秋の奉納行事
ソリオス国では、季節の折々に神楽奉納の行事があり、秋の奉納行事はもっとも盛大に行われる。
イルテアでも秋の収穫祭がある。平民街の教会でも、貴族が通う城内礼拝堂でも、アルブレオは人気の奉楽師だった。だがそれは、ルベルロサも同じだ。
何年も前からフラブやノアルを伴って奉納師として、神事に関わっている。
神楽奉納は、イルテアでの旋律奉納だ。
密入国者が出演して良いのかと問うと、そのため玉串料を奮発したと、あっさり言われた。
神楽奉納のご祝儀は貰えるが、雀の涙ほどの金額だが、この舞台に立てるのは名誉なことだ。
昼間は露天が並び、祭りらしく賑わいを見せるが夜は一変して厳かな雰囲気につつまれる。
厄祓いに始まり、ソリオス建国の神獣の御霊を迎える儀式舞。
頭は狐、角は鹿、胴は長く毛並みは白い神獣は、言い伝え通りの姿を模した人形が空を舞う。
龍と呼ばれているが、アルブレオの目には胴の長い狐に見える。言い伝えでは、西から来た神獣は、火山を噴火させたり、水害を起こしたりと、好き勝手に暴れまくったが、自分の荒らした大地の有様を見て反省して、この地の守る神になった。
なんともめちゃくちゃな設定だが、神話なので仕方ない。
西から来たと言うのは、西の女神信仰と結び付く。女神は、神獣に乗って西の地に降り立っち、世界を覆う霧を払ったと言い伝えられている。
その神獣が東に向かい、神として崇めらめた。
(なるほど、これが多神即一霊か…)
現世では全ての宗教が繋がっているのだと、この地で初めて実感した。
神楽殿では女神役の可憐な舞や、この国の有名な逸話を模した劇などが披露されている。
アルブレオの楽屋にある、3枚の鏡の内の一枚は舞台の様子が映されている。同じように、ソリオス国の神社の境内に置かれた鏡に映されている。ライブビューイングだ。西でも流用されているら魔法だが、こちらの方が鮮やかで、臨場感がある。
みな鏡に夢中だが、アルブレオはのんびり観ている心境ではなかった。
ウェスペル家との噂を聞いた来客が、次から次へと押し寄せたからだ。断りたいがアルブレオの身分では叶わない。聖騎士団長のシシオガミまでは受けたが、それ以降はルベルロサが断ってくれた。
婚約をはっきりと明言していないので、その方面の話題は、貴族らしく笑顔で受け流していたが、いい加減うんざりした。
ようやく身支度を終えたアルブレオは、華やかな祭典よりも煙管に夢中だ。
ルベルロサがアルブレオの楽屋から動かないので、側近とバンドメンバーが集まってしまった。先刻までアルブレオの顔をいじっていた使用人は姿を消し、なぜがフラブがアルブレオの髪を整えている。
「アルブレオ様の髪は癖がなくて羨ましいです」
煙管を吹かしながら、鏡越しでたんぽぽのようなフラブの頭を見た。
「そっちはふわふわして、触り心地が良さそうだ」
えぇ、そうですかぁ?と、照れる顔は人懐こい大型犬だ。
「舞台、観なくても大丈夫か?」
「大舞台の前だから落ち着かなくって…何かしていた方が気がまぎれるし…それと僕、アルブレオさんとお話がしたいです」
思い起こせば、二人だけで会話をしたことがない。
「フラブはいつからルベロのところに?」
「もう4年くらいお世話になっています」
フラブの前の主人は、ウェスペル大臣の側近の一人だった。
主人の所有する避暑地での仕事終わり、使用人だけで楽しんでいると、見知らぬ人間が紛れ込んでいた。夜の月明かりのみ、帽子を目ぶかに被っているため表情はわからない。手土産に持って来たワインを持つ手が、白く美しいので貴族だと察した。
上等た酒だった。警戒心が薄れ、宴は盛り上がった。誰かが歌い出し、誰かが伴奏をした。
フラブは、椅子がわりに座っていた樽と皿を叩いてパーカッションを披露した。
「それがすごく楽しく!僕、お酒が得意じゃないんですけど、酔っ払って寝ちゃったんです」
気づいたら、ウェスペル家に向かう、馬車の上で揺られていた。
「…アイツ、誘拐魔だな!」
「おかげで、毎日が楽しいです!それと、アルブレオさんを船室に運んだのは僕です!」
得意気に胸を叩くフラブだったが、腰を屈めてアルブレオの耳元で小さな声で問いかけた。
「アルブレオ様は、前世のことを覚えているですよね?」
「…まあね」
細かい所を思い出そうとすると、霧の中に迷い込んだ気持ちになるので、普段は考えないようにしている。
「だからなんですね!納得しました!」
どういう事かと首を傾げると、フラブは弾けるような笑顔で教えてくれた。
「たまに、ルベロ様が何を言っているのな、わからない時があるんです」
バンドやツアーなど、現世では使われていない言葉だ。記憶を取り戻してからは、アルブレオも当たり前のように使っていた。
「意味がわからない言葉があったら、遠慮しないで何でも聞いて!あと、それ、髪飾りとか、もういらないから!」
「えぇ?こんなに素敵なのに?」
銀細工の簪を手に取り、アルブレオの髪に差す。
ほら、髪色に映えてお似合いですと、キラキラの笑顔で言われると悪い気がしない。
舞台上では、女神と精霊の祝福の踊りが催されている。
精霊の役はどれも美女揃いだ。
どこ娘が好みかとフラブに聞けば、ノアルが蔑むような視線を送ってきたが、アルブレオは気にしない。
この演目が終わると、劇が始まる。
兄弟が互いを支え合い、精霊の加護を受けた籾殻を手に入れる昔話だ。
知恵と勇気で苦難を乗り越え手当てに入れた種籾だが、仕舞っていた袋が破れて、帰り道に点々としてしまい、故郷に戻った頃には、一握りに種籾しか残されていなかった。
兄弟は嘆いたが、故郷の村人は喜んで、一握りの種籾を大切に育て、村は豊かになった。
そして、種籾が落ちた場所でも米や麦が生え、豊かな国が沢山生まれた。ソリオスに伝わる昔話しだ。主役の兄弟は、小さな子猿と、相棒の猿回しの青年が演じる。
この演目が終われば、いよいよバンドのライブだ。
髪に刺す簪が三つに増える前に、出番が来て欲しいと願っていると、爆発音が響いた。腹の底から唸るような轟音だ。
「雷か?」
「避雷針に落ちたのでしょう」
冷静なルベルロサの言葉に、ノアルの声が重なる。
「勘弁してよ…」
大雨なんて、洒落にならない。
「屋根が入母屋造なので、大丈夫ですよ」
「あの、三角?」
上部はハの字の二面で支え合う屋根で切妻と呼ぶ。頂で受けた雨を左右で分け流す。
下部は寄棟屋根と呼び、四面が傾斜している屋根で風に強い。切妻から流れる雨を受け止め、建物から離れた外に流す仕組みだ。
大きく深く張り出した軒は、柱から遠く突き出し舞台全体を覆い隠す。多少の雨風ではビクともしない。
開放的な舞台でありながら、光や風を取り入れ雨を阻む匠の技だ。
「大きな魔法陣が浮かんで、雨を避けてくれるかと…」
「技術で補える物を、なぜ魔法に頼る?」
そんなことだから、西は科学が衰退したのだ。
ノアルの言葉はもっともだ。
「そうですよ。西の人間は派手な魔法が大好きなんです」
アルブレオは離れから持ってきた灰皿を叩いて、小さな魔法陣を展開させた。
自慢の屋根だが、客席まで雨は防げない。
裏方の一人が客席に向かい、ロール状に巻いた布を客席に向かって投げた。
雨避けの反物だ。解けた布が空に伸び、うねうねと波打つように巡回して、客席の空を埋め尽くす。
その間にも、光と轟音が響いていだが、しばらくすると音が遠ざかるのを確認して、中断していた舞台が再開された。
猿回しの演目だ。舞台のセットが代わり、出囃子が鳴るが、誰も舞台に出て来ない。
舞台裏がざわめいた。観客からも、戸惑いの声が上がる。
演者の小猿が、雷に怯え動けなくなっていまったのだ。
猿回しの青年の懐に潜り、震える姿は哀れで胸が痛むが、裏方はそうも言っていられない。
出番が早まった。バンドメンバーは慌てて舞台裏に到着したが、舞台セットが間に合わない。
ルベルロサは裏方に何やら指示を出して、ノアルとフラブはいつでも出演できるように準備を終えている。
アルブレオも、いつでも演奏できる。心拍が早いのは走ったせいで、緊張からではない。と、心に言い聞かせていると、神楽殿を照らしていた明かりが、客席に向けられた。
「みなのもの」
明かりに驚いた観客の、さわめきがぴたりと止んだ。
客席は、貴族と平民では、明確に分けられている。
2階席に作られた貴賓櫓は、神楽座敷と呼ばれ身分の高い貴族の席だ。
中央正面はソリオス王族、クロサギ摂政と次期帝マナヅル皇女が御座している。
声は、そこから響いた。
「空の祝辞だ」
紫檀縁取り御簾がかかり中の様子が見えないが、若く静かな男の声だ。
「余韻を楽しめ」
気配と声音で、身分の高さを窺い知ることができる。
客席から拍手が起こった。
それを合図にしたように、客席の後方から賑やかな音が鳴り、二人の男が姿を現した。
ウチナヴィアで見かけた、角笛と鍵盤の二人組だ。
「良い雷でしたね!」
「音の響きが違いましたね!」
調子の良いことを言いながら、座席を練り歩き軽やかに楽器を鳴らした。
「昼間の祭りで、一番盛り上がっていた大道芸人だ」
ルベルロサの言葉に、アルブレオは目を丸くした。
「縁日に行ったの!?」
「林檎飴、食べたいじゃん」
その目立つ外見で、よくバレなかった物だ。




