第十話:鋼鉄の嵐、あるいは生産ラインの終焉
第十話:鋼鉄の嵐、あるいは生産ラインの終焉
廃空港の広大な敷地に、ADUADSのディーゼルエンジンが野太い咆哮を響かせた。
かつて多くの旅人を迎えたターミナルビルは、今やエクリプスの「ドローンの巣」と化している。
「索敵完了。正面の大型格納庫内、熱源多数。……颯真、来るわよ!」
「跳躍はしない。このまま正面からブチ抜く!」
私は左レバーを最大まで倒し込んだ。ADUADSの四本の脚が低く沈み込み、ホイールが猛烈なトルクでアスファルトを削る。
格納庫の扉を突き破った瞬間、視界を埋め尽くしたのは、無機質なアームが蠢く「ドローンの自動生産ライン」だった。
「モードA! 全アーム、アクティブ!」
迎撃に飛び出した数十機の小型ドローンを、右腕のレーザー・ダズラーが薙ぎ払う。
私は速度を落とさない。八トンを超える鋼鉄の巨躯そのものを「質量兵器」として、立ち並ぶ組み立てロボット群へと突っ込ませた。
ドォォォォン!!
「トイ&アート」由来の強靭なフレームが、安価な生産ラインを紙細工のように粉砕していく。
背後からは補助腕の「ローター・バスター」が、生き物のように旋回して、と未完成のドローンを文字通りシュレッダーにかけていく。
「これですべて……いいえ、まだ心臓部が残っているわ!」
「わかっている。クラウド・バスター、装填!」
私は左腕のショットガンを工場の動力源——大型発電ユニットへと向けた。
タングステン製のスラグ弾が至近距離から叩き込まれ、轟音と共に爆炎が格納庫を飲み込む。
炎に照らされたADUADSの装甲は、まるで地獄から来た守護神のようだった。
姿なき操縦者たちの拠点。それを物理的に、完膚なきまでに踏み潰したのだ。
廃空港の格納庫は、巨大な火葬場と化していた。
崩れ落ちた天井の隙間から、冷ややかな月光が差し込み、ADUADSの煤けた装甲を照らしている。火器管制システム(FCS)の「LOCK」表示がすべて消え、パノラマモニターには静寂だけが戻っていた。
「……終わったのね、本当に」
リアシートで、エレーナが深く息を吐く音がヘッドセット越しに聞こえた。
彼女の手元には、崩壊の直前にマフィアの端末から吸い出した暗号化データが、青白い光を放っている。
「ああ。工場のラインは完全に沈黙した。これで奴らの『手足』はしばらく増えないはずだ」
私はADUADSを「蹲踞」姿勢に戻し、ハッチを開けた。
外気に混じるのは、焦げたシリコンとディーゼルの臭い。私は機体から降り、熱を持った脚部フレームに手を置いた。
「颯真、これを見て」
エレーナも機外へ降り立ち、タブレットを差し出した。
そこには、生産ラインの稼働記録ではなく、一つの「出荷リスト」が残されていた。
「……出荷先が、傀儡国の首都になっている?」
「ええ。それも、工場を叩く数日前に、かなりの数の完成品が運び出されているわ。……エクリプスは、最初からここを囮にするつもりだったのかもしれない。本命はもっと近くに……」
その時、夜の静寂を切り裂くように、数台の黒いセダンが滑走路を疾走してきた。
私は咄嗟に腰の拳銃に手をかけたが、セダンには傀儡国の政府公認を示す紋章が刻印されていた。
「海堂颯真大尉ですね。——お見事な手際だ」
車から降りてきたのは、隙のないスーツを纏った壮年の男だった。傀儡国の外交担当官だと名乗る彼は、燃え盛る格納庫を一瞥もせず、柔和な、しかし底の知れない笑みを浮かべた。
「エクリプスの拠点を叩いていただいたこと、我が政府としても感謝に堪えません。……しかし、これ以上の野営は危険です。王女殿下も、さぞお疲れでしょう」
「……我々をどうするつもりだ」
「ご安心を。友好国への安全な帰還を、我が国が全面的にバックアップいたします。首都にて最高級のホテルと、そして——国境を越えるための『翼』をご用意しましょう」
首都への道:偽りの安らぎ
首都までの数時間の道のり、ADUADSは政府の大型トレーラーに乗せられ、私たちは豪華な公用車の後部座席にいた。
窓の外を流れるのは、かつての紛争の傷跡を感じさせない、美しく整えられた首都の夜景。しかし、その整然とした街並みが、私には不気味なほど「無機質」に見えた。
「颯真。……あの担当官の目、笑っていなかったわ」
隣でエレーナが囁く。彼女は膝の上に置いたタブレットで、密かに周囲の電波状況を傍受していた。
「わかっている。奴らにとって俺たちは『英雄』であり、同時に『厄介な火種』だ。早く国外に放り出したいんだろう」
「それだけならいいけれど。……さっきの出荷リストが気になるの。もしエクリプスがこの街のどこかに潜んでいるなら、この『翼』の提供も、何かの罠なんじゃ……」
「その時は、またこの『おもちゃ』で暴れるだけさ」
私はバックミラー越しに、後ろのトレーラーでシートを被せられたADUADSを見つめた。
傷だらけの鋼鉄の檻。だが、今の俺たちにとって、どんな高級ホテルよりも信頼できるのは、あの狭い操縦席だけだった。
翌朝。
朝焼けに染まる首都の軍用空港で、私たちは巨大な貨物輸送機と対面することになる。
エクリプスの影が空にまで伸びているとは、この時の俺たちはまだ、想像すらしていなかった。
(第十一話へ続く)




