第3話 夢の終わりを回収する者
翌朝、ギルドの裏務課に出勤すると、
レオンの机の上に新しい任務書が置かれていた。
『違約金回収:Dランク冒険者・バルド』
依頼放棄、依頼主への暴言、
そしてギルドへの補填金未払い。
裏務課の仕事としては軽い方だ。
レオンは淡々と書類を確認し、
腰の短剣を確かめてから立ち上がる。
そのとき──
「レオンさん、おはようございます!」
アリアが勢いよく駆け寄ってきた。
「……なぜここにいる」
「昨日、一緒に迷宮行ったじゃないですか。
だから今日も……その……」
アリアは少し頬を赤くしながら言う。
「レオンさんと一緒に行きたいなって」
レオンは無表情のまま答える。
「今日は迷宮ではない。取り立てだ」
「取り立て……?」
「依頼を放棄した冒険者から、金を回収する」
アリアは一瞬だけ表情を曇らせたが、
すぐに真剣な顔になる。
「……行ってもいいですか?」
「危険だ」
「昨日も危険でしたよ」
レオンは言葉に詰まる。
アリアは続ける。
「わたし、レオンさんの仕事を知りたいんです。
冒険者の裏側も、ちゃんと見たい」
レオンはしばらく沈黙し──
小さく頷いた。
「……勝手にしろ」
アリアは嬉しそうに笑った。
バルドの住む酒場裏の小屋は、
昼間でも薄暗く、酒と汗の臭いが漂っていた。
レオンが扉を叩くと、
中から荒い声が返ってくる。
「うるせぇ! 後にしろ!」
「裏務課だ。開けろ」
一瞬の沈黙。
そして扉が勢いよく開いた。
バルドは酒臭い息を吐きながら、
レオンを睨みつける。
「裏務課ぁ? ふざけんな……!
依頼主が悪いんだろうが!
あんな無茶な依頼、できるかよ!」
レオンは淡々と告げる。
「依頼を受けたのはお前だ。
補填金を払え」
「払えるわけねぇだろ!
金がねぇから依頼受けたんだよ!」
バルドはレオンの胸ぐらを掴む。
アリアが思わず声を上げる。
「や、やめてください!」
レオンは微動だにしない。
ただ冷たい目でバルドを見つめる。
「払えないなら、装備を差し出せ」
「ふざけんな……!
俺の装備まで奪う気かよ!」
「規定だ」
バルドは怒りに任せて拳を振り上げた。
アリアが悲鳴を上げる。
だが──
レオンは一歩も動かず、
ただ手首を掴んで止めた。
「暴れるなら、拘束する」
その声は氷のように冷たかった。
バルドはその目に怯え、
膝をついた。
「……くそ……全部持ってけよ……」
レオンは淡々と装備を回収し、
書類にサインさせる。
アリアはその一部始終を見て、
胸が締めつけられた。
(レオンさん……こんな仕事を、ずっと……)
帰り道、アリアは静かに口を開く。
「レオンさん……辛くないんですか?」
「何がだ」
「だって……冒険者って、夢を追う人たちなのに……
その人たちの“終わり”ばかり見て……
取り立てまでして……」
レオンは空を見上げる。
「辛いかどうかは関係ない。
必要な仕事だ」
「でも……」
アリアは言葉を探し、
やっとの思いで続けた。
「レオンさんは……本当は、こんな仕事したくないんじゃないですか?」
レオンの足が止まる。
アリアは勇気を振り絞って言う。
「あなたは……人を助けるために戦ってきた人です。
わたしには、そう見えます」
レオンはゆっくりとアリアを見る。
その瞳には、
ほんのわずかに揺らぎがあった。
「……俺は、助けられなかった」
「それでも、です」
アリアは一歩近づく。
「レオンさんは、優しい人です。
わたし、そう思います」
レオンは返事をしない。
だが、胸の奥で何かが軋んだ。
それは、
ずっと閉ざしていた“心”の扉が、
ほんの少しだけ動いた音だった。
ギルドに戻ると、
アリアはレオンに向かって笑った。
「今日もありがとうございました。
また一緒に行きたいです」
レオンは無表情のまま言う。
「……勝手にしろ」
アリアは嬉しそうに頷き、
軽く手を振って去っていく。
レオンはその背中を見つめながら、
小さく息を吐いた。
(……なぜ、あいつは俺に笑う)
その疑問は、
胸の奥に温かい痛みを残した。




