第3話「初めての味方」
聖女殺しの罪を背負い、住み慣れた土地から逃亡した魔女・ニル。
彼女を迎えたのは心優しき少女・ルリュリアと、新たなる理不尽であった。
俺はランズマウスの町から逃げた。聖女殺しの罪を負って。
老船乗りは黙秘を誓ってくれたが、ラシェル殺害の事実が知れ渡るのは時間の問題だった。
隣の領へ向かう道すがら、今更になって罪悪感が襲い来る。
無惨な肉片と、噎せ返るような血の匂い。
まるでたった今の出来事のように鮮明に蘇り、胃の腑がせり上がる。
たまらず街道の脇に蹲った。
「っ、ぐ……」
空腹も限界だ。
このままではまた行き倒れかねない。
「――ですか、大丈夫ですか!?」
誰かが馬車から降りて駆け寄ってきたが、その姿を捉える前に意識が途切れた。
…………。
目が覚めると、知らない一室で寝ていた。
泥だらけだった死装束は清潔な寝着に替えられている。
周囲を見渡せば、絵画や調度品が設えられた、いかにも富裕層の部屋だ。
「よかったぁ、お目覚めになったのですね!」
弾んだ声の主は、ベッドの脇から覗き込む女の子だった。ミルクティー色のおさげヘアに魔女風の三角帽子を被っている。外見は13歳くらいで、大きな翡翠色の瞳がくりくりとよく動き、小動物みたいな印象を受けた。
「……俺はどうして、……あんたは……?」
「あたしはルリュイア・トラヴァーズ。魔術学園長の娘ですっ!」
「学園長?」
「ここはグリムチェスターの町。あなたは、その手前で倒れていたのですわ」
グリムチェスターとは、俺が住んでいたエノク地方の隣、オークロット地方の学術都市。
つまりランズマウス逃亡は、とりあえず成功したのだ。
***
ぐぅぅ……。
盛大に腹の虫が鳴った。
そういえば、空腹で行き倒れかけていたのを思い出した。
「大丈夫ですよ。今、お食事を用意させますね!」
ルリュイアが一声かけると、部屋のドアが開く。そして召使いが、ワゴンで目にも美味しそうなオムレツを運んできた。
俺はふらつく足でベッドからテーブルへ移るなり、奪うようにがっついた。
「う……うめぇ~~っ!」
濃厚なソースの旨味と卵のコクが感涙モノだ。
「美味しいでしょう? あたしの大好物のふわふわオムレツですから!」
ルリュイアは薄い胸を張る。
ふいに、彼女がなぜこれほど手厚く奉仕するのかという疑問が頭を掠めた。
だが、飢えには逆らえなかった。
惨めに飯を貪る様を咎めもしないのが有難い。
この施しがたとえ、金持ちの偽善や気まぐれだとしても嬉しかった。
やがておかわりも完食して人心地ついた後、ルリュイアへ尋ねる。
「あんた、どうして俺を助けたんだ。なんで町の外にいた?」
「その前にあなたの名前をお教えください。まだお聞きしてませんわ」
「……俺はニルだ」
「ニル様。あたし達トラヴァーズ家は隣町から帰る途中、倒れたあなたを介抱したのです。困っている人には手を差し伸べるのが我が家の家訓。こうして出会えたのも、女神様の思し召しですね!」
「……そういや世間での女神とか聖女って、どういう扱いなんだ? 俺はロクに教育を受けてなくてな……」
同い年の子が上級の学校に進む頃には、もう身売りに出されていたから。ルリュイアはそんな無知を窘めることもなく、至極丁寧に語り始めた。
「女神様はこの世で一番エラいお方です。聖歌を歌い、この世界を造られました。そして聖女とは、女神様から聖歌の力を分け与えられた聖なる乙女のことですわ。聖女になった少女は半分神様となって、不老の存在となります。このブリタニアの国には、統一戦争の時代から生きる聖女様がいっぱいおられるのです!」
彼女はまるで小さな先生だ。
と、ここで一つの疑問が浮かぶ。
「魔術と聖歌って違うのか?」
どちらも魔法の力に変わりないはず。
するとルリュイアは、少し困惑の色を見せながら身振り手振りを交えて答えた。
「え~っとですね。魔術っていうのは、楽器を一生懸命覚えて、楽譜通りに弾くようなものですの。でも聖歌は……楽器なんか使わずに音楽を空中に直接描いちゃうっていうか……。とにかく世界を形作る『波』みたいなものを直接コネコネしてドーン! ってするのです。ルールをすっ飛ばして現象を生み出す、ちょっとズルい力なのですわ!」
抽象的で全然理解できない。
だが、聖歌がとてつもなく強大な異能ということだけはわかった。
「そんな聖歌を歌う聖女様は、人間の誰よりもエラくてやりたい放題。あたし達市民はほとほと困っているのです。あたしの姉さんも最近聖女様になられて、もうホントに我が物顔なのですわ!」
ルリュイアはぷっくりと小さな頬を膨らませる。
その時、乱暴なノックと共に件の姉が部屋に入ってきた。
「ルリュ、何をしているんだ! さっさと私に構え!」
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