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第四話:鉄の休息、あるいは魂在処

第四話:鉄の休息、あるいは魂の在処

ハイウェイを外れ、地図にも載っていないような廃ガソリンスタンドに滑り込んだのは、午前二時を回った頃だった。

周囲は不気味なほどに静まり返り、月光が錆びついた給油ポンプを銀色に照らしている。

「……ここなら、熱源探知も遮れるはずだ」

私はADUADSアドゥアッズを建物の影に「蹲踞そんきょ」させ、システムを最低限のスタンバイ状態に移行させた。パノラマモニターの光が落ち、コクピット内は計器の微かな残光だけになる。

「エレーナ、君は中で休んでいろ。ハッチは閉めたままだ。通信コンソールで周囲の警戒を頼む」

「颯真、外に出るの? 危険だわ」

「機体の脚部をチェックしておかないと、次の跳躍で本当に折れる。……『スカイアンカー』の名が泣くからな」

私は予備の拳銃を腰に差し、手動レバーでハッチをわずかに開けた。冷たい夜の空気が、火薬と油の匂いが染み付いたコクピットに流れ込む。外へ出ると、地面は霜で白く凍てついていた。

点検:鉄の巨獣

携帯ライトの細い光が、ADUADSの脚部をなぞる。

産業用鋼板に刻まれた無数の弾痕。泥と煤にまみれた四本の脚。だが、関節の油圧シリンダーに漏れはない。

「……頑丈な奴だ。さすがはトイ&アート出身だな」

私が独り言を漏らすと、ヘッドセットからエレーナの小さな声が聞こえた。

「ねえ、颯真。どうしてこんな機体を作ったの? 普通、軍の将校なら、もっと最新鋭の無人戦車や、強力な『スカべンジャー』のような装甲車を欲しがるものじゃないかしら」

彼女が挙げた『スカべンジャー』は、支援国が誇る最新の防空車両だ。確かに、あれがあればドローンなど一掃できるだろう。

私は泥を拭いながら、機体を見上げた。

「……無人機は便利だ。だが、俺は好きじゃない。機械に『誰を殺すか』の最終判断を完全に委ねるのは、無責任だと思っている」

「無責任……?」

「ああ。自動化されすぎた兵器は、現場にいる人間の痛みを忘れさせる。このADUADSは、あえて『搭乗型』にこだわった。パイロットが恐怖を感じ、責任を感じながらトリガーを引く。それが技術開発者の本来の意図だと、俺は信じているんだ」

ライトの光が、左腕のショットガンの機関部を照らす。

「俺はかつて、戦略シミュレーションや戦術構築を専門にしていた。……ある意味で、冷徹に数字を弾くだけの人間だった。だが、ある作戦で……」

私は言葉を切り、夜の闇を見つめた。

かつて考案した『白夜の雪解け』。あの作戦で、私は何万という兵士をチェスの駒のように動かした。成功はしたが、その影でどれだけの人間が血を流したか、私はこの目で見ていない。

「だからこそ、この紛争では、一番泥臭い場所で、一番人間臭い機械に乗りたかったのかもしれないな。PKS(専門特殊部隊)のようなエリートではなく、この『おもちゃ』と共に」

颯真が照れくさを誤魔化すかのように言葉を続けた。

「まあ、あとコストパフォーマンスの問題もある。さっき話にでた「スカベンジャー装甲車」に比べ安価だしな」

「どれくらい違うのですか」

「スカベンジャー装甲車一台の値段でADUADS六台分かな」

「!そんなに違うんですか」

「色々と単純に比較出来ないところはある。ミルスペック(軍用規格)と民生品の違いとか、射程距離とかの基本的なカタログスペックは圧倒的にスカベンジャーが上だが、ADUADSにしか出来ない事もあるし。」

「まあそれと我が国の国内事情があったしな。詳細は省くが、同盟国には防衛装備品輸出三原則というのがあって、殺傷能力のある兵器は輸出出来ないことになっている。地雷除去のための重機のようにADUADSはあくまでもドローン兵器から防衛する為の装置とする必要があったんだ。さて、長くしゃべりすぎたようだ。おしゃべりはお終いだ。先に休んでくれ」

共有:凍える夜の温もり

作業を終え、私はコクピットへ戻った。

エレーナが予備の毛布を広げ、備蓄していた民間用の非常食を温めて待っていた。

「おかえりなさい、颯真。……これ、温かいわよ」

差し出されたのは、何の変哲もないレトルトのスープだった。だが、冷え切った指先には、どんな高級料理よりも愛おしく感じられた。

狭いコクピットの中で、肩を寄せ合うようにして食事を摂る。

パノラマモニターには、エレーナがセットしたARの「焚き火」が映し出されていた。

「颯真。……さっきの続きだけど。あなたは、冷徹な人なんかじゃないわ」

スープを飲み干したエレーナが、まっすぐに私を見つめた。

「だって、あの式典で、あなたは真っ先に私を助けに来てくれた。命令でも、戦略でもなく、自分の意志で。……私は、その時のあなたの顔を覚えているわ」

私は答えに窮し、わざとらしく空になったカップを見つめた。

「……ただの生存本能だ。王女様を死なせたら、後見人の同盟国に顔向けできないからな」

「嘘つき。……でも、いいわ。今はその言葉を信じてあげる」

エレーナは少しだけ微笑み、私の肩に頭を預けた。

彼女の髪から、微かに花の香りがした。それは、この鉄と硝煙の旅路において、唯一「平和」を感じさせるものだった。

「……少し寝ておけ、エレーナ。夜明けには出発する。傀儡国の国境検問所は、もうすぐだ」

「……ええ。おやすみなさい、颯真」

静かな寝息が、ヘッドセット越しに聞こえてくる。

私は一人、モニターの焚き火を見つめながら、拳銃の弾倉を確認した。

次の目的地は、傀儡国の重要拠点。

姿を見せない敵の操縦者たちは、おそらく、私たちの「休息」さえも計算に入れている。

だが、この鉄の檻の中に灯った小さな温もりまでは、計算できていないはずだ。


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