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第五話:境界の審判、あるいは雨の洗礼

第五話:境界の審判、あるいは雨の洗礼

夜明け前の青白い霧が、荒野を包み込んでいた。

前方に見えるのは、相手国と傀儡国の境界。かつては形骸化していた検問所だが、今は高さ四メートルの強化フェンスと、最新鋭の「自動警備システム」が鎮座する、文字通りの鉄のカーテンとなっていた。

「……颯真、起きて。検問所が見えるわ」

エレーナの静かな声で、私は意識を覚醒させた。

座ったままの浅い眠り。首の凝りを回してほぐしながら、パノラマモニターの出力を上げる。

「……あれが、この国を出る為の最後の難関か」

検問所の屋根には、銀色のドーム型センサーと、四門の自動機銃が据え付けられていた。

それらは、軍用ではなく「重要施設防護用」として輸出された民生用セキュリティ・システムの流用だ。皮肉なことに、開発には同盟国の企業も関わっている。

「エレーナ、通信状況は?」

「最悪よ。……検問所のシステムは、完全に『残党』に乗っ取られているわ。正規の認証コードは書き換えられ、今は『特定機体——つまり私たち——を感知次第、即座に排除』という命令がループしている」

私は、コンソールに映る検問所の設計データを見つめた。

かつて私が「白夜の雪解け」で利用したのも、こうした「システムの隙」だった。

あの時、私は作戦の成功率を数パーセント上げるためだけに、首都の刑務所を襲撃させ、凶悪な囚人たちを街に放った。擾乱じょうらんの中、逃げ惑う市民の悲鳴は、モニター越しには聞こえなかった。

だが、赴任当初、ただの「実証評価」のためにこの国に来た私が、最後に見せたかったのは、そんな血塗られたチェス盤ではなかったはずだ。

「……あの時、俺が解き放った『混沌』の報いが、これなのかもしれないな」

「颯真?」

「何でもない。……エレーナ、敵は現場にいない。システムの中に潜んでいる。なら、俺たちは『おもちゃ』らしく、システムの盲点を突くぞ」

強行:システムの盲点

私はADUADSアドゥアッズを歩行モードから、最も重心の低い「隠密匍匐ステルス・クロール」に切り替えた。

四本の脚を蜘蛛のように広げ、地面に腹を擦るようにして霧の中を進む。

「……来るわ! センサーがロックオンを試みている!」

検問所の自動機銃が、不気味な作動音を立ててこちらを向いた。

ガガガガガガッ!

一二・七ミリの重機銃が、霧を切り裂いて地面を耕す。

「モードB、ホログラフィック・デコイ展開!」

私は機体上部から、数個の小さな球体を射出した。

これも本来は「屋外イベント用の立体投影機」だ。霧の中に、ADUADSの虚像が三つ、異なる方向へ走り出す。

無機質な自動システムは、その「より大きな熱源と影」に反応し、銃口を逸らした。

その隙に、私は本物のADUADSをフル加速させる。

「エレーナ、検問所の制御パネルへ、強制割り込み(オーバーライド)を頼む! 三秒でいい!」

「やってみる……! リンク成立……書き換えるわ!」

彼女の指が、光速でキーを叩く。

検問所の強化ゲートが、一瞬だけ、苦しげな音を立てて持ち上がった。

突破:鉄の向こう側

「今だ!」

私は跳ね上がったゲートの隙間に、ADUADSの巨体を滑り込ませた。

直後、背後でゲートが激しい音を立てて閉じる。

自動機銃が再びこちらを向こうとしたが、すでに私たちは「傀儡国」の領内——システムの防衛範囲外へと飛び出していた。

だが、勝利の余韻に浸る間はなかった。

パノラマモニターに、見慣れないアラートが点滅する。

『Warning: Unknown Remote-Access Detected.』

「……エレーナ、今のゲート操作で、逆探知されたか?」

「……違う。これ、逆探知じゃない。向こうから『話しかけて』きているのよ」

メインモニターの映像がノイズで乱れ、一つのテキストが表示された。

『「白夜の雪解け」の考案者、海堂颯真大尉。あなたの「賭け」はまだ終わっていない。——我々は、あなたの良心がどこまで耐えられるか、楽しみにしている』

それは、かつて私が刑務所襲撃を指示した際に使用した、暗号プロトコルと同じ形式だった。

「……奴ら、知っているのか。俺が何を隠し、何を悔いているのかを」

私は握りしめたスティックから伝わる微かな振動を感じていた。

敵は、物理的な破壊だけでなく、私の過去そのものを標的にしている。

「颯真……大丈夫よ。私たちはもう、一人じゃないわ」

リアシートから、エレーナの手が私のシートの背に触れた。

その温もりだけが、私をこの現実の、操縦席に繋ぎ止めていた。

霧が晴れ、前方のハイウェイに、傀儡国の平和な街並みが見え始める。

だが、その平穏の下にも、姿を見せない「操縦者」たちの影が潜んでいることを、私は確信していた。


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