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 十五分ぐらいの距離。

 その間に簡単に合図だけ聞く。イエスとノーかの答え方と発言許可の合図。

 絶対に他の人と会話するなと釘を刺されて。

 説明が終わって、真っ暗な地下へ。どこまで降りるのだろう。

 一度、関所のようなところで弟さんが何か合言葉を言っていた。僕らが普通使う言語とは違う言葉。

 裏社会に足を踏み入れたということを末端からピリピリと感じる。

 無機質な空間で、緊張感はググッと上がる。

 それ以降誰も何も話さない。

 呼吸は人知れず浅くなって。

 駐車して、黙って降りる。僕もそれに倣って降りる。

 瞬間、たくさんの目を感じた。

 自分の目玉を動かす事だけでしかその目を確認できない。

 見える範囲だけでも至る所にカメラがある。

 重いアタッシュケースを持つ手が滑りそうだ。

 こんなところで逃げるための勇気はない。

 足音だけがわんわんと反響して鼓膜を通って脳を揺さぶる。

 重たいのは手の荷物と足取り。

 簡素な鉄の扉が開く音の大きさにびっくりする。

 質素な廊下、ザ裏道といったところ。

 正規ルートっぽい整ったベルベット調の高級そうな通路に出てくる。

 色味の変化に目が追い付かない。

 多分、昨日元友人に連れてこられたあの部屋の深層なんだと思う。

 突然足が止まる。

「ちょっとこいつに説明したら顔出す。設定は二で。ほどほどにな」

 設定?きっと弟さんの役割なんだろうが、僕には意味が分からない。

「了解。ま、そっちもほどほどにな」

 ほどほどにってまた冗談きついなあ。

 弟さんは別の道へ。

 僕とスカーレットは目の前の扉へ。

 眼前に広がる見たことのある光景。

 いや、あの書斎を二倍ぐらいにした部屋。

 多分彼の趣味。

「一旦それ置いていいぞ。スケジュール出せ、こっから先の予定全部写しとけ」

 やっとこの重量物が手から離れる。

 手の形がしばらく握った状態から動かせない。ぎゅっと握って、ゆっくり開く。

 ちょっと痺れていますねこれは。

 そんな手の感覚が曖昧な中、スケジュール帳を取り出す。

 机の上に置かれたメモの文字は殴り書きでちょっと読みにくい。

 人の名前と時間しか書いてないので何をするのかはわからない。

 もしかしてと、チラッと裏面も見る。

 あぁーまだあるじゃないか。

 これ表面だけ書いていたら蹴り飛ばされること間違いなし。

 書き終えて、一応周囲を見て、もうないよな……と確認する。

 あったときは潔く蹴られよう。

 その間にスカーレットは上着を椅子にかけた。

 座ったと思ったらすぐ机の隣のキャビネットから書類を出す。

 チラッと見えたけど、恐ろしい文字と紙の量。

 本当に目を通しているのだろうか。

 紙の擦れる音が小気味いいテンポ。

 サインして……血判?

 僕らだと家買うレベルの時にしか使わない。

 思わずガン見してしまった。

 そんな僕の驚く顔に対してため息がかかる。

「終わったのか?」

 口にしそうにはなったけど、一応、はいの合図しておこう。

 スカーレットは頷いて発言許可の合図。

「次の用事は?」

 腕時計を見る。

「三十分後にヴァイオレットさんとの面会が入っていますね」

「あのクソババアか……」

 舌打ちしながら書類をまたキャビネットに直した。

 顔は直ってない。

 こんなに不機嫌になるって何者……。

「その後は二時間後にイベントってなっています。それで今日はおしまいです」

「なら、その荷物はそこのクローゼットに入れておけ。イベントの時には持ってこい」

 もう何が何だかだけど、確実に彼の機嫌はめちゃくちゃ悪い。

 手ぶりが荒い。

 神経がいろんなところにアンテナを伸ばす。

 間違っていませんようにと祈りながら。

「後、部屋の場所は早々に覚えろ。地図はない。迷ったらこの施設に置いていくからな」

 地図がない理由は聞きたくても聞けない。

「代理印章まだ持っているか?」

 やばい、どこ置いたっけ。

 ポケットをひっくり返す。

 うおおお幸いにもジャケットのポケットに入っていた。

 スッと取り出す。

「なんか困ったらそれ出しとけ。伝わるから」

 つくづくこの小さなメダルの魔力に驚かされる。

 三センチの大きさに無限大の可能性。

 絶対無くしたらダメなので大事に採血針と同じケースに入れておく。

 この針だけはみんなどこ行く時も絶対携帯している。

「応接室いくぞ」

 緊張も唾も飲み込んで、ごくり。

 彼は立ち上がってサッサと出る。

 この部屋、鍵とかないのかな。

 というのは杞憂でした。

 パスワード式のロック。

 あれ、僕聞かされてないけど後でアタッシュケース取りに行けるのかな。

 とか考える暇なく小走りで追いかける。

 歩くのが凄く速い。身長の差だろうか。

 応接室はまだわかりやすい道順だった。

 遠いのは遠いけど、真っ直ぐ行くだけ。

 扉にプレートもあるし、きっと大丈夫だろう。

「ポンコツ、先入れ」

 言われるがまま扉を開ける。

 別に普通だ。置いてあるものはどれも高そうだけれど、応接室だなって感じの雰囲気。

 何か書くには背の低くすぎる机と、もたれるには遠すぎる謎サイズのソファー。

 おしゃれだけどさ。

 僕は部屋の隅で立っている。

 前の職場のマナー研修で僕はそう学んだ。

 付き添いがでしゃばって殺し合いに発展させないためだとか言っていた気がする。

 しばらくしていると、ノック。

 僕らが入った扉とは逆方向の扉から音がなる。

 使用人らしい人が先に場所を覗く。

 凄い小慣れていて所作が綺麗だ。

 そこに煌びやかな衣装のレディの登場。

 ……どこかで嗅いだことのあるあの高貴な匂い。

 もしかして公共販売所のA層行く時にエレベーターで一緒になった人か?

「ご機嫌麗しゅう、スカーレット卿」

 当然スカーレットもまたソファーから立っている。

「ご機嫌よう、ヴァイオレット嬢。ご足労賜りまして。どうぞおかけになってください」

 格式ばった定型文。

 さっき舌打ちしてクソババアとか言っていたとは思えないくらいの笑顔と言葉の柔らかさ。

 ここまでこの人は化けられるのかと怖くなった。

 お互い同時に座る。

 彼女の使用人は凛として隅に立つ。

 その視線が冷たい。

 当然主役の二人はこっちのことなんか目もくれず。

 アイスブレイク中。

 僕にはただの雑談に聞こえるけど、さっきの背景を知っているがゆえにそんなことはないんだろうなと。

 気が付けば本題。

 書類を出すヴァイオレット。

 それを高速で読むスカーレット。

 でも、納得してない様子。

 交渉が始まる。

 さっきまでの朗らかなムードは一転、ピリついた空気に。

 多分、話術があるんだろう。

 いろんな駆け引きがなされる。

 お互いに折衝案を出し続ける。

 ざっくり聞いた感じ、ヴァイオレットはイベントに口出しする権利が欲しいらしい。

 でも、合意はない。

 そんなやりとりが延々と続く。

 結局三十分ぐらいそれが続いた。

 肩がじわじわ重くなり、頭の奥がぼんやりしてくる。聞いているだけで消耗する。

 そしてこの話はご破算のようで、ヴァイオレットは書類を戻した。

「残念ね。いい提案だと思ったんだけど。いいわ。この話はそうね、別の所に持っていくわ」

「こちらとしても正直惜しい提案でしたよ。受けられないことを残念に思います」

 そうして二人は立ち上がる。

 先に向こうの付き添いが扉を開けて待っている。

 もちろん、扉の先の安全を確かめて。

「またお会いしましょう。その時は是非」

 ヴァイオレットは手を小さく振って後にする。

「もちろんです。またの機会をお待ちしております」

 一礼するスカーレット。

 扉が閉まり、ソファーに脱力するスカーレット。

「あーしんど。しばらくこのままにさせてくれ」

 ネクタイを緩め、背もたれに全てを預けている。

 お気持ち、お察しします。

 時計を見ると、イベントまでは時間がある。

「はぁ……あのババアやる気あんのかクソが」

 あのやり取りからは想像できないセリフ。

 相当無茶苦茶な商談だったに違いない。

 僕も立ちっぱなしが疲れてきて屈伸する。

「おい、こっちこいポンコツ」

 えっ、この雰囲気で呼ばれるって何?

 とりあえず近づく。

「お前、そういえばここでの名前何になったんだ?」

 でも発言許可が。ぐったりしすぎてサイン出すの忘れてないですか?

「おい、聞いているのか」

 やっと僕の顔を見た。

「……すまん。お前、すごいなホント」

 合図が出た。

「え、あ、ありがとうございます。僕はホワイトです」

 久方ぶりの響きは、ちょっと忘れかけていた。

「ふーん。ふっ、ハハハ」

 笑いにクレッシェンドってあるんですね。

 笑いの理由が読めなくて、背筋がぞわりとした。

 彼は手で顔を覆って表情をリフレッシュさせる。

「どういう笑いですか」

「いや、こっちの話。もう黙っとけ」

 ああ、酷いや。

「そろそろ動くか。ここ、快適なんだけどな。俺の部屋にもソファー置こうかな……」

 おけそうな広さはありましたけども。

 でも、彼は頭を軽く振ってその願望を打ち消した。

「いや、なんでもない」

 まるで誰かにその思考を怒られたようにテンションが下がっている。

 やる気なく立ち上がったスカーレットは、服装を整えて部屋に戻る。

 僕もそれについていく。

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