・欲望とさらなる欲望のクラブ
俺たちは「ルジュリア・イ・マス・ルジュリア」というナイトクラブにたどり着いた。いや、本当にすごい名前だな。入口には下級悪魔が警備員として立っていて、その隣には「人間立入禁止」と書かれた看板があった。
「……なあ、なんで人間立入禁止なんだ? ここにいる人間なんて俺だけだろ?」
俺は二人の少女に尋ねた。
「私も同じことを思っていたわ。馬鹿げたルールだって。でも、あなたを見たら理由が分かった気がするわね」
ミノスは眼鏡の位置を直しながら答えた。
「くっ……! 仕方ない! STK、自力で入る方法を探して!」
エヴァンジェリンは、ようやく拘束から抜け出しながら叫んだ。
「二人がいる間に、俺は俺で何とかするよ」
俺はそう答えた。
ミノスとエヴァは先に進み、入口に立っている警備員の前に並んだ。警備員は二人を上から下までじろじろと眺めた。
「身分証明を」
「ミノス。冥界の裁判官よ」
「エヴァンジェリン。サキュバス第三部隊の隊長よ」
警備員は横に一歩ずれた。
「通っていいぞ」
悪魔は腕を組みながらそう言った。
二人は、俺がどうやって中に入るのか見届けようと、待機している俺のほうに視線を向けた。
……
二人がアスモデウスのクラブに入っていくのを見届けた。
「よし、俺の番だな」
俺は前髪を整え、影で目が隠れるようにした。
「フェーズ1、起動!」
俺は隠れていた場所から出て、入口へと近づいた。すると、警備員が俺に気づき、目の前に立ちはだかった。
「身分証明を」
「ああ、そうだな……身分証明、身分証明ね……コホン、コホン」
俺は、誰がどう聞いてもわざとらしい咳払いをした。
「俺は名前も個性もないモブキャラです。簡単に言えば、背景にいるだけのNPC、自己投影型主人公、あるいはエロアニメの主人公……まあ、最初に思いついたものでどうぞ……」
(頼む……これで通じてくれ……!)
首筋を冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、俺は心の中で祈った。
警備員は片眉を上げた。しかし、その頭の中では、俺はあまりにもありきたりで、わざわざ調べる価値もないという結論に至っていた。
「お、オーケー……通っていいぞ。ただし、こっちはお前を監視しているからな」
警備員はそう言って横に退いた。
というわけで、俺は無事に中へ入ることができた。
ミノスのところへ近づくと、彼女は片眉を上げて俺を見つめていた。一方、エヴァンジェリンは目も口も大きく開けて固まっていた。
「ど、どうやって……どうやって……!?」
エヴァは甲高い声でささやいた。
「さあな。正直、俺にも分からん。ゲームでこういうのが通用するって見たことがあるんだよ」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、クラブの中には入れた。アスモデウスがどこにいるのか調べましょう」
そう言うと、ミノスは情報を集めるために歩き去った。
「じゃあな、エヴァ。幸運を祈る」
俺もそう言って、別の方向へ歩き始めた。
サキュバスは首を横に振ると、自分も別の方向へ走っていった。
……
ミノスはクラブの中を歩き回りながら、情報を教えてくれそうな人物を探していた。彼女の尻尾がゆらゆらと揺れている。
額にかかった前髪を整え、赤い瞳で後ろを振り返った。そこには、責任から逃げるために酒場のカウンターへ向かっている自分の人間がいた。
「本当に、いつもくだらないことばかりするわね、STK」
ミノスはため息をつきながらつぶやいた。
彼女は酒瓶を取り出して一口飲んだ。しかし、瓶が空になっていることに気づくと、蓋を閉めてブラウスの下にしまった。
それから、ひときわ目立つインキュバスが座っているテーブルへと近づいた。
インキュバスはワインを一口飲みながら、ミノスが近づいてくるのに気づいた。
「おやおや、これはこれは! あの偉大なる裁判官ミノス様ではありませんか。まさか、私に会いに来てくださったのですか?」
インキュバスは誘惑するような甘い声で言った。
しかし、ミノスはその色気にまったく動じなかった。
「冗談はそこまでにして、本題に入りましょう、サマエル」
ミノスは彼の隣に腰を下ろし、バーテンダーに酒を注文した。
「ある人物について、情報が欲しいの」
「情報ですか? これはまた興味深い。私はいろいろなことを知っていますよ、裁判官殿。しかし、タダというわけにはいきません。世の中、何事にも対価が必要ですからね」
サマエルはそう答え、再びワインを口にした。
「……あなた、私にリンボへ送られたいの?」
「分かりました、分かりましたよ。あなたの勝ちです、まったく。だが、リンボだけは勘弁してください。あそこは退屈と哲学しかありませんからね。それで、誰について知りたいのです?」
「アスモデウスよ……」
……
エヴァンジェリンは、あちこちを走り回りながら、どうにか自分を捕らえた連中から逃げる方法を探していた。連中は彼女を盾として利用しているだけだった。
「おやおや、そこにいるのは……エヴァンジェリンじゃない! こっちよ、こっち!」
明るい声が響いた。
振り返ったエヴァは、テーブルに座っている数人のサキュバスを見つけた。第二部隊のメンバーだ。どうやら、仕事に戻る前の休暇をクラブで楽しんでいるらしい。
「ほらほら、エヴァンジェリン。こっちにいらっしゃい。私は噛みついたりしないわよ……あなたが望まない限りはね」
真ん中に座っている隊長が言った。
エヴァンジェリンはゴクリと唾を飲み込み、早足でサキュバスたちに近づいた。
「み、皆さん、ここで何をしているんですか?」
エヴァはおずおずと席に座りながら尋ねた。
「仕事に戻る前に、ちょっと休憩しているのよ。でも、そんなことはどうでもいいわ。それよりエヴァ、ひとつ聞きたいことがあるのだけれど……あなたの部隊のもう一人の女の子はどこにいるの?」
エヴァンジェリンは、その場で凍りついた。
何と答えればいいのか分からなかった。まさか、二人のうち一人はまだ気絶していて、もう一人はリンボから脱出する方法を探している最中だなんて、口が裂けても言えない。
彼女はSTKのほうを見て、助けを求めようとした。しかし、あの変態野郎はウェイトレスを口説くのに夢中だった。
そして、当然の報いとして、ウェイトレスに平手打ちを食らっていた。
「え、えっと……彼女は……光合成を……?」
……
サキュバスたちは、不思議そうな顔で彼女を見つめた。
(お願いだから、冥界の大地よ……私を飲み込んで……!)
エヴァは心の中で叫んだ。
「そう……光合成ね……。まあ、その話は置いておきましょう。それより、あなたがここにいる理由を教えてくれる?」
「は、はい! 私は人間に付き添って……じゃなくて、誰かを探している人に付き添っているんです!」
「「「人間!?」」」
サキュバスたちは声をそろえて叫んだ。
そして、鞭、網、さらには対人間用スプレーまで取り出した。
「捕まえるわよ!」
隊長が猛々しく叫んだ。
「それから、生命力も吸い取ってやる!」
別のサキュバスが甲高い声で叫んだ。
(……これ、絶対にまずいわ……)
……
俺は平手打ちを食らった頬をさすっていた。
……やっぱり、ああいうことをするのはやめたほうがいいな。
俺はカウンターのほうを向き、水を飲もうとした。
そう、水だ。変かもしれないが、必要なものは必要なのだ。
そのとき、重たい足音が聞こえてきた。
近づいてきたのは、人生に飽き飽きしていて、喧嘩でもしなければやっていられないような酔っぱらいの悪魔だった。
そいつは俺の横を通り過ぎる際、肩をぶつけてきた。そして立ち止まり、振り返って俺を睨みつけた。
「おい! 何のつもりだ、ああ!? 喧嘩を売ってんのか、ガリガリ野郎!」
男は怒鳴った。
だが、俺には分かっていた。こんな奴と喧嘩をしても、何の得にもならない。
俺が何も答えないのを見て、男はさらに腹を立てた。
「おい、てめえ! 俺を舐めてんのか!?」
そして、男は俺を突き飛ばした。
人間の俺と悪魔の男では、力の差がありすぎた。俺はあっけなく床に転がり、前髪はぐしゃぐしゃになり、変装まで剥がれてしまった……。
その場にいた全員が俺を見た。
そして、そこにいたのがNPCではなく、人間だと気づいた。
「侵入者だ! いや、人間だああああ!!」
一匹の悪魔が叫び、ナイフを取り出した。
ほかの悪魔たちも武器を構え、俺に襲いかかろうとしていた……。
(クソが……!)
……
「つまり、アスモデウスはここにいないということね……。時間を無駄にしたわ」
ミノスはため息をつきながら眼鏡を外した。
「そのとおりですよ、愛しいお嬢さん。アスモデウスは城で、淫欲に満ちたパーティーを開いています。あなたたちは、来た場所へ戻るしかありませんね」
「分かったわ。情報をありがとう、サマエル」
ミノスはそう言って立ち上がり、STKとサキュバスを探しに行こうとした。
しかし、そのときだった。
遠くのほうで、大勢の悪魔たちに追いかけられている自分の人間が目に入った。
「……冗談でしょう?」
「おや、人間か。残念ながら、私の好みではありませんね……」
……
エヴァンジェリンは出口を探していた。
そのとき、STKが大勢の悪魔たちに追いかけられながら、彼女の横を猛スピードで通り過ぎた。
「S-STK……」
「いたぞ、人間だ! 逃がすな! あいつは私たちの獲物よ!」
サキュバスの隊長が叫び、仲間たちを引き連れて追跡に加わった。
……
STKは、これまでにないほど必死に走り続けた。
しかし、ついに追い詰められてしまった。
「来るなあああ! 化け物ども! 俺は死にたくないんだよおおお!」
俺は壁に背中を押しつけながら叫んだ。
(もし死んだら、また最初からやり直しだ……。あの三つのエリアを、もう一度通るなんて絶対に嫌だ……!)
「STK、空振りだったわ。アスモデウスはここにいない。戻るわよ」
ミノスは腕を組みながら近づいてきた。その後ろにはエヴァもいた。
「はあああ!? マジかよ!? ふざけんな! だったら、もう生きてる意味なんてねええええ!!」
俺は叫んだ。
そして、悪魔たちが一斉に俺へと飛びかかってきた……。
【システム】
死亡を確認しました:群衆による殺害……
累計死亡回数:9回




