映像は語る… 後編
一周たったの二百メートル。されど、その中にはたくさんのドラマが詰まっている。それはまさしく人生そのものだ。
行く先はけして平坦な道とは言えず、様々な困難が待ち構えている。けれど、どんなに辛く苦しくとも、歩みを止めてはならない。鉛のように重い腕を振り上げ、棒切れに成り果てた脚を前に踏み出し、灼けつく肺に目一杯息を吸い込んで、走る。
決してひとりではない。隣にはライバルがいる。向かう場所には必ずゴールがある。心には信頼という絶対に折れない柱がある。
だから走れる。
前に進める。
留まる理由など、どこにもないのだから。
「さあ!二学年多目的リレーも終盤にさしかかって参りました!関門も残すところあと一つとなります!彼らに用意されたのは一枚の紙。それが勝敗を決する事となるでしょう。一番手は着ぐるみぴょんぴょんレースから怒涛の追い上げをみせた浅間さんだあ!特進クラスのちっちゃい猛獣の名は伊達ではありません!躊躇なく一枚の紙を手に取って内容を確認するとまっすぐに目標めがけて突っ込んでいきます!おっと、ここで二番手が……」
言うまでもなくこの映像の主人公、青葉はぶっちぎりの最後尾だ。途中、ふらりと浅間美結にレンズの焦点が合っていたのは撮影者のミスであろう。
やっと到着した青葉は息も絶え絶えに残された最後の一枚を確認する。次の瞬間、青葉は動きを止めたかと思うと書かれた内容を食い入るように見つめ、しばらくするとふっと肩の力を抜いた。苦しげに歪められていた横顔には穏やかな笑みをたたえゆっくりとこちら側を振り返った。その目はまっすぐにレンズを射抜く。
「……二階、堂、くん。僕と、一緒に、走って、くれ、ますか?」
画面いっぱいの青葉の顔。汗で張り付いた前髪。浅く早い呼吸音。その額を大きな手が包み込むように触れる。細すぎず、太すぎず、少し骨ばった大きな手。
黄色い悲鳴と、絶叫と、罵詈雑言が入り乱れる中に、ぽつりと静かな、けれど決然たる声が空間を占める。
「勝つぞ」
ゴトッ、という音と共に映像が乱れたかと思うと視点の低くなったそこには青葉の手を引く撮影者の後ろ姿があった。
会場のボルテージは最高潮に達しており、音声はもはや雑音にしかならない。
手を取り合う二人の向こう側には美結がおり、彼女も同じように人の手を引いていた。けれどその人物の動きは鈍く、美結からは焦りが感じられる。他の走者はまだ捜し物が見つかってないらしく、青葉と美結の一騎打ちとなった。
美結たちの方が若干リードしている。ゴールまであと数メートル。三メートル。二メートル。一メートル。
ゴールテープを切る直前。美結が勝利を確信したその瞬間、疾風のごとく駆け抜ける一つの影。
「……き、決まった〜〜!!!!一位は圧倒的最下位から見事大逆転した赤組、青葉浩一くんだあああ!!!」
二人はにっと笑いあい繋ぎあった手を頭上高く掲げる。そんな彼らに割れんばかりの拍手と歓声が降り注ぐ。
健闘した選手たちを讃えるように、美結の隣でぴかりと光った。
ここまでがこの映像に記された全てである。
映像は映像に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。
けれど。今しかない青春の一ページを記録として残せたのなら。彼らが落としたひとかけらを守ることができるのなら。
『物』として生まれ、その役割を果たせたのだとしたら、これほど幸せなことはないのではないだろうか。
ビデオカメラはイスの上でひっそりと最後の時を迎えた。
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「あら?電源がつきませんわ」
「壊れたの?」
「暑さで駄目になってしまったのかしら?今年買ったばかりなのですけど」
「ちょっとかして。直すんならこうすれば……えい!」
「なっ!?何をなさいますの!?機械は叩いても直りませんわ!」
「ほら、電源ついたよ」
「…………ありがとうございます」
感傷に浸っていたビデオカメラは物理的に叩き起こされた。




