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第2話 死に慣れた男と、死を知らない少女

第三迷宮・第七層は、

湿った空気と腐臭が漂う、

冒険者たちが最も嫌う階層だった。


レオンは足音を殺し、

迷宮の奥へと進んでいく。


アリアは後ろで必死についてくる。


「レ、レオンさん……これ、ほんとに七層まで行くんですか……?」


「行く。死体を回収するんだ」


「し、死体……」


アリアの声が震える。

それでも逃げないのは、

彼女が“本物の冒険者になりたい”と願っているからだ。


レオンは淡々と告げる。


「死体を見るのが嫌なら、冒険者は向かない」


「……覚悟は、してます」


アリアは唇を噛み、

それでも前を向いた。


レオンはその横顔を一瞬だけ見た。

その瞳には恐怖よりも、

“誰かを助けたい”という意志が宿っている。


(……昔の俺みたいだ)


その感情を、すぐに心の奥へ押し込んだ。


第七層に降りた瞬間、

腐臭がさらに濃くなる。


アリアは鼻を押さえた。


「うぅ……これ、何の匂い……?」


「死体だ」


「……っ」


レオンは迷わず歩く。

この匂いには慣れている。

慣れたくはなかったが、慣れてしまった。


やがて、

崩れた石壁の陰に“それ”はあった。


若い冒険者の男。

胸を貫かれ、血は乾き、

目は虚空を見つめたまま。


アリアは息を呑む。


「……こんな……」


レオンは無表情で遺体袋を広げる。


「手伝え」


「は、はい……」


アリアは震える手で遺体の腕を持つ。

冷たい。

重い。

“死”という現実が、全身にのしかかる。


「レオンさんは……怖くないんですか……?」


「慣れた」


「慣れるものなんですか……?」


「慣れたくなくても、慣れる」


アリアは言葉を失う。

レオンの声は、

まるで自分自身を責めているようだった。


遺体を袋に収めると、

レオンは静かに目を閉じた。


「……すまない」


その一言は、

誰に向けたものなのか分からない。


アリアはその横顔を見つめ、

胸が締めつけられた。


帰り道、アリアはぽつりと呟く。


「レオンさんって……優しいんですね」


レオンは足を止める。


「どこがだ」


「だって……死体に“すまない”って言ってました」


「……癖だ」


「癖でそんなこと言えませんよ」


アリアは微笑む。

その笑顔は、迷宮の暗闇の中でも不思議と明るかった。


「レオンさんは、怖い人じゃないと思います」


「……俺は裏務課だ。

 冒険者を殺すこともある」


「それでも、です」


アリアは真っ直ぐに言う。


「あなたは、人を守るために戦ってきた人です。

 わたしには……そう見えます」


レオンは返事をしない。

ただ、胸の奥がわずかに揺れた。


それは、

ずっと忘れていた“温度”だった。


迷宮を出ると、

夕陽が街を赤く染めていた。


アリアは大きく伸びをする。


「はぁぁ……生きて帰ってこれた……!」


「死ぬ気なら来るな」


「死ぬ気じゃないですよ!

 でも……レオンさんがいたから、怖くなかったです」


レオンは横目でアリアを見る。


「……なぜ俺に話しかける」


「え?」


「裏務課は嫌われる。

 冒険者からも、職員からも。

 お前みたいな新人が近づく理由はない」


アリアは少し考えてから、

柔らかく笑った。


「だって……あなた、寂しそうだったから」


レオンの心臓が、

ほんの一瞬だけ跳ねた。


アリアは続ける。


「わたし、レオンさんともっと話したいです。

 迷惑じゃなければ……また一緒に行ってください」


レオンは答えない。

だが、拒絶もしなかった。


アリアはそれを“肯定”だと受け取る。


「じゃあ、また明日!」


アリアは手を振って走り去る。

その背中を見つめながら、

レオンは小さく呟いた。


「……勝手にしろ」


だがその声には、

ほんのわずかに温度が戻っていた。

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