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 僕の誕生日はもう少し続く。

 すっかり夜は更けていて、冷えた夜風が肌を撫でていく。

 でもその風は決して寒くなく、むしろすがすがしいくらいだ。

「そういえば俺が弟に処刑させたって話、結局してなかったな」

 歩きながら話し始める。

 周囲に人がいないことも見て、会話許可の合図も出ている。

「そういえば聞いていませんね、前の話がでかすぎて」

 これを聞く体力はあの時にはなかったし、仕方ない。

「そいつは混血だった。どうも偽装がうまくてな。サンディークスが処理した。スパイだったそうだ」

 真実はサンディークスが自発的にやったことで、ルフスが命じたわけではないことに安心する。

「混血って聞くとどうしてもその印象ですもんね。真偽はともあれ。その人は……飲めなかったんですか?」

「確かに何かと理由をつけてお前みたいに小分けのを買ってきていた気がするな。何度か余計なものを買うなと叱った記憶がある」

 僕も買ってきていたら同じ流れでサンディークスに殺されていただろうか。

「そんな過去があってよく僕を買いましたね」

「とにかく家の事をやれる人が欲しくてな。でも、いい買い物だったと思うぞ。お値打ち価格だったしな」

 やっぱり家事は一人でできないようだ。ちょっと笑いそうになる。

「価格以上の仕事は十分したでしょ……」

「自惚れるなよ」

「たった十リッターなのに……」

「お前、賭場で自分の所持資産以上にチップへ変えてたの覚えてないのか」

「えっ」

 あの時限度いっぱいまで下ろしたってことしか覚えていない。

「それを全部取られたのなら、お前の印章からして……おっと、着いたな」

 ああ、好立地が仇となった。

「で、なんか今日セールらしいですよ」

「そんなもん気にしたことない」

 予想通りの反応。

「ですよねえ……でも人多いですよ」

「直通エレベーター使えばいいだろ」

「そんな便利なものあったんですか」

 今までなんで一番遠い場所にあるんだろうとは思っていた。

 そのままB層ゲートの認証を通していく。

「お前ずっと店内から上がっていたのか?」

「そりゃそうでしょう」

「これが庶民か……」

 呆れるルフス。

「今バカにしましたね?」

「したかもな」

 ちょっと笑ってるし。

 直通エレベーターに乗り込む。

 エレベーターの中にセールの張り紙。

『洗剤などの日用品が改良期間のため在庫処分でセール中!』

「あっ、これ、絶対買うべき……」

 指さして説明しようと振り向く。

 エレベーターは着いていて、ルフスは先に出ている。

 慌てて僕も出る。

 その時エレベーターに乗ろうとしている一人とすれ違う。

「あ、あんたあの時の!」

「あ、ゴミ捨て場で会った!」

 お互いに指さして驚きあう。

「こんなところで会うなんて」

 ハートフルな、解体専用工具の存在を教えてくれたいかついおじさん。

「いやあ、ホント。まあ、近いし今後ともよろしく。で、うまくできるようにはなったか」

「あの工具使って多少マシには」

「そりゃよかった。教えた甲斐はあったみたいで。あんたもしかして、今出てきたやんごとなき人の付き人か?」

 それは答えていいか少し悩んだ。

「ははは……」

 ちょっと濁す。

「とはいえ俺も……」

 彼の頭をグイっと下げる手。

「何を話しているのかしら?うちのバカに何か用?」

 世間の狭さを痛感する。あの高貴な匂いが再び。

「も、もしかしてヴァイオレットさん……?」

「どこかで会ったかしら。その名で呼ばれるってことはルーモルででしょうね。こんなド平民だと……誰かの使用人かしらねえ」

 やばい。

 直感が全身で危険を感じている。

 これ、外ですよね。

 ここは賭場じゃないけど、絶対しゃべっちゃいけない相手だ。初めのルール、忘れていた。まずい。

 後ろはエレベーターだけど、もう扉は閉まっている。

 手探りでボタンを押す。すぐに開く。

 ひきつった顔でそのまま下がって扉を閉める。

 一瞬ルフスがこっちを振り返った気がするが、確認はできぬまま。

 慌てて店の外に出る。でも、きっとすぐに二人は降りてくる。

 そうだ、店内のエレベーターから上がれば合流できるだろう。

 焦った僕はC層へ。

 まだまだセールの余韻は続いている。前に進むのも難しい。

 急がなきゃ。すれ違いはまずい。

 色々避けて。迂回して。気が付けばまた人間売り場だ。

 パニック。エレベーターの方向がわからない。

 僕は今日、誕生日なんだぞ!

 無理やり自分を鼓舞する。また人をかき分けて。

 見つけたゲート。自分の印章をかざして開く。エレベーターを呼ぶ。

 待ち時間だって休めない。焦燥だけが僕を削る。

 開く。乗る。上がる。

 ばったりルフスに出くわす。

 ルフスもまた少し焦った感じで言う。

「一旦上にいく。Aから地上に行く直通で帰る」

「すいません、僕のせいで」

「発言許可は出してないぞ。ただ、代理印章は?」

 あ、着替えたときに持ってくるの忘れた。当然採血針も。

 もうグダグダだ。

「こんな時に限って。なら、あいつらが帰るまでぶらつくか」

 正直もうC層で削られるのは勘弁だ。上に上がれないならその提案に乗るしかない。

「クソババアがいるのは見えたからさっさと逃げたんだが、お前が捕まると思わなかった。あそこで引いたのは正解だったと思うぞ」

 直感の選択は間違ってなかったみたいで安心する。

 なんだか緊張感すごいところにばかり行って、第六感が磨かれた気がする。

「にしても、知り合いでもいたのか?」

 許可の合図。

「同じマンションの……ごみ捨ての先輩です」

「なんだそれ。でも、あいつも使用人なんだよな」

「そうですね、ヴァイオレットさんの」

「ゲッ、あのクソババア同じマンションだったのかよ。見慣れないヤツだったが……二人も使用人持っているのか」

「確かに応接室の人とは違いましたもんね」

 あの凛としたかっこいいお兄さんといかついおじさん。

 結構振れ幅あるし、ヴァイオレットの好みがよくわからない。

 いや、考えなくていいことだけど。

「ところであいつは何階のやつだ」

「えっ、覚えてないですけど僕らよりは下の階です」

「ならよし」

 住んでいる階層でヒエラルキーがあるっていうのは噂だと思っていましたけど、本当にあるんですね……。

 許可の合図はもう終わっていて、僕は口を閉ざす。

「ところで、欲しいものはもう買ってある。外の引き取り窓口に行くだけなんだが、お前、ちゃんと運べよ」

 はいもいいえも言いにくい。

 どう答えるか悩んだ。

「商人なら商人らしく商品運べ」

 なんで今存在しない職業の……いや、苗字の由来を持ってくるんだ。

 こんだけいうってことはどうせ女性なんだろう。

 まあ、なんだかんだ一度運んでいる。一人だけど。

 ちょっとだけソワソワしてしまう。

 今日一日だけで二回も。

「っと、その前に寄るの忘れていたな。書籍売り場行かせてくれ」

 スタスタと進みだす。

 僕の緊張返して。

 階段を上がり、B層二階の僕はあまり入ることのない書籍売り場。

 何を見に行くんだろうか。

 ……歩くスピードすごく早いけど、本の背表紙は見えているんだろうか。

 視線と首の動き的には棚を眺めているようには見えるけれど……。

 突然立ち止まったので僕も急ブレーキをかける。

「フフフ」

 なんか気持ち悪く笑っている。普段見ない子供っぽい表情。

 ほんとに好きだな本。何の本だろうか。

『死ぬまでに見たい絶景』

 絶対ファベルとの結婚に向けてなんか考えているだろ。

 笑っているのはちょっと惚気ているのだろうか。

 すごく茶化したい。

 こういう時ずるいな、発言権。

 ルフスは咳払いして、僕にこれを持てと黙って渡す。

 慌てながらも受け取る。

 またスタスタと進む。

 その後は売り場をぐるぐるしてさらに三冊、よくわからない真面目な本を僕の腕に乗せてお会計へ。

 もちろんトークンじゃなくてツケで。

 僕は代理印章がないのでルフスが自分の印章で買っている。

 なるほど、本人がツケ払いする場合は採血するんだな……。

 あの針はファベルお手製のものでは?早速使っているのに僕は少しにやける。

 僕もツケ払いに慣れてきたけど、本来なら重たいトークンを持ってこなきゃいけない。

 高価なものを買う人にとってそれは大変だし、ツケ払いは合理的だなあと改めて思った。

 でも、庶民には関係ない。

 というか、僕を賭場に連れてきた元友人なんかにそんな制度使えていたら、恐ろしいことになっていた気がする。

 世の中は意外とよくできている。ちょっと感動する。

「ほら、何ぼさっとしているんだ。大仕事はまだ終わってないぞ」

 2階からも出ていた直通エレベーターで一気に外へ。

 扉が開いて店内と外の温度差に皮膚がきゅっとなる。

 外にある引き取り窓口へ。

 ルフスは番号札を係員に渡し、係員が人間を連れてくる。

 その紐の数は四本だ。思わず二度見して心臓が跳ねる。

 紐を持つ手から目を動かすわけにはいかなかった。四人もいるんじゃ誰かの眼を見てしまう気がして。

 緊張で握力が半減している。このままじゃ引っ張られたら手からすり抜けそう。

 本の入った袋を腕の奥の方にやって、その手で紐を持つ手に余った紐を巻き付ける。

「ありがとうございました」

 窓口の係員は定型文を言っていたけど、僕はそっちすら見ず、ただ前を見ている。

 行かなくちゃ。歩き始める。

 紐は常にピンと張っていて、全然後ろが付いてこない。

 なんでだ。早く行かせてくれ。

 巻き付けた紐が手に食い込んでくる。

「止まれ。紐が絡まっている」

 慎重に振り返る。確かにぐちゃぐちゃだ。

 でも、ほどくには手に巻いた紐をほどかないと。

 ああ、これを離したら走り出してしまいそうだ。

 手を見つめていると後ろから大きなため息。

 ルフスは黙って紐の根本を掴む。

 急いで紐をほどくと、圧迫された血流が解放される。

 僕の焦りも背後の安心感で少しほどける。

 前に進む。けれどその歩みはほんの少しゆっくりになる。

 この後は時々紐の様子もうかがいながら、家までたどり着く。

「はぁぁぁぁ」

 今まで貯めこんでいた焦燥が口から飛び出していく。

 そのまま限界がきて玄関で四つん這い。紐はまだ手の中。

「とりあえず買って運ぶぐらいはできるようになったか?」

「スパルタすぎます……一日二回はハードです……」

「お前が買い忘れるのが悪い」

「それもそうなんですけども」

「とりあえずそこでヘタレてないで早く動いてくれないか。邪魔だ」

「そんな殺生な」

 黙ってお尻を蹴られた。

「あああああ」

 痛みに呻く僕。

「本だけもらってくぞ」

 腕から袋だけ取られた。

 支えていた腕を取られて倒れる。

 そんな僕を跨いで奥へ向かった。酷い話だ。

 四本の紐が一斉に前へ引き、僕は引きずられるように立ち上がる。扉前で止まり、詰まった前方をかき分けて進む。

 眼を見なきゃ大丈夫。大丈夫なはず。

 扉を開けるとまた四本の紐の先はビー玉を床にばらまいたように四方八方。

 キリキリと締め付けられる手に限界を感じる。

「いい加減にしてくれ!あんたらはこっちだ!」

 流石に力が分散して入れ込めない。

 手の紐を離す。

 勢いで紐の先の全員が倒れる。

 この時僕は相当頭に血が上っていたと思う。

 ただ、使命感で、嫌がる彼女たちを一人ずつ鍵のついたあの部屋に押し込んでいって。

 扉を開ける。

 まず一人。強く紐を引いて立たせる。背中を強く押す。一旦扉を閉める。

 同じリズムで二人。三人。四人。

 鍵を閉めて、はい、終わり。

 肩で息をしていた。

 呼吸と共に遠くなっていた自分が帰ってくる。ついでに締め付けられた手の痛みも帰ってくる。

 でも何だろうか。

 事実を認識したときに僕は本当にあんなことできたんだろうかって。

 あれは僕の中の誰かがやったのかって。ずっと感じていた焦燥感は混乱へと変わっていく。

「何を騒がしくやっているんだ?」

 書斎からルフス。

 混乱のまま彼を見ると、声が自然と出ていた。

「僕は……本当に僕なんですかね」

「哲学的だな。生まれたてならアイデンティティが揺らぐのも無理はないんじゃないか?お子様よ」

「……そういう感じなんですかね」

「だから、お前はアキエスという名の別個体になりつつあるんじゃないか?」

「初めて名前呼びましたね?」

「軽口言えるくらいには元気なようだな」

 ちょっと嵌められた気分。

 でも、彼の計らいに混乱は少しだけ落ち着く。

「なら、明日は仕事手伝ってもらうぞ」

「急ですね……」

「それと、お前は七時には起きとけ。俺はいつも七時半起床だ。その間に身支度は済ませろ。次実家帰るまでに習慣付けとけ。それと……」

 疲れた体に怒涛の情報。

 流石に一回遮ってスケジュール帳を取ってくる。

 日々のルーティンとしては、十時までに家事を全部済ませたら賭場へ行く。賭場ではスケジューリングと部屋の整理。交渉の場の立会人と。

 他にはサンディークスへの引継ぎでてんやわんやしている部分を手伝ってほしいとのこと。

「詳しくは現地で話す。また明日よろしく。よい夢を」

 そうして書斎の扉は閉まる。

 僕も疲れ切ったこの身体を早く休めたい。着替えようと部屋に入る。

「これは……自分の分だもんなあ!」

 目の前の光景に頭を抱えた。もう少し寝れそうにない。

 この後僕はいつもの解体とゴミ捨て、行水と済ませて就寝。

 部屋の掃除は諦める。

 そんな部屋に染み付いた血の匂いが気になるから、布団にもぐる。

 今は後でできる面倒なことは全部忘れてしまえ。

 横になった瞬間一気に力が抜けて、意識が沈んでいく。

 牙人としてのリスタートができただろうか。

 僕の誕生日はもう少しだけ続く。

 今日の経験と痛みはそんな僕への贈り物。

 それを抱いて夢の中。

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