ロバート、ではなく王太子殿下に会いに行く
侍女長のライラ・ノーランドに大目玉を食らった。朝っぱらから部屋を抜けだした挙句、厨房で油を売っていたからである。
ライラは、例の「いかにも書物に出てくる侍女長」である。
彼女は、今朝も銀縁のメガネがよく似合っている。
「申し訳ありません」
言い訳はいっさいせず、きっぱりスッキリくっきり謝罪した。それこそ、気味が悪いくらいにバカ丁寧に。
実際、彼女は鼻白んだ。わたしの口から言い訳やごまかしの言葉が出てくると思っていたでしょうから、拍子抜けしたのだろう。
「とにかく、今後気を付けるように」
「善処します」
笑って応じる。
その際、わたし専属の侍女を紹介してもらった。
下級侍女のメリッサ・リーコック。丸メガネをかけていて、ブラウンのおさげ髪がとても可愛い。碧眼はすごく澄んでいて、おもわずその瞳に見惚れてしまった。にきびがあるけれど、元が可愛いのでそれもご愛嬌といったところか。彼女は、どうやら自分の可愛さに気がついていない。だから、自分に自信が持てないのかもしれない。
なにより、彼女はすごくシャイみたい。
シャイだから、わたしの専属侍女の仕事も同僚から無理矢理おしつけられたはず。
だけど、彼女はわたしにたいしてすごく好意的だった。キラキラした碧眼で見つめられ、照れてしまったた。
わたし的には、彼女とはすごくいい関係が築けそうな気がする。メリッサ自身はどうかわからないけれど。
なんだか守ってあげたくなる。
彼女にはそういう気持ちを抱かせる。
自己紹介をしあってから、さっそくロバートに会いに行くことにした。
ロバートの執事を通し、面会の許可をもらった。そして、メリッサに連れて行ってもらった。
あまり時間がない。
なにせスイーツ作りをしなければならないから。
しかし、ロバートには宰相の遠戚だというパティシエのティモシーの機嫌を損ねたことを伝えなければならない。
それから、最低限の衣服を揃える相談もしないと。
ロバートは、王族の居住区域にいるらしい。まぁ、当然のことだけど。
メリッサと大廊下を歩きながら、シンプルかつ古めかしい宮殿の様子をうかがう。
王族の居住区へと通じる扉の前で、執事長のオスカー・ユーイングが待っていた。
扉の両脇には、親衛隊の隊員が番をしている。
オスカーは、シルバーグレイのいかにも執事長といった感じ。
どうやらここにいる人たちは、みんな書物の登場人物のままみたい。
「おはようございます、執事長。急なお願いをきいていただいて感謝します」
「おはようございます。殿下がお待ちです。こちらへ」
扉をくぐり、彼についていく。メリッサは遠慮したけれど、彼女にもついてきてもらうことにした。
(だって、表向きとはいえ王太子妃の専属侍女なんですもの。出来るだけ側にいてもらわないと)
というか、わたしについて様々な場所を訪れるのは、彼女の当然の権利である。それを咎めることは、わたしを、つまり王太子妃を咎めることになる。だから、メリッサが遠慮する必要なんてどこにもない。
執事長ととくに会話を交わすでもなく、廊下を進んで行く。
王族がどの位いるのかはわからないけれど、王族の居住区域はひっそりとしている。
「こちらです」
ある部屋の前で立ち止まり、部屋内へと入った。
控えの間でさほど待つこともなく、すぐに中に招じ入れられた。
メリッサと執事長は、扉の側に控える。
「ユア、昨夜はほんとうにすまなかった」
白いシャツに黒色のズボン姿のロバートが近づいてきた。
すぐに謝罪してきたのが彼らしいと思った。
「仕方がないわ。そのことについては怒っていないから安心して」
「ありがたい。それよりも、今朝いきなりぶちかましたって?」
「なんですって? もうあなたの耳に入っているの?」
「ああ。王宮内は、その話題でもちきりらしいぞ。とくに反宰相派は、大喜びしているらしい」
「なんですって? 反宰相派ってそんなに多いわけ?」
「宮殿で働いている一部は、宰相に飼われています。宮殿内の人事も宰相が仕切っていますので、逆らえないという事情もあります」
執事長が教てくれた。
(仕切っているのは、宮殿内の人事だけじゃないわよね。すべて、でしょう?)
心の中でツッコまずにはいられない。
「あなたに報告する手間が省けてよかったわ。というわけで、ここに来たそうそうぶちかますわけだけど、オーケーかしら?」
「もちろん」
「それと、あなたも知っての通り、わたしはなにも持っていないの。悪いけど、王太子妃として失礼にならない程度のドレスや他の衣服を揃えてくれないかしら? もちろん、その分働くつもりよ」
「もちろん。だが、ドレス代は必要経費で落とすよ。だから、その点は安心してくれ」
例の衣服の件について、冗談を交えてお願いした。すると、ロバートもまた冗談を交えて返してきた。
(っていうか、いまのって冗談だったのよね?)
心の中で苦笑した瞬間、ロバートと視線が合った。
その瞬間、どちらからともなく笑いだした。
というわけで、ロバートにちゃんと許可をもらった。
これで思う存分ぶちかませるわ。




