の細い足が生え、腕は黒い枝のように関節が増え、そして顔の目が8つに増えている。
その禍々しい姿はまさしく、蜘蛛だ。
これこそが魔族としてのタヤの姿。
「さぁ、蹂躙の時間だよ!!」
獰猛に笑うタヤの声と共に、1秒も気を許せない戦いが始まった。




