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Causal flood   作者: 山羊原 唱
61/63

49話 赤褐色の戦場


 アスタロトの闊歩による土煙。

 雹嵐砲による水蒸気。

 人や怪物の血の霧。


 視界も空気も悪い戦場で、腹這いになりながら乾は苦しそうに咳をした。

 アスタロトの〝発語の真似〟に翻弄され、彼の右足は潰されてしまい、立たなかった。


 だが本当なら自分の身体全部が潰れるはずだった。自分を庇った仲間の死体が視界に入ると、むせる喉が潰れそうだ。


 かろうじて〝ジャルヘッド〟で第二実行部隊に〝発語の真似〟を伝えられたけれど、足を潰された衝撃で倒れた時、それはコロコロとどこかへ転がってしまった。

 赤褐色の霧に飲まれて完全に見失ってしまう。



(…死ねない)


 喉が鳴るほど荒い呼吸を繰り返す。

 震える手を伸ばし、仲間がつけていたベルトを外して右足を止血する。


 〝ジャルヘッド〟は遠く離れた同士の連絡手段だ。

 動ける誰かに渡さなくてはいけない。


 …もしかしたら運よく誰か拾ってくれるかもしれない。

 無駄に終わるかもしれない悪あがきであっても、乾は己の体を動かした。


(都合の良い偶然になんか任せてられるか)


 ず、ず、と地面を這いながら〝ジャルヘッド〟を探す。

 だが早々に進めなくなった。


 視界が自分の手元くらいしか分からなくなったからだ。

 風のせいだろう。暗いわけではないが汚れた霧の濃さが溜まっていた。


(…だいぶ、人の声も聞こえなくなったな)


 仲間を呼ぶ本物の声も。

 死に際の悲鳴も。


 地面を握れば小石と一緒に砂が紛れる。

 手の平に伝わる痛みを感じて、乾はまた少し動いた。


(アスタロトはどれだけ内陸に入り込んでしまっただろう。

 海に内陸政府の船隊が出ていればある程度引き付けていられるが、それが全滅したらここもすぐに突破される。

 …ああくそ。沈没都市が手を貸してくれたらこんな怪物、一匹残らず倒せるのに)


 情けなくも内陸住民みたいなことを思ってしまった。

 それでもなにか触れないかと必死に手を動かした。

 たまに当たったと思えば人間の死体か、身動きの取れない怪物か。…あとは原型の分からないなにか。


 ヴヴヴヴ…と怪物のうなり声が近くで聞こえた。

 乾はピタリと動きを止める。

 冷え切った汗が額から顎に伝った。


 アスタロトは人間を探し出す器官が備わっている。

 コア曰く、結局〝プレリュード〟でもそれがどの器官なのか分からなかったという。


 目と言う目はない。

 聴覚や嗅覚があるような動きも見せない。

 かといって無作為な動きでもない。


(触覚らしきものはあるから、虫みたいにそれで人間を探しているんだろうか…。

 …でもなんだか、触覚から感じ取って動いている、みたいな挙動もない気がする。

 何度か触覚を狙って雹嵐砲を撃ち込んでみたが、索敵能力が落ちたような感じもなかった。

 …他に、人間を探す手段がある…のか?

 感覚器官と同じくらいの速度で、それより正確な…なにか)



 乾は――ある可能性に気づいた。



(アスタロトは泥蛇が作った。

 泥蛇はラクスアグリ島から生まれた。

 ラクスアグリ島は〝MSS〟に干渉されていた可能性があるとコアが言っていた。


 FageのAIには「できるけどやらない」技術が複数存在する。

 信号による肉体への影響がまさにそうだ


 もしかして、そもそもラクスアグリ島とは結局、FageのAIにかなり近いものなんじゃないだろうか。

 第一調査隊や第二調査隊に起きた身体の異変も、ラクスアグリ島から発せられた信号が原因だとしたら…)



 戦況を左右する大事な要素に気づきそうな感覚を覚える。

 恐怖ではない、焦りの汗がたくさん流れた。


 はやく。はやく。

 結論を出して行動に出さねば怪物に食われる。



(ラクスアグリ島から生まれた泥蛇もエンドレスシーに干渉できる。

 なら泥蛇が作り出したアスタロトも同じなんじゃないか?


 だから遠く離れた仲間のアスタロトと連携が取れるんだ。

 人間の生体信号をAIみたいに読み取れるならそれを使って俺達を探し出せる。

 性能自体は泥蛇に劣っているんだろうが、エンドレスシーの演算処理を使えば人間の発語の真似もできる)



 怪物のうなり声が近づいてくる。

 乾を探している。

 近くに生きている人間がほとんどいないなら怪物にとってこの赤褐色の霧はないも同然だ。

 だって怪物が見ているのは人間から発せられる命の信号なのだから。


(はやく…はやく〝ジャルヘッド〟を見つけないと‼)


 伝えなくてはいけないことがある。

 でも濁流の中にいるみたいに視界が利かなくてどうやって〝ジャルヘッド〟を探せばいいのか。


 アセンションは使い切ったため自分の感覚を研ぎ澄ませるものもない。


(せめて視界が開けてくれたら‼)


 縋るようなその心の声が。




 まるで届いたみたいに赤褐色の霧を吹き散らした。

 そういえば昼過ぎぐらいの時間であった。

 空は明るい青だ。




 ドオォンドオォン‼とオーバークォーツの花に近い威力の爆発音が聞こえた。

 それも激しく移動し、ぶつかり合っていた。


 赤褐色の霧を晴らしたその戦闘に――思わず見入ってしまった。



 〝フラム〟と〝ラダル〟以外全てのギフトを装備させたキヴォトスを持つニーナと。

 青い蛍の光を纏わせ、ギフトと思われる力をいくつも使って彼女とぶつかるマナだ。



 ニーナは得意の〝ブリッツ〟を使って容赦なくマナに撃ち込む。

 それをマナは〝エスタ〟で返し、可能な限り周辺のアスタロトにぶつけている。


 霧が晴れればまだ、乾以外にもこの周辺には生存者がいたことが分かる。

 マナは彼らを生き残らせるためにアスタロトも倒していた。

 そのせいで手数と動きに制限がかけられ、不利を強いられる。すでに劣勢だ。


 余裕のない表情でいたマナは、霧の晴れた地面に這う乾と目が合った。




 乾は一瞬迷った。

 見ればマナにどれだけ余裕がないか理解できる。

 でも見つけてさえくれればあとは自分が死んでもやりきる。


 だから罪悪感を叩きつぶして叫んだ。



「〝ジャルヘッド〟を見つけてくれ‼‼」



 アスタロトの頭を蹴って宙を跳ぶマナは―――

 〝ブリッツ〟を高出力で起動させてニーナへ放った。

 周囲の仲間もその風圧に足を取られてしまうが、乾の言葉が届いたマナは少しばかり耐えてくれと心の中で詫びた。



 〝ラダル〟で微弱な信号を持つ〝ジャルヘッド〟を探す。

 ニーナがマナの〝ブリッツ〟を〝エスタ〟や〝ミエ〟でさばききる短い時間が勝負だ。



(----――あった‼)



 アスタロトの死骸と地面に挟まれた〝ジャルヘッド〟を見つける。

 身軽に地面に着地すると〝ジャルヘッド〟のもとへ走り出した。



 マナから放たれた〝ブリッツ〟をさばきながら、ニーナは彼女の動きが変わったことに気づく。


「…あたしと戦うより優先するなんて。随分と妬かせるようになった」


 やんわりと口の端を上げる彼女の表情には全く優しさがない。

 笑っている分、感情的に怒るより怖さがある。



 背中を向け、どこかへ走るマナにニーナは〝ブリッツ〟の照準を合わせる。

 だが撃つ前に身を翻した。


 ニーナに向けて誰かが雹嵐砲を撃ったからだ。

 ニーナは避けつつ、〝ブリッツ〟を〝敵〟に撃った。


 ニーナに雹嵐砲を撃った敵――乾は雹嵐砲を〝ブリッツ〟の砲撃と着弾させ直撃を防いだ。が、衝撃はそのまま喰らうことになり吹っ飛んだ。



 深手には耐えがたい痛みを全身に浴びた。

 弱り切った命が散りそうになって――それを掻き抱くように歯を食いしばった。

 地面に放り投げられた身体でも、必死に上半身を起こす。


(死ねない‼)



 自分がこんなにも泥臭く這い上がれるなんて思いもしなかった。

 〝MSS〟の理念を守っていた時にはこんな強さ持っていなかっただろう。


 〝今更〟。だけど〝それでも〟。


 失敗と誓いを胸の中で何度も繰り返す。



「イヌイ‼‼」



 マナの声だ。



 彼女の声が聞こえた方向に手を伸ばした。

 勢いよく乾の手に〝ジャルヘッド〟が投げられた。


 持ち前の反射神経で〝ジャルヘッド〟を掴んだ瞬間には、もうマナの姿は追えなかった。


 彼女は剣を持つ雷神のようなニーナの猛攻を受け、躱しながら乾たち生存者の傍から離れていく。




 マナへの援護ができないことを悔やみながらも、乾は〝ジャルヘッド〟を起動させて呼んだ。

 呼びかけは第二実行部隊――ではなく。



「――流未さん‼‼」



 同じものを守る、最も信頼する仲間の名前を。



〈亮さん⁉あなた無事なの⁉〉



 二秒で応答してくれた。

 恐らく彼女はまだ救助活動を続けているだろう。

 安全な場所にいないのは彼女も同様だ。

 だから彼女の声が聞けてほんの少し安堵の笑みをこぼすが、もたもたしてはいられない。

 第一実行部隊である乾が生きていることに驚いているということは、戦況は逐一報告を受けているのだろう。

 お互いの状況を話し合うことはせず、乾は用件を急いだ。



「アスタロトはおそらくエンドレスシーを使える‼

 人間の追跡や発語はエンドレスシーを使って可能にしているんじゃないか⁉」


 命を擦り減らす戦場の中掴み取った可能性の一つだったが、流未はすぐに納得しなかった。

 無論、乾も同じ気持ちではある。


〈生き物が意図的にエンドレスシーを使うなんて不可能よ⁉〉


 エンドレスシーとは〝MSS〟が世界中の信号を集めた信号世界。

 この信号、というものはそもそも。

 〝MSS〟が世界のあらゆるものを振動させ〝波〟を作り、電気信号に変えたものだ。


 その振動こそ、エンドレスシーから現実世界の対象に影響を与えられる〝力〟の正体である。


 だがそれはFageのAIだからできる〝信号化できる振動〟なのだ。

 やたら感度の高い人間は稀にその波を感じ取ることがあるが、気づけないほどの微細な信号であるそれを自ら発せられなければエンドレスシーに干渉なんてできない。

 だから人間はAIを使い、AIを仲介させることでエンドレスシーの演算能力を利用する。


 〝MSS〟が現実世界の生物に向けて意図的にその振動を与え、特定の人間にエンドレスシーを使わせることもあったが、それは今までにたったの1人にしか行われていない。



 すぐに納得はしなかったが、流未は口元を押さえて情報を整理する。


(…いや。この〝Causal flood〟の敵は泥蛇だ。泥蛇はエンドレスシーを使えるって聞いたわ。

 〝生物〟として分類してはいけないということ?

 限りなくAIに近い存在だからそれが可能だとしたら?

 泥蛇が作り出したアスタロトも正確にはAIなの?


 FageのAIの定義はエンドレスシーで船の姿を持っていること。

 船らしい姿でなかったとしても、エンドレスシーで稼働できる知的存在なられっきとしたAIよ)


 例えば〝チャック〟がそうだ。現実世界でいう船らしい形ではないが、定義上は〝Fage〟のAIで間違いない。


 であるならば…。

 アスタロトもエンドレスシーで姿を持っているのであれば、これらも「FageのAI」として扱えるのではないか。

 乾と同じ仮説をした流未はさらに息を飲み、呟いた。


〈……そうか。彼らの目や鼻はエンドレスシーにある。

 私や他の研究員がエンドレスシーで本体を持つアスタロトを倒す…ことはできなくても、

 -――情報をハッキングして内陸から追い出すことはできるかもしれない〉


 話が速い彼女に、乾はやっぱり尊敬を抱いて微笑を浮かべた。

 流未だけではない。〝ジャルヘッド〟があれば彼女と同じくらい優秀な各地の研究員が同じ手を使ってアスタロトと戦える。



(…ああ…良かった)


 伝えられた。

 乾は起こしていた上半身を地面に落とす。


 流未の澄んだ声が遠く聴こえる。

 ちょっときつい声色だから、なんだか怒っているのだろう。

 でもなんて言っているかまで聞き取れなくて…。

 乾は申し訳ないな、と小さな謝罪を胸に零した。




―------―-―― 

「ちょっと‼亮さん‼返事しなさい!

 あなたってばどうしてそう、諦めが速いのよ⁉まだ話は終わってないのに‼

 ここで死んだらかっこ悪いわよ!ねぇ…ッ!

 …ッ、返事、しなさい‼」


 流未は〝ジャルヘッド〟に向かって怒鳴っていた。

 しかし相手からの応答は途絶えてしまった。


 〝エルー・ザ・エフ〟に帰ってきた流未は苦い顔を浮かべる。


 住民を地下避難所に大方誘導できたようで、〝エルー・ザ・エフ〟の地上に残っているものは軍人や支援員がほとんどだ。


「先生‼」


 流未は呼ばれて振り返る。

 走ってきた日色は息を切らしながら現状を報告した。


「学校の奴らも避難できたよ!あとは支援員の人だけだ!」


 だから流未にも避難しようと声をかけに来てくれたようだ。

 しかし流未は苦い顔の後、精悍に微笑んだ。


「ありがとう。私はまだ他の支援員とやることがあるから、あなたは先に行ってなさい」

「え?何するの?」

「説明してる暇はないの。ほら。早く」


 有無を言わさない流未の態度に日色は困惑する。

 だが彼なりに流未の様子を怪しんだ。素直に応じず、自分の背中を押してくる彼女の手を軽く退かした。


「…俺も一緒に行くよ」

「駄目よ」

「行く。…いいよって言わないなら他の奴らにもチクるから。

 先生がどこ行くか言わなかったって」



 流未は思わず口を開いて固まった。

 そんな風に生徒に言われてしまえば、…へたをすれば生徒だけでなく他の教師陣まで心配して出てきてしまうかもしれない。


 本当にやりそうな日色の目つきに、流未は額に手を当てた。


「…アスタロトの動きをエンドレスシーから妨害しようと思っているの。

 でもそれにはこの〝ジャルヘッド〟にアスタロトの信号情報をなるべく多く読み込ませないといけない。

 今一番アスタロトの近くにある〝ジャルヘッド〟を使えたら話は速いんだけど、それを持っている人の連絡が途絶えたわ。

 この日本内陸にいるアスタロトだけなら、中間ポイントのアスタロトだけでとりあえず用は済むの。

 …信号情報を読み込ませて、且つエンドレスシーを使える人が行く必要がある。

 分かった?」


「分かった。俺も行く」


「分かってないでしょ⁉」


 うんうん、とてきとうに頷いていた日色は最後の解答だけ明瞭だった。

 流未は強い口調で怒った。

 流未の気迫にたじろぐ日色だが、引かなかった。


「先生たちを守る軍人の数なんて足りないだろ。

 …その、アスタロトのなんかを読み込ませるために死んじゃうなんてダメだよ。

 先生たちは帰ってきてここでやらなくちゃいけないことがたくさんある。


 みんな言ってた。

 ここが終わりじゃない。

 俺もそう思う。

 できることは少ないけど、先生のことは守るよ。多分。

 一緒に俺も行く」



 拙くとも意志の固い彼に、流未は心底困った顔になる。

 そんな二人のもとへ、もう一人、やってきた。



「俺も同行させてほしい」



 流未と日色が振り返ると、そこには。


 手に黄色のボールのようなものを持った、ソーマが立っていた。

 少しふらつきながら近づいてきたので、日色が思わず手を差しだした。


 それを見て、ソーマは優しく微笑んで「ありがとう」と言った。


 負傷者のようなふらつき方とは少し違う彼が気になったが、流未はそれこそ承諾しかねた。

「その状態で一緒に行きたいと?」

 少しきつい言い方だがソーマも自分自身に対して彼女と同じことを思っている。

 だから心底申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


「迷惑をかけるが頼む。それに…君がやろうとしていることは俺も手伝える。連れて行くメリットはちゃんとあると思うよ」

「そりゃあランクステラのあなたに言われたら…。…ハァ。時間がない。護衛に連れて行ける人は多分一人か二人くらいです。あとは私の他に3人の支援員をこれから呼びます。

 それまでの間に支度を済ませて下さい。

 …日色、彼を手伝ってくれる?」


 結局日色の手は必要となった。

 流未は腑には落ちていないという意志を声色と表情に乗せたが、日色の屈託のない嬉しそうな笑顔に完全に折れた。



 その後ソーマを見つけたカヴェリも加わり、一同は〝エルー・ザ・エフ〟から出た。



―-------―-‐―― 

 海辺に吹っ飛ばされたマナはずぶ濡れになりながら体勢を立て直す。

 すぐさま〝グラビティ〟を起動させ足を取られる海水から浮くも、〝ブースト〟で距離を詰めてきたニーナの〝ミエ〟によって薙ぎ払われる。


 〝ミエ〟の型をグレイヴにしているニーナはくるんと回して構え直した。

 背の高いニーナは剣型より槍型が得意なようだ。


 マナは〝カーボナイト〟を起動して火花が散るほど強烈な一閃を防いでいた。

 ゼェハァと息を荒げながらニーナから距離を置き、冷静さをなんとか保たせる。


(…誰でも使えるようにキヴォトスの性能を落とす…〝プレリュード〟で命懸けの実験が必要だった理由がちゃんと分かった。


 ――ギフトのままで全てを使いこなすなんて誰もできないんだ。


 〝フラム〟で起動させれば確かにギフトの能力値はそのままに使える。今の私なら複数のギフトを同時にも使える。

 でも微調整ができない分、複数の同時起動はバランスが取れない。


 〝ミエ〟や〝ブリッツ〟は威力が強すぎて同時に使うには私の身体が持たないし、〝イリュジオン〟は他の人にまで影響を受けさせるからあまり使いたくない。

 それにギフトの能力値のまま使えるせいで補助機能にあたる〝チューニング〟や〝メモリア〟、〝フォア〟が補助機能として使えない。


 実質同時使用できるギフトは二つまで。

 攻撃機能の類は一つ。

 …これ以上〝フラム〟の出力を上げればなんとかなる?

 それともニーナに勝つ前に私が怪物化する?)


 不利とリスクが頭を巡って呼吸が落ち着かない。

 そうこうしているうちに、ニーナがキヴォトスを〝ブリッツ〟に編みなおし、砲撃を開始した。


 マナは〝エスタ〟で弾き、〝グラビティ〟を起動させたまま海面を走ってニーナの砲撃を回避していく。

 ニーナと同様だが、〝ラダル〟は併用にあたって他のギフトと喧嘩をしない。お互い回避事態は同等だ。



「-――‼」

 マナは沖から迫るアスタロトの気配に舌打ちをする。

 他の勢力に割り当てる余裕などない。


 〝イリュジオン〟を起動させ、自分の幻を複数海上に走らせた。

 間一髪。マナに食らいつこうとしていたアスタロトは幻を追いかけて離れて行く。だがその巨体の急な方向転換はマナのいる海面を激しく揺らした。


 バランスを取ろうとした時、ニーナが〝ブースト〟を使って〝ミエ〟の槍型をふりかざしてきた。

 両腕に〝カーボナイト〟を起動させて防ぐも、そのせいで重さが生まれ足が膝近くまで沈む。

 さらにニーナから押される力が追加され、徐々に海へ身体が沈んでいく。


 ギフトの〝ミエ〟はキヴォトスのものより小回りが利かない。反射的に拮抗する力を使うのであれば〝カーボナイト〟の方が使いやすかったが、選択をミスしたとマナは眉間に皺を刻んで思った。


(ああもう本当に不利だよ)


 体格差もそうだがなにより、ニーナはマナに全てを教えた教官だ。

 癖も技量も筒抜けとなっている状態で勝てるわけがない。


 だが、マナはあえて不敵に笑ってみせた。

 不利を利用して戦う術を教えたのはニーナだと思うと、素で面白いと思ってしまう。


 らしくないマナの表情に引っかかっていると、沈みゆくマナが自分の左肩を犠牲にして両手でニーナの手首を掴んだ。


 両腕でも押されていた力の差だったのに、ニーナの〝ミエ〟がマナの左肩に食い込む。

 グジュ、骨に届きそうな切れ込みから紙に墨汁を溢したみたいに流血が広がり、大粒の血が海面に落ちた。血にまで〝グラビティ〟の効果は働かないので、大粒の血は海に溶けていく。


 左肩を落とされないよう両手でニーナの〝ミエ〟を押さえて、マナは〝カーボナイト〟の出力を上げた。


「私って、ニーナにとって聞き分けのいい可愛い子だった?」


「…今はどうかな。少なくとも殺されそうな時にお喋りする馬鹿な子じゃなかったよ」


 いつも通り冷たい口調のニーナだが、マナの手を振りほどけなかった。

 マナの手は黒化している。〝カーボナイト〟で硬化させた手で掴まれては外せない。


 左肩の激痛に汗を流しながら、マナは気丈に笑う。


「嫌な言い方。ニーナって意地悪だね。

 …私はね、実は結構卑怯者なんだ。

 あなたとなら泥に沈んでもいいなんて思ってたくせに、今はあなたを殺してでもあの場所を守りたいんだから」


 ニーナはマナの駄弁りに小さく眉を寄せる。マナの発言に、ではなく。

 マナが〝カーボナイト〟を徐々に出力を上げているせいで、〝グラビティ〟の出力が負けている。


 ――ニーナの足も海に浸かり始めた。



「でもさすがにニーナに悪いなって思ったからさ。

 -――試しに一緒に沈んでみようよ」



 ニーナがマナの左手を切り落とそうと動いたが、それより先にマナは〝カーボナイト〟と〝フォア〟を使って強制的にニーナもろとも海へ落ちるように沈んだ。



 アスタロトがうようよいる海中で――マナの攻撃は終わらなかった。

 〝ラダル〟を使って照準を合わせ、地上から〝ブリッツ〟の雷撃を用意した。


 落雷のように自分たちのもとへ射出する。



 ガガガガガアン‼と空中で激しい雷鳴を轟かせ、海を貫く。



 直撃の直前、マナはニーナから手を離し〝エスタ〟を起動させる。


 マナたちに向かおうとしていたアスタロトも〝ブリッツ〟の猛撃に退散する。

 アスタロトの脅威が海中へ消えたことを確認し、激しい泡と水流の中をなんとか泳ぎ、マナは海面に顔を出した。

 〝グラビティ〟を起動させて海面に足をつく。


 口に入った海水を咳き込みながら吐き出し、濡れた髪をかき上げる。


「しぶといな…」


 愛している相手に対してとは思えないほど低く苛立った声が漏れた。

 マナは自分に少し呆れながら沖の方を振り返る。



 相手も〝ラダル〟所持者だ。

 マナの〝ブリッツ〟に対して自身の〝ブリッツ〟をぶつけた。なおかつ〝エスタ〟で余波の雷撃をある程度和らげたらしい。

 沖から同じく〝グラビティ〟を起動させて海面に上がるニーナがいた。



 だがさすがにギフトの威力を持つ〝ブリッツ〟を向けられたせいで無傷ではなかった。

 左半身が火傷と裂傷によって真っ赤になっている。

 そのダメージは珍しくニーナの息を荒くさせていた。



 とはいえ、マナも軽傷ではない。なにより〝フラム〟の出力を上げすぎている。

 急速に身体が死に向かうような、感覚の遠さを感じていた。


 マナは厳しい表情でニーナに声をかける。

「まだ気は済まない?」


「足りないよ」


「あなたを否定したって得るものなんてなにもないよ」


「さぁね」



 ニーナの解答に違和感を覚えたマナだが、彼女が〝ブースト〟で距離を詰めてきて即座に応戦する。


 〝ラダル〟で彼女の軌道が直線状だと分かる。

 アスタロトの脅威はまだ遠く、海岸の姦しい戦闘の音も遠い。

 これならば。



「――〝止まれ〟‼‼」




 〝ソルジャー〟でニーナの動きを止めようとして――




 マナは失敗したと即座に気づいた。



 ニーナは止まらない。

 〝ソルジャー〟を使ったことでたったの一秒間が開いた。マナの思考が次の手まで追いつかない。


 ニーナの槍がマナの左横腹から右肩にかけて振り上げられ――深く斬り込まれた。









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