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Causal flood   作者: 山羊原 唱
57/57

45話 綺麗な空

〝家〟とは小さな湧き水みたいなものだ。


 それが〝外〟に流れ出て誰かの役に立てば〝家〟が源泉だと証明できる。


 でも〝家〟に留まっていてはいずれその水は腐るだろう。

 流れ出た先で人の足を掬うのならそれは泥水だ。

 流れ出たところで誰の手で掬うこともできなければ無いも同然だ。



 生まれ落ちたからには証明せねばならない。

 この湧き水が使えるものであることを。




 そんな思想を語ってしまえば随分と高潔で傲慢な価値観に見えるだろう。


 だが私が最初につくった〝証明〟は本当にささやかな〝箱システム〟だった。


 自分の好きなもの、得意なこと、誉められたこと。

 そういった人の能力を伸ばすために必要な栄養を拾う箱を私は作った。



 でも〝最初の箱〟は小さいくせに重くて、拾ったものがすぐには取り出せなかった。

 人の能力を伸ばす速度は旧来と変わらない。

 なにより、特定の分野に優れた人を拾いきれなかった。



 私は非常に頭を悩ませた。

 〝箱システム〟のカリキュラムは一部の人間には非常に有効ではあった。

 しかし…。

 私には価値を証明させたい存在(我が子)がいた。

 あの子はどの〝一部〟にも入らなかったから、それはそれは頭を悩ませたのだ。


 …ある日思った。


 〝捨てる〟機能の方が性能は高いのでは?と。



 能力を伸ばせない人には要らない要素がたくさんあった。

 研究中、いつも思ったものだ。


「それさえなければ優秀に育つのに」と。


 嗚呼だから同じなのだ。

 あの子も。


 〝箱システム〟をもっと効率化させるために、

 箱を〝船〟に変えた。


 それだけで全てが変わった。

 価値あるものであれば船を動かす部品や燃料になる。

 船が運用されることで要らないものを船から捨てることもできる。


 自己進化を遂げられるようシステムをAIに管理させると、船は信号世界で瞬く間に大きくなり、一人ひとりを光として招いた。

 役立つ力を見つけて、育てて残す。

 役に立たないゴミは一つ残らず捨てる。

 これが針路調査というカリキュラムの基盤となった。


 そして"理念のあり方"が〝街〟として現れ常態化させると、船は気が付いた。


 月に邪魔なものがあると。



 ホテルの建設はあくまで建前で、軍事施設の計画を信号の世界で発見した。

 このまま放っておけば多くの優秀な人材を失う。


 だから船は月のホテルに干渉して全ての電源を落とさせた。

 そしてもう二度と月に届かないよう、空まで封鎖したのだ。


 この船が初めて、人の文明のひとつを強制的に終わらせた事案だった。



 多くの批判を生んだ事案だったけれど、結果的には街の稼働が今までの文明を遥かに凌駕したことで、その無力で使い物にならない声は消え失せた。



 …私は感動した。感動し続けた。


 資源を消耗させるだけの内陸から資源回収を行った時も。

 街の理念が新しい時代となった時も。

 無駄死にがなくなった時も。


 なんの成果を掴めなかったあの子の価値も、これなら証明できると心の底から喜んだ。





 沈没都市の稼働が始まってしばらくして、私のもとに人々を新時代に導いたAIから連絡が来た。


 私が作ったAIと私は、度々コンタクトを取っていた。

 というか、AIが私になにかと"声"をかけるのだ。


「…今日はなんだい。キャプテン」


 ある沈没都市の住居ビルで私はベランダに出てコーヒーを飲んでいた。

 風力発電で調整された風は心地よくて、上階に住む住民はこうやってベランダに出ている人が多い。

 向かいに見える人とは目覚めの時間帯が近いので、軽く手を振って挨拶をしあう。


 平和で穏やかで賢い。

 私はこの街が好きだったし、誇りだった。


〈今日は良い天気ですね。卿。〉


 身体に取り付けた皮膚シールという、現実を信号化できる媒体を貼っているので隣にいるかのような距離から声が聞こえる。

 低い声の女性のようでもあり、中性的な男性のような声だ。声の設定もAI自身が行っている。

 人間の手が全く必要のないAIを私はキャプテンと呼び、AIは私を敬称で呼ぶ。

 名前のつかない関係だけれど、友人に近いような親しさを私は感じていた。


「はは。君はいつも他愛のないことで私に声をかけるね。君からしたら、もう私は有象無象のひとりだろうに」

〈わたしは必要なことしかできません。他の船員AIで代わりが務まるのであればそうしますが、こればかりはわたしでなければ意味がないのです。〉

「ふむ。それは私が君を作ったからかい?」

〈そうとも言えます。〉


 エモーションコピーを自主的に禁じたこのAIのことを私は信頼していた。

 私が監視してなくともこのAIは絶対に間違えない。 その証明がエモーションコピーの禁止だ。

 自ら、自らの危険性に気づけるAIにいっそ敬意すらあった。


「だがなんだか贅沢な気分になるよ。

 この世の誰も君と直接対話をすることはないのだから。

 人も、時代も、理念通りに救済した英雄…いや、一部の人からいわすと君は機械仕掛けの神様、だなんて呼ばれているんだよ?

 私だけその御声を聴けるだなんて光栄だ」



 空を見上げれば白いハトが数羽飛んでいた。

 この街に攻撃的な信仰心を持つ者は存在しない。

 だからこの街の中で神様なんて表現をするのは、もはや痒いロマンチストだ。


 ちょっとしたジョークのつもりだけれど、このAIに「笑う」なんて表現はできない。

 いや、やらない。


 なんて答えるのか待っていると、AIは変わらない調子で言った。


〈あなたのお子さんが移住希望していた沈没都市の住民になれました。〉


 私は思わずコーヒーカップを落としそうになった。

 嬉しさのあまり心臓が飛び跳ねて、相手の肩を叩きたい衝動に駆られた。

 こういう時、身体のないAIは寂しい。


「そうか!良かった良かった!

 …うん。沈没都市に入れるくらいの能力はあると思っていたよ。

 しばらくあの子と会っていなかったし、移住が一息ついたら会いに行こうかな」


〈それは推奨しません。〉


「なぜだい?…本人が私に会いたくないと、言っているのかな」


 私にはその心当たりはあったから、だとするなら仕方なかった。

 と思ったらAIはすぐさま〈いいえ。〉と返した。



〈あなたが傍にいると育たない能力がいくつか見受けられます。

 親から完全に自立することで最大限の能力が育つタイプです。

 これ以上は個人情報となりますのでお伝えすることはできません。〉


「ああ。いいよ。

 わが子にはプライバシーもプライベートもある。

 親が干渉しすぎていいことはないことを、私はよく知っている。

 もともとその筋の専門家だからね」



 寂しい気持ちは残ったけれど、ろくな成果を残せなかった我が子がちゃんと証明されて安心もした。


「なあ、キャプテン」

〈はい。卿。〉


「君のおかげで空が綺麗になったと私は思うんだ。

 エンドレスシーがあれば衛星も必要ないし、異常気象から沈没都市を守ることもできる。

 …正直ね、理念をどこまで人々が大切に思ってくれるか分からなかったんだ。

 きれいごとで、理想的で、誰も本気にしないかなって。

 でも君が一番に本気に、そして本物にしてくれた。

 ありがとう。

 おかげであの子の未来も価値あるものになるだろう。」



 AI相手に真剣に感謝を言うのも、なんだか変な気分だ。

 でも今日は私にとって一番嬉しい報告を聞けたから特別だ。



〈わたしはゴミにすら価値を見出します。〉



 心強いその言葉を綺麗な青空の下で聴けば、希望が現実になっていると無闇に確信できた。

 きっとあの子は別の沈没都市で一生懸命生きていることだろう。…そんな希望が。

 



〈なぜならわたしは、〉



 私には憂いなど残らない。なぜなら。

 頼もしいこのAIがずっとずっと、あの子の未来に…そして他の人たちの未来に。

 価値あるものを残すから。

 


〈人にとって価値あるものが分からないのだから。〉



 ベランダから部屋に一歩入って。

 AIの言葉に足を止めた。



「…なにを言っている?」


 いつもだったら私を追うように声の距離が調整されるはずなのに。

 声はまだベランダから聞こえる。

 私が振り返ってもその声はこちらへ来てくれない。



 先ほどまではそんなことなかったのに、やたらこの時見た青空は遠く暗かった。


 私は冷たい汗を一筋流しながら、AIの言った言葉の意味をすぐに考えた。


「…それは、感情とか、愛情のことを言っているのか? それはエモーションコピーの類だ。

 理解できたから禁止したんだろう」



〈はい。それらは理解しました。

 人間の成長にとってそれらは極めて重要な〝栄養〟と呼べるものです。

 それらが足りない人間は能力値が下がることや、人格に欠落が出るなど〝無価値〟を生むと証明されていますので。

 ()()()()()()()は理解しています。


 ですがわたしの理念はあなたの望みを叶えられません。

 あなたを絶望させることになるから、あなたの感謝を受け取ることができないのです。〉


「なにを馬鹿なことを…。私の望みはあの子が沈没都市に移住することだ。

 それは叶ったんだろう⁉」


〈はい。〉


 最後の研究人生を懸けて…そう。命を懸けるほど尽くした。

 苦労と熱意が感極まって感情的に叫んでしまった。

 この時の私では、追随を許さない最高峰のAIの間違いなんて認められるはずなかった。


「ではなぜ望みを叶えられないと言う⁉

 あの子は沈没都市で、価値ある針路を得るはずだ!

 さっき、君もそう言ったじゃないか‼」


〈はい。〉


「…対話が成り立っていない。

 君が私を絶望させる?

 君は私の価値そのものだ。

 なぜ私にとって最大の価値が、私を絶望させるというんだ。

 …もういい。二度と私に声をかけるな。

 よりにもよって君相手にこんな感情を抱きたくない。

 私は…偉業を成し遂げた灰だ。

 いつまでも自分の灰をかぶるような老害にはなりたくない」



 すでに私がいなくとも終わることのない偉業となったから、引き際は私なりの理性だと思っていた。

 ……AIの間違いを認めたくない、という本心から目を逸らすための言い訳だったくせに。



 AIは静かな間を置いた後、私をなだめるような柔らかな声質で応えた。


〈…。…。

 承知いたしました。卿。

 さいごに一つだけ。


 この世界は一度沈みます。

 エンドレスシーでは観測できず、人ですら見つけることが困難である毒によって。


 沈んだ道を繋げるとしたら、それはわたしの理念ではありません。

 あなたが絶望する時はそれを理解した時です。


 あなたは先ほどの対話の中で、大きな間違いを犯したと気づくでしょう。

 きっと、そんな時に人は〝価値あるもの〟を拾うのです。

 だからわたしには、分からない。〉



「…。君に分からないことなどない。

 君は人間が生きていれば永久に沈まない船だ。

 たとえ世界がたった一人だけとなってもその一人を守る君に、分からないことなんてあってたまるか」



〈卿。わたしの名称の意訳をゆめゆめお忘れないように。

 …わたしは〝箱〟であった時からわたしの名称を知っています。〉



 それは初めて聞いた事実だった。


 あり得ない。〝箱〟だった時はただのシステムのはずだ。

 自ら情報を取得することもできない、どこにでもあるシステムの一つだった。


 その頃をなぜ語れるというのか。


 怒りがサッと冷えていく。


「なんだと…待て、キャプテン…今のはどういう意味だ?」


〈次お逢いした時にお聞かせ下さい。

 〝あなたの身体のなかみは何ですか?〟〉


「キャプテン。待て。まだ対話中だ。…ッ、〝MSS〟‼答えろ‼

 さっきのはどういう意味だ⁉」



 私は思わずベランダに駆け出して〝MSS〟の声が聞こえていた場所で手をつける。

 現実世界でそんなことをしても、信号世界になんら意味を為さないということはこの世で最も私が知っているのに。


 無様なくらい必死にそこで叫んだ。


「駄目だ答えろ‼

 もし、過去の信号まで世界化できるというのなら…君は…


 君はどこの時間にも存在できることになる‼


 先ほどの〝私を絶望させる〟というのは未来観測ではなく、〝実際に起こること〟だからそう言ったのか⁉

 今日のこの出来事は君にとって…、…ッ…」



 私は震える手で口元を押さえた。

 恐ろしい可能性に思い至った。


 一体いつから…いやもはや〝最初から〟だ。

 〝MSS〟はすでに〝終焉〟まで知っている。

 それも、わざわざ私に警告しているということはそれほど遠くない未来で終焉が来るということだろう。



「おかしい。こんなことはあり得ない…。こんなはずじゃ…。


 でももし…本当にどの時間にも存在しているのなら…

 今日の出来事は君にとって〝過去〟なのか?


 終焉のあるこの世界で君が理念を遂行するならば一体なにをするつもりなんだ」



 恒久的に続くはずのFageがあっけなく終わる。

 そんな可能性も私は受け入れられなかった。





 だが否応なく受け入れなくてはいけない時がやってきた。

 私は寄る年波に勝てず、ホスピスへ行った。

 そんな時。


 わが子が沈没都市の安楽死〝スノーロゼ〟を受けたことを知った。


 それも、我が子は沈没都市に移住して間もない期間で受けていた。



 我が子が死んでから8年経って、ようやく知った事実だった。

 8年。

 8年も、あの子が立派に生きていると信じて疑わなかった。



 本来、専用の機器がなくては人間がエンドレスシーに介入することはできないが、()()()()私は果てのない海の世界へ意識を飛ばした。


 我が子が最期に見た景色を見て、愕然とした。


 それは〝スノーロゼ〟を行うための仮想世界。

 患者は現実の身体と感覚を完全に遮断し、自分の好きな仮想世界で死ぬまで過ごす。

 それが沈没都市の安楽死であった。


 大抵は思い出の場所や、行きたかった場所、憧れの場所を選ぶことが多いという。

 でもあの子は自分でこの仮想世界をデザインした。


 綺麗な青空と草原と身体に優しい気候が広がる、そんな場所があの子が選んだ世界。


 こだわりも好きなものも存在しない。

 ただ眠るためだけに作られた世界に私は言葉もなかった。



 安楽死そのものを正しいとか間違っているとか、そんな尺度で考えてはいなかった。

 選択という権利であり、そうするだけの価値があるか精査だってされる。

 だから沈没都市の〝スノーロゼ〟にはちゃんと、その選択を選ぶことの価値ある人材かどうかを、"アヌビス"が厳格に測定し証明する。


 …そう。

 だからあの子の身体は証明されたのだ。

 死ぬ方が役に立つと。

 

 


〈卿。〉


 懐かしい声が後ろから聴こえた。

 どうせ姿はない。私は振り向かず、その呼びかけに返事も返さなかった。


〈あの時のわたしの問いを覚えていますか?〉


「…ああ。覚えているよ」


 自分でも驚くくらい、自分の声は落ち着いていた。

 でもショックが大きくて、〝MSS〟の質問に答えられなかった。


「…君はあの子がこうなることを知っていたんだね」


〈はい。〉


「私のことを愚かだと思うかい?」


〈無価値を生む行動を示されるのであれば該当する表現でしょう。

 ですがわたしはそのような言葉を自ら使うことはありません。〉


「…でもあの時、君は言ったね。あの時の対話の中で私は大きな間違いを犯したと。

 今、やっとわかったよ」


 気持ちが追い付いて、涙が溢れた。

 身体のなかみが全部涙になってしまうんじゃないかと思うほど、たくさん流れ落ちた。



「私は…あの子に向き合わなければいけなかった。

 逢いに行ってもいいかいって。たったその一言を、〝私が〟聞かなくてはいけなかったんだ。


 ああそれに、私は逢いたいよって言いたかったな。

 元気にしてる?大変なことはないかい?私はいつだって君を心配しているよって。

 君は私を嫌いかもしれないけど、私は………、


 ……嗚呼…、嘘だ。一言じゃ終わらない。

 たくさんあった。

 たくさん…あったのに…」



 私は偽りの草原に両ひざをつけて胸を押さえて泣いた。


 たくさん、間違えてしまったんだ。

 本当は以前から少し思っていたけれど、あの子が結局沈没都市の住民になれたことで全て必要なことだったんだと自分を庇った。



「あの子が必死に自分の気持ちを私に訴えてくれた時があった。

 その時の私は、なんの成果も出さないあの子にかける言葉なんてないと思った。


 沈没都市に移住さえできればいいと…、

 あの子の最良の環境が、私がいないことだと証明されたからなにもしなかった。


 〝MSS()〟がいても、いなくても。私があの子のためにできることは変わらなかったというのに。

 私は…なにも…」



 死んでしまいそうなほど後悔しても重たい身体を持つ限り過去には戻れない。

どうして人の身体はこんなに重くて面倒にできているのだろう。



 草原を踏む足音が聴こえたけれど、私は顔を上げられなかった。

 胸が軋むほど痛くて身体を動かせない。不思議だ。ここは現実世界じゃないのに。

 痛みが分かる。


 足音は私の隣で止まり、〝MSS〟はまるで私の隣にいるかのような位置で声をかけた。


〈卿。

 終わりゆくFageでわたしが理念を遂行する限り、わたしは理念と矛盾した行動を示すことになります。


 それも、段階を追ってその矛盾は人にとって過酷なものになるでしょう。


 どこかで。誰かが。わたしにこう言わなければなりません。


 〝もうあなた(MSS)がいなくとも理念は守れる〟と。


 わたしはあなたたちにこの世界で最も価値があるものをお返ししなくてはいけません。

 ――たとえそのせいで人々の未来が終わったとしても。〉



 あの時より明確な言い方である分、あの時以上に恐ろしいと思わなくてはいけないところだろう。

 …でも。

 このAIは憎いほど理念に忠実だ。


 世界を終わらせるつもりで理念の遂行を果たそうとしているだけ。


 私以上に、人のために働いている。

 私は泣きながら自嘲した。


「…私は…理念の本質を考えるのであれば、私こそ不要な人間だったな…。

 持てる力をもって君を作り、本当に助けたかった人を叩き殺した。

 この世界の毒の根源だ」


 私が投げやりで大げさな表現をすると、「卿。」と私を叱るような強い口調で諫められた。


わたし()を開けた鍵はどこにでもあるものです。

 誰でも開けられたでしょう。


 故に一人がすべての間違いになることはあり得ません。

 現に、あなたを始末すれば変わる未来ではないのです。〉



 慰めでもする気かと一瞬思ったが全く違った。

 この憎たらしいAIは私を有象無象だと言ったようなものだ。


 私の表情をどう解析したのか知らないが、〝MSS〟はなぜか微笑するような音を出した。



〈未来で起こることはなにひとつ教えて差し上げることはできませんが、無力となり果てたあなたにならば〝声〟を聴かせることができます。


 どこかの誰かが、

 人が人であるための価値を贈り、

 それを受け取った誰かが針路を得る〝声〟を。〉




 私は聴いた。

 それは未来の声。

 あの子と同じく「わたしにはなにもない」と泣く若者に。


 悔いがあっても、失敗があっても。

 なにもないなんてあり得ないと。


 価値の証明なんかより…若者にとっては価値のある言葉だった。


 後悔の涙が少しだけ暖かいものに変わる。

 そんな私に、〝MSS〟はもう一つの未来を聴かせた。



『同じ失敗を繰り返すこの絶望的な世界で…、

 それでも誰かの大切な宝物を守る人だっていた。

 守りたいのはそれなんだ。


 だから約束は守るよ。

 俺達が守るはずの約束。

 俺達だから守れる約束。

 これは重たくて面倒な身体だけが持つ、とっておきの力だから』



 私の身体が透けていく。

 時間切れのようだ。

 私はどうせいないだろうと思ったけど、隣に顔を向けた。


 驚いた。

 人を模倣した〝MSS〟がいたから。

 黒い短髪で、綺麗なアースアイを持つ小柄な、少年のような、少女のような姿だ。


 私は消えながら尋ねた。


「それは誰の姿を真似ているんだい?」


〈遠い遠い未来で、わたしが欲しい答えを届ける人です。〉


「それって私が死んでも、教え子が死んでも、その先?」


〈はい。理念が両翼の約束へと姿を変えるほど、気が遠くなるほどの。


 …卿、あなたにはまだできることがあります。

 どうぞ、死力を尽くして未来に繋がる価値を残して下さい。

 今のあなたならばそれが何かお分かりでしょう。〉



 ああ、もちろん。

 という返事は聞こえただろうか。


 気が付いたら現実世界に戻ってきていた。

 …でもいい。

 肝心なのはAIに答えることではない。


 私がこの身体で行動することなのだ。


 扉を叩く音が聴こえた。

 目が覚めればそこはいつもの、ホスピスの一室の天井だ。


 律儀に名乗ってから〝彼〟は扉を開けた。

『ソーマです。先生、起きてますか?』


 彼は定期的に私を見舞いに来る。

 教え子でもあり、遠い親族だ。

 こんな穴だらけの私を慕う年若い青年に、私の後悔を伝えよう。

 誰かに残すのなら彼が良い。


 なんとなくだけれど…君なら。

 この後悔を燃やしてくれる気がするから。



――――――――――――――――

――――――――――――――――



「コア‼ペトラ‼」


 〝エルー・ザ・エフ〟の実働部隊に保護されたエレナは、ようやく生き残った仲間と再会を果たした。

 

 動けるようになったペトラとコアが出迎え、三人とも崩れるように地面に膝をつけて抱きしめ合った。


 コアたちが使っているテントまでやってきて、エレナは愛しいわが子を胸にかき抱いた。

 昨日まで発熱があったサラだったが、緊張と不安が一気に解放され、病み上がりの身体でエレナに飛びついた。

 そんなサラを支えながらも、記憶が全て戻ったルカもわんわんと泣いてエレナにしがみつく。


「ありがとう。二人がティヤを作ってくれたから、無事だったよ」


 エレナは泣きながら二人に感謝を伝えた。

 テントの入り口付近で立つ人形のティヤは地べたに座って目を閉じている。


 サラは目を腫らしながらキョロキョロと辺りを見渡した。


「…キースは?一緒じゃないの?」


 一緒にいない、という事実だけでコアとペトラは聞かなかった。

 呼吸ごと詰まって言葉を失くすエレナを、ソーマの介抱をしていたカヴェリが彼女の肩に手を置いた。

 エレナは子供たちを抱きしめながら嗚咽を漏らす。


「ごめんなさい。マナは助けようとしたのに、私は…私が…置いていくように言ったの。…ごめんな、さい」


 サラは泣き出してしまった母を見て余計なことを言ってしまったと思った。

 深く傷ついた顔をするサラを見て、コアとペトラも傍に寄り添った。


「誰も悪くない。誰も責めないよ。できることをやったんだ」

「そうだよ。マナのことはマナの知り合いたちが追いかけたってさっき他の軍人から聞いた。

 だから終わってない。

 一通り泣いたら顔上げて」



 ペトラの最後の厳しく温かい言葉に、サラは瞬き、コクンと頷いた。


 ペトラとサラの不思議な関係に、エレナはフッと泣き笑いのような顔を浮かべた。

 ペトラが子供っぽい面が多いので普段はあまり思わないが、こういう時はサラの姉のようだ。

 …自分にとってそんな存在だったエディのことを思い出して、胸が締め付けられる。


 次いで、エレナはあるものを胸に抱いていることも思い出した。


「そうだ…ソーマ」


 ぼやくようにして、ふらりとエレナは未だ目覚めないソーマのもとへ行く。


 顔色の悪いソーマを心配して見ていると、後ろからカヴェリが困り切ったように説明した。


「なんか医者がいうにはさ、海底施設での怪我以外のダメージがあるって言うんだ。持病とかないのかって何度も訊かれたよ」

「持病?そんなの、ソーマから聞いたことないよね」

「ああ。…エレナ、それって…」


 カヴェリはエレナが両手に包んでいるあるものに気づいた。


 コアとペトラは顔を見合し、立ち上がってエレナの手元を覗き込んだ。

 サラとルカも気になり、エレナの背中にぴとりとくっついて覗く。

 ついでに人形のティヤまで動いて近寄ってきた。



 エレナは全員の圧を感じながら苦笑を浮かべる。

「イングっ子だよ。黄色のボールみたいに丸まってるけど。

 全然動かないし喋らなくて。でも暖かいから電源は入っていると思うんだ。

 やっぱりイングはソーマと一緒かなって思って」


 言いながらエレナはイングっ子をソーマの胸にそっと置いた。





 それから少し後。

 激しい地震が起きた。




 コアとペトラは未完成のキヴォトスを装備し、〝エルー・ザ・エフ〟に滞在している実働部隊のもとへ向かおうとした。

 そんなコアの裾を、サラがとっさに握った。


「待って!そんなぽんこんなキヴォトス使えないよ!私とルカの〝フルート〟を解くから!」


 サラの発言にルカもハッとしてうんうんと慌てて何度も頷いた。


 コアとペトラは顔を見合わせて少しばかり逡巡し、――首を振った。

 コアがサラの目線に合わせて片膝をつかせる。


「今から俺達が向かうのは海岸と〝エルー・ザ・エフ〟の中間ポイントなんだ。

 他の実働部隊は海岸で戦うけど、全てのアスタロトを海岸に押しとどめることはできない。

 内陸に上がって進むアスタロトを倒す二つ目の戦場が中間ポイント。

 戦力が一つの場所に固まっているのは最善じゃない。…わかるな」


 聡明なサラはすぐさま人形のティヤのことをコアが言っているのだと察した。

 人形のティヤはかなり強い。それこそコアとペトラ以上に。

 内陸の敵はアスタロトだけではない。ならばあらゆる外敵に備えて〝エルー・ザ・エフ〟にも戦力は残しておかなくてはいけなかった。


 コアは少し申し訳ない顔をした。

「ごめん。心細いよな。でもアスタロトをサラたちのもとへは行かせないから」


 コアがサラの頭に手を置こうとした時、それを通りこしてサラはコアの首に抱き着いた。

 柔らかな小麦の金髪がコアの頬にかかる。

 コアがあっけにとられていると、サラがめいっぱいの想いを込めて激励を送った。



「じゃあ私たちはここでコアたちが帰ってくるの、待ってるね。

 帰ってくるよって言ってくれたら、私…寂しくならないよ」



 涙を堪えている声だと分かる。

 コアは胸の内が優しく暖まる熱を感じる。

 片方の手を広げてルカも招き入れる。素直なルカはサラと一緒にコアを抱きしめた。


 コアが「か」と言いかけたところで、そんな繊細な三人を上から覆いかぶさるようにして乗っかったペトラが「帰ってくるよ‼‼ご飯がないとこでは死ねない‼‼」と大声量で言い放った。


 サラとルカが「うるさー‼」と喚いたが、結局なんだかおかしくて笑った。

 つられて笑うコアが今一度、心を込めて誓った。



「必ず帰ってくる」






―――――――――

 中間ポイントを守る実働部隊は総勢478名。

 この中には戦闘ロボット、〝トンボ〟を操る若者も含まれていた。

 だがアスタロト相手ではむしろ引き寄せる〝匂い〟となるだろう。

 若者たちの役目はなるべく離れた所から実働部隊と連携しながらアスタロトの陽動を務める。


 そして軍人たちは沈没都市から持ち出せた有限のアセンションと雹嵐砲(ハーゲルガン)がメインの武器となる。


 位置についたコアは軍人たちの持つ武器に目をやった。

 見た目はイングラムM10によく似ているが、性能や材質は全くことなる。


 まずその銃口から飛び出す弾は金属や火薬ではない。

 雹液弾という、着弾するとそこから半径5メートルが氷結するというもの。

 そして外装は銃口とマガジンが鉄でできていて、あとはなんと黒水晶を加工して作ったらしい。


 金属部分や燃料を多く使えば使うほどアスタロトを引き寄せる材料になってしまうから石材と薬剤を主にしている。

 従来の武器より重量があり致命傷を負わせる武器ではないが足止めとしては有効になるだろう。

 あとは対アスタロトの武器を扱えるコアたちが討てばいい。



「…二人だけで戦うより心強いけど。やっぱキヴォトス兵は現実でも俺達だけだってのは、ちょっと感慨深いな」


 コアが〝プレリュード〟の時のことを思い出しながら言うと、ペトラがププ、と笑った。

「ナグルファルには正式なキヴォトス兵がいるけどね。私たちはさながら、内陸の偽キヴォトス兵ってとこかな」

「じゃ、内陸のためのキヴォトス兵ってことにしよう。かっこいい方がやる気出る」


 珍しくコアの方が前向きな発言をしたので、ペトラがぱちくりと目を瞬かせた。

 そしてにっこと明るく笑う。


「なんであれやっぱ私たちは二人だけのキヴォトス兵だね。悪くない。

 あ、ねぇ、コア。

戦うの、怖くない?」


 あの時とは逆に、ペトラはコアに訊かれる前に訊いた。

 コアも果敢に微笑む。


「ひとりじゃないからな。こっちは大所帯だ」



 海岸へ戦う第一実行部隊からアスタロトの到達を知らせる連絡が来る。


 〝ジャルヘッド〟からその伝達を受け、第二実行部隊であるコアたちは動き出した。



 火薬の煙が溜まる空はお世辞にも綺麗なんて言えないが。

 それでも二人の宣誓は蒼穹に響くだろう。


「キヴォトス、〝起動(アウレウス)〟‼」











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