ソリオス
ソリオス国 世界を覆う霧を、神獣が切り開きこの地に降り立った
頭は狐、角は鹿、胴は長く毛並みは白い、人はそれを龍と呼ぶ
際極東のソリオス国王の始祖の姿を綴った逸話だ。
この世界の人々は神獣から産まれた言い伝えられており、古い血筋では家系図と共に始祖の姿が記録される。
イルテアでは、王族と一部の貴族にしか伝えられていない。
何はともあれアルブレオは、慌ただしくソリオスの本土に降り立った。
本土入国には、何重もの契約魔法と厳しい審査があると聞いていたが、あっさりしたものだ。
ほとんど拉致同然だったが、和食を食わせてやると言うので素直について行った。
ソリオス国の中央都市は近代化が進んでいる。道ゆく人々は、和装と洋装が入り混じっている。アルブレオは映画や写真でしか知らないが、明治や大正時代の日本のイメージに近い。
無機質な建物が多かったウチナヴィアに比べると、異国情緒溢れる街並みだ。
迎えの車が無人で車輪もなかった。ここは魔法都市だと実感する。
国中これで移動できるわけではなく、一部の区画だけだと説明された。同じような形状でバスも走っている。
奇妙な無人車に乗せられ、アルブレオが連れていかれたのは、ウェスペル家の離れだ。
小さな洋館だが、広間も客室もある。一人で暮らすなら十分な広さだ。
「申し訳ないが、観光はしばらく待ってくれ。屋敷内は自由にして良い。用があるなら使用人に頼んでくれ。屋敷の連中に見つかると面倒だから庭をうろつくな」
言うだけで言って、俺は忙しいからと、ルベルロサに置いて行かれた。
使用人と客室を与えられて、放って置かれる状況は男爵夫人で経験しているが、異国の地でそれはないだろう。憤慨しているアルブレオの前に、握り飯と味噌汁が出された。
有り合わせよ物で申し訳ありませんと、年嵩の使用人に頭を下げられた。
口の中で噛み締める米の美味さと味噌汁の香りが懐かしい。
アルブレオは泣きそうになった。
案内された客間に行くと、イルテアから持ってきた荷物がそのまま運ばれていた。荷物を解く元気もないので、寝台の上に着替えの甚平が用意されていた。前世でも着たことがない。さらりとした木綿の生地が心地良い。
アルブレオはそれから2日、放って置かれた。
3食昼寝と、おやつ付きの生活だ。
頼めば酒を用意してくれる。煙管を咥えて、昼間から酒を飲んで窓を眺めていると、遠くで鳥のような物が飛んでいるのが見えた。目を凝らして見ると、ウチナヴィアで見た翼竜と同じシルエットと気づく。軽食を運んで来た使用人に聞くと、憲兵だと教えてくれた。
会話流れに既視感があると思えば、ウチナヴィアで世話をしてくれた童顔の従僕だった。
「普段はあれくらいの高さで飛びます。ウチナヴィアでは観光客向けに、低空飛行するのです」
可愛い顔で、夢のないことを教えてくれる。
確かに大きいし、羽ばたかれると迷惑だろう。
昼間の酒は一杯だけですと、従僕に言い含められた。可愛いメイド相手ならもう少しだけと、媚びて口説いて会話を楽しむが、男相手でやる気も起きない。
普段なら暇で仕方ないが、前世と現世の記憶が混じると、異様に疲れる。アルブレオは食べて飲む以外、ほとんど寝て過ごした。
3日目には記憶との折り合いがつき、寝ているのも飽きたので書斎の本棚を漁った。好きにして良いと言われたので遠慮はしない。
西諸国で個人で本棚を所有するのは貴族の証だ。立派な装丁が施された、国の歴史や宗教と神々の本が必ず置かれている。こちらでもそれは変わらないらしい。その横には児童書も並んでいる。ウェスペル家が題材になっている『ソリウスの大商人』をはじめとして『空を駆ける戦士』『大地を守る龍の話』『霧を祓う乙女』アルブレオも聞いたことのある話だ。
疲れた頭に丁度良いかもしれないが、横にある大量の楽譜の方に手が伸びる。
バインダーされた物は既存の曲だろう。アルブレオが興味あるのはポートフォリオ、製本されずフォルダーに仕舞われている手書きの楽譜だ。
ルベルロサが作曲した物だろう。歌詞がついている物もある。
ソリオス国の観光よりも興味深い。
曲を作りもここで行われているのか、リュートが置いてある。
好きにしろも言われているので、遠慮なく楽器も借りた。手書きの楽譜を何曲か弾いていると、夢中になりすぎて、お昼ご飯に用意された天ぷらが冷めてしまった。
ルベルロサの帰宅はその日の夜。
銘酒と名高いソリオス産のラガーを呑みながらヴェルリュートを弾いていると、ルベルロサが顔を見せた。
「そのまま弾いてくれ…」
文句を言おうとしてやめた。輝かんばかりの若者が、明らかに疲れて疲弊している。アルブレオは黙ってリュートを奏でた。
フォルダーにも仕舞われず、机に置いてあった楽譜の曲だ。
まだ書きかけらしいそれを、アルブレオは自分の思うままなアレンジを効かせて弾いた。
ラガーを飲み干して、気が済むまでリュートを弾いたアルブレオが楽器を置くと、ルベルロサは眠っていた。
よりによって、アルブレオのベットの上だ。
「お前…寝るなら自分の部屋に行けよ…」
今まで何をしていたのか、目の下に隈が出来ている。せっかくの美貌が台無しだと言いたいが、病み具合に色香がある。思春期が見たら性癖が歪みそうだ。
仕方ないのでソファーで横になると、思いの外寝心地が良い。肘の置き窪みが頭に丁度フィットする。
おかげでアルブレオは、朝まで熟睡できた。




