第5話 優しすぎた別れ
その日、レオンは珍しく裏務課の執務室に早く来ていた。
アリアと行く予定だった軽い依頼が、
急なギルド会議で延期になったからだ。
机に座り、書類を整理していると──
「レオンさん!」
アリアが駆け込んできた。
いつもの明るさはなく、顔は青ざめ、手は震えている。
レオンはすぐに立ち上がった。
「どうした」
アリアは唇を噛み、声を絞り出す。
「……わたし……人を……殺しました……」
レオンの心臓が、
一瞬だけ止まったように感じた。
「……詳しく話せ」
アリアは震える声で語り始めた。
アリアが受けた依頼は、
“貴族の息子の護衛兼案内”という簡単なものだった。
だが──
「……あの人、わたしを……襲おうとしたんです……」
アリアの肩が震える。
「逃げようとしたら、腕を掴まれて……
必死に振りほどこうとして……
気づいたら……剣が……」
レオンは拳を握りしめた。
(貴族の息子……最悪だ)
アリアは涙をこぼしながら続ける。
「わたし……殺すつもりなんて……
ただ、怖くて……」
レオンはアリアの肩に手を置いた。
「正当防衛だ。お前は悪くない」
アリアはその言葉に縋るように泣き崩れた。
だが──
その瞬間、裏務課の扉が開いた。
ギルド幹部が無表情で告げる。
「裏務課レオン。
アリア・フェルナンドの処分を命じる」
アリアの泣き声が止まる。
レオンはゆっくりと振り返った。
「……処分?」
幹部は淡々と告げる。
「相手は貴族の嫡男だ。
正当防衛は認められない。
ギルドは貴族との関係を優先する」
アリアの顔から血の気が引いた。
レオンは一歩前に出る。
「待て。アリアは──」
「命令だ、レオン。
処刑担当はお前だ」
その言葉は、
レオンの胸を鋭く貫いた。
アリアは拘束され、
裏務課の地下牢に連れて行かれた。
レオンはその後を追うように歩く。
足が重い。
呼吸が苦しい。
(なぜ……なぜアリアなんだ)
地下牢の前に立つと、
アリアは鉄格子の向こうで膝を抱えていた。
レオンを見ると、
弱々しく微笑む。
「……レオンさん」
レオンは言葉を失う。
アリアは震える声で言う。
「わたし……死ぬんですか……?」
レオンは拳を握りしめた。
「……俺が、なんとかする」
「無理ですよね……
だって、命令なんでしょう?」
アリアは静かに笑った。
「レオンさんが来てくれて……よかった」
レオンの胸が締めつけられる。
「アリア……」
「最後に……話せてよかったです」
アリアの瞳は、
どこまでも優しかった。
処刑室は、
裏務課の奥にある小さな石の部屋だった。
レオンは震える手で扉を押し開ける。
アリアは中央の椅子に座らされ、
手首を軽く拘束されていた。
それでも、
彼女はレオンを見ると微笑んだ。
「レオンさん……泣いてるんですか?」
レオンは気づいていなかった。
頬を伝う涙に。
アリアは優しく言う。
「あなたが来てくれて……本当に嬉しいです」
「……アリア……」
「最後に……笑ってください。
あなたの笑顔、見たことないから」
レオンは唇を噛み、
震える手でアリアの頬に触れた。
「……すまない……」
アリアは目を閉じる。
「レオンさんなら……痛くしないでしょ?」
レオンは涙を流しながら、
アリアの首に手を添えた。
「……アリア……」
「レオンさん……ありがとう……」
その言葉が、
アリアの最後の声だった。
レオンは静かに、
しかし確実に、
アリアの命を奪った。




