密談は音楽室
2ヶ月前ウィスベル家のディナーの後、離れに戻ったアルブレオは、ルベルロサから計画の全貌を聞かされた。
ここから先の話は他言するなと、いつになく真面目な口調でルベルロサが言った。
「ソリオスの中央上層部でも、わずかな者しか知らない話もある。俺はお前たちを信頼している。契約魔法なんてもんは使わないが…」
四人が集まったのは離れの書斎兼、音楽室。
ルベルロサは、昨日書き上げたばかりの楽譜を前に置いた。
「決して口外しないと、音楽に誓え」
フラブとノアルは楽譜に手を置き、誓いますと宣誓した。
アルブレオも右手を挙げて誓いを立てた。物々しい雰囲気にわずかにたじろく。
「西の生まれのお前から、ソリオス国はどう見える?」
「どうって…そりゃまぁ、魔力持ちが多い。魔硝石の鉱山があって、魔獣が出るから魔石も取れる。軍が強い。あとは…女の子が可愛い」
最後に付け足した言葉は自分でも余計だと思ったのか、小さく咳払いした。
「一般論ね。飯が美味い。工芸品の細工が巧みで、仕事が丁寧。手織りの生地の品質は、機械織と引けを取らない。魔硝石を溶かした染料は特別感がある。展示会の評判も良さそうだし、世界で大ブームが起こるんじゃないの?ってのが、リソオスに友好的な人間の意見」
「過激派の意見は?」
「蛮族の商人」
予想していたのか、ソリオス人の反応は静かだ。
「…それだけが?」
低くノアルが問いかけた。
「もう少し、あるだろう」
目が座っている。
「…大臣の…三男坊が美形で歌も上手い」
「もっとあるだろう!ルベロ様を称えた言葉が、山のようにあるだろう!」
「太陽の神の現し身?誘惑と恋の神に愛された男?黄金の果実から滴り落ちる蜜のような声?」
最上の褒め言葉の反面、危うさを孕んでいる。
太陽の神は美しい反面、気性が荒く孤立している。
誘惑と恋の神は、嫉妬と移ろいの二面性を持つ双子神だ。
黄金の果実は、神が住まう場所に成る果実で、甘露だが人の身を蝕む毒になる。芳しい香りに惑わされて口にすると、身が砕かれる苦痛を永遠に味わうと言われている。
「貴族らしい褒め言葉だな」
言葉の意味を正確に理解しているルベルロサが、面白そうに呟いた。
賛美の言葉に棘を含ませ、素直に褒めない人間がいることは、嫌になるほど経験している。
前世で、この男は悪魔と呼ばれていた。
「ルベロ様に相応しい言葉が、もっとあると思います」
「ダメなんですか?」
側近と従者の2人には、ピンと来ていないようだ。
説明すると面倒なことになりそうなので、アルブレオは沈黙に徹した。
「少なくも、俺の評判は悪くない。遊学した甲斐があった」
2年もイルテアに居たのは遊びではない。社交界に顔を出し、教会に足を運び歌を披露する。
全ては広報活動だ。家のためだけではなく、ソリオスのためでもある。
物珍しい蛮族が、夜会に出席すると聞けば、無視をするか好奇の目を向けるかの二択だ。
結果は明白。
ルベルロサは若く美しい。これは揺るがない事実で、強い武器だ。
立って歩き、息を吸うだけで人々を魅了する。
「あれだけ教会に通ったんだ。寄付も奉仕活動もした。イルテアに潜り込んだ諜報員も、良い噂ばかり流したはずだ」
思い返せばイルテアの酒場で、ルベルロサの話題を上げた男の姿をあれから見ていない。
「ソリオス国の評判を上げるのも目的のひとつだが、北部で魔王の存在が確認され…」
「ちょっと待って、話が変わってきたんですけど!」
翼竜も存在した。魔王も存在するかもしれないが、話の規模が大きすぎて、脳が追いつかない。
「魔王と言っても、ただの魔獣だ」
種族の違う魔獣を従えて、人間を襲いかかる。総じて知能が高い。
軍が討伐に出たか、争いは長く続いた。
「被害も大きかった。国の半分の食糧を生産する、広大な穀倉地帯の土地が荒らされた。北部には魔硝石の鉱山もある。そこを死守するだけでも大変だ」
そんな状態でルベルロサが遊学に出たのは、ソリオス国の弱体化を隠すためだ。
「俺たちが生まれる前にも、魔王の出現して同じような事態が起こった。国の軍事力が北に集中して、 他の守りが希薄化した。その結果、西の連合国がソリオスに攻めて来た」
「…そんな話は」
「言っただろう、国家機密。ウチナヴィアの街並みを見たか?機能重視で面白みのない建物ばかりだったろう?あれは西の連合軍の本拠地で、ウチナヴィアは大規模な軍事施設だ」
ソリオスと併合する前のウチナヴィア王国は友好国で、貴族の社交場となっていた。
ソリオス国の皇子、アマサギが婿入りしていた。
「先の帝は前帝の妹の娘で、シラサギ帝だ。ソリオス国は女系国家だ。身分が高く古い家系ほど女が家督を継いでいる。公にされていないが…」
ルベルロサは本宅から持って来たチョコレートブラウニーを、素手で掴んで食べ始めた。
「魔力は、母方の遺伝だ」
だから、男が家督を継ぐ西諸国は魔力が弱まった。
「魔法帝国が滅んだのは、魔力持ちの女が集められて、酷い実験を繰り返した報いだとも言われている。宰相のジィさんから聞いた話だから、俺も詳しく知らない…話を戻そう」
重大な秘匿案件をさらしながら、ルベルロサはチョコのついた指を舐めた。
思春期が見たから、失神するほどセクシーだ。ノアルが牽制するようにナプキンで拭っている。
「アマサギの手引きもあり、ウチナヴィアは西諸国に蝕まれた。ソリオスが気づいた時には、要塞都市に変貌していた。そのおかげで、ウチナヴィア独自の文化と芸術が失われた…」
その点が音楽家として、ルベルロサが惜しむところなのだろう。
「魔王との争いで、兵力は北部に集中している。そこにウチナヴィアを味方につけた連合軍が侵略戦争が勃発」
「それで…」
「ソリオス国の女帝、シラサギ帝の寿命と引き換えに発動する防御魔法で、ソリオス国が勝利した」
魔法帝国滅亡の、余波も防いだと言われる最大魔法。
戦争勃発から数日、壊滅状態の連合軍は撤退。ウチナヴィア国王は王配と共に処刑され、ソリオス国と併合した。
「古の契約魔法を発動した代償が大きかった。先の帝は伏せる日が多くなり、滅多に姿を現さなくなってしまった」
この国を作り守って来た神獣の魂は、脈々と受け継がれている。帝の血が絶えれば、あらゆる厄災が降りかかり、国が滅びるとの言い伝えがある。
幸いにも、侵略戦争はソリオス本土まで届かずに終結した。だから、この戦争はなかったことにされた。
「ウチナヴィアで深刻な疫病が流行ったために、国交を制限していた。要塞都市の準備のために偽りだったが、そのまま応用された」
ウチナヴィアの女王と王配の処刑は、表向きは疫病のため病死と公表された。
フラブとノアルは、無言のまま主人の話を聞いている。アルブレオは煙管を加えて、ゆっくりとふかした。
「ウチナヴィアは丸ごとソリオス国の領土となり、西諸国から多額の賠償金を得た。侵略戦争は終焉して、表向きはなかったことにされた。宰相とウェスペル前当主の、えげつない外交でソリオス国は潤い、急激に発展した」
ウチナヴィア女王とアマザギの間には一人息子、クロサギが産まれていた。唯一残された帝の直系だ。悲劇の皇子を、ソリオス国は受け入れた。
「それ…大丈夫なの?」
現世では、その名前にあまり良いイメージがない。
「ソリオスは立法君主制の法治国家だ。何するにも議会の許可がいる」
クロサギ皇子はソリオス国とウチナヴィア王国、両方の地を継ぐ正統な皇子だ。手元に置き、ウチナヴィア国民の心情を思いやり、主権を掌握する。
「シラサギ帝は弟のように慈しみ可愛がった。クロサギ皇子は利発で聡明。ソリオスの摂政となり、シラサギ帝をよく助けたが…」
ルベルロサの金眼が光る。
アルブレオのチョコレートブラウニーを狙っている。
「シラサギ帝が、クロサギ摂政の子供を身籠った」
「それ大丈夫なの!?」
「産まれたマナヅル皇女で、新たな帝と神託もおり、議会の承認も得た。皇女が産まれてから間も無く、先の帝が崩御された。マナヅル皇女はまだ幼い。即位するまで、古の魔法も成り立たない」
国の守りか薄い。そこを狙ったかのように出現した、魔王との争いでソリオス国は疲弊している。それを周辺諸国に悟られるわけにはいかない。
「それで俺の遊学が予想以上にうまくいった。お前も見つけたし、魔王も武士討伐された。身を粉にして働くクロサギ摂政を、偏屈な宰相が誉めたくらいだ。マナヅル皇女の成長も喜ばしい。これからゆっくり国を建て直す。と、思うだろう?」
「今度は何?」
チョコレートブラウニーを差し出して、話の先を促した。
「西諸国の現在のエネルギー源は石油か魔硝石。ほとんどが輸入頼りだ。魔石めあての魔獣狩りは、コスパが悪い。どちらにしても、発動には魔力が必要だ。平民には扱えない。おまけに金がかかる。そうなると、南国からの石油が頼りだ」
石油の産出国はいくつかあるが、一番の大国はネフェルだろう。
「言っておくが、ネフェルはライバル関係じゃない。補えない分を互いにカバーし合う良い関係だ」
友好国といっても良い。
「そのネフェルから、ソリオス軍の総大将シシオガミ家に招待状が届いた」




