魔女認定
慣れというか習慣というか、翌日目が覚めたのは夜明前だった。
持ってきたトランクの中から、五年間ですっかり着古してしまった衣服を引っ張り出した。それらを、クローゼットに吊るしたり畳み直した。
それが終ると、洗面台で顔を洗った。水は、ちゃんと準備されていた。
もう一度クローゼットに戻り、ひきもってサバイバル生活をしていたときと同じシャツとズボンに着替えた。
スカートにしようかと思ったけれど、まだズボンの方がマシな状態。だから、不興を買うのを覚悟でズボンにした。
「そうよね。一応、王太子の妻役なんですもの。こんなみすぼらしい恰好ではマズいわよね」
姿見で自分の情けない恰好を見つつ、嘆息した。
とはいえ、銅貨の一枚も持ち合わせていない身。シャツの一枚でさえ揃えることは出来ない。
「ロバートに要相談ね」
そのロバートのことを、ロバートと呼ぶのはさすがによろしくないわよね。
そんなことを考えつつ、とりあえずまだ寝静まっている宮殿内を探検してみることにした。
宮殿内は、ところどころ灯りがあるだけで全体的に暗くて静まり返っている。
(それでなくても怪しまれているのに、ウロウロしていたらそれこそ諜報員とか工作員に間違われるかしら)
とはいえ、ハッキリくっきりスッキリ目が覚めてしまった。以前と違い、やることはない。ひきもっているときなら、早朝から畑仕事に勤しむ。畑がない以上、庭園をウロウロして勝手にいじくるわけにはいかない。
もっとも、庭園がどこにあるかはわからないのだけれど。
「グルルルル」
そのとき、静寂満ちる大廊下にお腹の虫が騒ぐ音が盛大に響いた。
「そうね。お腹が減ったわ。厨房だったらすでに料理人が朝食づくりを始めているわよね」
というわけで、厨房に行ってみることにした。
どこの宮殿も厨房や大広間などはよく似た配置のはず。
大廊下を奥へ進むと、厨房はそこにあった。扉が開いていて、人の気配はもちろんのことお鍋や食器の音がしている。
パンの発酵の独特のにおいが漂ってき、鼻腔をくすぐる。
開いた扉から顔を出すと、料理人や見習いたちがそれぞれの作業をしているのが見える。
「あの、すみません」
扉に一番近くで目を光らせている、料理長らしき男性に声をかけた。
「なんだ? あたらしい侍女か?」
いかにも料理人といった感じの彼は、わたしを上から下まで失礼なほど見た。
「侍女、ではありません。ですが、似たようなものでしょうか。お忙しいところ申し訳ないのですが、なにか食べる物をいただけませんか? お腹が減って動けないのです」
まさか他国の宮殿の厨房で食べ物をねだることになるなんて……。
なかなかできない体験よね?
「もちろん、お邪魔はしません。自分で作りますので、食材と調味料をいただけませんか? それから、調理器具をお借り出来れば。野菜の切れ端とか皮とか、そんなものでかまいません。廃棄予定の物でも充分です」
懇願しながら情けなくなってきた。
だけど、背に腹はかえられない。食べる物さえあれば、それがたとえ腐っていようとカビていようと、何かしらの栄養は摂取出来る。偏ってもダメだけど、なにかを食べれば元気が出る。元気が出れば、生きる気力がみなぎる。
人間は、食が基本。まずは、そこだから。
そうよね?
(って、食いしん坊をそういうふうにごまかしておこう)
「かわったレディだな。いいだろう。ここにある食材だったらなんでも使っていいし、邪魔にさえならなければ厨房内の調理器具を使ってくれていい」
「ザ・料理人」っぽい彼は、わたしの前に立って見おろした。
ロバートも大きいけれど、彼も大きい。縦も横も。恰幅がよすぎる。コック帽が、よりいっそう彼の大きさを強調しているのかもしれない。
「感謝します。料理長ですよね? わたしは、ユア・ダックワースです」
料理長かどうか確認することを忘れない。それから、名は生まれ育った姓にしておいた。
「スチュアート・ファーバー。そうだ。おれは、ここで料理長を任されている。一応、な。って、もしかして、あんたが殿下を誑かしたという魔女なのか?」
「はい?」
(なんですって? 魔女ってそこまで言う? それってあきらかに、わたしを「とんでもない悪女」設定にして噂を広めているだれかがいるわよね)
こんな善良で慈愛に満ちまくっているわたしを、魔女認定するなんてひどい話だわ。




