第7話「魔女は賭けない」
セント・グロリアスには空高くビルがそびえていた。あちこちでピンクや水色の魔導石の電灯が灯り、夜なのに道行く人々の顔がハッキリと見える。俺の生きた時代から、更に二百年分発展したと言われても納得の光景だ。
ルリュイアがこの地の主について語る。
「アデラ様は怪盗出身の聖女様です。お金持ちから奪った財を貧しい人に配る義賊で、一代でこの街を築きました。賭け事が大大大好きで、盗んだお宝を元手に富を増やしたという伝説もあります」
「それ聖女じゃなくて悪女だろ、普通に」
「もー! 思っても言っちゃダメなのですっ!」
ルリュイアはカンカンに怒った。俺の中で聖女=敵の図式はとうに固まった。撤回する気はない。
フードを目深に被って街へ入ると、いきなりゴロツキが出迎えた。
「ぐへへ……お嬢さんたち、俺たちと遊ばな……ぶへっ!」
迷わず顔面をぶん殴ってやった。
「アデラの所に案内しろ」
残った男が血相を変えて先を歩き出す。繁華街を越え、カジノに着いた。深紅の絨毯と黄金の灯りに彩られたゴージャスすぎる空間。入ろうとすると黒服に止められる。
「あなたは指名手配の『黒歌の魔女』ですね。お引取りください」
「んだとぉ!?」
揉めていると、人垣を割ってドレス姿の美女が現れた。
「あたいは聖女アデラ。この街の主さぁ! 面白そうだから見逃してあげなよ」
彼女の一言で支配人は退がった。この世界では、聖女の意見は法律より優先される。
「ん? おチビちゃん、随分上等なお宝を持ってんじゃあないか。その魔導書は金貨五千枚のお値打ち品。さぁ、そいつを賭けて勝負だ!」
「はわぁ! あたしですかっ!?」
名指しされたルリュイアが飛び上がる。俺はすかさず庇った。
「この子はカジノにも入れん子供だ。やるなら俺がやる」
「そうでした! ニル様、ファイトですっ!」
警備員に外へ連れられながら、ルリュイアはファイティングポーズを作った。
客の身分はまちまちで、上等なスーツの者がいればボロ布同然の服をまとう奴もいる。どいつもこいつも目がキマっていて、「ここで勝つしか生きる術がない」という面持ちだった。
「ルーレットでもバカラでも好きなのを選びな」
「……ルーレット。俺が勝ったら何をくれる?」
「何でもくれてやるよ。この街丸ごとだってな!」
群衆から「冗談じゃない!」と野次が飛ぶ。だがアデラは意に介さない。
「俺が欲しいのは、聖女を生み出すアーティファクトの情報だけだ」
「いいねぇ! 金にこだわらないとこ。さぁ、勝負だ!」
ディーラーが魔導書の価値ぶんのチップを積み上げる。盤が回り、銀の玉が走り出した。
俺は赤の一列へ流す。アデラは黒の「17」へ山ごと押し出した。
玉は縁を滑り、二度跳ね、17に収まる。
二回目、アデラは「4」。当たり。三回目、「31」。また当たりだ。四回目で俺の手持ちが空になってしまう。
「おかしいだろ、この当たり方は!」
「あたいは豪運なのさ。これも実力のうちだねぇ」
ふと、カジノの空気が歪む。
俺には視える――聖歌の旋律だ。
アデラは小声で歌い、確率を捻じ曲げていたのだ。
「おい! こいつイカサマしてんぞ!」
客は誰も頷かない。
「証拠を見せてやる。もう一回回せ」
アデラが堂々と「11」に置く。玉が走り出したところで、俺は背後から掌で彼女の口を塞いだ。
宙に引かれかけた五線譜がちぎれる。銀球は二つ隣の22へ転がり込んだ。
「んっ、んーっ!」
「次は離してやるよ」
もう一度回す。
唇が動いて線を引き、玉は11へ落ちる。
三度目。塞いだ。ハズレ。
四度目。離した。当たり。
暴いてみれば実に単純な仕組みだった。
「そういう能力ってこった」
「ちっくしょ~~!!」
人々の眼差しが激怒に染まる。
「何が聖女だ!」「ペテン師め!」「よくも俺たちを騙しやがったな!」大ブーイングが飛び、アデラはテーブルに突っ伏した。
***
「まだだ。まだあたいは負けちゃいない!」
聖歌を看破してもアデラは立ち上がってきた。「往生際が悪いぞ!」と野次が上がる。街の長としての信頼はとうに崩れているのに、恐ろしい勝ちへの執念だ。
「こうなったらロシアンルーレットで勝負だぁっ!」
彼女が懐から拳銃を取り出し、弾丸を一発込めて弾倉を回した。銃口がこめかみへ向く。
「悪ぃな。銃撃戦は俺の十八番だぜ!」
旋律をなぞる。黒い五線譜が円を描き、掌へリボルバーが落ちてきた。
引き金に指をかけ、緊張が頂点に達したその時――
ドッカアアァァン!!!
カジノが大爆発した。
瓦礫の隙間から、誇らしげな顔のルリュイアが現れる。
「ニル様、お助けに参りました!」
周囲には魔法陣の跡。
やるじゃん、ルリュイア。
と心の中でガッツポーズした。
結局、勝負はうやむやのままアデラは崩れた天井の下へ消えた。
無傷だった客が縋りついてくる。
「魔女様! 新市長として何か一言!」
「俺たちを見逃せ! それだけだ!」
市長なんて冗談じゃない。
ルリュイアと二人で繁華街を飛び出した。
「ふぅっ、何とか助かりましたわね」
「……だな」
ついでに大金を掠めておいた。今後二ヶ月は食うに困らない。
……ところで、この世界に『ロシア』という国は存在しないはずだ。
ならばなぜ、アデラは『ロシアンルーレット』なんて言葉を口にしたんだ?
この世界は、俺たちに壮大な何かを隠している……。
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