第六話:鋼鉄の休息、あるいは老人の独白
第六話:鋼鉄の休息、あるいは老人の独白
傀儡国の国境を越え、たどり着いた地方都市。
そこは、かつての大国の威光を映すかのように、無機質なコンクリートの建物が整然と並んでいた。だが、街を歩く人々の顔には、どこか諦めに似た倦怠感が漂っている。
私は「ADUADS」……公式名称「ピースメーカー」という名の、誰にもそう呼ばれない「おもちゃ」を、街外れの古びた町工場へと滑り込ませた。
「……ほう、こりゃまた珍妙な機械だな。同盟国のロボットか?」
油の染み付いた作業服を着た老整備士が、片目を細めてADUADSを見上げた。
私はハッチを開け、エレーナを先に降ろすと、自分も地面に降り立った。久々に踏むアスファルトの感触が、妙に頼りない。
「整備をお願いしたい。脚部の駆動系と、センサーの清掃だ」
「断る理由はねえよ。見たところ、使われてるパーツの半分はうちの棚にある建機用やドローン用の民生品だ。軍の『本物』よりよっぽど筋がいい」
老整備士は手際よく工具を手に取った。
これこそがADUADSの真骨頂だ。専用の軍用施設がなくても、世界中のどこにでもある町工場で息を吹き返す。この「おもちゃ」は、戦場における究極のDIY作品でもあった。
対話:老いた虎の終焉
整備を待つ間、老整備士はパイプに火をつけ、私に安っぽいコーヒーを差し出した。
工場のラジオからは、相手国の元大統領が拘束されたというニュースが繰り返し流れている。
「……あいつも、昔はもっと賢明だったんだがな」
老人が、煙を吐き出しながら呟いた。
「拘束されたあの元大統領か?」
「ああ。強権的だったが、この一帯を安定させていたのは間違いねえ。だがあの紛争……ありゃあ完全な失策だった。老いってのは恐ろしいもんだ。全能感だけが残り、判断力だけが摩耗していく。虎が狩りの仕方を忘れて、自分の影に怯え始めたら、そりゃあ独裁の終わりさ」
私は黙ってコーヒーを啜った。
かつて私が「白夜の雪解け」で追い詰めたのは、一人の有能な指導者ではなく、時代に取り残された老人の「焦り」だったのかもしれない。
「今の傀儡国の大統領も、次はどう動くか。泥船から飛び降りる準備だけは早そうだぜ」
老整備士の言葉には、長くこの地で荒波を見てきた者特有の重みがあった。
ADUADSの脚部が、新品のグリスで鈍く光る。整備は完璧だった。
孤立:空からの伝言
その日の夜。私たちは街の安ホテルの一室を確保した。
弾薬の補充、日用品の買い出し。久々のシャワーと、清潔なベッド。
だが、エレーナがサブコンソールでようやく当該国(私が駐在していた国)の中枢と連絡をつけたとき、その微かな安らぎは打ち砕かれた。
モニターに映る本国の司令官の顔は、疲弊しきっていた。
「……海堂大尉。無事で何よりだ。だが、今のこちらに君たちを迎えに行く余裕はない」
「援軍は送れない、ということですか」
「すまない。相手国も、そして我が国も、紛争後の混乱で手一杯だ。各地で難しい情勢になっている、インフラの復旧もままならない。……海堂大尉、君の任務を継続してほしい。自力で友好国を目指すんだ。王女を、エレーナ様を必ず送り届けてくれ」
司令官は申し訳なさそうに視線を逸らした。
「……作戦資金については、君が持つ特殊工作用の共有口座の凍結を解除した。額は問わない、必要なものはすべて現地で調達しろ。……健闘を祈る」
通信が切れる。
沈黙した部屋に、電子音だけが響いていた。
「……仕方がない、事なんですよね?」
エレーナが困惑気味に笑った。
「あの時起きたテロ事件は既に収束したが、今は難しい時期だ。君の方が詳しいと思うが相手国は複数の構成国家を抱えた連邦国だ。君の母国の当該国や今我々がいる傀儡国のように独立して関係性を明確にさせている国のほうが珍しいくらいだ。独立する事無く、または独立を鎮圧された構成国がどう出るか現在は不透明だ。テロ組織も我々を狙っている組織以外にも複数存在しているだろう」
私は窓の外、街の灯りを見つめたまま引き続きエレーナに話しかけた。
「そんな中、私たちからしてみれば一大事だが、AFV(戦闘車両)を保有しているとはいえ、二人の人間すら拘束できないようなテロ組織に対応する優先度は明らかに低いだろう」
「でも、王家に連なるとはいえ王位継承順位を自分でも把握出来ていないくらい、低い私と違い「エアリアル・オブスタクルズ」(ADUADSの開発、配備、運用計画)の功労者であり、私が知っているのも気付いていると思うけど颯真は「白夜の雪解け」を発案した重要人物なのでは」
「やっぱり知っていたか。君のことは信頼しているから、何故しているかは敢えて聞かないよ。ただ戦略シミュレーションや戦術構築を専門としていた人間としてその理由は、今現在の状況では優先度は低い。例え王位継承順位を自分でも把握出来ていないくらい低くても、現状の優先度は君の方が高い。ただ残念ながらそれも、他の緊急に対処しなければならない事案に比べれば、明らかに低い。皮肉なことだが、我々が後回しにされていることは政府や軍上層部が正常にかつ的確に事態を把握し判断出来ている証左でもある」
複雑な心境を抱えたまま、二人は沈黙した。
誰の助けも期待できない。頼れるのは、町工場で息を吹き返した四本の脚と、隣にいる少女だけだ。
友好国の首都まで、まだ道のりは遠い。
だが、皮肉にも目的はより明確になった。
「明日、出発する。……おもちゃの真の価値を、傀儡国の連中にも教えてやらないとな」




