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第五話

 ーー1本の矢が飛来したのは。

 その矢はユーマと僕と僕の中間あたりにぴたりと突き刺さった。

「敵襲!」

「ゴブリンか!」

 視線を彷徨わせる。だが気配はない。

 ユーマが石を投擲するが茂みの音しか帰ってこなかった。

「逃げよう」

「ああ」

 そういって踵を返そうとして

「逃がすわけねえだろう」

 おぞましい声が聞こえてきた。

「旦那。こいつ初心者ですぜ」

「金目のもんがないって言いたいのか? 安心しろ、鬱憤晴らしだ」

「ははっ、旦那も悪いお人だ」

 突然出てきた三人にユーマが怯える。

 僕はユーマを隠すようにして小刀を握り締めた。

「待ってくれ。後ろにいるやつはNPCだ」

「だから?」

「おい! こいつNPCだって自分でばらしやがったぞ!」

 何がおかしいのか笑う三人。

 こいつらはPK、通称プレイヤーキラーだ。

 ならば目当ては僕だけのはずーーだった。

 ユーマは顔を真っ青にして今日の収穫物を固く握り締めていた。

「ぼ、僕は・・・」

「まあいいか。殺すぞ」

 三人が武器を構えた。剣が二本、弓が一本。

 通常なら弓使いを狙う場面だが僕が手を離せば剣士二人がユーマを襲ってしまう。

「ユーマ逃げろ」

「・・・ああ!」

 彼は勢いよく走り出した。

「させるかってーの」

 弓使いが弦を引き絞る。僕はかばうようにして立ちふさがった。

 だが多勢に無勢だ。一人に相手取られている間に残りの二人がユーマを追い詰める。

「ユーマ!」

「いや、いやだ! こんなところで死にたくない!!」

 その流れはあまりにもゆったりとして見えた。

 引き下ろした剣がユーマの背中を撫でようとしてくる。

 もう片方の剣がユーマの首を跳ねようとしている。

 引き絞られた弓矢が放たれて、僕の横を通り過ぎていく。

「ユーマあああああああああああ!!」

 刹那ーー血飛沫が舞った。

 ユーマの首が落ち、背中は斬られ、頭に矢が突き刺さる。

「・・・あ」

 あまりにもあっけない終わりだった。

「ああああああああああ!!」

 僕は無我夢中で刀を振り回した。だが当然避けられる。

 それでもこの怒りを収めるためには彼らを殺すしかなかった。

「逃げるな! 逃げるな! 逃げるな!!」

 リーチが短いせいで刃が届かない。

「旦那! こいつどうしますか!」

「ただの初心者だ。置いていこうぜ」

「ははっ、そりゃ傑作だ」

 なにが傑作だ、僕は涙をこぼしながら刀を振るった。

 刀が一ミリも届かないのが惨めで仕方なかった。

「くそおおおお!!!」

 それでも傷を負わせようと必死だった。

 だが僕をあざ笑うように刀はどこにも当たらなかった。


 いつの間にかPKたちがいなくなり、僕は一人でユーマの元に駆け寄る。

「ユーマ」

 起きてくれよユーマ。

「なあ」

 笑ってくれよユーマ。

「くそおおおお!!!」

 説教してくれよユーマ。

「なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ!!」

 涙が地面を叩きつける。

「ユーマ! 妹のもとへ帰るんだろう! ユーマ! ユーマ!」

 擦っても起きなかった。

 僕は地面に膝をつき、ぼんやりと空を見据える。

「・・・なんだよ、あいつら」

 虫のような声音が漏れた。

「なんでこんなに世界は理不尽なんだよおおおお!!」

 地面に拳を振り下ろす。世界を憎むように大地を叩いた。

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 何度もたたいて、充血して、やがて血が出て。

 それでも鬱憤は治まらなかった。

「ああああああ!!!」

 森に絶叫する声。だが誰の元にも届かずに消えた。


 ユーマの遺体をかついで森を抜ける。

 街道を歩いているとき何を考えていたのかまるで分からなかった。

 衛兵に止められ「殺された」と泣きながら告げるのが精いっぱいだった。

 ユーマが大事に握り締めていた収穫物を、今度は僕が握り締めた。

 しばらくして一人で街を歩いていた。

 ユーマの忘れ形見を持ちながら。

「おい兄ちゃん。どうかしたか?」

 突然肩に手を回された。そこには酔っ払いの中年冒険者がいた。

「殺されたんだ」

「ああ、そりゃ災難だったな。何をロスしたんだ?」

「違う。ユーマが、NPCが殺されたんだ」

 そういった途端だった。

「あはははははは!!!」

 醜い嘲笑が周囲に響き渡ったのは。

 その中年冒険者だけじゃなかった。他の冒険者も、宿屋の主人も笑っていた。笑っていたんだ。

 NPCたちは目を背けるか、そんな嘲笑に怯えているようだった。

「え?」

「おい坊主。ここはゲームだぞ?」

 ゲームがなんだよ。

「NPCが殺されたって! ただのクエスト失敗だろうが!」

 クエスト失敗? そんな生易しいものじゃない。

「全部、自業自得だろう」

「あ?」

「お前が、全部、悪いんだよ間抜け!」

 そういって笑ったのは彼だけじゃなかった。みんな笑っていた。

 僕は全身の震えと怒りを制御できそうになかった。

 それでも怒りを抑えられたのは手元にユーマの形見があったからだ。

「ぼくが悪い」

「そうだよ、しけた面してたから声をかけたのにしょうもないことで悩みやがって」

「しょうも、ない」

「ああ。しょうもないね。弱いものは殺される。当たり前だろうが」

 そうか、ようやく僕は理解した。

 ここには誰も味方がいないんだ。

「・・・わかりました」

「おう。まあ忘れろ、一時の失敗さ」

「僕が今度は」

 仇を討つ。すべてのNPCの弱さを守る。

 それが僕の、僕が目指すべきロールプレイだ。


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