クッキーは甘くほろ苦い?
お茶を持って戻った後、女子たちからの視線がより一層厳しくなった。
井上さんたちは笑顔で青葉に礼を言い、全員の手にカップが回る。つかの間の休息。ほっと一息つけるはずが茶をすする彼女たちの目はぜんっぜん穏やかじゃない。
天野さんは意味の分からん事で激怒していたからまだ分かるが、他の三人も何か察したらしく、地獄の門番も尻尾を巻いて逃げ出さんばかりの目で俺を睨んでくる。
……今すぐ逃げたいのは俺だ。
女子って、すっげー細かい所に気付くよな。髪型変えただの、リップの色がどうだの、同じキーホルダー付けてるだの。
髪型変えたっつっても前髪を数センチ切っただけだぞ?唇はみんな赤だし、キーホルダー付けてたなんてそもそも知らんし。そっから二人は付き合いだしたなんてどうして分かるんだ?偶然同じキーホルダー付けてるだけかもしれねぇじゃん。
果ては男のちょっとした挙動から浮気まで見抜くし。電話に出てもだめ。電話に出なくてもだめ。ちょっとでも不審な行動をとったら即アウト。いつの間にか洗いざらい罪を白状することになる。男の末路は哀れなものだ。……というのをこの間テレビで見た。
女子って怖いよな。俺も気をつけよう。まあ、俺は浮気なんてしないけど…。
……って!俺、何も悪いことしてないし!!
原因は間違いなく青葉だ。
倒れそうになったから支えてやっただけなのに、それから青葉と目が合わない。俺が青葉の方を向くたびに目を逸らすものだから、俺が何かやったと思った女子たちが勘ぐる。何があったか聞いてくれりゃあいいのに、睨むばかりで聞いてこない。
わざわざ説明するのはなんかおかしいし、だからといってこの状況はあまりにも居心地悪い。いつもみたいにきゃいきゃい罵られる方がましだ。
水分を摂取してるはずなのに、喉の渇きは一向に潤わない。
青葉はずっと俯いてるし、天野さんはむっすりと黙り込んだままだし、三人の探るような視線は痛いし。いやーな沈黙が部屋に満ちている。
「あ、そういえばクッキーを焼いてきたんだった」
無間地獄にも思える時間を破ったのは意外にも井上さんだった。ツインテールをぴょこぴょこと跳ねさせながら鞄を探ると、じゃじゃーんとクッキーの入った袋を取り出し高々と持ち上げた。
透明なフィルムにハートの模様がついている。中には丸い形のクッキーがごろごろと入っている。黒いつぶつぶが見えるからおそらくチョコチップクッキーだ。
こんなものプレゼントされたら男はいちころだろう。あなたのために作ったの(ハート)なーんて言われた日にはもう!……まあ、まったくなびかない奴もいるが。
「頭を休ませてあげるにはやっぱり糖分だよね」
にぱっと笑う井上さんに大野さんが呆れたように言った。
「テスト直前にクッキーなんて焼いてる暇ありますの?あなたの成績が下がっても知りませんわよ」
「大丈夫!これすごく簡単なやつだから。勉強の息抜きにもなるし、糖分も補給できるし、一石二鳥じゃない?」
「ほんと、ののちゃんてお菓子作り好きだよね」
藤木さんも力が抜けたように笑った。
「うん。あたしの将来の夢はパティシエールなの。だから頑張るよ。勉強も、お菓子作りも」
井上さんはそう言って青葉に輝くような笑みを向けた。決意とか覚悟とか、力強い何かが宿っているような。この場の誰もが井上さんに魅了される。
……“美しい”って顔の造作だけでじゃないんだな。
青葉はぱしぱしと瞬きし、言葉を咀嚼すると応えるように優しく笑った。
さっきまでの殺伐とした空気は一掃され、穢れが浄化されたような清々しい気分に……なるはずもなく。
今度は焦った大野さんと藤木さんが井上さんを質問攻めにする。
「ちょっと、聞いてませんわ!いつからパティシエを目指してましたの!?」
「私も聞いてない!どうして教えてくれなかったのよ!?」
「割と最近決めたんだ。誰かに言ったのはこれが初めてだよ」
龍虎の間で跳ねていた小さなうさぎは強かに先を走る。置いてかれた龍虎が足を引っ張るような事をするはずがなく。
夢を追う戦友にエールを送る。
「でも、すごく素敵な夢ですわ」
「うん。ののちゃんにぴったりだと思う」
「まあ、あなたの作るお菓子は悪くはありませんね」
「ふふっ。ありがとう」
天野さんが誰かを褒めるなんて珍しい。いや、褒めてるか……?は別として井上さんの手にあったはずのクッキーの袋は天野さんが持っていて彼女の口に次々と飲み込まれていく。
「ああっ!天野さん!!全部食べちゃだめ!みんなのために作ってきたんだから!」
「天野さんってほんと食い意地張ってるよね」
「これは、食い意地ですの……?」
井上さんは席を立ってテーブルを回りこみ、天野さんからクッキーの袋を取り上げようとする。が、天野さんはするりとかわし、青葉の後ろに隠れた。それを井上さんが追って、また天野さんが逃げるものだから、テーブルをぐるぐる回る追いかけっこに発展した。
大野さんと藤木さんは井上さんに加勢する気はないらしく、生暖かい目で見守っている。青葉と言えば……。ん?
二人の様子を聖母のごとき目で見ているかと思えばそうでもなかった。いつものように微笑んでいるが、どことなく寂しげな感じがするような気がしなくもない。
とか思ってたらエスカレートするふたりの追いかけっこにとうとう青葉ストップが入った。ぶぅとむくれる天野さんに優しく説教し、井上さんにクッキーを返す。
結構な枚数があったはずだが半分以上なくなっている。どんなけ食ったんだ、天野さん……。
そうして残りのクッキーは天野さん以外の全員に振る舞われた。
さくさくしていて歯触りがいい。糖分補給!と言っていただけに結構甘いが、甘ったるいわけではなくチョコチップのほろ苦さがそれを緩和してくれている。
すっかり冷めてしまったお茶を一口すすればやっとひと心地つけた。
なんか、大事な事を忘れてるような。……まあ、いっか。今は何もかも忘れてクッキーを堪能しようではないか。




