20
クソ真面目だけが僕の取り柄だ。
ちゃんと起床して、ルフスが起きるまでに身支度は整えて。
その後の家事も済ませて。
おおよそ九時。
わかっていたけど、僕はできるのか。
「先にもらっとくぞ」
ルフスは僕の前にでて鍵を開ける。
その先は見ないよう目を瞑る。
だから、どうやって書斎に運んだかは知らない。
「こぼさず飲めるまで自室で飲めよ」
それだけ聞こえて僕は取り残される。
また跳ねる心臓。
同じ轍は踏みたくない。気をしっかり持って。一応やったんだ。できたんだ。
拳で自分の心臓を一度強く打つ。異常に跳ねていた心臓が少し正常に戻る。
扉を開ける。飛び出してくる一人。とっさに出た手で腰辺りを捉える。扉をすぐに閉める。鍵を。
片腕の中で暴れるそれ。
あまりやりたくはなかった。だけど基本術も思い出していく。
支えていた腕をスライドさせて首を絞める。
当然もがく方向はそっちに行く。そのまま相手の背後を取ったまま背中を押す。こうやって前に進む。
ゆっくりと、自室へ。
運びきった。
背後なら、できるはず。眼なんて見えない。
脈はきっとここだ。首を絞めていた手を肩へ。そのまま牙を立てる。
……外している。
昨日の光景の再上映。痛みにもがく必死の抵抗。力だけでなく叫びと共に。
耳から深海に潜む恐怖が呼び起こされる。
なら、黙ってろ。
片手で口と鼻をふさぐ。
深海に潜む恐怖は音の鳴る方角を失って引っ込む。
相手の集中をそっちに移して僕も狙いを移す。
……かかった。ドッと口に入り込む流量が変わる。
昨日とは違う味と舌ざわりを今、改めて感じる。
しばらく抵抗と戦いながら目の前の体温と力を奪っていく。
その事実も少しずつ受け入れて。
それが僕らの本性だってことも受け入れて。
そうしなければ生きていけないことも受け入れて。
何かが僕の中で弾ける。
疑いは確信になっていく。
血が喉を滑るたびに顎を深く食い込ませる。対象を掴む手も無造作になっていく。
今、僕は人間をモノだと認識し始めている。
立てなくなったそれは、その場に崩れ落ちた。
ああ、支えるの忘れている。
もう惰性の流れ。床にこぼしたいくらかの血。床についたそれの額。
仕方なくかがんでまた口をつける。
次に口で息を吸ったときに違和感も吸い込まれた。この呼吸は誰のもの?さっきまでの自分の輪郭が少し薄れている。
あれ、僕は何をしていたんだろう。でもすごく満たされた気分。
僕じゃない僕が満たしてくれたんだよね。ああそうだ、絶対そうだ。
でも、やっぱり汚しちゃったね。
せっかく掃除したのに、また掃除しなきゃ。
ゆらゆらした視界と、ぼんやりとした思考で部屋を出る。
ドアノブを握る手にはまだそれの温度が残っている。
「その顔は何があったんだ」
「へ?」
何を言われているのかわからない。
「とりあえず食ったことはわかるんだが、お前は誰だ?」
「どういうことですか」
次の言葉を聞いてもわからない。
僕は僕だろ。
「おい、そんな心ここにあらずな状態で仕事できるわけないだろ」
「え」
言語を理解するまでのレイテンシーが発すべき言葉を殺す。
理解に苦しんでいる僕の脳に痛覚。
「また蹴ったでしょ、痛いですって」
「寝ぼけているからだ。お前はこのままここで夢うつつのままいるのか?ついてくるのか?」
「行きますよ。もちろん」
「だったら準備しろ。時計見ろ」
時計の針の位置は僕を現実に引き戻す。
後十分。急いで支度した。




