宰相の遠戚のパティシエ
「腹が減ったな」
朝食とお喋りがお開きになりかけた頃、これまたカッコいい系の男性が厨房に入ってきた。コック服に料理長よりも背の高いコック帽を金色の長髪の上にいただいている。
「遅いぞ、ティモシー。今朝は、パン焼き当番だったはずだ」
彼は、料理長が指摘するのを無視して大欠伸をしている。
「ふんっ! おれはパン焼き職人ではない。パティシエだ。今日の仕事は、午後のお茶会用のスイーツを作るだけ。朝っぱらからパンなどこねていられるか。それよりも、はやく朝食の準備をしてくれ」
彼は、ティモシーというらしい。そのティモシーは、かなりかわっているみたい。というか、彼っていったいなに様なの?
「彼は、一応副料理長です。ティモシー・フォードというのですが、宰相の遠い親戚で性格がかなり悪いのです。料理長とは水ととといったところでしょうか」
隣に座っている料理人が耳打ちしてくれた。
(なるほど。いかにもって感じね)
金髪碧眼でカッコいいのに、性格は最悪っていうパターンかしら。
(それって、まるで元夫ね」)
そう。まさしく元夫があんな感じだった。
「何度も言ったはずだ。ここではなんでもこなしてもらう。それ以前に、きみは自分の担当の作業でさえ指図するだけでみずから作ることはないだろう? 責務を果たさず、タダ飯食いをさせておくほどここは余裕はない」
「はああああ? おれにそんな口のきき方をしていいのか、ド平民のクソ野郎が。軍用の野蛮な飯しか作れないくせに、なにが宮殿の料理長だ。おれは、貴族子息だぞ。宰相の親戚だぞ。おれがいなきゃ、見栄えのする洒落たスイーツひとつ作れないだろうが? おまえなど、厨房の隅っこでイモやタマネギの皮でもむいていろ」
(なんてバカなの? まさしく元夫ね)
どこにでもバカな奴はいるものね。
ほとほと感心してしまう。
料理長を見ると、呆れ返るというか憐れんでいるというか、とにかく冷たい表情になっている。
(いろいろ事情があるのね。とりあえず、料理長が気の毒だわ)
「そんなにここでの仕事がイヤなら、辞めてもらっていいんだぞ」
「なんだと? おれが辞めたらスイーツはどうなる? だれが作るんだ、ええっ? イモ臭いおまえの料理より、おれのスイーツの方がよほど貴重だし頼りにされているんだ」
「ふんっ! スイーツで栄養が摂れるか? スイーツが食事になるか? それに、そのことなら心配はいらない」
料理長は、勝ち誇ったよう胸をはった。
(……? なんなの、いまの料理長の自信たっぷりの発言は? どうもイヤな予感しかしないんですけど)
「スイーツのプロがやって来たからな。こちらのユア様だ。きみも遠い親戚の宰相からきいているだろう? われらが王太子殿下の正妃になられたお方だ」
「な、な、なんだと?」
「な、な、なですって?」
驚きすぎた。元夫似のバカと、叫び声がかぶってしまった。
「こ、この男みたいなレディが? そんなわけがあるか? レディにスイーツが作れるはずはない」
いや、レディがスイーツを作れないっていう謎の理論はいったいなに?
「ちょちょちょ、ちょっと待って、料理長」
ティモシーに心の中で冷静にツッコみ、料理長を止める。
「まぁ、いいからいいから」
料理長は、わたしにウインクした。
なにが「いいから」かはわからない。
「というわけで、王太子妃殿下にさっそく今日の午後のお茶会の準備をしてもらう。だから、おまえはもういいぞ。とっとと遠い親戚の宰相にでも泣きついて来い」
その宣言とともに、周囲から「そうだそうだ」とか「出て行け」と、ティモシーにたいしてブーイングが起った。
「ゆ、許さん。ぜったいに許さんからな」
ティモシーが握りしめている両拳は、フルフルと震えている。そのわたしを見下ろす碧眼には、涙がにじんでいる。
「ぜったいにぜったいに許すもんかっ! おれが、おれがこの大陸一のパティシエだーーーーーーっ」
それから、彼は夢にしても壮大すぎる宣言をしてから踵を返し厨房から駆け去ってしまった。
(まるでお子ちゃまね。そんなところも元夫にそっくりだわ)
呆然とその背を見送りながら、「男っぽい」と言われたことにたいし、あらためて衝撃を受けた。
(たしかに、わたしはお子ちゃま体型で黒髪の短髪に化粧っ気もない。そう言われても仕方がないかも。それよりも、とんでもないことになったわね)
不可抗力とはいえ、やって来たそうそうぶちかましてしまうだなんて。
でもまぁ、面白くなりそうだからいいかもしれない。