第三話
森は暗い。日差しをさえぎる枝葉が伸び放題となり、手入れされていない森は夜に迷い込んだかのような圧迫を感じる。僕は森の中で深呼吸をした。
清涼な空気が肺に満たされていく。だが本番はここからだ。
「ユーマは戦えるか?」
「・・・いや。無理だ。武器もない」
「わかった。下がっていてくれ」
ユーマを後方に下げる。
「兄ちゃん。気を付けろ。ここには厄介な虫も蛇もいる」
「忠告ありがとう」
相手はモンスターだけではないらしい。
「ところでどんな材料を探せばいい?」
「俺が絵を見て覚えてきた。採取は自分でするよ」
「了解。じゃあ僕が敵を引き付けるよ」
こくりと頷いた彼を一瞥して森の中を進む。
「静かだな」
「僕にはうるさく感じるけどね」
鳥の鳴き声、虫の雑音、風の共鳴。
森の中に入ってから耳が痛いほどにうるさい。
「兄ちゃん。蛇だ」
裾を引っ張って警戒するよう教えてくれた。
その蛇は一メートルほどの大蛇だった。食べられたらひとたまりもないだろう。
「戦う。近くで隠れていてくれ」
「了解、死なないでくれよ」
「大丈夫さ。僕ら旅人は死んでも復活するから」
そういったとき一瞬だけユーマの顔が陰った。
「そう・・・だよな」
「行ってくる」
僕はそのまま木刀を引き抜いて蛇に近づく。
枝を踏んだ。その瞬間、蛇の目がこちらをにらんだ。
「来いっ!」
蛇は一瞬の隙で近づいてくる。僕は咄嗟に避けたあと、がら空きの胴体に木刀を叩きつけた。だが相手は蛇だ。身体はゴムのように固く、手が先にしびれてしまう。
「兄ちゃん! 危ない!」
蛇はそのままくるりと回転して僕の背中にかじりつこうとしていた。
「くそっ」
木刀を盾にして頭をいなす。だが尾が左足に絡みついた。
「くそっ!」
体が思うように動かない。蛇は自由自在に動き回っている。
この非対称性が戦闘のアドバンテージを著しく奪って来る。
「離れろ!」
「兄ちゃん! 蛇は首元を先に掴むんだ!」
「そんな! 器用な真似できるか!」
木刀を振り回すだけで精いっぱいだった。
顔を遠ざける間にも足に蛇の胴体が遠慮なく絡みついてくる。
捕食者の目がきらりと輝き、蛇の舌が舐めるように僕を捉えた。
「やべっ」
木刀が大きく宙を切った。その瞬間に蛇が一気に差を縮めてくる。
「兄ちゃん!」
助けに入ってきたのはユーマだった。
彼は蛇をそのまま抱きしめると首を思い切り掴んだ。
「早く攻撃を!」
「ああ!」
背中を一閃する。だが切れない。僕はサブウェポンの小刀を取り出すと蛇の胴体に突き立てた。
「キシャァァァ!!」
暴れまわる蛇。だが僕は強引に小刀を滑らせていく。
硬い肉だ、全く切れない。だが両手で無理やり割いていく。
血がほとばしり、血しぶきが舞う。
「もうひと踏ん張りだ! ユーマ!」
「ああ! 兄ちゃん!」
蛇の口に小刀を突き立てた。一気に尾が緩んでいく。
僕たちは汗だくになりながら、蛇が弱るのを待つのだった。
「やっと倒せた」
二人で息を吐きながら地面に倒れた。
「蛇一匹で十分かよ」
「兄ちゃん、ナイスファイト」
「ああ。ユーマもありがとう」
拳を突き合わせる。
「ポーション飲むか?」
「勿体ない。水でいい」
ユーマは水を飲む。だが僕はポーションしか支給されていない。
仕方なくポーションの蓋をあけて喉を潤した。
「贅沢だな、兄ちゃん」
「まだ九本ある。それに死んでたら消えていたポーションだ」
このゲームのデスペナルティは所持品ロスや金銭ロスが含まれている。レベルが下がることはないが死ぬたびに消耗品が消えてしまうのは御免だった。もっとも武器などは所有者情報が結び付けられているため盗賊職でもない限りは奪えなかった。
「先に進もう」
「待ってくれ。兄ちゃん。蛇の目玉を回収する」
「蛇の目玉?」
それがポーションの素材になるらしい。ユーマはじっくりと絵と蛇の特徴を見比べたあと一度頷き、そのまま蛇の目玉を抉った。ガラス瓶に保存する。
「次に行こう」
「了解」
次に出会ったのはゴブリンだった。
「戦おう」と僕は言った。
「迂回しよう」とユーマが口にする。
「戦っても死ぬのは僕一人だ、行こう。ユーマは隠れていればいい」
「そういう問題じゃないだろう。なんでそう死にたがるんだ」
「旅人はそういう風に作られてるんだよ」
言い合いをしていたがゴブリンが気づく様子はない。
少し離れてから再度話し合いをする。
「いいか、ユーマ。僕らは何度でも死ねるんだ」
「死ぬのと死なないの間には、頑張るがあるだろうが!」
僕の胸にぐさりと刺さった。
それは自殺志願者だった僕を的確に言い表す言葉だった。
「・・・そう、だな」
「頑張らないで死ぬつもりか? みっともない死に方でいいのか? 俺は絶対に御免だね」
「その通りだ、ユーマ」
反論のしようがなかった。僕はいつから死に囚われていたのだろう。
この世界では長所になると思っていたが大きな間違いだった。
「わかった。迂回しよう」
「まだだ。まだ話は終わっていない」
ユーマは鋭い目つきで僕を睨んだ。
「そのいつ死んでもいいみたいな目。いい加減やめろよ」
「・・・」
「気持ち悪い」
先を行くユーマに僕もついていく。
ユーマは知らないのだ。人間は弱いことを。
弱い姿で抗うことが恥とさせる社会があるということを。




