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I Doll  作者: MEW
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#やっと見つけた王子様

#やっと見つけた王子様

 玄関から重い段ボールを運んで、部屋にほおり投げる。ドスン、と大きく床が揺れた。洗濯物を取り出したまま開けっ放しにしていたスーツケースと段ボールのせいで、一気に部屋が狭くなる。ハサミで雑にテープを断ち切るとラグの上に段ボールのカスが散らばって、毛足の長い白いラグに埋もれて消えた。蓋を開けると大量のCDが顔を出した。もう何枚買ったのかも覚えていなくて、これをすべて開封するのもシリアルコードの入力も億劫で仕方がない。カードの引き落とし額を確認するのも怖くて、でもどうしても近くで会いたいのだから仕方ない。

 今度こそ当たるかな、握手会。韓国のアイドルみたいに、「これだけ買えば必ず当たる」みたいな裏技があればわかりやすいのに。ドラマのクラウドファンディングに投資した時を思い出して恋しくなった。あの時も、十万出せばリターン特典で握手会に参加できた。握りこぶしほどしかない顔に、冷たい華奢な手。控えめに握られた手がずっと忘れられない。

 CDの開封作業で唯一、薄いビニールを剥ぐときだけは気持ちが良かった。シリアルコードが記載された紙だけを歌詞カードから引き抜いて、積み上げていく。布教用に確保しておく数枚だけを残して、もう二度と開封されることのないCDたちがかわいそうに見えてくる。積み上げられたパッケージは、わたしの虚しさを具現化したみたいだった。

 開封とシリアルコードの入力を終えた頃にはお昼を過ぎていた。お腹はすいた。動く気にもなれなくて、でもウーバーイーツなんて贅沢するお金はない。諦めて、机の上に放置したままだったポップコーンの袋に手を伸ばした。湿気た食感。ラグに食べかすがこぼれて、また白が汚れていく。ラグの上に丸まって寝転がる。伸ばそうとした足を段ボールの抜け殻が阻んで、ゴソッと軽い音が鳴る。鬱陶しくなって蹴とばしてしまうと、その先に積み上げていたCDたちが崩れる音がした。

綺麗な笑顔が並ぶジャケット写真。蒼汰くんたちのグループの中では珍しい、明るい曲調の冬曲だった。ライトブルーのチェスターコート、白っぽい金髪の蒼汰くん。ツアーの中ではもうすでに歌われている曲だから、もう何回も聞いた。発売前にすでに飽きてしまうほど。

 次の名古屋公演にはいくら使えるんだったか。公演は四日後に迫っていて、もうこれ以上遅くなると、名古屋の郵便局で局留めにするか、会場手渡しでの取引しか選択肢がなくなる。そういうわけで、このあたりでどんどん相場が下がってくるのだ。みんな損は切りたくないと、多少吹っ掛けた値段だったのが売れる値段まで価格を下げてくる。その代わり、うかうかしていると出品されているチケットはどんどん少なくなっていく。ツアーの真っ只中に、接触イベント特典付きのCDの発売が重なると、予定通りにお金動くことなんてほとんどない。千秋楽を前にしていつもお金のなさに少し焦るから、今回こそは慎重に。と思うけれど。うまくいかないからいつもこうなのだ。

 シリアルコードの入力作業の合間にもアプリを逐一確認しに行っていたが、想像以上に相場が動かず正直焦っていた。名古屋の次の会場は北海道。どうしてもいけない訳ではない。でも、あまり飛ぶ気にはなれなかった。どうしたって飛行機を使わなければいけない距離で、ホテルも少ない、会場からの交通手段も限られるといった悪条件揃い。友人たちとタクシーを相乗りするという手段もあるが、周りのヲタクも冬であることを理由に北海道は干す、と言っていた。それに北海道の運営は厳しいと有名で、規定サイズを超えたうちわはその場で切り落とされた公演だってあった。デザインやフォントからこだわって作って、やっと覚えてもらったうちわを手放すなんてごめんだ。だから、北海道へは行かない。

 結局は、多少高くても名古屋に行くのが得策なのだ。スタンド席の傾斜が馬鹿みたいに急で、後列だと外周の花道が見えないこと以上に、うっかり転がり落ちてしまわないか心配になるような会場。駅から会場までも近い、在来線だけで行ける距離。北海道なんて、雪で飛行機が飛ばなくなったらそれこそ最悪だ。だから、行かない。だから。

 言い訳だらけの脳みそが痛くなる。こんなことから早く解放されたい。蒼汰くんと付き合えたなら、こうやって蒼汰くんに会うためのお金の工面で悩まずに済むのだろうか。蒼汰くんは優しいから、きっとわたしにお財布を開かせないし、自ら会いに来てくれる。蒼汰くんと一緒ならこの狭い部屋でも、きっと楽園だった。

 でも、わたしはステージ上の蒼汰くんに会いたくて、こっそりコンサートを見に行ってしまうんだろう。そうなれば、今とお金の使い方は変わらない。額は小さくなるだろうけれど、それだけの話だ。関係者席を用意してもらって、何度も足を運んでしまうのだろう。だから、付き合ったって同じ事。わたしは、ステージ上の中村蒼汰に恋をしたのだから。そう、だから、今考えるべきはそんなことじゃない。早く、チケットを見繕わなければ。

 この時間が一番嫌いだった。焦りで押しつぶされそうになる。わたしがリナみたいに稼げる仕事をしていたら、わたしが大富豪だったら。こんなことで死にたくならずに済むのに。もっとお金があれば。好きな席を買って、好きなように服を買って、夜行バスじゃなくて新幹線で移動して、駅前のいいホテルに泊まって、ステージで輝く蒼汰くんにたくさん会って。もう、涙が出そうだった。

 嫌気がさして、寝転がったままリモコンを手探りで探した。手の届く範囲には見当たらなくて、仕方なく上半身だけ起こした。机の上にひっくり返ったリモコンを見つけて、またラグの上に倒れながら掴んだ。手に取ったそれはレコーダーのリモコンで、電源ボタンを押すとややあって控えめな音量で情報番組を映す。今はとにかく、何か気を紛らわせるものが欲しかった。

 デッキに入れたままだったファーストコンサートのDVDタイトルが目に入った。そういえば、このコンサートで雄大くんが昔の推しのソロ曲をカバーしてくれていたんだっけ。ちーちゃんの友達がメンバーの誰かを研究生時代から追っかけていて、売り上げのために大量に買ったこのDVDを、何枚も押し付けられて困ったちーちゃんが、また更にわたしに押し付けてきたのだった。開封せずにテレビの横に置き去りにしていたある日、ふとパッケージの背面に見慣れた曲名を見つけて、なんとなく見てみようという気になった。それが始まりだった。

 目当ての雄大くんのソロを見て、よくできた子がまた入ってきたのだなと思った。ダンスの上手な子ばかり好きになってしまうから、元推しのソロ曲のダンスもそれなりに難易度が高かった。それを踊りこなしてしまう子がいるんだなぁ、と少し感動すらした。降りるならこの子かもしれないな、なんて思いながらなんとなく流し見を続ける中で、グループ初のオリジナル曲だという曲にうっかりハマってしまった。かわいい曲だな、が、このグループの色はこんな感じなんだな、になって、この子は何て名前でいくつなんだな、とまで行きつくまでずいぶん早かったように思う。

 蒼汰くんを見つけた瞬間はよく覚えている。ぼんやりとデビュー曲のMVをYouTubeで見続ける中で、ふと新曲のMVが投稿されていることに気づいた。その新曲がとにかくかわいらしくて、絵本の世界から飛び出してきたみたいだった。白にゴールドの装飾がついた、王子様みたいなジャケット。メンバーカラーのインナーシャツ。夢の中みたいな雲の世界のセット。パステルな世界観と、キャッチーなメロディが一番似合っていたのが、蒼汰くんだった。色白の肌にブルーブラックの髪、細い指先がなぞる軌道が、あまりにも綺麗だった。衣装、セット、照明、カメラワーク、瞳の中にリングライトが反射しているのすら、全部が蒼汰くんの味方で、蒼汰くんを一番輝かせていた。

 蒼汰くんのことは、最初から顔が一番好きなのはこの子だな、と、確かに認識していた。鼻先がツンと上がっていて、顎は三角で、でも頬は丸くて、アーモンドアイ。かわいらしい顔とすらっとした体型が妙にミスマッチで、「中村」なんてどこにでもいる平凡な苗字と、「蒼汰」というイケメンしか許されないような名前を見て、名は体を表すとはこのことだな、なんて思った。そういう、どこかアンバランスなイメージだった。そんな程度だったのに、転がり落ちるのは本当に一瞬だった。

 それからは、ファンが作っているまとめ動画を見漁って、ひとまず公式の通販で買えるグッズはすぐに買った。アクスタは2種類だけの展開で、どちらも公式の通販で買う事が出来た。写真は、ツアーのグッズとして売られているものだったから、終了したツアーのものはもう公式では買えなかった。そういうものはメルカリを使って買い集めた。蒼汰くんのフォトセットは大概定価+四百円ほどで手にはいる。一度安いと思ってしまったら止まらなかった。顔が印刷されたグッズは、一度手に入れてしまうと異常に愛着がわいてしまうのだな、と気づいたのもその時だった。

 そんな出会いで、今も蒼汰くんを追いかけている。蒼汰くんに出会ったきっかけの曲は今でも大好きで、ツアーではなかなか歌ってくれないのが正直不満だった。いまだにMVを見返しては泣いてしまうくらい思い出だった。でも、その曲がなければこんな思いもしなかったかもしれない。

 リモコンを投げてまたスマホを手に取った。YouTubeを開いて、「Luke7」と検索窓に打ち込む。パステルなサムネイルの動画を開いて、広告が流れている間にテレビにキャストした。王子様の衣装に身を包んだ蒼汰くんがわたしに微笑みかける。たまらなく好きだった。

スマホが震えて、画面にチケット取引アプリからの通知が表示される。「アリーナA2 2列1~12番 100000円」。安いな、でも。

「立ち位置じゃないし……」

こぼれた独り言が、静かな部屋に落ちていった。


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