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Causal flood   作者: 山羊原 唱
53/57

41話 花が咲く土にはミミズがいる

 日本の〝エルー・ザ・エフ〟で数日が経った。

 コアは自分の傷を改めて確認する。


 コアも戦力とカウントされたため、治療は手厚く施してくれた。

 おかげで腹の傷は塞がり、回復の目途は立った。



 テントを出て、リハビリがてら周辺の状況を見て歩くことにする。


 大方、カヴェリの話通りだ。


 通りすがりの人たちが「弾薬の備蓄が追加されたから消費予測の計算をお願い」と話していた。

 武器の調達は喫緊の問題だ。


 コアは自分の手元に視線を落とした。

 左右の親指、人差し指、中指に未完成のキヴォトスを装着している。

 簡単に持てる武器が泥蛇のものだと思うと皮肉だが、〝フルート〟がない以上、コアとペトラにとって心強い武器であることには違いない。


(サラとルカの〝フルート〟はおそらくエレナを守ったまま稼働中。

 使える武器はこのキヴォトス(フルートもどき)だけ。

 あとは――……。…)



 これからすべきことぶつぶつと呟いていた。

 いつもの癖が本心に膜を張ってくれると思ったのだが、彼の呟きは糸が切れたみたいに途絶えた。


 自然と落ちてしまった涙に足を止める。

 失った仲間へ言い切れない悔しさと悲しさが胸の奥で打ち付けて、癖で覆おうとした膜はあっけなく破れた。


 痛いくらいのそれに、コアは歯を食いしばって涙を落とす。


 本当は。


 イルファーンとオーウェンが殺された時だって痛かった。

 でもまだあの時は叱咤してくれる年長者がいてくれたから。

 一緒にあの痛みを背負って戦ってくれたから。

 涙で視界が悪くなりはしなかった。


 今は。


 誰よりも強かったオーウェンも。

 みんなの兄のようなイルファーンも。

 頼もしいヒヨリとカマも。

 さりげなく仲間を支えていたエディも。

 親のように慕っていたリーヴスも。

 泥蛇と直接戦ってくれたイングも。



(…ああ…いないんだな…)



 キースとエレナの安否も分からぬまま、この沈みそうな悲しみを堪えることなどできなかった。




 息を殺して泣いていると、周囲からも泣く声が聞こえた。


 助ける価値がないから置いていかれた彼らは、大切な人の喪失に泣いていた。



 ソーマが繋げた救済の地だけれど、こんな小さな力の集まりに一体なにができるのだろうか。

 泣き声と血の匂いがコアの心を少しずつ凍らせるみたいだった。



「待ってゆりん!一人でそんないっぱい持ったら落としちゃうよ!」



 コアの横を12、13歳くらいの少女が通り過ぎた。

 コアはなんとなくその少女に違和感を覚え、目で追うと、彼女は7歳くらいの少女を呼び止めていた。


 違和感の正体はすぐに分かった。

 7歳くらいの少女は両手の小指がない。肌にも裂傷の跡が少なからずある。

 反対に。

 12歳くらいの少女は健康的な肌に立ち居振る舞いから年齢以上に大人びた雰囲気を持っている。


 7歳くらいの少女は内陸住民で、12歳くらいの少女は沈没都市住民だ。

 あんな、友達みたいに交わることはない両者を見つけて、コアは思わず立ち尽くす。


 日本語なので言っていることは分からないが、7歳くらいの少女は竹籠いっぱいに入れた洗濯物を背負って、よろ、よろ…とおぼつかない足取りで歩いていた。

 12歳くらいの少女がひょいと持ち上げると、7歳くらいの少女がぷん!と怒った。


「持てるってば!カナタちゃんは大人のお手伝いに行っていいよ!コナツたちもそっちにいるんだから!これは私がやれる!」


 7歳くらいの少女は譲らないと竹籠を掴むが、12歳くらいの少女が目を座らせて言い含めた。


「いっぺんにやりたい気持ちは分かるけど、無理したら倒れるよ」

「内陸育ちはね、丈夫なの!ヤワじゃないの!返して!」

「ふぅん。今はいないけど、流未先生?って人が帰ってきたら言っちゃおうかなぁ。ゆりんがふらつきながら洗濯物背負って老婆みたいになってたって。言われるんじゃなーい?

 〝協力しなさい〟って」

「お、…ぐ…、ひ、卑怯だ…」


 子供とは思えないくらい低い声で唸り、少女は悔しそうな表情を浮かべる。


 12歳くらいの少女は子供らしい無邪気な笑みを浮かべて「干場まで持っていくからその後はお願いね」と歩き出した。

 7歳くらいの少女は慌てて年上の少女を追いかける。



 コアはそんな二人を見送り、視線を上げて〝ここ〟にあるものを見渡していく。


 内陸住民を支援する沈没都市住民…だけではない。

 恐らく、一般の沈没都市住民もいる。

 

 沈没都市で培った知識を内陸住民に教えて。

 内陸のノウハウを、沈没都市住民が学習して。


 沈没都市と内陸の強みが合わさった……、

 〝花が咲く土にはミミズがいる〟

 と名付けられた場所。



「…〝Earthworms live under the flowers〟…。

 ソーマ…。この名称にも意訳があったりするのかな…。

 …きっと、あるんだよな」


 

 ミミズは沈没都市にとって価値の代表となる生物の一つだ。

 確かサンクミーの遺伝子にもミミズが入っている。それに内陸の区分でも使われている単語だ。


 ソーマは…ここを作ろうとした人たちは名前にどんな価値を隠したのだろう。


 片方だけでは足りないFageは、片方だけが生き残るNageを仕組まれた。

 けれどここは。

 〝両方〟いる。

 それが〝エルー・ザ・エフ〟だ。



 内陸の力ある者から見ればさぞ小さく見えるだろう。

 沈没都市は見もしなかった。


 でも目の前に広がる〝現実〟に。

 コアの心は熱く、強く震えた。



 なんで誰も泥蛇と戦わないんだろう。いつもいつも自分たちばかり…、と。

 心の一番深い底で思っていた。

 …だから自分は本当に未熟だと、コアは思い直した。


 ここにいる人たちは戦っている。

 Fageで溜まった見えづらい毒と。


 そんな毒に溺れまいと、小さな筏と小さな筏を繋げてひとりでも多く、毒の洪水から〝誰か〟を引き上げていた。



 きっといつか、この場所の意訳が分かる日が来る。



「コア…で、合ってたか?」



 呼びかけられ、コアは涙を拭ってから振り返った。


 乾と似た格好をした軍人が3名。乾は2日前にここを出て行ったので彼の代理人がコアに声をかけていた。


 コアは頷いて彼らに歩み寄った。

 男性にしては少し小柄なコアだが、死線を幾度も超えてきた青年の面差しは強さに溢れていた。


 イングから事情を聞いている1人でもある軍人は、なんとも言えない昂りをコアに感じながら手を差し出した。


「君たちにはたくさん頼みたいことがある。

 アスタロトの戦闘準備にも協力して欲しい。

 ――大丈夫か?」



 怪我のこと。

 心のこと。

 全部含まれている。


 コアはすぐに返答せず、大きく息を吸って心を落ち着かせる。

 内心、本当に自分の相棒はすごいなと感心していた。

 思慮なんて深くないくせに…でも肝心な時に忘れてはいけない心得を彼女は持ち続けている。


 たくさんたくさん失っても、できることはある。

 諦める時はできることを全部やってから。

 それはそう簡単には終わらない。

 なぜなら〝全部〟だから。



 何度も挫けそうになるたび、コアは相棒の言葉を心で唱える。

 そして。

 まだ動けない相棒の分も背負って、コアは軍人の手を握った。


「大丈夫。俺()()も話がしたい。

 これから始まる戦いについて」





―---------------------―― 

 地上に上がったニーナは――すでに湾岸から出向したある国の沈没都市にいた。


 沈没都市の中は慌ただしいものの、混乱はなかった。

 通常であれば異常事態に対して住居やそれにともなう生活関係の準備など、ゼロから始めなくてはいけないことが膨大にある。


 それでも、この慌ただしさは混乱ではないのだ。



 通り過ぎる人を観察しながら、ニーナは誰もが目的を持って動いていることに感心する。


(誰がどこに住むのかもう決まっているみたいだな。仕事がはやいもので)


 沈没都市が湾岸から出向する予定は随分前から決まっていた。

 それと同時に避難に値するウォームロードからウォームアースに住む内陸住民は全員リスト化されていた。



(リスト以上に増えることはないわけだ。

 活動していた支援員の報告をもとにして、沈没都市に移住できる人間を選んでいただろうし)



 人の流れに逆らってニーナはある海底施設の入り口に入った。


 泥蛇の兵士…いや、「キヴォトス兵の一期生」が控える建物だ。


 ニーナが施設に入ると、人に化けた泥蛇とユリウスが座っていた。椅子はあと一つ空いている。

 テーブルもなにもない、広大な部屋がもったいないくらいの使い方だ。


 物腰の柔らかそうな青年の姿でいる泥蛇はにっこりとニーナを出迎えた。


「怪我の具合はどう?」

「問題ない」


 ニーナは言いながら空いていた椅子に座った。

 ニーナとユリウスは先日の海底施設での戦闘で受けた負傷をこの沈没都市で治療していた。

 ニーナのただれていた顔の半分は皮膚の継ぎ目が薄く分かるくらいまで元通りとなっている。


 泥蛇は「では現状の説明といこうか。」と言って宙に映像を照射した。


「アロンエドゥが政府にオーバークォーツの花を横流ししてミサイルに搭載したらしいんだ。」


 とある内陸の基地の映像だ。

 しかしミサイルを積んだ発射台や戦闘機は動いていなかった。


 ユリウスはそれを見てケラケラと笑った。


「え。うそでしょ?オーバークォーツの花だろうが“器”を作ったらエンドレスシーで信号を作られて干渉されるよね。

 既知の情報なのにやろうとしたんだ?

 この動けていないものはあれか。沈没都市に狙いを定めたやつ?」


「うん。〝エンリル〟と〝チャック〟が徹底的に動けなくしたんだね。

 ドアも空けられなくしたから運転手は二日前から閉じ込められたままなんだ。

 無論、内陸政府も試験的に挑戦しただけで、発射前に動けなくされた武装はごく一部だよ。

 お試しで使われた兵士さんはかわいそうだね。」


「…にっちもさっちもいかなくなって、他の内陸に狙いを定めたワケか。ついでに流れ弾が沈没都市に少しでも近い場所で落とせればラッキーだもんな」


 ニーナは他の映像に目をやった。

 動けている武装から放たれるミサイルは街一つ炭にしていた。

 オーバークォーツの花は通常の兵器より数に限りがあるため、相手国の軍事施設やインフラを狙っている。


 泥蛇はクスクスと心底おかしそうに、そして内陸を憐れんで笑った。


「結局のところ、流れ弾だって打つ前は照準を合わせるからね。全て〝チャック〟やその配下〝マイム〟が発射元にお返ししているよ。」


 撃つ前に落ちている戦闘機もいくつかある。

 それらはエンドレスシーで〝チャック〟に取りつかれているのだろう。

 沈没都市の手前、ウォームアースやウォームロードの付近にも墜落していく。


 泥蛇は他の内陸の映像を流していく。


「西アジアはほぼ封鎖状態。

 欧州は少しずつ戦火が広がってるね。比較的避難民も見られるけれど、大陸を渡って逃げることは難しそうだ。

 北アメリカと南米は破壊された地域とまだ火の手が広がっていない地域がある。

 ここ一帯が燃えるにはまだ猶予があるみたい。

 島国はどこも必死だね。戦火が届かないように守備に全力を振っているけれど、内陸の中で野放しになっているお行儀の悪い集団が悠々自適に闊歩し始めた。

戦争より治安の崩壊が先かもね。」



 内陸同士の紛争に紛れて沈没都市に攻撃を仕掛けようとも、始める前からそれらは終わっている。

 それとは別に、混乱に乗じて己の欲と誇示のための蹂躙が氾濫するように広がっていた。


 計画の予定通りの内陸を冷めた目で見ていたニーナはふと、ある映像に目を止めた。


「…内陸の治安部隊とあれは…あの動き方、沈没都市の軍人じゃないか?」


 破壊者と似た武器を持つが、それらとは使い方が違う。

 暴動から逃げ惑う市民を守ろうとする人間たちがいた。


 内陸の治安部隊にも比較的善良な人間はいるのだろう。だからそういった人間ならば特段驚きはしなかったが。

 沈没都市の軍人、または運動能力の高い支援員…よく見ればどの映像にもいるようだった。


 ニーナは気に留めたのだが、泥蛇はさして興味がなさそうに反応した。


「沈没都市から自主的に移籍した人がわりといたんだ。

 沈没都市の資源をいくつか持って行った団体もあったのは本当に悲しい話だよ。

 まあ大丈夫。

 結局、彼らがどれだけ内陸に残ろうとも、」


 泥蛇はひと際大きな映像を照射した。

 それは暗く、ノイズが走って見づらい。

 映像の右下には三種類の横波が動いている。

 地中の映像だと分かったユリウスは納得する。


「アスタロトが出てくれば、内陸でなにをしていても結果は変わらないからね。」



 内陸の地中を移動するアスタロトの映像だ。

 〝ヴィアンゲルド〟によって眠らされていたアスタロトだが、すでに解き放たれている。

 指定の位置まで辿り着けばそこで、――Nageの幕が開ける。



 雫色の瞳にアスタロトの映像を映すと、ニーナは立ち上がった。

「キヴォトスの装備は?」


 泥蛇が答える前にユリウスが「あれま」と呑気な声を出した。

「もう行くの?別に急ぐ必要もないよね?」


 ユリウスは言いながら泥蛇に視線を向けた。

 泥蛇は一つ瞬くと、愛想の良い笑みに含みを持たせた。

 ニーナにはまだ役目がある。



「…終わっているよ。()()()()()()。」


「そうか。一つ貰っていく」


「もちろん。だって必要だものね。相手は〝フラム〟だから。」



 無表情なニーナだが、その行動を見れば待ちきれないことが分かる。

 すぐにでも会いたいのだろう。〝彼女〟に。

 人の深意に疎い泥蛇でもそれは当たっていたようで、泥蛇の返事に冷笑を浮かべるニーナは、泥蛇の返事を聞いて嬉しそうに呟いた。



「生きてるな。良かったよ。まだ話し足りないんだ」



 彼女が部屋を出て行く前に、ユリウスはとびきり妖艶に茶化した。


「残念。ゆっくりしてくれたらさいごのお別れができたのに。はりきってたんだよ?」

「あんまりお前といちゃつくと機嫌を悪くさせるんだ。あたしはこれからあの子に会いにいくんだぞ?遠慮しとく」



 ユリウスはこれからナグルファルと変わる沈没都市で、キヴォトス兵の教育という役目がある。

 〝ここ〟に残る彼が椅子から立ち上がることも、抱擁も握手もなにもなく。


 Fageの終わりで役目を終えるニーナとNageでも役目が続くユリウスの間にそれ以上の言葉は交わされなかった。



―--------------―― 


ざざん…と耳に心地よい波音が聴こえる。


 だがそれに混じってドォォォオオオンン…と低い轟音が何度も響いた。

 考えなくとも、それが爆発であることを身体が理解する。


 音から察するに、これはただの旧式の爆弾。

 他にも爆弾の種類が異なる爆発音が聞こえる。

 オーバークォーツの花を使ったものも、時折聞こえる。


 …内陸は本当に愚かだ。




 繁栄と文明のためだと言って月のホテルを造って。

 そのせいで〝MSS〟は沈没都市を造った。

 ある意味、沈没都市は望み通りの繁栄と文明の結晶だ。だが自分たちに恩恵を与えないことが許せなくて石を投げつけた。

 幸運にもオーバークォーツの花が手に入ったら、現実的な対抗手段として沈没都市への侵略を考え始めた。

 その行為のせいで沈没都市は内陸を見限った。

 自分たちの行いを棚に上げ、そんなのは横暴だと叫びながらそれをダシにして今度は他国を領有するために侵略を始めた。


 …今聞こえるこれらの音は、そんな内陸同士の争いの音だ。


 ゴミばかりが内陸に残される〝Causal flood〟はついに完成した。


 そんな音をつい〝ラダル〟で聞いてしまう。

 聞いてどうするのか、理由なんて砂粒ほどにもないというのに。



 海岸近くの森林をさまようマナは、かろうじて止血された足を引きずっていた。

 乾いた木に手を置いて身体を支えながら少しでも、エレナのいた場所から離れる。




 マナとエレナが乗った潜水艇は、コアたちの到着から数日経ってようやく、日本の海岸に着いた。


 到着までの間、エレナは潜水艇にあった緊急医療品を使って、マナの手当をしてくれた。

 だが細胞再生シートのような医療培養はなく、消毒や止血スプレー等で施された程度だ。

 こんな風に歩いていれば包帯に意味がないほど出血していく。




 海岸に到着した潜水艇で目を覚ました時のことを思い出した。

 少し驚いた出来事があったから。


 エレナが疲労で気絶していることを確認して潜水艇から出ようとした、その時。


〈どこに、行かれるおつもりですか?〉


 エレナの胸に抱かれているイングっ子が動かないままマナに尋ねた。


 もう残りの燃料がわずかなはずだ。

 少しでも長持ちさせるために話すことも最小限にしたいところだろう。

 それでもマナに声をかけた。

 AIのくせに、引き留めるためだろうか?


 そんな疑問も湧いたけれど。


 今ならば。

 イングは絶対にマナを追えない。


 マナは喉を掠らせてイングに尋ねた。


「…あなたとソーマのことだから、この後、ここに誰か来るのかな」


〈はい。あなたたちが生き残った時、生きていく場所を用意してあります。

 助けを呼んであるのです。待っていれば来ますよ。〉


「そう。なら気兼ねなく出て行けるよ」


 マナはちらりと人形のように瞬きをしない、銀糸で作られたティヤの人形を見る。

 その森林のような碧眼はずっとエレナにあり、まだ稼働できる気配を感じる。

 万が一、危険が迫ってもこの人形が彼女を守るだろう。

 そしてここにいれば、彼女のことはいずれ誰かが迎えに来る。


 潜水艇を出ようとするマナを、イングはやはり呼び止めた。


〈死ぬおつもりですか。

 自滅に価値を見出さないでください。

 …アイアムマイミーはかつて、共に過ごした少女が1人で戦おうとした時、そう言って説得したことがあるのです。

 アイアムマイミーがAIだからでしょうか。彼女にこの説得は届きませんでした。


 ()()()()、行ってしまうのですか。〉



 虚ろな感情であったマナだが、思わず感心したようにイングっ子に振り返った。


「…驚いた。すごいね、エモーションコピーって。まるで情に訴えているみたい」


 意地悪で皮肉な言い方になってしまった。

 八つ当たりをしたいわけではないのに。

 …ただこれ以上、〝心のあるなにか〟をぶつけてほしくなかった。


 たとえそれが機械仕掛けであっても、嫌だった。


 だがイングは説得を止めなかった。


〈外を見たらあなたはきっと、泥蛇の計画が完了したと思うかもしれません。

 全てが無駄だったのだと諦める理由になるのかもしれません。

 ですが、…

 コアたちはあなたのおかげで生きています。

 終わっていないのです。

 あなたたちを助けに来る人たちだっています。

 その人たちと戦えます。まだ守れます。

 Fageが取りこぼしてNageで置いていってしまう、宝物を。

 だから、マナ…、〉



「いつまで?」



 マナの声は大きくない。

 むしろ小さく、壊れそうなほど揺れていた。


 イングは黙ってしまった。

 〝彼女〟と同じ返答をするマナに、エモーションコピーを獲得しても最適解が算出されない。



 マナは潜水艇の扉を開けた。

 身体が安らぐ新鮮な空気が吹き込む。

 身体にそんな風が当たっても、マナの心は泥のように冷たく暗かった。



「いつまで、私は戦わないといけないの?

 いつまで、こんな苦しい気持ちでいるの?

 いつまでも私なんて変わらないのに。

 いい加減終わりにさせてよ」



『はやく終わらせたいのよ』


 マナの言葉が、〝彼女〟とかぶる。



 思考する部分に原因不明のノイズが走る。

 本来であればやらない〝瞬き〟を一つ、イングっ子の瞼を下ろして行った。

 

 これは涙が出ない代わりだ。


 海底施設でエレナの涙の粒に触れても、イングは「これは再現できない」と認識した。

 …悲しみを伝える手段を手遊びのように思考して辿り着いた「意思表示」だったけれど。




 空を見て、そのまま出て行ってしまったマナには。 それは見えなかった。



 エレナの微かな寝息以外に音のない潜水艇で、イングは独り言をつぶやいた。


〈…うまくいきませんね。超すごーちぃAIなのに、同じ失敗をしてしまうのです。

 沈没都市のAIは同じ失敗なんてしないのに。

 あぁ…()は本当に故障しています。

 役目のことを考えれば最後の燃料を使って〝フラム〟を追いかけるべきなのかもしれません。

 ですが、命令のことを考えるとそれができない。


 ……ふふ、いいえ違いますね。私がそうしたいのです。


 ………この燃料は取っておかないと。

 彼の所に帰るまで…眠ることにしましょう。〉




 現実の海と同じ、エンドレスシーでも穏やかなさざ波が聴こえる。

 だがイングの船体は小さな笹船だ。

 大砲もなく、信号演算もろくにできないごみのような体では、こんなさざ波すら大波のようだ。


 漂うだけの船体が沈まないように。

 終わる場所へ向かった。



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