21
手に残る温度は消え、蹴られたところだけが痛む。
痛みが頭を切り替える。僕はルフスと入り口で待っていたサンディークスの車に乗り込む。
また沈黙したまましばらく揺られていると、賭場に到着する。
社長室は少し違和感がある。
「はぁ、ここもお前色になるんだろうな……」
ルフスは明らかにテンションが下がっている。
「兄者がいいって言ったんだろ」
「そうだけどさ……ちょっと名残惜しい」
「女々しいこと言うなよ。ましてや仲のいい使用人の前で」
「おい、耳塞いどけ」
遅いでしょ。全部聞こえたわ。
「で、今日のスケジュールは」
問うたのはサンディークス。
しょげているルフスは発言許可を慌てて出す。
「ええと……」
珍しく空白だった。
「何もないですね」
「じゃあ、彼にはこの家具全部搬出してもらおう。後要らない本は持って帰ってもらって」
「殺生な……」
なるほど、あの時ソファーをここに買うかどうか悩んでいてやめたのはサンディークスに一蹴されると思ったからなんだろうな……。
「スカーレットはそうだな……今日交渉がないなら黒服への教育ぐらいじゃないか?」
そうだ、ここでは通名を使うんだ。スカーレットって名前も久しぶりな気がする。
「……威厳がなくなるからやめてくれないか」
「ははは、もう遅いんじゃないか?」
間違いない。
「でも、そうだな……昨日全部引継ぎできたわけじゃないしな……」
「だったら俺とお前はここで引継ぎ、あいつに整理を頼めばいいだろ」
「そうだな」
やっぱり指示系統はルフスの方が手慣れている感じだ。
「ホワイト、そこのキャビネットの上から三段目の資料全部持ってこい」
慣れぬ名前に一瞬出遅れる。
開けて、出てきた紙の束。一度に持てないその量を分けて、机に置く。三列に分けた。
その間に別の椅子を持ってくるルフス。
「待て、今から全部読むのか」
「お前、これくらいも読めないのか?」
「いや無理だろ」
僕も無理だと思います。一枚の文字量も結構多い。
「どうする、お前がやりたかった決定権の行使、できるのか?」
「……こんなに多いとは思わなかったぞ」
「実は読み方にコツがある」
「お前は棚の本、右から一つ分は……棚から出しておいてくれ」
僕に指示。
本棚は四つ、背丈の二倍ぐらいはある高さ。幅も両手広げたくらいだな……。
ということは結構私物じゃないか。
本棚から取り出した本を床に積み上げる。
背後で資料の読み方と引き継ぎ。
さっぱりわからないけど、いろんなパターンがあるらしい。
それでも兄者は速読すぎると文句を言うサンディークス。
こう見ると、元の状態も正解だったんじゃないかなと思わなくもない。
本の山も、思ったより仕事に関係ありそうなのだが。
梯子を上って少しずつ降ろす作業は神経を使う。
突然憤るサンディークス。
「くそ、なんでこんなに多いんだ、もうちょっと他に任せればいいだろ」
「おいおい、トップがこんなことで投げていたら威厳がないぞ」
逆転現象。二人の立場はコロコロ変わる。
「俺はプレイヤーがプレイヤーらしく動けるように極力余計なリソースを裂かないようにこっちで集約していた。ヴァーミリオン、お前はどっちかというとプレイヤー寄りなんだろ」
「それは否定しないが……そのしわ寄せが俺に来てないか?」
「俺もそれは否定しない」
何だこの二人。従業員想いすぎる。
世の中の上司、こうであれ。
さて、本は下ろし終えた。
二人に近づいて状態を指さす。
「終わったか。段ボールもらってこい。フロントに行けば裏方にはあるはずだ」
僕は黙って出ていこうとする。
「代理印章持ったか?ここの扉はノック四回。そしたら開ける」
頷いて部屋を出た。自動でカチャリと閉まる扉。
さて、思いきりで出てきてしまったが、フロントか。
とりあえず、エレベーターで上に行けばいつかはたどり着くはず……。
前に行った侯爵の部屋へ行くエレベーターに行く。やっぱり乗り換えは必要で、認証が毎度いるのが面倒だった。
それを公爵、侯爵、伯爵、子爵、そして僕が来た男爵の位置まで上がっていった。
そういえばあいつ、まだやってんのかな。
からかう気持ちで男爵の部屋を覗いた。
サーっと眺める。あ、いた。
意外と近いんですけど。
なんか揉めているな……。
うわ、こっち見た。
「お前、なんでここに居るんだよ!しかもなんか身なりは敗者とは思えないぞ!」
揉めてるの差し置いて話しかけてくる。僕は当然喋れない。
「説明しろよ!おい、何があったか知らねえけどもう一度勝負しろ、お前からなら調達簡単だしさ」
本人を前に何を言っているんだこいつは。
絶交したのは僕の心の中でだけだったし仕方ないか。
もう面倒見切れないなと踵を返す。
でも肩を掴まれた。
「話聞けよてめぇ!席座れって言ってんだよ!」
やっぱり唾飛ばしてきて汚いな……。
ハンカチで拭く。
「気取りやがって!」
その瞬間、頬に拳が飛んでくる。衝撃で僕の輪郭が薄くなる。
本当に哀れな奴だ。痛みとか、怒りとかそういうのを通り越してため息が出る。
周りがざわつく。
黒服が駆け付け、僕らを引き離す。
「黙ってカモになっておけばよかったんだ」
元友人の目つきは亡者。抱え込まれたことに怒りを爆発させて暴れている。
多分、また全部すってしまって一文無しなんだろう。
彼もまた、通名はホワイトだったりしてね。
一方の僕は無抵抗で、代理印章を出した。
黒服同士目を合わせる。
失礼しましたと、一礼された後、僕は会場から出る。
その直前、彼は最後に残した。
「このままだと強制労働なんだ!助けてくれよ!」
そんな懇願、僕が受けると思うか。呆れた。
おとなしく自分の運命受け入れろよ。
僕は振り返りすらせず、力強く扉を開ける。
扉は閉まり、音は消える。
静寂が僕を切り替える。
ちょっとだけ僕じゃない僕が前に出てきた気がする。
ああ、なんか妙な感覚だけど、油を売っている場合じゃないな。
頭を振って感覚を振り払う。
フロントへ行くと見覚えのあるせっかちな受付の人。驚いている。
裏方の扉を見つけて突入。
受付が止めようとしてきたのでさっと代理印章を出す。代わりに受付が止まる。
裏方に段ボールを見つける。
通りすがりの黒服に声をかけられる。
「どこまで行くか知りませんけど、流石にメインエレベーターじゃなくて従業員エレベーター使ってください」
裏方の通路の奥にある。
つくづく僕はエレベーターによく裏切られる男。……地下六階までいけるじゃないか!
ノック四回で開く扉。
「遅かったな。御覧の通りヴァーミリオンは撃沈している」
机に突っ伏している。
僕は思わず笑う。
完全にオーバーフローしたって感じだ……。
「箱に詰められるだけ詰めておいてくれ。テープは……まだ余っていたはずだ。そこの引き出し」
本棚の隣にある別の引き出しを開ける。確かにある。
「俺は少し上の階を見てくる」
どこまで行くのだろうか。
もし男爵フロアまで行くなら、あいつを断罪してほしいけど。
箱を組み立て、本を詰めていく。
ルフスが出て行って、しばらく静寂。
そんな中紙が擦れる音。
「なんであいつこんなに隠してやってんだよ……突っかかった俺がバカみたいじゃねえか」
独り言?それとも僕に言っている?
「なあ、直接話したことなかったよな。初めてしゃべるのにふさわしい話題じゃないかもしれないけど、使用人なら聞いてくれ」
僕は手を止める。
「俺はあいつの使用人の一人を殺したんだ。そいつは混血だった。全部吐かせた。その中に黒い部分は一切なかったんだ。だけど、家の事を思ったら殺すしかなかった。それだけ印象が悪くなる要因なんだ。でもあいつは結構気に入ってたんだよその使用人の事」
真実は切ない。サンディークスなりの正義に僕は胸を痛める。
ルフスに人を見る目がなかったわけじゃない。ただ、生まれだけが悪かった。
馬鹿正直だってことが伝わってなかったら僕も殺されていたかな。混血って思われそうな中途半端な回答していたから。
「ま、俺は適当に黒だったといってごまかしたけどさ……」
サンディークスの背後にルフス。
「忘れ物をした。そしてその話、もう終わっているぞ」
「ど、どこから聞いていた!」
「でも、そうか。やっぱそうだよな。それがわかっただけでよかった」
哀愁漂う表情は、ずっと引っ掛かっていたものがあったのだろう。
「返事になってねえぞ!」
「まずは嘘をついていたことを謝ったらどうだ?」
「全部じゃねえか……すまん」
まだまだ家族内のしがらみは残ってそうな雰囲気。
いつか全部清算してほしいな。せっかくいい方向に歯車は回りだしている。
その後は本を詰めて、家具の搬出を準備したり、ただの引っ越し準備に近い事をやって終わり。
本は車に乗るだけ乗せる。
「おい、明日はトラック借りて来い、全然乗らなかったぞ」
「俺はこれで出勤するからな。こいつに頼め」
「……もしその案で行くならどちらか同行してくださいよ?合言葉僕わかりませんよ」
「ああ、あれか。旧ヴルク語だ。大丈夫だ、すぐ覚える」
僕らの国の昔の公用語。
そりゃわからないはずだ。
「やめとけ、俺は未だにここの合言葉しか話せないぐらいには発音難しいから」
「じゃあアコレードできないなお前」
「あれは兄者にしか無理。祝詞が難しすぎるし、俺にあの剣は持てねえよ」
やっぱあの剣、重たいよね……。
高らかに持ち上げていたルフスは結構力あるよなと再認識。
「サンディークスは爺から旧ヴルク語は学んでなかったのか?」
「……ノーコメント」
なんかあるなこれ。
でも、その後は黙ったまま。
多分、お互いこれ以上つつくと僕へと筒抜けになるのを恐れている。
そんな気がする。




