#君しか勝たん?
#君しか勝たん?
車窓から見える景色はどこまでも緑ばかりで、早々に飽きて眠たくなってしまう。特急を使えば一時間は短縮できる道のりを、相変わらず鈍行で向かっている。数百円の差であればまだしも、往復で三千円の差となれば暇を我慢して鈍行を選ぶ。いつもそうだった。毎回ツアーの始めは苦痛でも、そのうち移動時間の使い方を思い出してきて、終盤が近くなるとさながら長距離移動のプロだった。目覚ましに買ったストレートティーをちびちび飲みながら、車内に目を向けた。
公演がある県に差し掛かった車内には、ちらほらと同じ会場に向かうであろう人たちが見える。グッズをむき出しにしたヲタクを見るたびに、意味もなくイラっとする。そんなダサいグッズ買うより、その分写真でもなんでも個人の売上に繋がるものを買ってあげればいいのに。どんなにかわいい服を着ていても、そのファッションにグッズのバッグが似合うわけもなく、そんな恥ずかしいコーディネートで外を闊歩できる神経がうらやましいほどだった。ああいうのは、現場でもいろんなメンバーにしゃしゃるんだろうな。スタンスの合わないファンだけは、どうしても仲良くなれない。視界に入るヲタクが不愉快で、眠気に誘われるまま目を閉じた。
イヤホンからは、名古屋で録音した公演音声が流れている。スピーカーが近かった割に綺麗に収音出来ていて、これまでの公演で一番きれいかも知れなかった。衣擦れやファンの声でかき消される部分はもう仕方がないが、大好きな蒼汰くんのパートもノイズや割れの少ない状態で録音できていたし、あの見つけてくれた瞬間がここに閉じ込められていると思うだけで涙が出そうなくらい幸せだった。叫んだ蒼汰くんの名前も、情けない悲鳴も一緒にここに残っている。嘘でも夢でもなんでもなかった。あの瞬間、蒼汰くんが見ていたのはわたしだけだった。それがわたしの世界のすべてである気さえした。
電車が停車した気配に、まどろんでいた意識が浮上する。電光掲示板を覗き込んで、見慣れない駅名とスマホの乗り換えアプリの画面を見比べる。あと二駅先で下車をすれば、駅前に宿泊予定のホテルがある。いったん荷物を置いて、靴も履き替えて化粧も直す。名古屋ほどの席ではないけれど、覚えてもらえるチャンスを逃すわけにはいかないと、結局今日もそれなりの席を買っていた。数か月後のカードの引き落としまでは、粛々と生活するしかない。
降り立った駅は、昔ながらの古い駅といった雰囲気で、駅自体は大きいもののあちこちの塗装は剥がれ、階段も斜めに傾いてるような古ぼけた駅だ。スロープも無ければこまごまとした階段も多く、バリアフリー化にいそしむ世間をあざ笑っているみたいだった。そのくせ点字ブロックは当たり前のように床に並んでいて、厚底でスーツケースを牽くわたしに苛立ちばかりを募らせる。何度も訪れてはいるものの、JRも近鉄も混在する駅でさらに特急や快速など電車の種類も多い。いつも電車に乗る直前に焦ってしまうから、今日は先に会場行きのホームを確認してから改札を抜けた。
スーツケースで何度も自分の足を轢きながらたどり着いたホテルは、修学旅行を思い出させる簡素なロビーで、部屋もそれに倣ったようにシンプルなビジネスホテルだった。部屋についてすぐ重たい厚底を脱ぎ捨てて、裸足のまま大きく伸びをした。スーツケースの車輪で汚れたストッキングを軽く払ってから、備え付けのスリッパを履いて、カバンはベッドに投げてしまう。ホテルを出るまで三十分はある。とりあえずスマホを充電しよう。
デスクの上のコンセントに充電器を繋げて、すぐホテルのワイファイの情報を探す。もう、現場での動きはルーティーン化してしまっていて、いつもご当地グルメを楽しむでもなく、観光地をまわる訳でもなく、ただただ駅とホテルと会場の行き来をするだけだった。YouTubeで蒼汰くんが出演しているラジオを再生して、デスクを離れた。
スーツケースを開くと、重力に負けて折り重なったポーチや服たちが顔を出す。ベッドとデスクの足元に阻まれて、完全に開ききることすらままならない。ビジネスホテルのくせに、スーツケースを置く台すら設置されてないのは頂けなかった。雪崩防止のチャックを開けて、斜めになったままのスーツケースに手を突っ込む。双眼鏡、うちわ、ペンライト。会場の前で一緒に写真を撮りたいから、一応ぬいぐるみも。それから、化粧ポーチ小さいライト。会場にもって行くものたちは、とりあえずトートバッグの中に雑に突っ込んで、ポーチとライトだけを手に洗面所に向かった。
狭くて暗い洗面所の鏡面に、さっき取り出した吸盤付きのLEDライトを張り付ける。薄暗く陰った自分の顔に白っぽい光が差して、鼻の頭が脂ですこし光った。冬は皮脂吸収タイプの下地を使うと乾燥するし、かといって保湿タイプを使うとすぐによれる。比較的保湿の要素の強い下地と、ドライ系のファンデーションを組み合わせて使うと丁度いいと気づいたのは最近だった。軽くティッシュで脂を抑えて、パウダーをパフでのせる。
このパウダーは蒼汰くんが一度雑誌の企画でモデルをしていて、その写真があまりにも素敵だったから「またこういうお仕事がもらえますように」という想いを込めて買ったものだった。普段使いはしていなかったけれど、今日はお守り代わりにわざわざポーチに入れてきたのだ。蒼汰くんは普段あまりメイクをしない。だけど、だからこそ、メイクをしている蒼汰くんを見られたのはうれしかったし、もっといろんな顔が見たくなった。メイクをしている蒼汰くんは、いつにもまして魅力的だった。
遠くの方から蒼汰くんの笑い声が響いてくる。楽しそうにメンバーと喋る声はほぼBGMと化していて、なんの話でそんなに嬉しそうに笑っているのかわからなかった。特別うまくもないトークにいつも飽きてしまうから、最近はこういうタイミングでもないと聞かなくなってしまったグループの冠ラジオ。「アキちゃん」とラジオネームを読み上げる声を聞きながら、メールを送れば名前を認知されやすいのかもしれないな、なんて思った。ビューラーもかけなおして、チークも直して、前髪も整える。まだ水も飲みたいし、おやつも食べたいからリップはまた後で。鏡から少し離れて全体を見渡すと、華奢なネックレスが右に傾いていて、やっぱり骨盤が歪んでるのかな、とチャームを真ん中に戻した。
そろそろカフェインは控えておきたくて、ホテルの冷蔵庫から水を拝借する。全く見覚えのないボトルを眺めながら、ラジオを垂れ流しているスマホを手に取る。画面の上部を下にひっぱって、時刻を確認する。あとホテルを出るまであと二十分。手提げのカバンから、コンビニで買ったチョコを取り出して、ベッドの足元に腰かけた。思いのほか堅いマットレスに思わず顔をしかめる。寝付けなかったらどうしよう。
インスタを開いて、アプリの読み込み画面の重なった自分の親指を眺める。ネイルが伸びて、自爪がすこし露出している。自爪とジェルの段差を人差し指の爪先でなぞる。今回はパステルブルーの単色に、大きめのビジューを乗せてもらったお気に入りのネイル。うちわを持っているときは、爪先よりも中指や薬指の根元の方が見えやすいから、と、名古屋の前に新しくつけてもらったものだ。やっぱり、ネイルがかわいいだけで気分が上がる。
ストーリーを流し見して、グループの公式アカウントが開演時間をカウントダウンしている画面をスクショした。背景にあるのは名古屋の時の公演後の写真だった。今日はどういう髪型にするのかな。基本的にいつも大きな変化はないけれど、たまに耳掛けにしてくれるのがうれしくて、いつも幕が開くまではちょっと期待する。そのままストーリーを見ているうちに、またひめのの投稿が目に入った。「きょうもみつけてね」というひらがなまみれの文字の下には、ペンで雑に塗りつぶされたチケットが見える。反射的にスクショを撮って、塗りつぶされた席を特定しようと、写真を拡大して目を凝らした。「B」という文字が見えるけど、その次にハイフンらしきものが見えるから、アリーナではなくスタンドなのだろう。わざわざアリーナに見間違えるようにBの文字だけは見えるように工作しているのがひめのらしい。鼻で笑って、画像をLINEに転送する。リナに送り付けて、「スタンドなのバレバレすぎて死ぬ」と手早く打って画面を閉じた。はぁ、と笑いの混じった息を吐く。ホテルを出るまであと五分。そろそろ準備をしようとベッドを立った。
事前に乗り場を確認していたおかげで、今回は迷うことなくスムーズに会場までたどり着いた。最寄駅から会場までのシャトルバスに揺られながら、なんでこんな辺鄙なところに建てたんだろうといつも思う。だだっ広い駐車場に降り立って、よどんだ空気を体内から吐き出した。敷地のほとんどを占めるバスとタクシー専用の駐車場を抜けて、会場のシンボルらしきオブジェを写真に収める。人が集まるここで蒼汰くんのぬいぐるみを出すのは憚られて、人気の少ない建物の陰に隠れて、会場の外観とともに蒼汰くんの写真を撮影した。お気に入りのグリッターのフィルターを使って、ストーリー用の動画も撮影する。ネオンのフォントで「たのしみ」とだけ書いて、投稿した。
入場口に向かうと、列にもならない人の群れが見えて楽しみな気持ちが一気に萎えてしまう。スマホで時間を確認すると開演の三十分前で、丁度大勢が入場するタイミングを失念していたことに舌打ちした。この会場はアリーナとスタンドで入場口が分かれているものの、会場のコンコース部分や入り口が全体の規模と比べてかなり小さいから、いつも入退場は混雑する。入場は特にそれが顕著で、入り口前の大階段が人で埋め尽くされてしまう。トートバッグの中にチケットファイルを戻して、ポケットのカイロを握りしめる。人の群れの中にいるおかげで特別寒いわけでもないが、指先は冷え切ったままで、スマホを触るにもかじかんでダメだった。人混みが落ち着かなくて意味もなく俯く。内側がはげたエナメルの厚底。足元に意識を向けた途端、タイルの小さな段差が気になって、階段の半端な位置に立っている恐怖が襲ってくる。急に足元がぐらついてきた気がして、踏ん張るように足元に力を込めた。そうしていると、すぐに人混みが動く気配がして、顔を上げた。
いまさら会場の中で席に迷うこともないが、席に落ち着いてしまう前にチケットと座席を見比べる。双眼鏡やうちわの準備をしながら、ちらりと隣の人を盗み見る。黄色と緑のペンライトが見えて、安心して息を吐いた。席についてから巡回しているスタッフの目を盗んでステージにカメラを向ける。ついでに時間を確認すると、開演十五分前に迫っていた。ペンライトを青に光らせてから、蒼汰くんのぬいぐるみとネイル写りこませて、シャッターを押す。画面が白く点滅して、写真がカメラロールに保存された。
いきなり、客席側の照明が絞られる。ところどころから歓喜の悲鳴が上がるが、完全な暗転ではないから、まだ開演ではないはず。そもそもまだ定刻まで十分以上ある。何かがおかしかった。はっとステージに目を向けると、階段状のセットが真ん中から割れて、左右に動いていくのが見える。そこをめがけて照明が降り注ぎ、明らかに誰かの登場に備えているようだった。ゾッと鳥肌が立つ。今から起こることになんの予測も立たないことが恐ろしかった。
割れた階段から顔を出したのは、半分だけ衣装姿の雄大くん、その後ろから、同じような格好の他のメンバーも続々と顔を出した。途端に会場が黄色い声援で埋め尽くされる。大きなモニターにも姿が映し出され、徐々に周りからも戸惑いの声が上がる。ステージの上に六人が横並びになる。六人だった。なぜか、一人足りない。
「突然、こんな格好ですみません」
雄大くんが勤めて明るい声で言う。ステージの上で、全員が頭を下げる。姿の見えない一人を除いて。
蒼汰くんがいない。
「開演十分前なんですけど、三重公演にご来場のみなさまへ、えーお知らせを、ぼくたちから」
あれ、蒼汰いなくない? という声が背後から聞こえる。いない、蒼汰くんの姿が、どこにもなかった。心臓がひしゃげたみたい痛い音をたてる。呼吸が浅くなって、胃が引き絞られる。ざわざわする観客を、眉を下げた雄大くんが見渡している。マイクを持つ両手に不安が滲んでいて、余計に怖くなる。
「お気づきの方もいらっしゃると思うんですが、いま、ここにいない中村蒼汰について、お知らせがあります」
一瞬で指先の体温が引いたのが分かった。手の中で、ペンライトの光が震える。息が詰まってくるしい。
「今日の昼ごろ、蒼汰から体調不良の申し出があり、発熱もしておりまして。医師との相談の結果、本日の公演への出演は見送らせていただくこととなりました」
吐いた息が震えて、首筋に寒気が走る。貧血を起こしそうなほど、頭から血の気が引くのが分かる。なんで蒼汰くんが。蒼汰くんは大丈夫なのかとか、わたしはこのままどうすればいいのかとか、もう、頭がぐちゃぐちゃで、雄大くんの声も会場の大きな声も、すべてが遠かった。
「蒼汰も最後まで出るって言ってたんですけど、インフルエンザとかもね、流行ってる時期ですし、十分なパフォーマンスをお届けできないということで、今回はお休みさせていただくこととなりました」
胸が苦しくなって、こらえていた涙が溢れた。膝に突っ伏すようにして泣いた。ペンライトを握りしめる手のひらにネイルが食い込む。もう自分がどういう感情を抱いているのかすらわからなかった。どうして、なんで。なんで?
「公演を見ずに、このままご帰宅される方へのご案内です。返金対応につきましては、後ほど公式サイトで……」
そうだ、返金してもらえるのかな。せめて、蒼汰くんに会えないのならお金だけでも返してほしかった。涙にぬれた顔のまま、アプリを開こうとしたところで気が付いた。入場と同時にチケットの受け取り連絡をしてしまっていて、もう連絡手段がない。綺麗に整えた前髪を意味なく掻き上げて、また手櫛で雑に整えた。どうしよう。どうすればいいんだろう。雄大くんのアナウンスは続く。
「退場される際に手続きをするみたいなので、代表者の方のお名前などを確認……」
そこまで聞いて、頭を垂れた。そもそも返金手続きができないのなら、取引相手から返金はしてもらえない。そうなったら、既に入場している後ろの席の客に売りつけるしか、お金を取り戻す手段がない。幸い、そこまで悪い席でもないから、全額は帰ってこなくても半額くらいなら取り戻せるかもしれない。ステージで案内を続けるメンバーの声は、もう聞こえていなかった。
すぐにツイッターで座席交換の相場を確認しようとしたところで、インスタの通知が届く。ひめのだった。DMで送られてきた内容に、目を見開く。
「まゆちゃん、今日入ってるよね? もしアリーナ前の方なら、席交換してくれないかな~?」
文面を理解する前に、ポップアップ表示が画面上部に引っ込んでいった。
「……はぁ?」
思わず声が漏れて、もう頭の中はむちゃくちゃだった。ひどく腹が立ってきて、スマホを投げ捨てそうになった。こんなに蒼汰くんの突然の欠席に心を締め付けられて、泣きながらせめてお金だけでも取り戻そうと焦っている自分が馬鹿みたいだった。お金が返ってきたとしてもわたしのこの思いは昇華されないし、わたしが必死で買い付けたこの席を、わたしからまた買った人は、わたしが味わえるはずだった楽しさを、わたしが買った値段の半分で手に入れるのだ。蒼汰くんに会うための努力も、体力も時間もお金も気持ちも、わたしだけが失って、わたしだけが喜びの感情すら得られない。失望して、もう全部が嫌になった。
ツアータイトルを途中まで打ち込んでいたツイッターを閉じる。インスタを開いて、DMに既読もつけないままひめのをブロックした。死ねばいいのに、本気でそう思いながら電源を落として、スマホをカバンの中に押し込んだ。うちわの文字も雑に剥がしてトートに無理やり押し込む。剥がれかけていた文字の端っこがめくれ上がるのも無視した。重たい双眼鏡も外して、カバーもつけずに突っ込む。むしゃくしゃしたまま、また膝に顔をうずめた。
いつの間にかメンバーはステージから姿を消していて、会場には落ち着かない空気だけが残されていた。吐き出した息が震えて、また涙が出た。行き場のない感情が胸に渦巻いている。名古屋で笑いかけてくれた蒼汰くんの顔が浮かぶ。あの笑顔が今日は見られない。やっと覚えてもらえるチャンスかもしれなかったのに。このツアーだけでも、覚えてもらいたかった。少しだけでも、応援してきてよかったと思いたかった。
突っ伏して泣き続けていたら、突然会場が暗転する。ああ、始まるんだ。蒼汰くんのいない公演が。蒼汰くんがいなくてもコンサートは始まって、蒼汰くんがいなくても平気で楽しむ人たちがいるんだ。この席に居座ると決めたのはわたしだけど、どうしたってつらかった。隣の他担が、気づかわしげに見下ろしてくるのが、視界の端に写る。もう気遣われるのすら鬱陶しかった。
大きなBGMとともにオープニングの映像が流れ始める。モニターには当たり前に蒼汰くんの名前と顔も映し出されるのに、今日は会えない。会場にいるのに、顔を見ることすら敵わない。モニターの中で笑う蒼汰くんを見るたびに、涙が溢れて止まらなかった。大量のスモークの中に浮かんだ影は、何度数えても六つだけだった。
泣きすぎてぼんやりとした頭でも、蒼汰くんのパートは蒼汰くんの声で再生されるし、蒼汰くんの顔が鮮明に浮かぶ。メンバーが必死に空いた穴を埋めようとしている姿が、胸に痛かった。急きょ新たに振り分けたパートに戸惑いながら、しきりに足もとのモニターで歌詞を確認しているのが分かった。さすがにフォーメーションまでは変更できなかったのか、ぽっかりと空いた立ち位置と、誰もいない場所に降り注ぐ照明が、蒼汰くんの不在をまざまざと見せつけてくる。それでもたまに、雄大くんや玲央くんが、蒼汰くんの穴を埋めるように、不自然に空いた場所を目立たなくするように、立ち位置を調整しているみたいだった。蒼汰くんのダンスソロは、雄大くんが完璧に踊りこなした。まるで、初めから雄大くんのソロみたいだった。
明るい曲背負って花道を歩いてきた玲央くんと、ふと目が合う。途端に眉が下がって情けない顔をした玲央くんが、下に向けた手のひらを、手招きするように上下に動かした。何をされたのかわからなくて固まっていると、そのままの顔で両手を合わせて軽く頭を下げた。玲央くんが去ったあと、自分の手元で青く光ったままのペンライトに気づいた。玲央くん、わたしが蒼汰くんのヲタクだって気づいたんだ。泣きはらした不細工な顔を見て、慰めてくれたんだ。頭を撫でて、ごめんねと。そんなことを、当たり前のようにされたことに驚いた。
会場を見回す。いつもより圧倒的に少ない青色の光。蒼汰くんは、この公演を見て、どう思うのだろうか。
暗転したステージ上に、光が差す。玲央くんと元太くん二人だけのステージが、ユニットコーナーの始まりだった。
「そういえば、蒼汰と雄大のユニどうするんだろうね」
後から聞こえた声に、ハッとする。蒼汰くんの代打、誰がやるんだろう。誰ならできるんだろう。確実に今までで一番ダンスの難易度が高くて、蒼汰くんが「ついていくだけで必死」と言っていた声が頭をよぎる。蒼汰くんの柔らかく舞う指先が大好きだった。ダンス番長の雄大くんに負けないように、いつもより大きく踊っているのが珍しくて、いつも目が離せなかった。普段違う蒼汰くんが見られる大好きな曲だった。だからこそ、他の誰かが代わりをやるなんて考えられなかった。
暗転したままの会場に流れ出したイントロに、思わず身体が固まる。息を吐いて、一度気持ちを落ち着かせた。明転したステージに立っていたのは、雄大くん一人だけだった。どよめく会場を尻目に、平然と雄大くんは踊り始めた。照明は雄大くんただ一人を照らし続ける。踊りだした雄大くんは、いつも以上の気迫を背負っていた。有無を言わせない強さがそこにあった。曲も、動揺する会場も、今ここにあるすべてを飲み込んで離さない、雄大くんの圧と力が恐ろしいほどだった。感動ではなく、恐怖感で鳥肌が立ったのは初めてだった。目を逸らしたいのに、目を逸らせなかった。完全に雄大くんのものだった。泣きたくても泣けなかった。雄大くんの踊りがそれを許さなかった。雄大くん一人で歌い踊り切ったあとには、歓声ではなく拍手が会場を包みこんだ。
それからの記憶がすっかり抜け落ちてしまって、気づいた時にはホテルのベッドの上だった。MCで蒼汰くんの欠席をしきりに謝罪されたことだけ、ぼんやりと覚えている。トートバッグの中から、端が剥がれたうちわの文字が覗いている。青いグリッターのきらめきが、泣いているみたいだった。泣きすぎた頭も瞼も重かった。もう眠ってしまいたい。つぎ目が覚めたら全部夢で、わたしは蒼汰くんに会える。そうであってほしかったし、そうでなければわたしが救われなかった。
あまりにもいい公演だった。だから悔しかった。蒼汰くんが、いない側だったことが。蒼汰くんがいなかった。だからこんなにもいい公演だった。悔しくてたまらなかった。蒼汰くんがいないことが、こんなにも悔しいと思わなかった。わたしが会えないことも、お金が返ってこないことも、全部全部嫌だった。でも、この最高のステージに蒼汰くんがいなかった現実が、一番嫌だった。蒼汰くんの穴を埋めようと、がむしゃらに歌い踊って、蒼汰くんのために謝るみんなを見ていたら、情けなくなった。
どうしてだろう。蒼汰くんは、どうして今日、ステージにいてくれなかったのだろう。ステージに立っていてくれれば、こんな思いだって。




