密談は音楽室 2
「ちょっと待って、頭を整理する時間をくれる?」
煙管と灰皿を持って部屋の隅に移動すると、フラブが水を持って来てくれた。
「できればワインを…」
調子に乗るなと睨むノアルの気配を、そちらを見なくても肌で感じる。
窓を開けると、夏の虫が鳴いている。夜風が気持ち良い。煙草葉を丸めてながら現実逃避をするアルブレオだが、バンドメンバーは許してくれそうになかった。
「ずっと昔、侵略戦争より前の話だが、ネルファ…今と名前は違う南の国に魔王が出現した。それを、シシオガミ家の騎士が撃退した」
「なんで?」
「詳しくはそこの本に載ってるから、あとで読んでくれ」
ルベルロサは本棚の『空をかける戦士』を指差した。豪華な装丁された児童書だ。
「とにかく、シシオガミはネルファに恩がある。国王が代わっても、当時の礼がしたいと、以前から誘いがあった」
だが、シシオガミ家は守護の要だ。簡単に自国を離れられない。
丁重に断りの手紙を書いた少し後に、ネルファに内戦が起こった。昔から争いの多い国だ。空を駆ける戦士も御伽噺になると思われた矢先に、再び招待状が届いた。
「統治の安定した、今の国を見て欲しいそうだ」
「…こっちは安定していないのに?」
それは、大問題だ。
名誉であるが国を空けられないと、丁寧に断りの手紙を書いたら、時を置いて再び招待の手紙が来る。
その度に高価な宝石や、珍しい薄衣など贈られて来た。ソリオス国は相応の価値のある魔硝石をつけ、断りの返信した。すると、更に高価な品が送られて来た。
「珈琲豆やスパイスは、こちらでは手に入らない。正直に言えば、ありがたかったそうだ」
外交の公式国賓の贈り物だ。西諸国を経由しても関税は免責される。
何度がやり取りをして、のらりくらりと返事を遅らせていたが、そうは言ってはいられない所まで追い込まれた。
部族間の長い争いの末に、大国に変貌したネルファは得体の知れない存在だ。
内情を知ろうにも、南は遠い。
宰相の言葉を借りれば、距離があり目と手も届かない。
「ネルファの内情を知るために、シシオガミ家の三男が南に向かうと言い出した」
それが聖騎士団長、ゲイブ・シシオガミ。
議会も揉めたが、宰相も渋い顔をした。
「その宰相のジジィがやっかいで、ウェスペル家とシシオガミ家の当主を小僧呼ばわりする、御仁だ」
高齢で半隠居生活で、滅多に自分の屋敷から出ない。しかし、その発言は絶大で、国の誰より効力がある。
「シシオガミ家が動くとなると、単身では行けない。聖騎士団の団長だ。それなりの一団で行かなければ、周辺諸国に示しがつかない。そうなると、金がかかる」
物々しい軍隊では心象が悪い。あらぬ噂を立てられる。
「俺たちのツアーに同行する護衛騎士としてなら、最小限の人数で動ける」
「それで俺らのツアーに便乗して、南に行くって算段?」
「逆だ。俺たちが、便乗する」
南の動向を次第では、大規模な戦争になりかねない。
「ネルファまでは長い道のりだ。ソリオスは古代魔法と魔獣の海域に阻まれた孤島だ。かなりの距離がある。安全に旅するには、西諸国を経由しなければならない」
手際よくノアルが地図を広げた。
「手始めに、エルドラ国の港からイルテアを目指す。そこから中央に移動する」
シシオガミの正式な訪問ではなく、あくまでも巡礼の護衛騎士。
西諸国の巡業を名目として、南の偵察がソリオスの本命だ。この手で行くなら、費用も抑えられ、身の危険を感じたら中断して引き返せる。
ルベルロサの安全が優先される。南にも言い訳が出来き、ソリオスの面目が保たれる。
今頃ウェスペル家の本宅では、議会提出準備で大慌てだろう。これなら議会も、宰相も承認する。
「俺は音楽がやりたい」
ルベルロサの声が、真剣なものに変わった。
「世界中に俺の音楽を響かせたい」
この作戦なら西諸国を周り、南まで足が伸ばせる。
「自信がある。俺たちの音楽は最強だ。世界中が、俺たちに夢中になる。俺たちに憧れる。音楽は強い武器になる」
腹の探り合いもせず、運が良ければ争いの火種も消せる。
「俺はバンドがやりたい。お前たちと一緒に、音楽を作りたい」
ルベルロサの体が光る。抑えられない魔力が溢れているのだろう。
「金も政治にも興味はないが、国が豊かで平穏になれば、音楽に集中できる」
そのために、出来ることは何でもする。
「これは俺の我儘だ。だがついて来て欲しい。俺はお前らの音が欲しい」
音楽のためにバンドのために、国と政治と、神様も利用する。
「世界平和を目指すのは、そのついでだ」
「罰当たり…」
アルブレオが笑った。
「悪くない提案だろう?」
流石に前世で、音楽の悪魔と呼ばれただけのことはある。
震えがくるほど、魅力的だ。
「面白い!ワクワクします」
「どこまでも、ルベロ様について行きます」
ボーカルの言葉に、ドラムとギターが賛同した。
アルブレオは煙管の煙を、ゆっくりと吐いた。
全ては音楽のため、青臭い言葉だが、嫌いじゃない。
煙管の雁首で灰皿を叩くと小気味好い音が鳴る。真鍮製の灰皿で、複雑な魔法陣が描かれている。
灰皿に埋め込まれた魔石が、アルブレオの魔力に反応して、小さな魔法陣が火花のように浮かび、クルクルと回りながら煙を吸い込む。なんてことない、空気清浄機付きの灰皿だ。派手な仕掛けが気に入っている。
青白い光の線が薄く消えるのを様を見つめ、ベーシストは呟いた。
答えは、最初から決まっている。
「俺たちで、ついでに世界を救っちゃう?」




