ウェスペル家のディナー
港町の青年は、輸出経路に鯨の魔獣を使役することに成功した。莫大な資産を築いた青年はソリオス大商人になり、東の国の姫君を娶り、幸せに暮らしました。
児童書に書かれていた内容はそんな感じだ。これが歌劇になると、身分違いの恋に苦しむ若者が、初恋の娘のために、何度も訪れる試練に立ち向かう姿が描かれる。
「あの物語は本当だ。先祖が幼い頃に出会った令嬢を見初め、それに見合う地位を手に入れるために商人になった。爵位が欲しくて結婚したと陰口を言われたが、本当は違う。愛のために金を稼いで、領主の娘に婿入りした」
稼いだ外貨で港湾整備して、運河の建設。私財を投じて下水道の工事をした。工房に資金援助をして、職人の地位も向上させた。領地の生活を豊かにしたウェスペル家は、大臣を輩出するほとの大貴族になった。
「仕事も大事だが、原動力となる伴侶を大切にするのが我が家の家訓だ」
そう言って、ソリオス国の大臣は米麹酒の入った徳利を持って豪快に笑った。
テーブルに並んだのは懐石料理だが、赤ワインも用意されている。
「貴方、我が家の愛妻自慢はその辺で…カディラス様に呆れられてしまいますよ」
ワイングラスを掲げて微笑むのは、ルベルロサの母親ウェスペル夫人だ。細かく編んだ金髪を結い上げ、ドレスの上から着物を羽織っている。ルベルロサに瓜二つだが、こちらは儚げ気な美人だ。
「カディラス様は、いつから音楽を?」
次期当主でウェスペル家の長男、ルベルロサの兄が水を向けてきた。美形だが、父親の系統が強く男らしい。
「物心ついた頃には弾いてました。国王の前で、曽祖父が演奏したのが我が家の自慢です」
領地視察遠征の途中、ゲールに立ち寄った国王の一行を労う宴の余興で、演奏した羊飼いが、爵位を得た。資産の規模は違うが、ウェスペル家に負けず劣らずの成り上がり家系だ。
「ゲール地方の上質な織物はこちらでも評判ですね。我が家でお取り引きが…」
「私は家を出た身ですのね、恥ずかしながら家業には関わっておらず、お答えできることが少ないかと…」
「おや、それでは…」
「兄上、その辺の話は後ほど…」
ルベルロサが割って入った。ここまでは段取り通り。
ウェスペル家の三男の企みを聞いたのは、遅めの朝食をとっていた時だ。
「今夜のディナーはウチナヴィアの展示会の成功を労い、親父の側近の家族も招待している。そこに俺の家族と、お前の顔合わせをねじ込んだ。服はこちらで用意した。後で届けさせる」
「ちょっと待って、お前の親父さん、ソリオス国の大臣だよね?バンドと関係ある?」
「大事なスポンサーだ」
西諸国でも貴重な珈琲をノアルに淹れて貰い、ルベルロサが言った。
「知ってるか?音楽だけで食ってくのは大変なんだ」
「いや、お前、それ、前世から知ってますけど!」
アルブレオは前世でも、加入と脱退を繰り返した。己の気まぐれではなく、音楽に真摯に向き合った結果だ。
一方、ルベルロサが組んだバンドは、いわゆる文化祭バンドだった。
学生の遊びが、プロデビューの話が出るほど人気が出た。
有名私立、お坊ちゃま学校の同級生で、バイト経験もない金持ちの子息に、バンドだけで食っていけるのはこ幸運だと説いてきたが、転生してから悟ったらしい。
「とにかく、俺達とお前のセッションは話題になっているし、俺がお前をこの国に招待しているのもバレている。お前は注目の的だ。存分に注目されて、そつなく答えてくれれば良い。家を出ているのも隠さないで良い。それとなくフォローする」
俺の家族はお前に友好的なはずだと、根拠もなく言われ不安だったが杞憂のようだ。ここまでは上手く答えられ、アルブレオはそっと息を吐いた。
「あの…カディラス様はルベルロサ様と…どちらでお知り合いになられましたの?」
大臣付きの文官の妻の問いに、周囲の夫人と令嬢達の目つき変わる。
このタイミングで良い質問だと、ルベルロサが快心の笑みを浮かべた。
洗練された美青年の悪戯っ子のような笑顔。このギャップに、女性陣だけじゃなく髭面のおっさんまでメロメロだ。
魅了の魔法でも使えるのではないかと、ちょっとだけ怖くなったアルブレオだが、澱みなく夫人の質問に答える。
「平民が集う教区教会の礼拝に参加した時、ルベルロサ様が遊学中で、賛美の奉仕活動で壇上に上がっていたのをお見かけして…」
大嘘だ。アルブレオが中央に行った頃、ルベルロサは帰国していた。
「素晴らしい歌声を聴かせてもらいました。私の身分では話しかけることが叶わなかったのですが、ウチナヴィアで偶然…」
「違う」
ワイングラスを回しながら、ルベルロサが呟いた。
「…は?」
「もっと前だ」
打ち合わせと違う。
混乱するアルブレオに、ルベルロサは揺れるワインを見つめながら言った。
「イルテア北部の城内礼拝堂の奉楽団が、素晴らしいと噂に聴いていたので、お忍びで出かけたのです。そこでカディラス様のリュートを聴きました」
思わぬ言葉に、誰もが驚いた。
「…改めて出向いたら、教会を出たあとで…すぐに声をかけるべきだったと後悔しました」
「初耳ですが…」
「初めて言ったからな」
ウチナヴィアでの再会は奇跡だと、ルベルロサは微笑んだ。
悪戯っ子の笑みではない。恋と誘惑の双子神に愛されたと言う、男の名は伊達ではない。艶のある微笑みに、ご婦人達は声にならない悲鳴をあげる。
「…つまり…二人は思い合う相手と再会したと…」
長男の言葉に、ウェスペル夫人が無粋ですよと嗜めた。
ウチナヴィで再会したってことにして、何を言われても、反論も否定もしないで、貴族らしく微笑んでくれれば、あとの流れはこっちで進める。そうルベルロサに言い含められていた。話が妙な方向に進んでいるが、アルブレオは言われた通り曖昧に微笑む。
「父上、こんな席で何ですが、ひとつ相談があるのです」
ナプキンで口を拭い、ルベルロサが続けた。
「近い内に、カディラス家に挨拶に伺いたいと思っています」
「…まだ…早いんじゃないか?遊学から戻ったばかりだし…」
「父上も兄上も、仕事で忙しいでしょう。私は早く将来を決めたいと思います」
「ルベロ…それは…」
夫人が口元に手を当てた。ちょっと違う方面に捉えかねない会話だが、アルブレオは黙って微笑んだ。
「西諸国は教会の数も多い。この前の遊学で、私の音楽も受け入れられることがわかりました。巡礼の旅とすれば関所も通りやすい。イルテアの民からの信頼が得られます。幸いなことに、カルディラス様の大叔父は大司教です。きっと力になってくれるでしょう」
眉間に皺を寄せるソリオス国の大臣に、ルベルロサはたたみかける。
「大袈裟な旅にしたくないのですが、女神の加護があっても危険な旅です。護衛はゲイブ・シシオガミ様にお任せしたいと思っています」
その言葉に、周囲がざわめいた。
「聖騎士団長だぞ」
「しかし、ウェスペル家とシシオガミ家は姻戚関係にある」
ざわめきの中、側近達が駆け寄り大臣と密談が始まった。
ご婦人方は、何かを期待した目でこちらを見ている。
ルベルロサは平然としている。
話が見えそうで見えない。
(盛大に誤解されている…?)
アルブレオは笑顔を貼り付けたまま、説明しろと、目力を込めてルベルロサを見つめた。
ルベルロサは綺麗な笑顔で、後にしろと、目力で込めてアルブレオを見返した。
互いに、見つめ合う形になった。
今度こそ、ご婦人方が悲鳴をあげた。




