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みんなみんな、何者なんだろう。
なんであの女性は鍵もかかっていないあの部屋でずっといるんだろうか。
食糧庫の二人のようになるのが普通じゃないのだろうか。
それだけA層の人間って賢いのだろうか。
特殊って言っていたけれど、それA層以上の売り場は知らない。
まだまだ知らない世界は根が深い。
「おい、ポンコツ。お前は俺に尽くすつもりはあるか?」
唐突にまた真剣な眼差しで問う。
「どういう意味ですか」
「それともここでずっと掃除している方が楽か?」
「……どういう意味ですか」
僕だって、バカじゃない。
真面目、いや、クソ真面目だけが取り柄なんだ。
だから、相手の真意を掴まずに動くのは嫌だ。
語気を強めに言い返す。
この質問は、きっと大きな判断だ。
「秘書になるか、小間使いになるか選べと言っているんだ」
「違いは何ですか」
「報酬の事を聞いているのか?仕事の事を聞いているのか?」
「後者です」
「そうか。秘書なら俺の仕事も知ってもらう。その分秘密も多くなる。お前は黙ってられるか?下手な嘘よりどれだけ沈黙できるかだ。自信がないならついてくるな。それだけだ」
どうだろうか。
少し考える。
「表情は出るかもしれません。でも、黙っとけと言われたことに関しては話したことはないです。これでついていくのは可能ですか?」
「正直すぎるなお前は。調子狂う。俺と外出するときは俺が許可するまで発言を禁止」
一応、認められたのだろうか。
一切しゃべれないのはちょっと辛いけど、中途半端に突っ込んでしまった足を戻すなんてことができようか。
彼の仕事も、あの女性の事も、何もわからないまま死ぬのは成仏できそうにない。怖いけど。
「分かったら必要な物そろえて来い。この代理印章でツケが効くから。あと、A層も見て来い。社会勉強だ」
小さな銀色のメダル。かなり信用の高い複雑な模様の印章が描かれている。
裏面にシリアルナンバーが刻まれている。
きっとこれで管理されているんだろう。
ツケまで使えるってこの人本当に何者なんだろうか?
「逆に何が必須なんですか」
「服装とスケジュール管理、後荷物持ちができたらいい。他は好きに使え」
適当すぎやしないだろうか。
「破産しても知りませんよ」
「額によってはお前の首が飛ぶから安心しろ」
「安心できる要素がゼロなんですが」
「ああもう、俺の気が変わらないうちに早くいけ」
呆れながら手で払われた。
謝罪はして、急いで外に出る。
何でも買っていいと言われれば、何買おうかなとちょっとウキウキしながら行く。
さらに、一般人には縁のないA層にも行けるとなれば……にやけが止まらない。
店に入るとやっぱりごった返しているC層。
そんな一般人とは違うぞと胸を張って道を突っ切る。
思い出した。人間ばらす用の工具を買おう。
B層にあるって言っていたし、A層行く前に済ませておこう。
今日もまたB層へ行く人はいない。
工具売り場にあったものは……刃と柄を合わせて僕の腰ぐらいの大きさのハサミ。
これもって服を買うのは違う気がして、後回しにする。
先にA層へ行ってしまおう。
手の小さなメダルを見つめる。これで本当にこの境界が開くのか?
ドキドキしながら代理印章をかざす。
本当に開いた。小さくフフッと笑い、エレベーターに乗り込む。
そこにもう一人やってきた。
明らかに身なりのいい女性だった。
高貴な感じのいい匂いもした。
扉が開き、二人は出る。
ワクワク感は最高潮へ。
女性はさっと売り場の奥へ消えていった。
僕もとりあえず陳列棚を見る。
だけど、その品物に対してはワクワクなんか微塵もなかった。
嗜好品だ。
血の味や質を変えたりする添加剤?わざわざ味変える必要あるのか。
奥には謎の器具。
縛り付けたりするような……拷問でもするのか。
後は香だったり、高級な家具だったり。
多分さっきすれ違った女性もここの香を焚いたんだろう。似た匂いが近くからする。
びっくりするほど欲しいものがない。
なるほど、確かに庶民が入る必要のないエリアだ。
でも、あそこだけは違うはずだ。
たどり着いたときに感じた嫌悪感がそれを否定する。
既に何人か品定めしている。
だけど……会話して決めている。
客は人間の容姿や性格を見て選んでいる。
ひどい言葉で泣かせる人もいれば、甘い言葉で誘う人もいる。
でもそれは一方的じゃない。
人間側もまた、自分を売るために声をかけている。
選ばれるための言葉が、選ぶための言葉と同じくらい残酷だ。
そんな異質な空気に、僕の中で混沌が渦巻いて胃もたれ。
買われた側のものとして、僕はものすごく切なくなった。
たまたま運よくいい人に買われたけれど、これがひどい人だったら。
さっきの拷問器具で苛め抜かれる日々だってあったかもしれない。
時折人間がこっちを見てくる。そんな儚げな眼を見て、思い出したくない過去が蘇る。
そんな過去を置き去りにしたくて、この場を後にした。
その後も見るものすべてが理解できず、価値観がずれているんだとくらくらしていた。
層を降りると、酸素の薄い山頂から地上に降りてきたような安心感。
本当に必要なものだけを購入して帰る。
なかなかの大荷物になっていた。
「ただいま戻りました」
返事はない。
一度荷物を玄関に下ろす。
でも今日は逃げるようなものを買ってない。
買った工具は下駄箱の奥に突っ込む。
そのほかは自室へ持っていった。
代理印章を返しに行こうとリビングの扉を開ける。
「あ、これ……っと失礼しましたー」
開けた手でそのまま最速で閉めた。
お食事中でした。
「おいポンコツ、残飯」
「ありがとうございまーす」
閉めた手で扉を開けて受け取る。
そんな人間はぐったりとしていて重い。
また嫌悪感ものしかかる。
ただ、スカーレットが付けた傷からドクドクと血があふれている。
こぼさないように手で受けながら慌てて口をつける。
「おー、やるな。絶対こぼすと思ったんだがな」
「へえ、新しい使用人ってこいつか。おい、どんな調教したらこうなるんだよ」
聞きなれない声。
ちらっと見るとスカーレットとよく似た男。
「買ったときからこんなんだよ。面白いだろ」
僕にはその面白さはわかりませんが、お気に召したのなら結構です。
それで食べていけるなら、僕はそれで。
「全くだ。で、どうする。連れてくのかこいつ」
「ああ。初陣だ」
「掛けている額に気絶すんじゃねえか?」
どこへ連れていかれるんだろうか。
「その時は蹴り飛ばせば起きるだろ」
「兄者の蹴りは結構キツイからな……起きそうだな」
確かに飛び起きる痛みで蹴られた。
弟さんも、蹴られ続けていたんだろうな……。
そうこうしているうちに飲み切り、余韻に浸る。
顔に出ていたみたいで、二人ともクスクス笑っていた。
「で、何かA層でいいものは見つかったか」
「え、あ……何も……」
「その顔は何かあったか」
「僕は……僕の価値観と違いすぎてむしろあの場に居られなくて」
兄弟同士目で会話している。
流石にわからない。
「何かおかしいことでも」
「いいや。俺はまたこいつに負けただけだ」
弟さんを指さす。
「え?どういうことですか」
「お前がA層を見て楽しめたか、楽しめなかったかを賭けていた」
「で、スカーレットさんは楽しめた方に賭けたと」
その一言にスカーレットは機嫌を悪くする。
「黙れ。さっさと着替えて来い」
このお仕事が今日中に終わりますように。
処分が残っているのでそう祈りながら、急いで着替えにいく。
新しくて慣れない着心地のスーツに着替え、必要なものをカバンに詰める。
さあ、行こう。
玄関口に男でも惚れるぐらい決まった服装の二人。
これが勝者の余裕か!
「ポンコツ、これ持て」
スカーレットは廊下に置かれたものを指さす。
「はい……って重っ!なんですかこれ!」
両手じゃないと持てないバカみたいに重いアタッシュケースを渡される。密度もさながら、普通に大きい。
「車回してくる」
弟さんは先に出た。
「それ、あんまぶつけるなよ。下手すると爆発するぞ」
「何持たされているんですか⁉テロでもするんですか!」
心臓がドッと跳ねる。
「なるほどそうきたか、フフッ。冗談だ。それくらいの気持ちで持てって言いたいだけだ」
声は笑っているのに、目は鋭く、仕事の温度だった。
「……そうですか」
あぁ、驚いた。力が抜ける。
上流階級の冗談は怖い。
「あっ、ちょっ、待ってくださいよ」
先に出るスカーレット。
僕はゆっくり、慎重にケースをだして、家の鍵を閉める。
もうエレベーターのボタン押しているんですけど。
あ、もう乗っちゃう感じですか。
出せる全力で向かう。
なんだかんだ、開延長で待ってくれていた。
ちょっと嬉しい。
その後は車に荷物乗せて僕は助手席に。
弟さんの運転で。
普通僕が運転するべきだが、こんな高級車、緊張してアクセル踏めないし、多分ミッション車。僕の免許はオートマ限定。




