天使は何処…?
「はあ!?青葉さんが賭けの対象!?何やってんですか、あんた!!?」
戻ってきた天野さんが今さっき起きた出来事を聞かされ、当然の如く怒り狂った。
天野さんは始終青葉にベッタリだが不意にどこかへ行ってしまう時がある。というか、相馬がトイレに行った後にどこかへ行き、たった今戻ったばかりだ。つまり、午後の授業まるまるさぼったわけだ。
授業もさほど熱心に受けているわけでもなく、夢みる乙女の表情でずっと青葉を見つめている。それでも特進クラスに編入となったのだから、もしかしたら天才なのかもしれない。
それか、青葉の存在が天野さんを狂わせたかだ。俺は地味に天野さんの今度のテストの成績に注目していたりする。
「あんたらの馬鹿馬鹿しい勝負にどうして、青葉さんが関わらなきゃならないんですか!?それに青葉さんのお弁当は僕のものです!それを勝手に……!!」
……いや、天野さんのものでもないけどな。俺の青葉の弁当への執着心とか言ってたけど、天野さんの青葉に対する執着心の方がヤバイと思う。
俺に掴みかからんばかりの天野さんを青葉がどうどうと押さえ、大野さんたちは呆れ顔だ。だが、天野さんのように俺を責める事はしなかった。
「天野さんのもの云々はともかく、わたくしたちも同意見です。とは言え、あの状況に持っていかれたのは誤算でしたわ」
「クラスを味方につけちゃったもんね。青葉くんを人質に取られた気分だよ」
珍しく、大野さんと藤木さんは俺にも同情的だ。あの場面では他にどうしようもなかったのだ。俺だってこんな勝負馬鹿げていると思うが、勝つのが一番手っ取り早いと思ったのも事実だ。あそこで断ったって、相馬は別の手段で俺に勝負を挑んできた事だろう。それぐらいの気迫を俺は感じ取っていた。
「……でも、僕のお弁当を賭けたくらいで、クラスのみんなが動くものなのかな?さっきのやり取りはなんだか、大げさな気が…………」
天野さんを押さえつつ、青葉は自信なさ気に言った。その言葉にすかさず井上さんが反論する。
「もちろんだよ!一年の時から彩り豊かでどれもおいしそうだなあって、思ってたらそれが青葉くんの手作りって言うし。それを二階堂がすんごく幸せそうに食べるから……。実際に食べても期待以上だったしね!」
「青葉くんの料理は食べるとなんだか温かい気持ちになるよね」
岡倉が井上さんの言葉に頷いて、にこにこ笑った。
青葉は二人の言葉に照れたのか、あろうことか天野さんから手を離してしまった。その隙を天野さんが見逃すはずもなく、さっと青葉から離れると俺に回し蹴りを決めようとした。
「あっぶねぇなあ!何すんだよ!」
とっさに立って避けてしまったため、視界が上がりふわりと舞ったスカートの中は見えなかった。あのままくらっていれば拝めたかもしれな……。げふん。なんでもございません。
たく、女子が回し蹴りとか何考えてんだかな!
「結局はあなたが蒔いた種でしょう!この落とし前どうつけるつもりなんですか」
蹴りが外れても尚、目が据わったままの天野さんは腕を組んで俺の前に仁王立ちした。
「うっせぇなあ。だから俺が勝ちゃいい話だろ?」
「あなたは簡単に言っていますが実際に勝算はあるんですの?」
「青葉くんを巻き込んだんだから、負けたらただじゃおかないわよ」
「でも、二階堂が必死で勉強したぐらいで相馬くんに勝てるのかな?二階堂は普段どんな勉強の仕方してるの?」
「…………別に」
「なによ、その別にって」
天野さんの加勢により、普段の調子を取り戻したらしい女子たちは口撃の手を緩める事はしない。
これ、正直に答えていいのか?いや、正直に答えないともっと偉い目にあうよな……。
「……家で勉強なんかしたことねぇっつってんだよ」
「…………は?」
天野さん以外の目が点になり、次いで青葉と岡倉は呆れつつ納得というような顔をした。
「学校で授業の内容聞いてりゃあ、大体理解できるし。暗記ものだって、テスト前に教科書見りゃあ覚えられる。これ以上何すればいいんだよ」
そう、この際言っておくが俺はテスト勉強というものをしたことがない。今の俺の頭ならば、公式や文法など一回説明を聞けば理解できるし、容量が大きいのか一度見たり聞いたりすれば忘れることはない。おまけに、どうでもいい事はすぐ忘れるという機能付きだ。
前世もノー勉スタイルは同じだが、結果は散々だった。つまりはそういうことだ。
もともと勉強とか好きじゃないし、将来つきたい職業とか特にないため頑張る理由もない。
こんだけ頭の出来がいいんなら神様に感謝して、もっと他の事に時間を割いた方が有用だ。……ギャルゲーの攻略とか。
だがしかし、これだけは言える。なんか前も言ったかもしれないが努力もしないで優秀な奴とか、前世の俺だったら毛嫌いしてる。つまりはそういうことだ。
「…………そうですの。分かりましわ。あなたが三位に甘んじてきたのはそういう理由でしたの」
「……さすが、だけ男は違うわね。勉強も出来て当然って感じ?」
「……まあまあ、ふたりとも。今回は相馬くんに勝たなきゃいけないんだよ。現時点で三位って事実に変わりはないし、対策を考えないと」
「そうですわね。今まで三位だったのですから、理解と暗記の及ばないところに弱点があるはずですわ」
「それをどう克服するか、か。ふふっ。扱きがいがありそうだね?」
「ほんと、ねえ?」
……お三方、目が据わってませんか?口は笑っているのに目がぜんっぜん笑ってない。いつにも増して迫力というか、背中に黒いオーラが見えるというか。
「そうだよね。勉強の仕方なら僕にもアドバイスできる事があるかもしれないし、何でも協力するよ!」
「あ、俺も!俺は勉強で手伝えることあんまりないかもだけど……。お茶汲みとか!」
ああ、もう!鈍感!何こいつら女子たちの黒いオーラ見えてないのか!?余計、眩しいわ!なんの含みもない笑顔に癒されるわ!……なんか、野郎の笑顔で癒されるとか、色々末期な気がする。
「はあ。仕方ありませんね。青葉さんが賭かっている以上、こちらも負けさせるわけにはいきません。テストまであと五日でしたか。やるからには全教科、満点を取ってもらうのでそのつもりで」
天野さんの言葉に女子三人が賛同するように嗜虐的な笑みを浮かべた。
あれ?おかしいな。ついこの間まで俺の目には天使の羽が映ってたんだけど、今は真っ黒に染まってる。
しかもそれが滲んで見えるのはなぜだろう?




