第6話「欲望の大都会」
魔女・ニルは聖女の謎を追い求めてルリュイアと旅立つ。
目的地はセント・グロリアスの大都会。果たして次に待ち受ける聖女とは……?
「皆さん、今まで大変お世話になりました」
トラヴァーズ邸のリビングにて、俺は深々と夫妻へ頭を下げた。傍らのルリュイアが目を見開く。
「そんな……ニルさんさえ良ければ、ずっとここにいてくれてもいいのよ?」
夫人が困惑混じりに微笑みかけてくる。
「いつまでも施しを受ける訳にはいきません」
「……ニルさん。もしかして、昨日警察が来たことを気にしてるの?」
「はい。俺が家にいたら、皆さんに迷惑をかけます」
夫婦は顔を見合わせた。やがて当主が厳しい声で問う。
「行く宛てはあるのか」
「セント・グロリアスの街へ向かいます。そこに聖女のルーツがあるはずです」
地下倉庫でリノンに見せられた、白い石板。出所を辿れば、俺が死の縁から力を得て蘇った理由もわかるかもしれない。今はこの一枚だけが道標だった。
街の名を聞いた途端、ルリュイアが勢いよく手を挙げる。
「あたしも行きます!」
可愛らしい顔に似合わないほど、真剣な面持ちだった。
「ルリュイア。彼女の旅路は危険だ。家で大人しくしていなさい」
「でも、あたしだって知りたいのです。姉さんを変えてしまったものの正体を!」
彼女らしからぬ気迫に、夫妻がたじろぐ。
その時、リビングの扉が開いた。
リノンだ。小さな手には、金貨の袋。
「話は聞かせてもらった。家を出るなら、装備を整えてからにしろ」
口を真一文字に結んだまま、ずいずいと袋を押し付けてきた。
「おいおい、子供がそんな大金をよこすなよ」
「心配には及ばん。たったのお小遣い半月分だからな」
……割と多いな。
流石は大富豪の娘。スケール感が違う。
「だからって、これ以上あんたらに借りを作るのは――」
「うるさい!! みすぼらしい格好でうろつかれては、私が気に入らんのだ!」
怒鳴った顔は、耳の先まで真っ赤だ。
そのくせ目線だけが明後日を向く。
……こいつ、こういう奴だったな。
溜息を一つ吐いて、受け取った。
***
翌朝。屋敷の広間は、呼びつけられた行商人の品で埋まっていた。
鎧、剣、革具の類が絨毯の上に所狭しと並ぶ。トラヴァーズ家の名を出せば、彼らは半日で駆けつける。
片っ端から手に取っては、床へ戻した。
全身鎧は重すぎる。ローブは裾が邪魔だ。銃を構えるなら、肩と肘が自由じゃなきゃ話にならない。
結局選んだのは、胸元だけを覆う軽いプレートメイル。下は黒のシャツと短パン。膝から下は脚甲で固め、指先を落とした革手袋を嵌める。腰のベルトには小物入れをいくつか。煙草と金さえ入れば充分だ。
「マントはいかがでしょう。夜露もしのげますよ」
商人が広げてみせたのは、真新しい白い外套だった。即座に首を横に振る。
「白はやめてくれ」
白は死装束の色。あんなもの、もう二度と羽織るか。
代わりに指したのは、深紅のマント。
血の色が俺にはお似合いだ。
最後に、ありあわせの布切れを解いて、新しい革の眼帯を締め直した。視界の右半分は変わらず黒いままだが、気分は全然違う。
「わあっ、ニル様、カッコイイのですわ~!」
「ふん。……まあ、及第点だな」
ルリュイアがはやし立てる横で、腕組みしたリノンが満足げに鼻を鳴らした。
そして旅立ち。
オークロットの街道を、二頭立ての馬車で行く。
「ニル様。お尋ね者なのに都会に行くなんて、随分と思いきりましたね」
「人が多けりゃ、逆に目立たねーだろ」
「流石ニル様、『木の葉を隠すなら森の中』ってやつですわ!」
このたとえが適切かは知らないが、まあいいだろう。
窓の外の景色が、少しずつ変わり始めた。
畑や牧草地が途切れ、代わりに見えるのは背の高い建物の影。
やがて地平の彼方に、夜だというのに白々と輝く光の塊が現れた。
「あれが、セント・グロリアスです」
ルリュイアの声には、隠しきれない緊張が混じっていた。
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