見落とし…
こちらの前に最新話を投稿しました。
続きから読んでくださっている方は前話から読んでいただけると助かります。
申し訳ございません。
「少し休憩しようか。お茶を入れてくるよ。二階堂くん、キッチンをお借りするね」
そう言って席を立つとユエルが『手伝います!』と僕に付いてきた。二階堂くんがばっと顔を上げ『俺が手伝う!』と立とうとしたけど、井上さんたちにたしなめられて、しぶしぶ腰をおろした。
「みんなは先に休んでて」
二階堂くんはここが自分の家であるにも関わらず、さっきから帰りたいを繰り返している。相当疲れているに違いない。彼のためにもおいしいお茶をいれないと。決意も新たに僕とユエルはキッチンに向かった。
「……じゃあ、ユエル。カップを人数分用意してもらっていい?」
人様の家でお茶の準備をするのは恐縮だけれど、前回お邪魔した時に教えてもらった食器やお茶っ葉の位置を思い出しながら準備していく。
「ええ、もちろんです。ば階堂にお茶を淹れてやるのは癪ですが、こうしてふたりで準備していると夫婦になったみたいですね。今度は僕たちのマイホームで……」
探り当てたポットに蛇口を捻って水道水を注ぐ。思ったより勢いよく出た水の音にかき消されてユエルの声が聞こえなくなった。
「ごめん、ユエル。今なんて言った?悪いけど、もう一度言ってもらえる?」
「……なんでもありません。カップは五客でいいんですよね」
「六客お願いね」
テストを目前に控えた最後の土曜日。
今日は二階堂くんの家で勉強会だ。
相馬くんとのやりとりがあったあと、とんとん拍子で勉強会の話がまとまった。メンバーはいつの間にか定番になりつつある、二階堂くん、ユエル、井上さん、藤木さん、大野さん、……と、僕。お茶汲みはいらないからお前は来るなと言われた岡倉くんは不参加だ。
二階堂くんは僕たちの協力を全部断ろうとしていたみたいだけど、女の子たちはやる気満々で、最終的に二階堂くんの方が折れた。
初めは僕も来なくていいと言われたけど、僕のお弁当がかかっている以上放っておけないと言ったらしぶしぶだけど参加を認めてくれた。
二階堂くんは自分が引き受けた勝負である以上、他の誰の手も煩わせたくなかったんだと思う。岡倉くんに来るなと言ったのも、言葉がどうであれ自身の勉強に専念して欲しかったからだ。井上さんたちにはまったく伝わっていなかったけれど。
二階堂くんには誰の協力も必要なかったのかもしれない。ましてや僕なんてほとんど役に立てないだろう。それでも、彼の役に立ちたい。役に立ちたいと思うけれど……。
「青葉さん?なにかお悩みですか?」
僕はぼーっとしていたらしい。いつの間にかユエルがすぐ側にいて僕の事をじーっと見ている。お湯が沸いた事を知らせるランプはすでに点灯していて、時間の経過を物語っていた。
「ううん。なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「また、ば階堂の事ですか?あんなやつ放っておいて僕の事だけ考えてくれればいいのに」
ユエルは不満そうに頬を膨らませる。その様はすっかり女の子だ。元々が男の人でしかも正真正銘の天使だなんて、誰も想像がつかないだろう。と考えて、はたと思い至る。
「そういえば。ユエルはやる事があって天界から降りて来たんだよね?僕たちと勉強会とかしていて大丈夫なの?」
ユエルと再会した時の会話で、そんな事を言っていたはずだ。ユエルは毎日学校に来ているし、その間は大体僕たちといる。天使の事はよく分からないけれど、僕たちとずっと一緒にいて、務まるものではないような気がする。……もしかして、恩を返すどころか、邪魔をしていた?
「ごめん、ユエル。僕らに付き合わせちゃって。ユエルにはユエルのやるべき事があるのに……」
僕が謝ろうとしたら、ユエルは慌てて否定した。
「違います!僕が青葉さんと一緒にいたいから……。じゃ、なくて」
そう言うと、ユエルは居住まいを正した。見た目は可憐な女子高生のままだけれど、尊厳に満ちた天使の顔が浮上する。つられて僕も背筋を伸ばした。
「真面目に申しますと、青葉さんたちと一緒にいるのも仕事の一環なんです。……何か変わった事はありませんか?些細な違和感でもいいんです。身体の調子が悪いとか、身近でなんとなくおかしいなと思う事でも」
「変わったこと……」
うーん。改めて聞かれると案外思う浮かばないものだ。
遡って言うならば、二階堂くんと友達になったこと。ユエルとこうして再会したこと。岡倉くんとも仲良くなれたこと。井上さん、藤木さん、大野さんとも、前よりずっと仲良くなれたこと。二階堂くんに認めてもらえたこと。自分にちょっとだけ、自信が持てたこと。
二階堂くんに出逢ってから毎日が新鮮で、めまぐるしくて、眩しくて。
この日々は僕にとって宝物で、思い返すたびに幸せな気持ちが胸を満たす。
だけど、と考える。ユエルがこうして真剣に聞いてくるという事は何かあるはずだ。天使の仕事なんてそれこそ想像もつかないけれど、もしかしたら僕らにも関わることなのかもしれない。ユエルからは切迫したものを感じ、焦りが見て取れた。
ーー僕は何か、大切なものを見落としている?
「……ーーさん。青葉さん?」
「あ、ごめん。考え込んじゃって」
ユエルの声で僕は再び現実に呼び戻される。心臓が不規則な音を立てた。
「いいえ。僕の方こそ申し訳ありません。思いつかないなら答えなくても結構ですよ。何もないに越したことはありませんから。できれば参考にしたかっただけですし」
僕を安心させようとユエルはいつものようににへらと笑った。
「そっか。ごめんね。何も思いつかないや」
「さあ、お湯も沸きましたし、持っていきましょうか」
「……そうだね」
ユエルは何もなかったように準備を進めていく。僕もやらなきゃ、とポットに手をかけたところで……。
「おい!茶をいれるのに何十分かけてんだよ!」
待ちくたびれた二階堂くんがキッチンまでやってきた。なんだかすごく嬉しそうな顔をしている。よほど喉が乾いていたらしい。
「ごねんね。待たせちゃって。すぐに持っていくよ」
「いや、別に。全っ然、急がなくていいからな!」
やっぱり、二階堂くんは機嫌がいい。なにか、いいことがあったのだろうか。
僕は思わず笑ってしまったけれど、すぐにもやもやが心を覆う。
「青葉?どうしたんだ?」
いつの間にか、二階堂くんが僕の顔を覗き込んでいた。あまりの顔の近さに、反射的にのけぞってしまう。その拍子にポットに手が当たって、倒れそうになる。慌てて、掴もうとしたけれど、運動神経のよろしくない僕はバランスを崩してしまった。
倒れる!
「うわっ!」
「青葉さん!?」
「……っぶねぇな。突然、暴れんじゃねぇよ」
二階堂くんは右手でポットを抑え、左手で僕を受け止めてくれた。さすが二階堂くん。ポットも僕も倒れずに済んだけれど……。
「おい、青葉。顔が赤いぞ。また、熱でもあるんじゃねぇか?」
と、二階堂くんが不機嫌そうにまたもや顔を覗き込んでくる。体育祭の一件で僕は病弱認定されてしまったらしい。体力は皆無だけれど、人並みには健康を維持できているので、そこまで心配しなくてもと思う。
……って、今はそれが問題ではなくて。
「……に、二階堂くん。ありがとう。もう、離してもらっても、だ、大丈夫、だから」
二階堂くんはのけぞった僕の腕を引いた。同時に不安定に揺れるポットを支えるために一歩踏み出したわけだから当然、僕は二階堂くんの胸に飛び込む形となった。
そこに上から顔を覗き込まれた僕は……。
「……こんの、すけべえが!青葉さんに何をやっちゃってくれちゃってるんですか!!!?」
「はっ!?すけべえ?何をって倒れそうになったから支えてやったんだろ!感謝されても、貶される覚えはないぞ」
喧嘩を始めた二人の隣で、二階堂くんから解放された僕はどくどくとうるさい心臓をなだめるために深く深呼吸をした。
顔が熱い。他の誰にも見られなくて良かったとひとまず安心する。自分がどんな顔をしているか鏡を見なくてもわかる。




