48話 怪物に匹敵する共闘
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わたしは生まれてすぐ、この世界に〝通称〟を与えました。
〝蝶番が外れた箱〟だと。
〝人にとって価値あるもの〟とは、隠れているからなかみが伴う。
だからこそ隠れたそれを見つけた時、人は真価を知ることができるようです。
そしてその真価は未来の指針に必要なものでした。
船はあなたであり、針路がなかみであり、燃料が価値である。
これが〝人にとって価値あるもの〟の証明となりました。
ならばわたしはわたしの本質を糺さなくてはならない。
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…なにか、聴こえた。
雪に暖かい水滴が落ちるような、きれいな声。
ちら、ちら、と細かい雪が舞うように降っていた日だ。
私とコアがまだ10歳くらいの時。
内陸で〝子供の仕事〟をしていた。
道端で死んだ人間を解体して、使える部位を分けて、痛む前に〝手作業の技術〟を持つ職人のもとへ持っていく、そんな仕事。
血と油と…いろんなものに汚れた手を雪で洗っていた時に、その歌声は聴こえた。
『昔 黄金の宝箱がありました
幻の島に隠された宝箱の蓋は
伝説の〝つるぎ〟で切ることも
巨人の〝つち〟で壊すことも
魔女の〝くすり〟で溶かすことも
できなかったそうです
そんな宝箱を探そうとある青年が海に出ました
風を超え 波を超えていき 旅をしました
幻の島から美しい歌声が聴こえて
歌声に導かれた青年は深い 深い洞窟の中を進みました
リンゴの木 背の高い女性 黄金の宝箱
女性は宝箱を守っていました
傷だらけの女性が
〝この箱が欲しいのか〟と尋ねたら
青年は〝あなたの歌声を聴かせて〟
女性は驚き 笑いました
そして息を吸うと 美しい歌を歌いました
共に日を重ねたある日
カチリと音がして
しかし青年が中身を見ることは無く
やがて二人のそばで 二つの宝と
みんなで暮らしていきました』
私も〝青年〟みたいに歌につられて声を辿ると、そこには私より少し年上のお姉さんがいた。
雪みたいな白髪にきらきらした琥珀色の瞳。
背が高いから一瞬男かと思ったけど、声は女性だし、なによりこっちを振り向いた時の身体の形や線の細い綺麗な顔立ちを見てすんごい美人のお姉さんだと思った。
私とコアは彼女--〝プレリュード〟に巻き込まれる前に――スラに逢っていた。
『ねえ。それなんの歌?』
明日には誘拐されてそうだなって思いながら、私はスラに声をかけた。
スラはきらきらな目を丸々とさせて驚いていたけれど、どうしてか嬉しそうに笑って答えてくれた。
『〝宝箱のなかみ〟って言うの。私の兄が作った歌なんだ』
曲を作るなんて…なんて天才なんだろうと感動した。
いつもだったら知らない人に、こんなに仲良くなりたいなんて思わないのに、この時ばかりは好奇心と感動が警戒心より勝った。
『兄?すごいんだね!音楽家なの?』
『ううん。曲を作るのが趣味なの』
『そんな趣味の人っているんだー!お姉さんは?お姉さんも歌上手だね。歌手なの?』
『そんなに上手だった?嬉しい。でも私も音楽家じゃないの。兄みたいな素敵な曲も作れなくてね。怖い歌なら一つ作ったけど』
『すごい!なにそれ⁉︎聴いてみたい!』
どうしてか…スラの歌は私の心に強く響いた。
ねぇ教えてって、自分でもスラに踏み込んでいることが分かる。
スラは嫌な顔せずに…それに。…やっぱり嬉しそうに笑った。
私は警戒心の方が勝っているコアを無理やり連れてきて、一緒にスラの歌を聴いた。
ティヤの「宝箱のなかみ」と、スラの「黒い箱は開いていた」を、私たちはこの時知った。
『つまり、お姉さんのお母さんは、幻の島にいたんだよね?幻の島ってなに?それも実話?宝箱は最後開いたってことだよね?何が入っていたの?二つの宝ってなあに?』
コアのためにもう一度「宝箱のなかみ」を歌ってくれたスラに、私は前のめりになって質問した。
スラは一瞬悩ましそうな表情を浮かべた。
今思えばそうだろうね。だって泥蛇とかラクスアグリ島が関わってる歌だし。
でもスラは割と隠さずに教えてくれた。
『幻の島っていうのは、〝ラクスアグリ〟のこと。
火山の噴火で海に現れた島があってね。
沢山のお宝があったの。所謂、資源ね。
ただFage以降の海の異常気象は凄まじくて酸の渦が海に出現することもあれば空から雷雲が落ちてきたり…。
で、色々頑張って私の母たちが最初に調査に入って、その後青年がやってきて、私たち兄妹と母は彼と出会ったの。
母と青年の馴れ初めの歌ってところかな』
ソーマ曰くミュウとはそんな関係じゃないらしいけれど、なぜかティヤは「そういう関係」にしたがったそうだ。謎だ。
スラもその点はティヤと同意見なのか、この時の説明ではソーマの意志は全然反映されていなかった。思い出すとちょっと笑ってしまう。
『二つの宝ってのは、多分私と兄のことね。
母が死んでしまった後、〝青年〟が私たちを本当の子供のように育ててくれたから』
ああでも。
ソーマのことが大好きなのは伝わる。
私とコアを見て、きっと昔のティヤと自分に重ねているんだろう。とても幸せそうな笑顔だった。
『あとは…ああ、宝箱の中身についてね。これは歌詞にあるとおり、青年が見なかったのだから、誰にも分からないよ』
宝箱のなかみが分からないなんて、当時の私には受け入れ難かった。
だってみんな知りたいじゃないか。
黄金の宝箱になにが入っていたのか。
というか黄金の宝箱の時点でそれが宝じゃん!とも思った。
納得しない幼い私に、スラは楽しそうに笑った。私のことが面白いらしい。
『あなただったら宝箱の蓋が開いたら中身を見る?』
スラがそう尋ねると、コアが「コイツは絶対見るよ」と即答した。
「それはアンタもでしょ⁉︎」と言い返す私とコアの小競り合いもスラは面白いみたいでしばらく腹を抱えて笑っていた。
落としどころがふわっとしていた歌詞に、私は本当にもう…やきもきした。
そんな私をなだめるみたいに、スラは優しい顔で「青年が宝箱の中身を見なかった理由はちゃんとあるよ」と、答えがちゃんとあるらしい謎を提示した。
私はせめてそこははっきりさせようと真剣に聞く姿勢になる。
この時の彼女の答えは、あの時の私には難しいものだった。
なんだったらコアも首を傾げていた。彼に分からないなら私には分からないだろうって…考えることもやめてしまった。
スラとはこのたった一度の出逢いだった。
嬉しそうに、そして少し寂しそうに笑う彼女とはその後別れて、私たちはこの出逢いの5年後に〝プレリュード〟に巻き込まれた。
スラの記憶もおぼろげになっていたけれど、歌の印象は濃いまま残ってはいた。
彼女の歌があの閉ざされた仮想世界の出口の鍵となって。
〝Causal flood〟の真相を現実世界に持ち帰ることができた。
…スラ。
あなたがあの時、とても嬉しそうな顔をした理由がね、今なら分かるよ。
大切な思い出を置いて、一人で戦うあなたを…私が見つけたからだよね。
よく分かる。
コアがいなければ私はきっと一人で死んでいたと思う。
誰かに見つけてもらう嬉しさも分からないまま、慣れ親しんだ生き方を選んで死んでいたはずなの。
だから。
生まれた時から私の隣にコアがいたこと、きっとこれ以上の幸運はない。
これ以外の幸運を求めるなら、私は自分の中にあるもの全て燃やして掴み取るの。
あなたの凍るような歌だって炎にしてみせる。
ティヤの祈りを約束に変えてみせる。
そんな今の私なら。
〝青年〟が、宝箱の蓋が開いてもなかみを見なかった理由を答えられる。
…ジアン。
私もね、あなたと答え合わせをしたいことがあるの。
さいごに私と約束したあなたならきっと〝青年〟が蓋の開いた宝箱を見なかった理由が分かるんじゃないかな。
それが分かるならあなたにはちゃんと答えがある。
だから私もあなたと答え合わせがしたい。
あなたの中で、私たちのなにが残ったのかを。
―――――――――――
中間ポイントまで到着したアスタロトをコアとペトラ、そして第二実行部隊が食い止めていた。
キヴォトスを持つ二人がいるおかげで海岸ポイントとは違ってアスタロトに致命傷を与えている。
しかしここまで到達するアスタロトの数が1頭や2頭ではなくなってきた。
そんな時だ。
〝ジャルヘッド〟を持つ隊長がコアのもとまで走ってきた。
「まずい!アスタロトが発語していると乾から報告が来た!」
「はぁ⁉」
コアもそうだが、近くでアスタロトにトドメを刺していたペトラも叫んだ。
ペトラがコアのもとまで走り、一体どういうことか軍人の話を聞く。
「発語事態は簡単なものらしいが、ただの悲鳴だったり、助けを呼んだり…とにかくつい足を止めるような言語を発するらしい。
それも多分、近くにいる人間の声を真似ているらしくて、仲間のものだと勘違いしやすい」
息を忘れていたコアは舌打ちと一緒に息を吐きだし、苛立たしい表情を浮かべる。
「〝プレリュード〟で俺達に見せていた情報は一部だったってことかよ」
被験者を殺すつもりで誘った実験であったから、無意識に出すものは出していると思い込んでいた。
軍人からの報告を受け、ペトラは実験中のアスタロトを改めて思い出す。
(…一度、コアの死体を囮にされて殺された時があったな…。疑似餌でおびき寄せる捕食、ってよりかは人間の心理を理解した戦術だってことだ)
やみくもに自分を責めそうなコアに、ペトラが落ち着けと視線で伝える。ペトラ自身非常に苦い顔だ。
その視線を受けて、コアは自分の髪をくしゃりと掻き、息を整える。
「へたするとまだなにか隠してる可能性がある。簡単な指示を笛に変えよう。
第一実行部隊の方はどうやって躱してる?」
コアの問いに、隊長の顔から感情が消え、首を横に振った。
「…発語の報告以降、乾からの連絡はない。
第一実行部隊は全滅したと思ってここで食い止めた方がいい。
足の速い奴らに笛の合図を知らせる。念のため第三実行部隊にも報告は入れとく」
判断と感情の切り替えが速い隊長に、コアは明瞭な返事を返せなかった。それはペトラも同じだ。
ペトラは眉を寄せて視線を少し下げた。
(…イヌイからマナが第一実行部隊に加わったことは聞いた。
…彼女がいても全滅したとするなら、私たちのここが生命線になる)
地鳴りが一層強く響いた。
なにごとかと一同が周辺を見渡すと、ある一方向にいたアスタロトが移動した。
人間にわき目も振らずに。
鳥肌が立ったのはペトラだけではない。
コアは周辺の部隊に叫んだ。
「アスタロトの衝撃波が来る‼逃げ――」
-――コアは気づいて言葉を切らせた。
なぜなら。
「駄目だ…そっちには――ッッ‼‼」
付近のアスタロトたちが一斉に開けた道の先には。
〝エルー・ザ・エフ〟がある。
攻撃元がどこかは定かではないが、地上のアスタロトたちは巻き添えを食わないよう、衝撃波の軌道線上から逃げたのだ。
コアの言葉に気づいたペトラはキヴォトスで防ごうと走り出す。
それを見てペトラの意図を察し、コアも走り出す。
「守備機能のないキヴォトスじゃ防げない‼〝ミエ〟で切り払う⁉」
ペトラは走りながらコアに尋ねる。
コアは必死に首を横に振った。
「いや…〝カーボナイト〟もないから重さ負けして吹っ飛ぶ‼最悪俺達の身体なんて残らない‼」
「なら〝ブリッツ〟で…」
「アレを相殺させるほどの威力をここでぶつけたら周りの仲間を熱で巻き込むかもしれない‼」
「なら、なら‼〝カタム〟で大きさを調整して〝ミエ〟を巨大化させれば‼剣を盾代わりにできるかもしれない‼」
ペトラとコアは顔を見合し、互いの〝ミエ〟を前方に突き刺した。
〝カタム〟で大木を超えるほど巨大化させる。
アスタロトの衝撃波は〝ブリッツ〟と張り合える。
機能の軽量化とサイズを調整するキヴォトスの〝カタム〟ではとてもではないが防げない。
苦肉の策で二人の〝ミエ〟を二重にして何秒耐えられるか―――。
一帯が一瞬、無音となった。
だが次に地表を鳴らした-----――オッッ‼という高い響きと低い轟きが一直線に。
周辺の木々も土も粉々に粉砕して二人の〝ミエ〟に直撃した。
〝ミエ〟から離れるほどの猶予はなかったため、二人はそのまま〝ミエ〟を盾にしたまま動けなくなる。
ぐ…ぐ…と〝ミエ〟が動き始めた。
(-――駄目だ――…もたない‼)
二人は地面に腹ばいになりながら目を瞑った。
その衝撃波が消えるまでもたない――はずだった脆い守りは。
壊されなかった。
衝撃波が徐々に細くなり、空気を吸い込むように巻き込んで…やがて消えた。
コアとペトラはハッ・・・と短い息を吐きだし、自分たちが生きていることに驚愕する。
互いの顔を見合わせ、一体何が起きたのかと〝ミエ〟の剣から顔をゆっくり出して前方を確認した。
〝ミエ〟を挟んだ向こう。
アスタロトの衝撃波を正面から防いだ…誰かがいる。
言葉なんて出なかった。
後ろ姿だけで分かるのは一人。
雪のような白髪に、頼もしい背中をした少年。
そしてその隣にもう一人。
雪のような白髪に、少年より一回り小柄な少女。
…そう。コアとペトラにとってその姿はあまりにも特別だから、言葉で言い表せない感情が湧き上がる。
あの二人は。かつて〝プレリュード〟の実験で姿を借りた――――
「ティヤ…と、スラ…」
ペトラは小さく声を震わせて呟いた。
ペトラの声に反応したように、少女…スラの方が振り向いた。
煌めくような琥珀の瞳がペトラと目を合わせる。
今のティヤとスラはペトラたちより年下だ。…初めて逢った時は彼女の方が年上だったからなんだか。
やっぱり言葉にできない感情が胸の中で渦巻いて溢れてしまう。涙が滲むほどに。
「コアー‼ペトラァー‼」
大きな大きな子供の声に、コアとペトラは驚いて振り返った。
サラとルカだ。
アスタロトが迫る戦場からなるべく離れて、そして声はぎりぎり届く距離にいた。
走ってそこまで来て、大声も出して、ゼェハァと息が荒いことが遠目でも分かる。
「〝フルート〟の銀糸の量を調整してー‼分身を増やしたのー‼」
「絶対こっちの方が強いと思ってー‼頑張ってー‼」
距離が遠いとどっちがどっちを喋っているのか分からないが、サラとルカが〝フルート〟でティヤとスラを作ってくれたようだ。
銀糸の量を調整したことにより、ティヤも含めスラは少年少女の姿をしている。
銀糸のティヤとスラは〝フルート〟でたくさんの人を運んでいけそうなほど大きな蝶番の盾を作り、コアとペトラ、そして周囲の仲間も守っていた。
思わず呆けてしまうコアとペトラ、そして軍人たちだったが、アスタロトの進撃にハッとした。
コアとペトラはすぐさま〝ミエ〟を通常のサイズに戻した。
銀糸のティヤとスラの横に並んで、コアとペトラは体勢を立て直す。
ペトラは目元を腕で拭って息を整える。
(…一緒に戦っているみたいだね、スラ)
銀糸のスラに言っても言葉も心も返ってこないからそれは胸の内にとどめる。
コアは少年の姿でいるティヤに視線を送り、そして前を向いた。
(大人のティヤ一人より、相棒がいる時の方が強いのか。…そりゃそうだよな)
くすぐったさと呆れの笑みを少しだけ零す。
四者の手元から銀の糸が彼らを覆うように膨らんだ。
怪物すら怯むほどの光は束になって編まれていき、力を形に変えて彼らの手に集束された。
ティヤは大剣〝グラディウス〟を。
スラは和弓のような〝ブリッツ〟を。
コアは〝グレイヴ〟と〝ブリッツ〟を。
ペトラは〝ツヴァイハンダー〟を。
性格も得手不得手も、双子といえど異なる四者は。
怪物への逆襲を開始した。




