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第三話:幽霊の森、あるいは見えない指先

第三話:幽霊の森、あるいは見えない指先

ハイウェイM1(主要高速道路)は、国境付近の大都市圏を越えたあたりから急激にその表情を変える。

かつては相手国と傀儡国そして、友好国を結ぶ大動脈だった道も、今はひび割れたアスファルトの間から雑草が顔を出し、両脇には「幽霊」のように白い幹を晒した白樺の原生林がどこまでも続いていた。

太陽は完全に沈み、パノラマモニターには外部カメラが捉えた緑がかった暗視映像ナイトビジョンが映し出されている。

「……静かすぎるな」

私は、ADUASアドゥアッズを時速二十キロの「巡航モード」に保ったまま呟いた。

ディーゼルエンジンは低回転で唸り、電気モーターの微かな高周波音がコクピット内に満ちている。

「ええ。……さっきから、民生用の無線タグが幾つも反応しては消えています。物流用の自動追跡システム……いえ、それにしては不自然な動きだわ」

リアシートで、エレーナの指先がサブコンソールの仮想キーボードを叩く。彼女の横顔は、モニターの淡い青に照らされ、透き通るような白さを帯びていた。

「距離と位置は?」

「不明。……待って、颯真。これ、ドローンの制御信号じゃない。もっと低い……農作業用の自動操縦波テレメトリよ」

その瞬間、モニターの端に警告アラートが走った。

「——熱源感知! 真上です!」

「何だと!?」

私は咄嗟に右フットペダルを中央まで踏み込み、腰部旋回をロック。同時に右手スティックを跳ね上げた。

見上げた夜空。白樺の梢の隙間から、巨大な「影」が音もなく舞い降りてきた。

それは軍用の鋭利な形状ではない。農業用の大型農薬散布ドローンを黒く塗装し、そのアームに自動小銃を強引に括り付けた「急造の猟犬」たちだった。

猛追:農薬散布機の雨

タタタタタタッ!

頭上から、七・六二ミリ弾の掃射が装甲を叩く。

「チッ、連中、現場に姿を見せないどころか、隠れもしないか!」

ドローンは三機。どれも民生品ゆえに機体サイズが大きく、積載量も多い。

アームに吊り下げられた即製爆発装置(IED)が、夜の森に鈍く光る。

「エレーナ、敵の送信元を逆探知できるか!」

「無理です、複数の衛星リンクを経由して暗号化されています。操縦者は……おそらく数百キロ先、あるいは国外かもしれません」

「迷惑な連中だな。しつこいにも程がある。……ACD(自動防御)、アクティブ!」

私は左レバーを傾け、機体を白樺の木立の間へと滑り込ませた。

四本の脚が「ステップ動作」で倒木や岩を軽々と越えていく。路面状況をAIが先読みし、コクピットの揺れを最小限に抑える——かつての母国で「乗り心地の良いアート」として磨かれた制御技術が、今、私の命を繋いでいた。

ガシャン!

背後でゲージ・シールドが火花を散らす。

追尾してきたドローンの自爆突撃を、AIがミリ秒単位の予測で叩き落としたのだ。

「次はこっちの番だ。モードA、レーザー・ダズラー出力最大!」

右メインアームが高出力レーザーを放つ。

狙うは機体そのものではなく、ドローンの底部にある「民生用センサー」だ。

軍用のような対レーザー遮蔽を施していない安価なカメラは、数秒の照射で焼き切れ、真っ白なノイズを吐き出しながら制御を失っていく。

「一機、ロスト! 墜落しました!」

「よし、あと二機——」

だが、エレーナの悲鳴に近い声がヘッドセットを打った。

「颯真、前方! 道が塞がっています!」

窮地:鉄の判断

モニターの先、白樺の巨木が数本、意図的に切り倒され、ハイウェイを完全に封鎖していた。高さ50センチ程度の障害なので、ADUADSの四足歩行モードでは乗り越えるのは可能だが戦闘しながらでは難しい。左右は深い泥濘ぬかるみの湿地帯。ADUADSの八・八トンという重量では、一度足を取られれば二度と脱出できない。

背後からは残る二機の農薬散布ドローンが、自爆のタイミングを計るように高度を下げてくる。敵は、私たちをここで足止めし、後続のテクニカルか、あるいはより強力な遠隔兵器が到着するのを待つつもりなのだろう。上空の二機には対応出来るが完全に足を止められた状況でどこまで持つかわ、分の悪い賭けであった。ADUADSはあくまでも対ドローン兵器で車両に対応する事は想定していない。爆薬を積んだテクニカルがこの状況でドローン兵器と一緒に突っ込んで来たら、撃破される可能性がある。相手が直ぐに実行しないのは事実上の降伏勧告の可能性がある。

「ハッチを開けろっていうの!? ここでスタックしたら終わりよ!」

エレーナの声に焦りが混じる。左右は深い泥濘ぬかるみの湿地帯で、スタックしてからADUADSのコクピットを脱出しても、助からない可能性がある。脱出するならタイミングは今しかない。

私は一瞬、センターコンソールの赤いボタン——E‐STOPに手をかけそうになり、思い止まった。

「……いや、まだ『おもちゃ』の本気を見せていない」

私は右手スティックのサイドスイッチを切り替え、左レバーを限界まで前方に倒した。

「エレーナ、衝撃に備えろ。……AMS、障害物走破モード、出力一二〇%!」

ADUADSの四本の脚が、深く屈み込んだ。

輸送用蹲踞トランスポート・クロール」に似た姿勢。だが、そこから高トルク電気モーターが一気に解放される。

「飛ぶぞ!」

ADUADSは「歩行」ではなく、四本の脚をバネのように使った「跳躍」を敢行した。

倒木の上を、重戦車のような巨体が舞う。

ドォォォォン!!

凄まじい着地衝撃。耐Gバケットシートが私の脊椎を圧迫する。

だが、ADUADSの脚部は折れていなかった。産業用耐摩耗鋼板の強靭さと、ハイブリッド・モーターの瞬発力が、不可能を可能にしたのだ。

着地の勢いのまま、私は左腕の「クラウド・バスター」を背後へ向け、トリガーを引いた。

ドォン! ドォン!

タングステン散弾が夜空に散り、追随していた二機のドローンを、逃げ場のない「鋼鉄の雨」が飲み込んだ。

木端微塵になった民生用部品が、雪のように森へ降り注ぐ。

静寂:傀儡国へ

「……はぁ、はぁ……。エレーナ、怪我はないか?」

返事がない。

不安になり、私は通信画面を確認した。リアシートのエレーナは、目を見開き、コンソールを握りしめたまま固まっていた。

「……エレーナ?」

「……あ。……ええ、大丈夫。ただ、その……今のは、報告書にも載っていなかったわ」

彼女は、驚きと、どこか呆れたような溜息を漏らした。

「ADUADSって……本当に、ただのアート作品だったの? あんな跳躍、軍用の戦車でも無理よ」

「開発者が聞いたら喜ぶよ。彼らは『重力が機械の表現を縛るべきではない』と言っていたからな」

私は機体を再び巡航速度に戻し、荒れたハイウェイを西へと進めた。

バックミラー代わりのモニターには、燃える白樺の森と、二度と動き出すことのないプラスチックの残骸が映っていた。

「……もうすぐ国境ね。ここから先は、……相手国の傀儡国。でも、今の戦いを見る限り、あっちの国も『無人機ゴースト』だらけかもしれないわ」

「ああ。だが、俺たちの『錨』はまだ折れちゃいない」

私は、エレーナがハッキングして流してくれた静かなピアノ曲をBGMに、闇の先を見据えた。

姿を見せない操縦者。遠隔操作される機械。

皮肉なものだ。世界で最も「人間味」のある機体を操っているのが、この鋼鉄の檻の中にいる私たち二人だけだなんて。

ADUADSの足音だけが、深夜の森に規則正しく響いていた。



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