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 手に残る温度は消え、蹴られたところだけが痛む。

 痛みが頭を切り替える。僕はルフスと入り口で待っていたサンディークスの車に乗り込む。

 また沈黙したまましばらく揺られていると、賭場に到着する。

 社長室は少し違和感がある。

「はぁ、ここもお前色になるんだろうな……」

 ルフスは明らかにテンションが下がっている。

「兄者がいいって言ったんだろ」

「そうだけどさ……ちょっと名残惜しい」

「女々しいこと言うなよ。ましてや仲のいい使用人の前で」

「おい、耳塞いどけ」

 遅いでしょ。全部聞こえたわ。

「で、今日のスケジュールは」

 問うたのはサンディークス。

 しょげているルフスは発言許可を慌てて出す。

「ええと……」

 珍しく空白だった。

「何もないですね」

「じゃあ、彼にはこの家具全部搬出してもらおう。後要らない本は持って帰ってもらって」

「殺生な……」

 なるほど、あの時ソファーをここに買うかどうか悩んでいてやめたのはサンディークスに一蹴されると思ったからなんだろうな……。

「スカーレットはそうだな……今日交渉がないなら黒服への教育ぐらいじゃないか?」

 そうだ、ここでは通名を使うんだ。スカーレットって名前も久しぶりな気がする。

「……威厳がなくなるからやめてくれないか」

「ははは、もう遅いんじゃないか?」

 間違いない。

「でも、そうだな……昨日全部引継ぎできたわけじゃないしな……」

「だったら俺とお前はここで引継ぎ、あいつに整理を頼めばいいだろ」

「そうだな」

 やっぱり指示系統はルフスの方が手慣れている感じだ。

「ホワイト、そこのキャビネットの上から三段目の資料全部持ってこい」

 慣れぬ名前に一瞬出遅れる。

 開けて、出てきた紙の束。一度に持てないその量を分けて、机に置く。三列に分けた。

 その間に別の椅子を持ってくるルフス。

「待て、今から全部読むのか」

「お前、これくらいも読めないのか?」

「いや無理だろ」

 僕も無理だと思います。一枚の文字量も結構多い。

「どうする、お前がやりたかった決定権の行使、できるのか?」

「……こんなに多いとは思わなかったぞ」

「実は読み方にコツがある」

「お前は棚の本、右から一つ分は……棚から出しておいてくれ」

 僕に指示。

 本棚は四つ、背丈の二倍ぐらいはある高さ。幅も両手広げたくらいだな……。

 ということは結構私物じゃないか。

 本棚から取り出した本を床に積み上げる。

 背後で資料の読み方と引き継ぎ。

 さっぱりわからないけど、いろんなパターンがあるらしい。

 それでも兄者は速読すぎると文句を言うサンディークス。

 こう見ると、元の状態も正解だったんじゃないかなと思わなくもない。

 本の山も、思ったより仕事に関係ありそうなのだが。

 梯子を上って少しずつ降ろす作業は神経を使う。

 突然憤るサンディークス。

「くそ、なんでこんなに多いんだ、もうちょっと他に任せればいいだろ」

「おいおい、トップがこんなことで投げていたら威厳がないぞ」

 逆転現象。二人の立場はコロコロ変わる。

「俺はプレイヤーがプレイヤーらしく動けるように極力余計なリソースを裂かないようにこっちで集約していた。ヴァーミリオン、お前はどっちかというとプレイヤー寄りなんだろ」

「それは否定しないが……そのしわ寄せが俺に来てないか?」

「俺もそれは否定しない」

 何だこの二人。従業員想いすぎる。

 世の中の上司、こうであれ。

 さて、本は下ろし終えた。

 二人に近づいて状態を指さす。

「終わったか。段ボールもらってこい。フロントに行けば裏方にはあるはずだ」

 僕は黙って出ていこうとする。

「代理印章持ったか?ここの扉はノック四回。そしたら開ける」

 頷いて部屋を出た。自動でカチャリと閉まる扉。

 さて、思いきりで出てきてしまったが、フロントか。

 とりあえず、エレベーターで上に行けばいつかはたどり着くはず……。

 前に行った侯爵の部屋へ行くエレベーターに行く。やっぱり乗り換えは必要で、認証が毎度いるのが面倒だった。

 それを公爵、侯爵、伯爵、子爵、そして僕が来た男爵の位置まで上がっていった。

 そういえばあいつ、まだやってんのかな。

 からかう気持ちで男爵の部屋を覗いた。

 サーっと眺める。あ、いた。

 意外と近いんですけど。

 なんか揉めているな……。

 うわ、こっち見た。

「お前、なんでここに居るんだよ!しかもなんか身なりは敗者とは思えないぞ!」

 揉めてるの差し置いて話しかけてくる。僕は当然喋れない。

「説明しろよ!おい、何があったか知らねえけどもう一度勝負しろ、お前からなら調達簡単だしさ」

 本人を前に何を言っているんだこいつは。

 絶交したのは僕の心の中でだけだったし仕方ないか。

 もう面倒見切れないなと踵を返す。

 でも肩を掴まれた。

「話聞けよてめぇ!席座れって言ってんだよ!」

 やっぱり唾飛ばしてきて汚いな……。

 ハンカチで拭く。

「気取りやがって!」

 その瞬間、頬に拳が飛んでくる。衝撃で僕の輪郭が薄くなる。

 本当に哀れな奴だ。痛みとか、怒りとかそういうのを通り越してため息が出る。

 周りがざわつく。

 黒服が駆け付け、僕らを引き離す。

「黙ってカモになっておけばよかったんだ」

 元友人の目つきは亡者。抱え込まれたことに怒りを爆発させて暴れている。

 多分、また全部すってしまって一文無しなんだろう。

 彼もまた、通名はホワイトだったりしてね。

 一方の僕は無抵抗で、代理印章を出した。

 黒服同士目を合わせる。

 失礼しましたと、一礼された後、僕は会場から出る。

 その直前、彼は最後に残した。

「このままだと強制労働なんだ!助けてくれよ!」

 そんな懇願、僕が受けると思うか。呆れた。

 おとなしく自分の運命受け入れろよ。

 僕は振り返りすらせず、力強く扉を開ける。

 扉は閉まり、音は消える。

 静寂が僕を切り替える。

 ちょっとだけ僕じゃない僕が前に出てきた気がする。

 ああ、なんか妙な感覚だけど、油を売っている場合じゃないな。

 頭を振って感覚を振り払う。

 フロントへ行くと見覚えのあるせっかちな受付の人。驚いている。

 裏方の扉を見つけて突入。

 受付が止めようとしてきたのでさっと代理印章を出す。代わりに受付が止まる。

 裏方に段ボールを見つける。

 通りすがりの黒服に声をかけられる。

「どこまで行くか知りませんけど、流石にメインエレベーターじゃなくて従業員エレベーター使ってください」

 裏方の通路の奥にある。

 つくづく僕はエレベーターによく裏切られる男。……地下六階までいけるじゃないか!

 ノック四回で開く扉。

「遅かったな。御覧の通りヴァーミリオンは撃沈している」

 机に突っ伏している。

 僕は思わず笑う。

 完全にオーバーフローしたって感じだ……。

「箱に詰められるだけ詰めておいてくれ。テープは……まだ余っていたはずだ。そこの引き出し」

 本棚の隣にある別の引き出しを開ける。確かにある。

「俺は少し上の階を見てくる」

 どこまで行くのだろうか。

 もし男爵フロアまで行くなら、あいつを断罪してほしいけど。

 箱を組み立て、本を詰めていく。

 ルフスが出て行って、しばらく静寂。

 そんな中紙が擦れる音。

「なんであいつこんなに隠してやってんだよ……突っかかった俺がバカみたいじゃねえか」

 独り言?それとも僕に言っている?

「なあ、直接話したことなかったよな。初めてしゃべるのにふさわしい話題じゃないかもしれないけど、使用人なら聞いてくれ」

 僕は手を止める。

「俺はあいつの使用人の一人を殺したんだ。そいつは混血だった。全部吐かせた。その中に黒い部分は一切なかったんだ。だけど、家の事を思ったら殺すしかなかった。それだけ印象が悪くなる要因なんだ。でもあいつは結構気に入ってたんだよその使用人の事」

 真実は切ない。サンディークスなりの正義に僕は胸を痛める。

 ルフスに人を見る目がなかったわけじゃない。ただ、生まれだけが悪かった。

 馬鹿正直だってことが伝わってなかったら僕も殺されていたかな。混血って思われそうな中途半端な回答していたから。

「ま、俺は適当に黒だったといってごまかしたけどさ……」

 サンディークスの背後にルフス。

「忘れ物をした。そしてその話、もう終わっているぞ」

「ど、どこから聞いていた!」

「でも、そうか。やっぱそうだよな。それがわかっただけでよかった」

 哀愁漂う表情は、ずっと引っ掛かっていたものがあったのだろう。

「返事になってねえぞ!」

「まずは嘘をついていたことを謝ったらどうだ?」

「全部じゃねえか……すまん」

 まだまだ家族内のしがらみは残ってそうな雰囲気。

 いつか全部清算してほしいな。せっかくいい方向に歯車は回りだしている。

 その後は本を詰めて、家具の搬出を準備したり、ただの引っ越し準備に近い事をやって終わり。

 本は車に乗るだけ乗せる。

「おい、明日はトラック借りて来い、全然乗らなかったぞ」

「俺はこれで出勤するからな。こいつに頼め」

「……もしその案で行くならどちらか同行してくださいよ?合言葉僕わかりませんよ」

「ああ、あれか。旧ヴルク語だ。大丈夫だ、すぐ覚える」

 僕らの国の昔の公用語。

 そりゃわからないはずだ。

「やめとけ、俺は未だにここの合言葉しか話せないぐらいには発音難しいから」

「じゃあアコレードできないなお前」

「あれは兄者にしか無理。祝詞が難しすぎるし、俺にあの剣は持てねえよ」

 やっぱあの剣、重たいよね……。

 高らかに持ち上げていたルフスは結構力あるよなと再認識。

「サンディークスは爺から旧ヴルク語は学んでなかったのか?」

「……ノーコメント」

 なんかあるなこれ。

 でも、その後は黙ったまま。

 多分、お互いこれ以上つつくと僕へと筒抜けになるのを恐れている。

 そんな気がする。

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