#センテンススプリング
#センテンススプリング
「そういえば、大地くんベッド写真流出してたよな」
デュアルモニターに映し出された大地くんを見て、ちーちゃんが冷静な声で言う。思わず吹き出してソファの上で転げまわる。カラオケのソファは座面がところどころ破れていて、動いた拍子に破れた生地の端にストッキングが引っかかる。細い繊維が千切れた嫌な感触がした。厚底の踵がソファの縁にぶつかって、ゴトンと鈍い音と振動が響いた。脳裏に、女の隣で気持ちよさげに寝ている大地くんの顔がよぎる。
「あれ寝顔絶妙にブスよな」
「研究生の立場であれはきついよねぇ」
笑いすぎて涙が出た。画面に映ったちーちゃんの推しが、歪んで見える。笑いすぎやろ、と言いながらもモニターから目を離さないちーちゃんは、足を組んだまま机の上のジンジャエールを一口飲んだ。
大地くんは蒼汰くんたちのコンサートにもときどき帯同している研究生の子で、社長のお気に入りと言われている現役高校生。研究生とは思えない仕事の多さで、先輩たちのコンサートに出演すれば、わざわざパフォーマンスコーナーを貰って歌い踊る。研究生に全く興味のないわたしとちーちゃんですら、きちんとフルネームと顔を把握しているほどの活躍ぶりだった。そんな、研究生の中でも特に有名で、まだ十八歳の若いタレントの流出写真は、それなりに大きな衝撃だった。
「事務所は必死になって大地くんの嫁探ししてたのに、本人は外に嫁作ってたんやな」
真顔のままそう溢したちーちゃんのせいで、一瞬収まりかけた笑いがいよいよ止まらなくなる。大地くんは研究生のあらゆる子とラインを組まされては解体され、をとにかく繰り返していた。見るたびに大地くんの隣に立ってい る男の子が変わっていて、事務所に推される方も大変なのだな、と同情すらしていたのだが。
「頑張ってほしいなと思ってたけど、あれはナシやなぁ」
やっと収まってきた笑いを引きずりながら、ガラガラになった喉を潤す。はぁ、と大きく息をついた。モニターに目を向けるといつの間にか大地くんはステージから姿を消していた。この流出をきっかけに、こうやってステージからいなくなるのだろうか。少しかわいそうな気もして、でも自業自得だと思いなおす。そんな写真をネットに流してしまうような女と付き合っていたのは、他でもない大地くん本人なのだから。馬鹿とまでは言わないが、軽率だったのは間違いない。
「でも高校生やろ? 一番遊びたい時期やん」
ちーちゃんは優しい。わたしみたいに若い研究生たちをガキ呼ばわりしないし、ベッド写真なんてヘビーなものが流出してしまった大地くんにも、手を差し伸べるらしい。
まだ高校生、されど高校生だ。自分の行動ひとつで、将来を閉ざすことになりかねないことくらい理解していただろう。何より、ファンを想うのならもう少し賢い行動ができたのではないか、とわたしなら思ってしまう。
「でも、蒼汰くんは高校生の頃からずーっと女との噂も写真も流れてへんで?」
本当の事だった。蒼汰くんは昔から、とにかく女ネタと一番遠いところにいた。半年に一回ほど、恒例イベントのように自称彼女のアカウントが現れる程度で、それも毎度「虚言だ」とあっさり一蹴される。それくらいクリーンで、一時期同性愛者なのではないかなんて不躾な噂も流れた。
「蒼汰くんはほんまになにも出んよな」
「自慢の推しよ」
鼻を鳴らすと、ちーちゃんは口の端だけで笑った。ちーちゃんの推しは、確か一度だけ週刊誌に熱愛報道が出ていたはずだった。高級ラウンジでお酒を嗜んで、そのまま女の部屋へ、だとか、そんなありきたりな報道だった。わざわざ時間を空けて、ツーショットを撮られないようにマンションに入っていく後ろ姿が紙面に掲載されていた。なんとなく、話題に出すのは憚られて不自然に間が空く。自分の推しが撮られたから、大地くんのことも責められないのかな、なんてぼんやり思った。モニターの中で踊るちーちゃんの推しは、何度見てもわたしの心には響かない。
「できる子できない子論争、定期的に起こるけど定義難しくない?」
「んー?」
気まずい時間は存外すぐに終わった。氷が解けて薄くなったジンジャエールを、飲むでもなくかき混ぜ続けるちーちゃんの手元を眺める。できる子とできない子。そのカテゴライズなら、蒼汰くんは間違いなくできる子だ。
「週刊誌とかクズバレとかそういう基準じゃないの?」
「それはそうなんやけどさ」
ジンジャエールをすすって小さく、うすっ、とちーちゃんが呟く。混ぜずに飲めばよかったのに、とは言わない。大きなモニターの中では、名前も曖昧な男の子が不明瞭な滑舌で何かを話している。「駅に恐竜がいて」とだけ聞こえて、その会場が福井であることを知った。田舎すぎる街にポツンと建つ、神殿のような会場が蘇る。
「良太くんとか、センテンススプリング常連やけどめっちゃちゃんとアイドルやん」
「センテンススプリングっていうのやめえや」
週刊誌のモノクロ記事になじんだ綺麗な顔。「金戸良太」と検索をかければアー写よりも先に週刊誌の写真が出てきそうなほど、ネタに尽きないアイドルだった。とことんわたしの苦手な部類で、本当に、顔が良くなければ滅びてほしいほどに。
「対応いいって言うし」
「ステージ上ではいいアイドルらしいな」
聞いたことがあるという程度で、正直関わり合いになりたくないので実際のパフォーマンスがどの程度なのか、わたしには全くわからない。あんなのにファンサを貰ったところで、喜べる自信もない。歌はうまかったような気がするけれど、ダンスはいまいちだった気がする。少なくとも、わたしの琴線には引っかからなかった。蒼汰くんに見慣れているからかもしれない。
「なんかさ、ちゃんとステージって仕事場できちんとアイドルなら、できる子なんちゃう? って最近思ってて」
照明を浴びて、歌い踊る蒼汰くん。どんな景色も蒼汰くんの色に染めてしまう。音も光も衣装も空気も汗も、すべてが蒼汰くんのためにあるような錯覚すら覚える。それでいて、女ネタもクズバレもない。そうなれば、蒼汰くんはできる子どころの騒ぎではない。
でも、蒼汰くんは完璧なアイドルじゃない。おそらくこの世に、完璧なアイドルなんていない。完璧なアイドルはきっと、面白くない。不器用に完璧を目指すから応援したくなるのだ。蒼汰くんもそう。歌がとっても上手なわけでもないし、お芝居もまだまだだし、たまに大きいニキビだってできている。この前の広島公演だってそう。全然完璧じゃない。でも、だからこそ夢を叶えてあげたくなるのだ。でも、ときどき思うのだ。わたしは完璧なアイドルに出会ってみたいのかもしれない。完璧なアイドルを応援するのはきっと幸せだ。きっと、好きな人を見て泣かなくて済む。一瞬でも嫌いだと思わなくて済む。そんな夢を、わたしも見ている。
「アイドルって自分の人生が売り物やん。せめてプラべくらい良くない? って思うんやけど」
「でもさ」
思いのほか食い気味に言葉が出てしまって焦る。
ちーちゃんは優しい。クールだけど、寄り添おうとする。
「人生が売り物やねんから、その価値落とすのはあかんくない?」
アイドルの先輩たちが身を粉にして作り上げてきた道。アイドルを選んだ時点で、覚悟を決めてほしい。応援したいわたしの気持ちを、裏切らないでほしい。
「まあね」
ちーちゃんが息を吐く。
「アイドルって大変~」
投げやりな薄っぺらい声が妙におかしくて、また笑った。
「だから偶像なんやん」
「たまにヲタクの傲慢さが嫌になるわ」
「なにそれ、わたしの悪口?」
「そうかも」
机に突っ伏しながらちーちゃんは顔を見せずに言った。変わらない関係性が楽しい。
「これだけは言いたいんやけど、まだ十代の子たちが脱いでると犯罪臭せん?」
「それはわかる」
「俺ら捕まるやん、って思う」
ちーちゃんは優しい。




