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Causal flood   作者: 山羊原 唱
54/56

42話 わたしにはなにもない


 潜水艇から離れて一時間ほどか。

 マナは左手に見える海岸を森林越しに見ながら、ひたすら歩いていた。


 疲れなんて感じてないが身体は限界だった。

 足が木の根に引っかかり、ずる‼と激しく転んだ。


 なんとか腕を使って受け身を取ったが、マナはそのまま、しゃがみこんだ。


 目頭が痛いくらい熱くなり、視界が急激に滲んでいく。

 胸の奥が息苦しくなって息を吐きだすと、一緒に涙がパタパタと落ちた。


 歯を食いしばっても落涙は止まらない。

 叫びたいくらいの気持ちなのに、あんまりにも胸が痛くて声も出なかった。



(たくさん、もらったのに)



 嘘つきのマナに優しい手を差し伸ばしたサクタ。

 助ける価値なんて分からなくても関係ないと言ったヒヨリ。

 なぜサクタを助けたのか自分の意志と向き合え、そう厳しく伝えたカマ。

 海底施設で離れ離れになる時、ペトラが自分に向けた言葉。



 なにより、ずっと前から自分のことを気にかけてくれていたキース。




 大切なものをもらったのだと理解できるのに。

 マナだって思った。彼らのためにできることをしたいと。


 サクタを失ってもそこで終わらなかったのは、彼が与えてくれたものが残り、それを笛持ちの彼らが向き合わせたからだ。

 キースの言った「生き直し」とはそういうものを指すのだと、それだって今なら理解できる。


(なのに…なんで。

 一体私は何度失敗したら守れるっていうの?

 どれだけ失えば私は、失わない私になれるの?)



 この苦しみをマナは知っている。

 〝プレリュード〟で捨てた記憶の中にあった感覚だ。


 自分の過去を思い出したわけではないけれど、この感覚は過去にもあったのだと分かる。

 無価値で一番役に立たない弱さが……帰ってきてしまった。



(なにも応えられない。なにも答えがない。なにも、かえせなかった)



 マナは地面に落ちていた視線を上げて、空を覆い隠す木々を見つめた。



「わたしにはなにもない…

 なにも…なにもないのに…、


 なにもない私が生き残った。


 進む先のあるあの子を死なせて。

 こんな私のために彼を死なせて。

 守りたいものがある人たちを死なせた。


 ()()の計画を止める理由だって私にはないのに。

 私じゃない誰かなら。

 ここにいる理由が。価値が。あるはずなのに。


 私が…どうして…ここにいるの。



 --――……なにも――ッ、ないくせに‼」





 一つ、一つ。

 言葉にしていくと体の中が絞られるようだった。

 痛い分、絞られた勢いが叫びとなって飛び出した。



 今まで姿かたちもなかった、

 怒りと、悲しみと、後悔と、罪悪感と、自責の念と…

 

 こんなにあったのかと思うほど、それらは重くて冷たい泥のようだった。



 マナはその重さに耐えきれないようにまた俯き、声を上げて泣いた。

 失ったものを何度も何度も思い返して。

 永遠と湧く泥を吐くように。

 しばらく、泣き続けた。






 〝ラダル〟がなにかに反応した。



「……あれ…あ、あ‼あの時の!-――先生‼来て‼」



 少年の声だ。

 それも聞き覚えがある。



 どうしてかその声を聴いた時、サクタを思い出した。



 マナは涙で赤くさせた顔を、少年の声がする方向に向ける。



 斜面の上。

 数メートル先でその少年はいた。


 すらりと背が高い、…そう。サクタと同年代の少年。


 日色だ。



 なにをそんなに必死でいたのか。

 彼は汗だくで息を乱し、なにかを死に物狂いで探していたような顔をしている。


 それは…

 日色の後ろから斜面を降りてきた女性も同じだった。



「--――マナ‼」



 以前は〝ちゃん〟付けだった。

 余裕がないせいか、結構強めに呼び捨てにされる。


 少しきつい印象はあるけれど笑うと母性的で、サクタが随分慕っていた…流未だ。



 滑りそうになる彼女を不慣れな様子で支えるもう一人の男性もいる。

 彼の顔も、マナは知っている。

 沈没都市が配給したあの時の武装ではないが、ベネリM3を持つ乾亮だ。




 流未は日色と乾を置いて斜面を滑り落ちて行った。

 もとより運動神経の良い彼女だ。滑り落ちているが安定感のある体幹で見事に滑りきり、最速でマナのもとへ辿り着いた。


 流未はその勢いのまま―――…マナを抱きしめた。



「生きてる…生きてた…!良かった…マナ…

 なんで、なんで潜水艇にいないの。探したんだから。

 あなたの歩いた跡が…、

 足跡が残っていて…本当に、良かった」




 振り払う力なんて…マナにはなかった。

 ただ血の通った暖かさは限界だった疲労と体力にとどめを刺して。



 そこで、彼女はゆっくりと気絶した。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 〝なにもしない人〟が一番無害だった。



 あたしの家族は内陸の中流層によくある家庭だったと思う。


 内陸暮らしにしては稼ぎの良い父。

 だから家族は彼の使用人だった。


 外面の良い母。

 もともと人当たりが良く優しい人だった気がするが、父に逆らえば子供たちに罰を与えた。


 穏やかな兄。

 優しい人だけれど、その優しさはいつも裏目に出ていた。


 堅実な祖父。

 一緒に住んでいたわけではないが、母の父であるその人は「父のことはちゃんと尊敬しなさい」とあたしたち兄妹を諭した。




 幸せそうだね。


 そんなことを13歳くらいの時、同級生に言われたことがある。

 今でも忘れないということはよっぽどあたしにとって納得のいかない台詞だったのだろう。



 そんな言葉を吐かれた次の日だ。


 兄が自室で首を吊って死んだ。



 年齢もあって彼の部屋に入ったことはほとんどない。

 だからその死体を見つけた時、初めて彼の部屋をじっくり見た。


 壁一面に、父に言われた暴言を書き残していた。



 生きる価値のない能無し。

 男として恥ずかしいほど弱い。

 自分が馬鹿であることを忘れるな。

 このまま変われないなら早く死ね。

 周りにどれだけ迷惑をかけて生きているのか。

 負け犬の顔。

 社会のごみになる前に自分を片付けろ。



 読める範囲はこれくらいか。

 よく見れば文字の大きさはアンバランスで真っすぐに書けていないし、重ねて書くからろくに読めない。

 

 母と祖父は泣いていた。

 普通の人みたいに兄の喪失を嘆いて泣いている。


 父は「自殺なんて恩知らず。養育費の一円も返さずに死にやがった」と怒っていた。

 父の命令で家はすぐにリフォームされて兄の痕跡は消えた。



 でもあたしは彼があの日遺した手紙を持っていた。



〝役に立てるような人間じゃなくてごめんなさい。

 社会のごみになる前に消えます。

 育ててくれてありがとうございました。〟



 それこそ、こんな手紙はごみだと思ったから捨てようと思った。

 彼の本音のひとつも書いていないから。


 ただ、兄が死んだ後で両親たちがどう動くのか、確かめてから捨てようと思っていた。

 だが彼らは兄の痕跡を一切合切残さない、という選択をした。

 思いもかけずこの紙切れが兄の唯一の痕跡となってしまったので、機会が来た時に使うことにした。



 結局、兄が死んでも誰も変わらなかった。

 そして次に祖父が病に臥せった。


 日に日に弱り、祖父に残される時間が目に見えてきた。

 話せる間に、祖父は母にあるお願いをした。


「あの人を私の元に連れてこないでくれ」


 あの人、とは父のことだ。

 祖父は父と話すことを嫌がった。


 母は快諾して、父にうまい言い訳をして祖父への見舞いを断った。

 そうして、祖父もこの世から去った。



 …ああ。

 ずるいなぁ。



 自分は一緒に住んでいないから自分の価値観を好きに主張できたことだろう。

 どんな考えがあって「父のことはちゃんと尊敬しなさい」と言えたのか知らないが、自分が死にかけてようやく祖父は父の面倒くささを思い知った。

 と思ったらあっさり音を上げて逃げた。



 ただでさえ、身内にはそうやって余計なことを言う奴ばかりだったのに。

 周囲の人間はもっと余計だった。


 ウチの旦那も似たようなものだから。

 息子さんは家を出られれば大丈夫。

 頑張って耐えていればいつか報われるから。

 親の悪口は言ってはだめ。

 あんなに稼ぎの良い人と別れたら生きていけないよ。

 子供は親が二人そろってないと不安定になる。


 …あとはなんだったか。

 言われすぎて覚えていないけれど、

 ありきたりで軽い言葉を吐かれて、母が。兄が。

 父という檻の中でどうやって生き抜くか、それ以外考えられなくなっていった。

 誰も彼のいる檻に入ろうとはしないくせに、口先だけは随分と軽率だった。



 まぁそれも内陸なら仕方ないことか。

 父に殺されそうになったことはないから。

 癇癪を起したって殴るのは家であって家族ではなかった。

 数時間くらい怒鳴られることもあるが、いつもではない。


 死なない程度の地獄は内陸ではよくある。

 だから余計だとしても他人の言い分も決して間違いなどではないのだろう。



 あたしだって兄を助けなかった。

 父に怯えるだけ無駄だと説得しても、兄からは「怖いんだ」としか返ってこない。

 もはや、あたしの言葉も兄にとってはナイフになってしまっていた。


 死んで逃げる道を選んでも、兄が遺したものは父に怯えていた。

 そんな弱い人、どうやって檻から出せるというのだろうか。



 兄が自殺して、祖父が病死して。

 そして父はあたしに言った。


「----――――――。--―、-----‐―」



 この時の台詞を聞いて心底思ったものだ。

 随分と無駄な時間を今まで過ごしたなって。



 誰だったかな。

 母や兄にこの男がいなければ生きていけないなどと吐いた人間は。

 ひとりではなかった。ゆく先々で出会う人間の中には必ずいた。

 檻の中で死んだ兄を、檻の外から見てポロポロと涙は流すそんな人たち。


 もっと早く気づくべきだった。

 彼らはただ、自分たちの優しさや親切心、苦難……まとめれば「自分の存在価値」とでもいうのかな。それを安全な場所からパフォーマンスしたいだけだったのだと。


 ああそういうところは沈没都市だろうが内陸だろうが、案外人って変わらないのか。



 ほんと、もっと早く気づいていれば。

 なにを先に捨てるべきか見誤ることはなかった。




 家にあったフォークで警戒心のない父の片目を突き刺した。

 体格の良い男が相手だ。不意打ちの後、素手で対抗するのは不利だからあらかじめ熱湯を入れておいた水筒を彼の胸にかけた。


 言葉にならない叫び声を上げて、彼はのたうちまわった。

 テーブルや椅子、本が並んだ棚を蹴散らして激しく散らかる。


 あたしや兄の荷物が置いてあれば外に捨てるくらい怒るのに、自分が散らかすのは別に構わないらしい。

 あー本当に手前勝手な男だなぁ。


 突然始まった父への暴行に母は驚いて腰を抜かしている。

 邪魔をしないなら放っておこう。


 父が大好きなワインボトルを持ちだして、ガムテープで自分の手としっかり固定する。

 そして何度も彼の腰骨を殴りつけた。もっと手が壊れるまで殴り続けるかと覚悟していたけれど、思ったよりすぐワインボトルが骨にめり込んで割れた。



 腰骨を砕くと暴れずに泣き始めた。だが元気な男だ。

 この俺になんてことするんだ、みたいな。片目がなくとも彼の形相は健在だ。

 …兄はこの顔が、声が、怖くて怖くて耐えられなかった。



 あたしはいっそ元気な方が好ましい。



 歯で噛んでガムテープを外し、割れたワインボトルをシンクに捨てる。

 もう一度お湯を沸かした。ついでにハンマーを工具箱から取り出す。


 その間、彼は声を裏返らせて「警察を呼べ‼はやく助けろのろま‼なんで何もしないんだ馬鹿女が‼」と誰かに叫んでいた。

 母か?生憎呼吸もままならないくらい震えている。そんな人に罵詈雑言を吐きつけて…まったく。

 どうしてそんなやり方で上手くいくと思うのだろう。

 学歴だけなら沈没都市に行けるとか言っていたくせに馬鹿なのか?


 腰骨を砕いたから彼は立つことも這うこともできない。

 彼を蹴飛ばして仰向けにさせた。

 彼の頭をクッションで挟み、あたしの両腿を使って固定する。

 彼が手であたしの足を引っ搔いたので、ハンマーで彼の手を床に叩きつぶす。


 ハンマーを口に入れようとしたら必死にその口を閉じた。


 驚いた。普段は人を死に追いやるほどうるさく開く口のくせに、こんなに固く閉ざせるのか。

 中々口に入らないので閉じた口ごとハンマーで歯や顎を砕いた。


 だらんと唇が緩んだ。壊された歯並びが丸見えになる。

 ハンマーを口にねじ込み開けさせて、彼の喉奥にポットの口を差し込んだ。



 彼は口に熱湯を流し込まれながら死んだ。



 滅茶苦茶に散らかったリビングを見渡すと、母が床を這って電話のある通路に行こうとしていた。

 あたしはそんな母を追い越して、彼女の目の前で床に膝をつけた。


 母はたくさん涙を流している。

 あたしが怖いのだろか。特に母を殺す理由はないが一つ、確認したいことがあった。



 震える母にあたしは兄の手紙を差し出した。

 兄が自殺した時にあった手紙だと言うと、母は手紙を受け取った。

 兄の字だと分かり、母は震えながらも懸命に読んだ。



 母はさらに泣いて、こう言った。

「---―――――――…」




 思わず嘲笑ってしまった。

 母が驚いて顔を上げる。あたしは母から手紙を取って破いた。

 あっという間にゴミになる。


 価値のない手紙になにを言っているだろう。この人は。


 兄が言いたかった言葉など簡単で、誰もが一度は口にしたことがあるものなのに。

 それでも母の口から落ちた台詞はなんとまぁ、相変わらず兄を追い詰める。


 手紙の破片が床に落ちると、母は私に怒鳴った。

 大切なものを壊されて怒った人みたいだ。


 誰が兄を死に追いやったと思っているのだろうか。


 全員だ。

 父だけではない。

 あたしも含めて。あなたも。

 無責任に口をはさんだ他人も。



 なにもしなかった人だけが、あの人(優しい人間)を傷つけなかったんだ。




 うん。考え直した。

 特に殺す理由はなかったけれど、彼女は一度、父のいない…いや。

 祖父も、誰もいない場所で兄と話し合うべきだ。


 兄は父からいじめられる母を守るたび、母から「もっと頼れる人になって」と嘆かれていた。

 そんな言葉が返ってくる相手であっても、母であるこの人を兄は守ろうとする。


 彼の本音はどこにあったのか。

 彼の口から、彼女は聞かなくてはいけない。



 あたしが兄へできる精一杯の弔いを、母の頭に振り下ろした。




 父がお気に入りだったワンピースのままやってしまったから血で汚れた。

 父はやたら、お嬢様風のワンピースをあたしに着せたがった。多分そういう癖だったんだろう。

 まぁちょうど良い。

 着ると怒られるから着られなかった服を着よう。

 背の高いあたしが着ると男みたいだからやめろと言われていた革ジャンだ。

 男っぽいものが好きというわけではないが、かっこいい方が自分に似合うから好きだ。


 好きな服を着て、家の外に出た。

 真っ暗な空だ。

 季節は冬だったから、キンと冷えた夜風がやけに気持ちよかった。


 部屋の灯りを点けたままの家を後ろにしててきとうに歩いてみる。

 なんだか飛べそうだ、なんてメルヘンなことを思えるくらい身体は軽かった。


 あたしにはようやく、なにもなくなった。

 今なら幸せそうだねと言われても素直に頷ける。

 そう見えるだろうなって納得できるというのに。

 こういう時に正しいことを言われないのだから、やはり同級生の発言は不服だ。





 なにか。触れた。


 そう思って空を見上げたら、空には三日月があった。

 さっきまで星の一粒もなかったのに、いつ夜空は晴れたのだろう。

 黒い雲にでも隠されていたみたいだ。




「こんばんは。随分とご機嫌なお嬢さんだね。なにか良いことがあったの?」




 その柔らかで友好的な声がどこからかすぐに分かった。


 柳の影からにっこりと笑っている男性。

 直感で人間ではないと分かった。



 でも初めて〝自分のこと〟を話したいと思った。



 〝ラダル〟が宿ったことも分かってはいたけれど、そんなことどうでも良かった。


 柳の下で怪物と話題が尽きるほど自分の過去や思っていたことを話した。

 すると突然、怪物が人間みたいに手を合わせて「お願いがあるんだ!」と言ってきた。


「ね。我々の手足になってくれない?

 ずっと我々の手足になってくれる人間を探していたんだけど、中々気が合う人が見つからなくて困ってたんだ。」



 あたしとは気が合うのか?

 全く分からんが、怪物的にはそう思ったらしい。

 友達みたいな親しい態度だけれど、人間を模したその目は石みたいだ。



「人を愛している人ではだめ。

 人を憎んでいる人ではだめ。

 人に期待している人でもだめ。


 人に価値を感じない人が良いんだ。

 君がまさしくそうだよ。」



 ちょっと腑に落ちなかったのであたしは意地悪を言ってみた。


 兄のことは〝生きる価値のある人〟だと思った、と。

 怪物は石を掘ったような笑みで首を傾げた。


「でも助けなかったでしょ?


 君はね、お兄さんのことが大切だからお父さんを殺したんじゃない。


 君にとってお兄さんはただの定義だったはずだ。


 他人を尊重すること。

 優しいことは正しいこと。

 人殺しはやってはいけないこと。


 その定義で考えれば確かに、君のお兄さんは〝生きる価値のある人〟だね。

 なんだか我々にとっての〝理念〟的な存在だ。


 君はえらいね。

 内陸には沈没都市のように〝理念〟ってないからさ。

 君は人間社会で生きるために定義を自分で決めたんだ。

 偶然、君のお兄さんが本当に善良だったから、今までちゃんと社会の一部でいられたんだよ。


 でも出会った人々が定義を無価値だと証明したから、君は〝人〟でいる意味を失くした。



 君のお父さんは、死にたくなかったのなら息子さんのことをもっと大切すべきだったね。

 だってお兄さんは君が〝人でいる蓋〟として重要な役割を持っていたのだから。


 ただただ、君は自分で閉じていた蓋を、〝大勢の誰か〟と一緒に開けたんだ。もちろん、そこには君のお父さんもいたのさ。


 君のなかみは〝無価値なら捨てる〟という、…フフ、まるでFageの毒を人型にした機能だったんだね。

 我々と近しい性質だよ。」



 なんだか随分と壮大な言い方をされる。

 内陸ならどこにでもある、小さな家の中の話だ。

 むしろ殺されかけたり、売られたりしなかっただけマシな方だっただろう。


 けど一つ、怪物の話を聞いて腑に落ちたことがある。


 なんの抵抗もなく人を殺せるような生き方なんてしてないのに。

 なんというか、もっと「心が痛む」とか「心に穴が開く」とかないんだなって思った。

 かといって楽しいわけでもなかった。

 昨日と違うことといえば、好きな服を着られた解放感くらいで。


 わがことなが不思議だと思っていたからなるほど。



 ゴミを捨てただけ。



 あたしは地面に寝そべって夜空を見上げた。

 自分自身が一体どんな存在なのか、よく考えた。




「お前、名前はあるのか?」


 あたしは怪物に尋ねる。

 怪物はもうあたしに答えがあると察したみたいだ。嬉しそうにはにかんだ。


「もちろん。〝ボア〟って呼んで。強そうでしょ?」


「まぁ怪物らしい名前かな。いいよ。お前たちの手足になっても。

 あたしはこれでも一応人間だから、初めて本音で話せた相手には義理を感じる。

 協力する理由になるみたいだ」


「わぁ嬉しい。

 怪物に対してそう思う、ということは。

もし君が本音で話せる〝人間〟と出逢えたら、君はもっと喜ぶね。

 その人を愛しているような感覚になるくらい、きっと。」



 予言みたいな含みのある言い方をするもんだ。

 あたしは興味も湧かなかったから「そういうもんかね」とてきとうに返した。

 怪物って愛を語れるのだろうか。

 怪物に愛の定義があるのなら「本音を伝えること」がそうなのかな。



 さいごに、怪物はてきとうな返事をするあたしを試す物言いをした。



「それが君にとって幸福な未来なのかどうかは…分からないけれどね。」










ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーー


〝メモリア〟が起動している。


 でもその光景は夢みたいに朧気だ。


 目が覚めたら忘れてしまいそうな霞を握るようにして。

 マナはまた深い眠りへと落ちて行った。












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