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Causal flood   作者: 山羊原 唱
58/63

46話 人の真似

―----------

―---------ー

・・・・・・・・・・・



 わたしは生まれてすぐ、この世界の〝通称〟を決めました。


 〝蝶番が外れた箱〟だと。


 どんな鍵でも開く箱だと分かるでしょう。なぜなら蓋は最初から開いているのだから。



 ただ…、本質(なかみ)とは誰もが間違えるほど分かりづらい場所にあるようです。

 たとえそれがどれだけ簡単な形をしていても、価値があればあるほど人はすぐに見つけることができませんでした。


 故に価値を定義する時は必ず〝意訳〟を潜ませ、価値を隠すことにしたのです。





・・・・・・・・・・・

―----------

―---------ー



 海岸に出るまで何度も戦闘があった。



 だがマナの〝ラダル〟の支援、優秀な軍人たちの連携により最小限の武器の消費で海岸まで到着することができた。



 遠いがすでに目視で確認できる距離までアスタロトの黒い波の動きが見える。



 確認できた時点で第二実行部隊へアスタロト到達の連絡を送る。

 それと同時に、各国全ての沈没都市が大陸から離れ出航したと〝ジャルヘッド〟から連絡を受ける。


 今頃他の大陸ではアスタロトの蹂躙が始まっているだろう。

 ここもあと一時間ほどで始まる。




 冷静でいて張り詰めた緊張感の中、マナの耳に潮騒が届いた。


 すぐそこの海辺からではない。

 遠いはずなのに手を伸ばせば触れられそうな…不思議な場所から。


 …いつでも自分が人間をやめることができる…そんな状態だと密かに理解していた。


 マナは息をゆっくり吸いながらアスタロトの影を眺める。


(…異常気象も平然と突破している)


 酸性の渦や落ちる雷雲などもあるFageの海すら、彼らはいずれ住処にする。

 …あれを目の当たりにすれば、もはやここがNageだと認めざるを得ない。



 マナはゆっくりと息を吐きだして――軍人たちと同じ雹嵐砲を握り、アスタロトの上陸に備えた。



―‐―-―-―――--‐


 目視で確認できるアスタロトの半分は海にとどまった。


 ひとつ幸運だったのは、内陸政府やそのほかの勢力が持つ兵器に反応したため、内陸に真っ直ぐ進軍するアスタロトがそんなに多くなかったことだろう。


 囮で使った潜水艇や燃料よりもアスタロトは内陸政府の戦艦を追いかけた。


 想定以上に海でくすぶってくれている。

 だが。


 ついに複数頭のアスタロトが海岸に上陸し、第一実行部隊との交戦が始まった



 20メートル以上ある黒い大蛇のような身体と、ミミズのような頭部を持つアスタロト。

 体表は泥のような粘膜に覆われ、火力のある兵器は全て消火してしまう。それどころかその熱源を喜ぶように追いかけ、閉じていた頭部をぱかりと開いて飲み込んだ。

 口には無数のかえしのついた棘の刃が敷き詰められ、触手のついたそれらが飛び出して周囲の人間を襲った。


 しかしそれより威力が強い尻尾はもっと厄介だった。

 一振りで軍人たちが盾にしていた林を薙ぎ払い、直撃しなくてもその風圧で一気に10人以上が死亡する。



 軍人たちはアセンションを重ねて服用し、雹嵐砲を使ってアスタロトの足止めを繰り返す。


 マナも軍人たちと連携を取り、〝ラダル〟を使える分軍人たちを守りながらアスタロトと戦った。


 飛び交う怪物の触手を避けながら、マナは雹嵐砲をアスタロトに向ける軍人に指示を出した。

「先に尻尾の刃を止めて‼触手なら銃弾は効く!」


 軍人たちに飛来する棘の触手をマナが撃ち落として時間を作り、その間に軍人たちがアスタロトの刃の尾を固めていく。


 機動力が衰え、軍人たちは次にアスタロトの口を封じていく。


 泥だらけになりながら、乾は混戦となりつつある現場に指示を飛ばす。


「尻尾を押さえたら口も絶対に塞げ‼コアたちの話だとこいつらが動きを止めたら海が割れるくらいの衝撃波を出してくる‼」


 沖では内陸政府の戦艦がアスタロトによって破壊されている。それはアスタロトの口から絞り出される衝撃波による攻撃よるものだった。


 そんなものを陸地で放たれてしまえばどこまで被害が広がるか。


 現状、犠牲は多く出ているも足止めとしては成功している。

 全てのアスタロトを沖に追い出すため、中間ポイントから燃料を背負った〝トンボ〟の隊列が出動した。

 アスタロトの多くが〝トンボ〟に興味を示して人間から注意が逸れる。



「助けて‼助けて‼」



 誰かの悲鳴が聞こえた。

 マナはすぐさまその声の方へ向かう。


 動けなくなったアスタロトの後ろだ。

 警戒をしながらも俊敏に回り込んだ、そこに。




「な―――――」


 首を絞められたみたいに声が出なかった。



 なぜなら。

 誰もいないから。




 そこにあるのは、動けなくなっているアスタロトの体表から伸びる、うねうねと動く触手。

 だが口のものと違って棘がない。

 触手の先にあるものは。

 なんとも人間の唇に似た形状だった。



 そこから男性の声で「助けて‼」と叫んでいる。




 ゾッと血の気が引き、マナはすぐさまそれを撃った。

 簡単にはじけ飛ぶがその触手はひとつではない。



 それどころか他のアスタロトも持っているだろう。

 マナは周囲を見渡した。


 軍人たちの動きが少しずつぐちゃぐちゃに混乱していた。


 助けを呼ぶ声。

 ただの悲鳴。

 逃げろだの、止まれだの、簡単な発語。


 誰かがその声に気を引かれてそのせいで戦力がひとりひとり消されていた。



「まずい…。イヌイ‼」


 すぐに知らせねばとマナは彼のもとへ戻ろうとした。

 しかし一頭のアスタロトがマナを見つけ、蛇のように頭部を突き出してきた。



 舌打ちをしながらそれを回避し牽制をする。

 〝ジャルヘッド〟を持つ軍人にアスタロトが喋れることを伝えなくてはいけない、その焦りが動きを乱れさせた。

 アスタロトが発語できるなど、コアたちすら知らなかっただろう。

 泥蛇の食えない性質をマナは憎らしく思った。


(アスタロトは知能がある‼もし人間の言語を聞くほど発語できるものが増えるなら、最悪ここの守備はすぐに崩壊する‼)



「わあああ!行かないで!行かないでー!」



 耳障りなアスタロトの声にマナは歯を噛みしめた。

 声の合成もかなり精度が高い。

 マナはアスタロトの棘の触手も言葉の触手も撃っていく。


「止まって‼」


 軍人がひとり、足を止めた。


 マナは腹の底が冷えた。

 今のは少女の声だ。限りなく、自分の声に似たそれ。


「駄目!私の声じゃない‼動きを止めないで‼」



 マナの声が軍人の耳に届いた時には、後ろから他のアスタロトが軍人に食らいついた。



 〝ラダル〟が周囲の状況を知らせる。

 気が付けば至る所で似た状況に陥っている。


 怒りの矛先は目の前のアスタロトに向けられる。

 マナは飛んできた触手を撃たず、軽く避けて手で掴んだ。


 ロープのように扱ってアスタロトの身体を駆け上がり、身を蹴り上げてアスタロトの口の前へ落ちる。


 当然真っすぐアスタロトの触手が無数に飛んでくるが、急所に当たる分だけ撃って弾き、雹嵐砲をアスタロトの口の中に撃ち込んだ。


 ゴギャァ‼と激しい氷結の音が響き、アスタロトの口を完全に封じた。

 

 マナが着地した直後、アスタロトはミミズのようにのたうちまわった。

 マナはその暴走を避けながら死んだ軍人が落とした雹嵐砲のマガジンを手に入れる。


 それをアスタロトの尻尾に投げつけ、さらに自分の雹嵐砲で撃った。

 氷柱が立つほど強力な氷結を食らい、アスタロトは完全に動けなくなった。


 息を荒げるマナは悔しい顔をしながらも〝ジャルヘッド〟を持つ乾…いや誰でもいい。誰かを探した。



 一定数のアスタロトは〝トンボ〟を追いかけているが、少数のアスタロトの動きは違う。

 知性を持ち、そして高めているような。

 そんな頭の良い個体たちは次第にある方向を気にし始めた。



 〝エルー・ザ・エフ〟のある方向だ。




―-------―-――― 


「中間ポイントにアスタロトが二頭到達した!」


 〝エルー・ザ・エフ〟の情報塔は、海岸ポイントと中間ポイントの戦況を受け取っていた。

 そしてもう一つ。


 この〝エルー・ザ・エフ〟に接近する内陸政府の武装勢力も迫っていた。


 第三実行部隊が武装勢力を追い払うために出動し、〝エルー・ザ・エフ〟では住民の避難誘導や治安維持を務める守備警隊という部隊が動きを活発化させている。


 重傷者から先に地下のシェルターに案内されることになり、守備警隊の一人がエレナたちのテントに来た。


 守備警隊の青年はサラとルカを見て申し訳なさそうに顔を歪めたが、優先順位を強く守った。


「ごめんなさい。子供より、怪我人を先に運びます」


 至る所で「先に子供を連れて行って‼」「これだから沈没都市の人間は嫌いなんだ‼」「こっちだって怪我してるのになんでよ‼︎」と涙に滲む叫び声が聞こえる。

 怪我がなければ赤ん坊だって置いて行く切羽詰まった状況だ。怪我人だって重傷者の順となる。

 動けない人に手を貸すことは合理的だが、徹底したその動き方は誰かの反感を買い、そして憎しみに変わっている。


 そんな中、責められる立場にいる守備警隊にエレナは柔らかく首を振った。


「ウチの子たちは足が速いのでなにかあっても逃げられます。大丈夫。…この人をお願いします」


 ソーマに意識があったら彼は絶対に断っただろう。

 あとでたくさん怒られるかもしれない選択を、エレナはあっさりと選んだ。


 青年はぐっと堪え、エレナの理解に謝罪ではなく感謝を述べた。

「ありがとうございます。怪我人を運び終えたら次は親子の人たちです。それまで待っていて下さい」


 エレナは頷き、両腕の我が子をぎゅっと抱く。

 カヴェリはここに来た守備警隊が青年一人しかいないことに気づき、ぱっと立ち上がった。


「手伝ってもいいか?ソーマだけじゃなくて、他の奴らを運ぶのをさ。俺、内陸育ちだから力あるぜ」

「怪我は?」

「もう治ったよ。気にすんな」

「…分かりました。お願いします」


 人手が足りないのだろう。

 青年が誰かに許可を求める素振りは一切見せず、カヴェリの申し出を受け入れた。

 テントから出る際、カヴェリはエレナに振り返った。


「ここにはそのティヤがいるし、大丈夫だよな?」


 慌ただしい外へ出るカヴェリのことを心配しながらも、エレナは頷いた。

「こっちはきっと大丈夫よ。…カヴェリも、あなたも。気を付けてね」


 エレナは青年にもそんな声をかけた。

 まだ20を過ぎたか過ぎていないかくらいの若者だ。

 微かに残る幼さ包むように、青年は精悍に微笑んだ。




 暖かい母の腕の中で、サラは人形の父親を見つめた。


 テントの隅で目を閉じて静かに座っている。

 こっちに来てくれたらいいのに、と思うが、どうやら〝フルート〟で作る人型は戦うこと以外の性能を持っていないらしい。


(…抱きしめさせるような…人の真似ができるようなものじゃないってよくわかる。

 やっぱり武器として扱わないと意味がないんだ。

 それならこのままここで座らせておいても、ダメかもしれない)



 遠巻きで爆発音が聞こえる。

 そのたびに泣いて、震えて、叫んでいる声が聞こえる。


「…パパを行かせよう」



 それを言ったのはルカだ。


 どうやらサラと同じことを考えていたらしい。

 驚くエレナの傍ら、サラはフ、と小さく笑った。


 サラは気丈な表情で立ち上がり、銀糸のティヤへ駆け寄った。



「行くよ!ここは絶対に守らないと!

 あなたなら勝てるよね。

 敵が50人でも100人でも!

 だって…、」


 とん!とサラの背中にルカが軽くぶつかった。

 にっこりと笑ってサラが言おうとした言葉を続けた。


「僕たちのパパはすごいパパだから!」



 銀糸のティヤに群がる我が子の背中を見て、エレナは止めようとした手を、…ゆっくりと下げた。


 銀糸のティヤが静かに瞼を上げ、その森林色の瞳を見せる。

 …人形だというのに、その視線はすぐにエレナを捉える。


 子供たちが作り出したものだから無意識にそうなってしまうのかもしれない。

 それでも〝彼の瞳〟で見つめられてしまえば、止めることなんかできなかった。



 銀糸のティヤが立ち上がると、エレナは歩み寄った。

 かける言葉なんて決まっている。

「…行ってらっしゃい」



 本物であったら抱擁も口づけもあるのだが、銀糸のティヤはエレナを見つめるだけだ。

 そしてテントから足音も立てずに出て行く。



 息をつきかけたエレナはギョッと息を飲んだ。


 子供たちが銀糸のティヤを追いかけたからだ。


「ちょ、ちょっとあなたたち‼どこへ行くの⁉」


「大丈夫!パパが見えるくらいの距離まで離れるから!」

「私たちが近くにいないと〝フルート〟は全力を出せないの!」


 ルカとサラが急ぐように言う。

 躊躇ったエレナだが、二人だけ行かせるわけにもいかない。

 結局三人ともテントから出て行った。




 〝エルー・ザ・エフ〟の西側。

 ここは内陸政府や武装勢力の襲撃に備えて水田を広げている場所だ。


 植えたばかりの青々とした稲穂は吹き飛ばされ、ただの泥だらけの地面になっていた。

 〝エルー・ザ・エフ〟を背中に戦う第三実行部隊は沈没都市製のシャッター…これは七草学園や他のプラントで使われていたものだが、それを盾にして武装勢力と戦っている。


 武装勢力はオーバークォーツの花を弾薬にした砲台を第三実行部隊に向けた。

 その後ろには歩兵隊が潜んでいる。突破口を開けたら攻める気だ。



「オーバークォーツの花の砲台を確認!投石器用意!」

「次弾準備は完了しています!」


 それは時代遅れも甚だしい兵器。

 だが内陸住民は割と気に入っているものだった。


 なぜなら沈没都市に小石の一粒でも届きそうだった兵器の一つだから…なんて経緯があるものだが四の五の言っている場合ではない。

 加えて、第三実行部隊の沈没都市と内陸住民の割合は丁度半々だ。


「昔これを沈没都市に向けたらさぁ、〝トンボ〟に壊されたんだよ!あん時壊されなきゃもっと持って来れたのになぁ〜」

「全部壊されなかっただけ感謝して欲しいもんだな」


 黒い笑いが度々飛び交う第三実行部隊だが、強かさと冷静さが合わさった彼らの連携は武装勢力より上回っている。

 それに、持ち出された古めかしくも強力な兵器に武装勢力に戦慄が走った。



 内陸の持つ投石器を沈没都市の支援員が改良し、〝玉〟はこの水田の泥。

 半永久的に相手にぶち込める。



「撃てー‼」



 双方の指令は同時。

 相手のおぞましい兵器に冷や汗を流した武装勢力側だが、オーバークォーツの花なら打ち勝てると踏んだ。



 それは無論、第三実行部隊も思った。

 だから次弾を用意していた。



 泥の砲弾はやはり威力負けし、オーバークォーツの火炎弾が突破する。

 それを。



「〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟、発射‼」



 第三実行部隊より後ろ。

 沈没都市の支援員たちによる、後方支援隊。

 加えて七草学園の生徒たちも携わった、飛行機能のない巨大な〝トンボ〟が地面に足をつけて構えていた。

 腹に抱えるものはガトリングではなく、砲台だ。


 回転する暴風が〝トンボ〟の持つ砲から発射されると、それはオーバークォーツの火炎弾を弾き散らした。


 投石器で威力を少し落とされたオーバークォーツの花より強い。これならばここの突破は難しいだろう。


 だが〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟は全部で4基。

 内陸政府からの空襲に対応すべく、地上戦ではこの一機が頼みの綱だ。


 第三実行部隊を支える後方支援隊には、七草学園の年長組の数名がいる。

 通常の〝トンボ〟を使って戦況の把握や偵察を行いながら、〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟の攻撃をより効果的に働くよう務める。


 第三実行部隊と武装勢力の衝突から多少離れているとはいえ、爆風の熱気や煤が飛んで全身が汚れていた。


 少年の一人が「数がやばいって‼オーバークォーツの花を使われると〝トンボ〟も一発で死ぬんだけど!」と叫んだ。

 少女の一人が偵察〝トンボ〟を急速に飛ばしながら周辺を見る。だがそれもオーバークォーツの花の銃弾によって破壊された。カメラ映像に激しい砂嵐が走る。

「こっちのオーバークォーツの花の燃料はアスタロトと戦う部隊に優先的に持っていかれてる。…こっちで上回るには〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟を使うしかない…けど…」


 少女は苦い顔をしながら新しい〝トンボ〟の準備を始める。これだって数に限りがある。

 他の少年が閃いたように手を上げた。

「あ、じゃあさ!アスタロトをここに陽動するってのは⁉」

「それはダメだ!」


 すぐさま少年の提案を拒否したのは支援員だ。この後衛支援隊の隊長でもある、60代くらいの女性だ。

「ここは水田があるから歩兵の進行を何とか遅らせられているんだ。アスタロトなんか来たら通り道を作ることになるし、なによりアスタロトの狙いがどっちに向くか分からない」

「でもこのままじゃ突破されるよ‼」


 少年少女の嘆くような声に隊長はぐっと悔しそうな顔を浮かべた。

 気持ちは分かる。何より隊長本人もその考えは過った。

 けれど早計であることには変わりない。


(この〝エルー・ザ・エフ〟への空襲ならばエンドレスシーのAIは何一つ守ってはくれない。

 だから〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟は絶対、これ以上ここには持ってこられない。空が手薄になればそれこそここは一発で勝敗が決まるから)


 隊長は〝半永久(ピンウィール)暴風砲(タイフーン)〟の指示を出しながら現状の打破を必死に考える。

 少年少女の勇敢な正義が無謀な行動力に変わる前になんとか…そう思った時だ。




 白く、そして獣の光を纏った緑の碧眼が一閃するように見えた。



 後衛支援隊のいる山から一気に駆け下り、跳ぶように第三実行部隊の戦場へ駆けた戦士は、銀の剣を持って武装勢力に襲い掛かった。



 突然の、それも単独の応援に後衛支援隊の隊長や隊員が目を見張った。

 双眼鏡や〝トンボ〟の目を借りて改めて確認するも、それでも驚いた。

「だ、誰か落ちてったんだが⁉」

「味方っぽいけど誰⁉なにあの男の人⁉」


 第三実行部隊も一瞬驚きの動きを見せるが、躊躇いなく武装勢力側を叩きに行く姿を見てその応援を攻撃はしなかった。


 後衛支援隊の後ろから、ぜぇぜぇと子供息遣いが聞こえ、隊長と少年少女は振り返った。


「は、はやい…!足、速いよ‼」

「ぼく、も…だめ…」

「ルカ…!あしは…、とめない…でぇ…」


 外見のよく似た二人の子供は走る速度を徐々に落とし、ぽちゃ、ぽちゃ、と両ひざと手を地面につけた。

 さらに後ろからその二人の保護者らしき女性が追い付き、彼女も息を荒げて膝に手をついていた。


 慌てて少年少女が駆け寄り、子供たちに寄り添う。


「なに⁉迷子⁉」

「さっきの人知り合い⁉」


 サラは汗だくの顔をゆらりと上げ、少年の持つ双眼鏡に目を止めた。

 そしてそれをがっしと掴む。


「これ、ちょっと貸して下さい!」

 そう言って半ば強引に取り、チャッと双眼鏡を目に当てた。


 銀糸のティヤの様子と戦況を観察する。


「…思ってたより敵の数が多い。

 パパなら負けないけど、……これじゃ勝てない。

 手数が足りないんだ。

 パパくらい強い人がもう一人いてくれたら…」



 銀糸を使えばオーバークォーツの花は防げる。銀糸のティヤ自身、器用に攻防を織り込み少しずつ敵の勢力を減らしている。

 しかし味方まで守り切れていない。


 サラは唇をかみしめる。

(これは今だけ防げればいい戦いじゃない。絶対に長丁場になる。

 それなら一人でも多く…ううん。

 一人も死なせないくらい、味方の数は守らないと‼)


 だからあと一人。

 ティヤと同じくらい強い人がいてくれたら。



「そう…、あと、ひとり…」


 サラは地面にキスでもしそうなルカに視線を移した。


 父には自分と同じく、片割れがいたらしい。

 泥蛇との戦いで命を落とすまで、たった一人で怪物と戦っていたという、ソーマの愛娘。


 サラは双眼鏡を少年に返し、ルカの肩を掴んで顔を上げさせた。

 ルカはダラダラと汗やらよだれやらを流しながら悲しそうに声を上げた。


「ひゃぁ…や、やめて、よ、サラ…僕、ちょっと息を整えたい…」

「早く整えて‼ねぇルカ。私たち、〝フルート〟の糸を全部使ってあのパパを作ったでしょ?

 だからあのパパのサイズを調整して、あと一人作ろう!

 戦える身体のサイズを考えると二人が限度だけど、今は多分、人が多い方がいいと思うんだ!」


 サラの言葉に回りの少年少女はなんのことかと首を傾げている。保護者らしきエレナに尋ねても、彼女も困ったようにしどろもどろの返答だ。


 そんな周囲の困惑は置き、だがルカはハッ‼となにかに気づき、次いでみるみる青ざめた。

 もにょもにょとはっきりしない相棒に、サラはイラッと眉を動かす。

 怖い顔になるサラに耐え兼ね、ルカは申し訳なさそうに口を割った。


「ご、ごめんん…多分それ、できないと思う…」

「なんで‼」

「ひっ!ぼ、僕の〝フルート〟、ちょっとだけ糸の数が少ないんだ…」

「え⁉どうして⁉何かに使ってるの?」

「…。に、ニーナに…お花を作ってあげちゃった…」

「んなああああ⁉」



 サラが怒声と悲鳴の混じった声を上げた。

 子供を避難させたい少年少女もルカと一緒にビク‼とサラの声に驚く。サラの剣幕がすごくて声をかけられない。


 彼女はルカの両肩をがっしり掴み、ゆっさゆっさと揺らした。


「ばかばかばか!ならとっとと解いて手元に戻しなさいよ‼」

「わっわっわっ!分かってるよ!今思い出したの!でも離れたところにいたら銀糸が戻ってくるまで時間が……」



 地面が割れるような轟音が響いた。

 依然、第三実行部隊の戦闘が激化している。

 エレナはわちゃわちゃしている子供たちをもっと現場から離そうとした時。


 ルカがどこかを振り返った。



「いる。どうして…」



 ルカの言葉にエレナは動きを止めた。

 サラも同じだ。

 ルカが見ている方向に視線を向ける。


 後衛支援隊に近づくひとりがいた。

 その人物を見て、息が止まった。



 一度見たら忘れない。

 背が高く、青みがかる銀髪と雫のような瞳は印象的で。

 氷細工のように透き通った繊細な美しい顔立ち。


 サラから見れば、大切な片割れやコアを連れ去り、家族同然の仲間を手にかけた憎き敵。

 ルカから見れば…。



 無意識にルカを抱きしめるサラを、さらにエレナが庇うように前へ立ちはだかった。

 三人の反応を見て、周りの少年少女も敵かと警戒を強める。



 糸がキリキリと鳴くような緊張感の中、ルカはその人物の名を零した。


「ニーナ…」




 地面が揺れるほどの戦闘が近くても、彼女は平然としている。

 その瞳は相変わらず、〝人〟なんて映っていない。



「なにをしに来たの」



 ニーナを見入っていると、殺意が込められたエレナの声音にルカはハッとした。

 サラも似たような表情だ。

 …二人と違う心境を抱いてしまうことに罪悪感を抱いていると、ニーナが上着の胸ポケットに手を差しいれた。


 拳銃を取り出すんじゃないかとその場の全員が身を固くした。

 しかし。


 黙って彼女が取り出したものは。

 ルカがニーナにあげた、銀糸の薔薇だった。



「…あ、それ…。僕があげたやつ…」

「あれ⁉なんで敵にあんな手の込んだやつあげてんの!」


 ルカの呟きにサラがすかさず切れた。

 ひい、とサラに怯えながらルカがその薔薇を解こうとした時、ニーナがぽい、とその薔薇をエレナに投げた。


 隙を見せるわけにもいかず、エレナはその薔薇が落ちてもニーナを睨み続けた。


 そんなエレナの眼光を全く気にせず、ニーナはルカに尋ねた。


「記憶は戻ったか」

「…うん」

「そうか。なら、それを渡す相手を間違えることはないな」


 あっさりと背を向けたニーナに、思わずルカは立ち上がった。

 それを制するサラとエレナだったが、ルカがそれ以上動かなかったので少し安堵した表情を浮かべる。


 ニーナはどこかへ歩いていく。

 彼女の指にはキヴォトスがはめられているので戦う気はあるのだろう。

 ここで全くその素振りを見せないということは他の場所で誰かと…。


 なにかあの人に声をかけたい。

 そんな衝動に駆られた。


 遠ざかっていく彼女の背中を見て寂しいと思うのは、偽りの情であってもずっとそばにいてくれたから。

 不安に思った時、ルカの背や手に触れていたのはあの人の手だ。

 それは嘘ではなかった。


(…ニーナ…。僕は…)


 本物の家族がニーナへ抱く憎しみと、自分自身が抱く彼女への情がちぐはぐで、どんな言葉も間違ったものになりそうだ。

 ルカはぽてぽてと歩いて地面に落ちた銀糸の薔薇を拾った。


 母と姉には聞こえないように、小さな小さな声で呟いた。


「…一本の薔薇を渡す相手、間違ったつもりはないんだけどな…」


 整理のつかない感情と一緒に、ルカはその薔薇を胸に抱いた。













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