02.溺愛の始まり
魔王サタンにプロポーズされた後、まばゆい光に包まれた。
眩しくて目を閉じる。数秒後、サタンに言われた。
「着いたよ。ここが魔界だ」
再び目を開けた時、私たちは草原に立っていた。
一面に美しい緑が広がっている。
「え、本当に魔界?」
「何を驚いているんだ?」
「いや、もっと怖い所かと思ってたから」
「好きな女性を、そんな所に連れて行くわけないだろ」
サタンは私の手を引いて、歩き出した。
大きくて温かい手だ。彼はやれやれといった様子で首を振った。
「まあ、そう思われても仕方ないな。だから……」
夕暮れの草原に、爽やかな風が吹き抜ける。
魔界の空は深いオレンジで、地上と同じ秋の空だ。
手を引かれて歩いていると、崖に辿り着いた。
「城に行く前に、見せたかったんだ」
先には、宝石のような村が広がっていた。
☆
村には愛らしい家々が並んでいた。
赤い屋根と白い壁を、オレンジ色の灯りが照らす。
「……あれ?」
私は思った。この景色は見覚えがある。
懐かしさの正体を探っていると、サタンは言った。
「これを見れば、少しは不安も減ると思ってね」
彼は私を抱き寄せた。
突然のことに慌てる私に、耳元でささやいた。
「この村も世界も、全てソフィアのものだよ」
私たちは見つめ合った。完全な沈黙が数秒流れる。
無言で、彼は顔を近付けてきた。
かたちの良い鼻と唇が迫ってくると―――
突如、空で大きな咆哮が轟いた。
「え、何!?」
「ああ。予定より早く来たようだな」
それは黒いドラゴンだった。
目はサタンと同じく、燃えるように赤い。
「彼が魔王城まで連れて行ってくれるよ」
「え、あれに乗るの!?」
肯定の返事のように、再び大きな咆哮。
今にも火を吹きそうだ。
「何がおかしいんだ?」
「地上では、ドラゴンは倒すべき魔物だったから」
「魔界にも攻撃的なドラゴンはいるけど、ソフィアなら大丈夫だよ」
「どうして?」
「魔王の嫁を攻撃するなんて、自殺行為だ。魔物たちも分かってるからね。意図的に誰かが仕向けて来たなら、別だけど」
何やら不穏な言葉が、最後に聞こえた気がした。
黒いドラゴンが、空から舞い降りて来た。
近くで見ると、随分と大きい。
「さあ、どうぞ。お姫様」
サタンはドラゴンに乗り、私に手を差し出した。
彼のエスコートで、私は乗った。
ぐるる、と嬉しそうにドラゴンは喉を鳴らしている。
こうして見ると、結構かわいい。
「この竜に、名前はあるの?」
「もちろん。レッドアイズ・ブラックドラゴンだ」
「……」
「何か?」
レッドアイズ(略)が離陸して、私は心の中で誓った。
もし彼との子供が生まれたら、名前は私が付けよう。
「なんだ、もう子供が欲しいのか?」
「え?どうして?」
「ドラゴンに乗っていると、相手の心が読めるんだ」
「勝手に読まないで!」
「分かった、避妊はする。快楽のためだけの行為をご所望なら……」
「だから違うから!」
前に座るサタンを、ぽかぽかと殴る。
爽やかに笑っていた彼は、急に黙ってしまった。
直進していたレッドアイズも、ぴたりと止まった。
辺りをぐるぐると旋回し、戸惑っているようだ。
「ご、ごめん。そういう話に、耐性なくて……」
言い終えた直後、彼らの視線の存在に気付いた。
もう一匹、ドラゴンがこちらへ向かってきていた。
☆
光り輝く金色のドラゴンは、私たちの前で停止した。
栗毛にブルーの瞳の少年が、上に乗っている。
「こんばんは、兄さん。夕陽がきれいだね」
少年は歌うように話しかけて来た。
中世的な美少年で、兄と同じ端正な顔立ちをしている。
「嫌だなー。そんなに警戒しないでよ」
「何の用だ」
「黒髪の大聖女を手に入れたって聞いて、見に来たのさ」
サタンの背中から怒りのオーラが発せられている。
それを知ってか知らずか、飄々と少年は続けた。
「兄さんは言い伝えを守るからねー。その娘を見つけて、さらったの?」
「言い伝えは関係ない。ソフィアは、俺の命の恩人だ」
「へえ、若くて綺麗なだけじゃなくて?」
少年が金色のドラゴンに目配せをした。
ドラゴンは返事をするかのように、大きな声で吠えた。
次の瞬間、
槍や剣など様々な武器が、私たちを目掛けて振って来た。
「うわ!?」
慌てる私と対照的に、サタンは冷静な声で言った。
「レッドアイズ、やれ」
レッドアイズも、咆哮を上げた。
そして口から炎を吹き、全ての武器を焼き尽くした。
「……やっぱり兄さんのドラゴンには叶わないか」
少年は、私を見つめた。
吸い込まれそうな青い瞳だった。
「でも、いつか僕がもらうよ。黒髪の大聖女も、緋色のドラゴンも」
少年は去って行った。
夕陽の光に包まれる背中は、どこか寂し気だった。
「……すまない。大丈夫か?」
「ええ。弟さんなの?」
「あいつは母と過ごした時間が短いからな。きっと寂しいんだろう」
サタンは少し遠い目をした。
封印していた記憶を、解き放つかのように。
返す言葉を探していると、彼はふっと笑顔になった。
「そういえば、城に戻ってすることがあったな」
「ま、まだ覚えてたの?」
「当然だろう。ソフィアのお望みとあらば」
「だから望んでないってば!」
サタンはレッドアイズに、城へ行くよう指示した。
真下の村には、オレンジ色の灯りが宿っている。
それらは夕闇を美しく彩り、
どこか幻想的で、なぜか懐かしい雰囲気が漂っていた。
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