9. 準備、着々
鍛錬に次ぐ鍛錬でこれ以上ない魔法の力を手に入れる傍ら、リンティアナは皇女として必要最低限の社交や公務もこなした。
通常、皇族は十五歳前後のデビュタントを待たずに上位の貴族たちとコネクションを築くものだが、鍛錬優先で顔見せ程度にとどめた結果、かえって貴族の間で『第八皇女は皇帝が外に出したがらない皇家の至宝』として注目を集めることになってしまった。
前世の知識を利用して兄姉が手掛ける事業やら国政やらに口を出したのも、注目に拍車をかけることになった。
公衆衛生や公共事業、土壌改良に食生活改善、前世料理レシピの提供、果ては船乗りの間で恐れられていた壊血病の解決。
いわゆる『前世の知識で内政チート』というやつだ。魔王討伐後も生き残る前提なのだから、国は豊かで平和であるに越したことは無い。
『原作』の残り二人のヒロインである聖女と元盗賊にも出会った。いや、正しくは『お使い』の力で二人を見つけ出し、接触した。
聖女は郊外の安い娼館に、元盗賊は貧民街にいた。お世辞にも良い暮らしをしているとは言えない状況だった。
当時のリンティアナは十三歳。桃色の髪に濃い桃色の瞳の聖女ミアは二十歳で、真っ白な髪に小麦色の肌、そして青紫の瞳を持つ流民の元盗賊ナディアは十四歳だった。
原作通りなら、あと数年もすれば二人はそれぞれ神殿と影にスカウトされる。魔王を倒すため、世界を守るための尊い犠牲として。
(そんなこと絶対にさせないわ。こんな、幸せとは言い難い暮らしをしてきた子たちに、更に世界を背負わせるだなんて……。前世から数えれば五十路の大人としても、この国の皇女としても到底認められないわよ。ついでに顔だけ勇者の犠牲者は一人でも少ない方が良いし!)
リンティアナは鑑定で二人のスキルを明らかにし、神殿や影よりも早く保護することに成功した。『聖女』と『盗人』は古来より魔王討伐に必要なスキルとされているため、どこからも反対は出なかった。
実際にはリンティアナは一人で魔王を討伐するつもりなので、彼女たちを戦力として見込んでいたわけではないのだが。神殿も影も勘違いさせておいた方が都合が良いので、黙っておいた。
ミアも、ナディアも、二人とも思っていた以上にパンチのある性格だった。
当初はリンティアナも面食らってしまったほどだ。だが、ミアの歯に衣着せぬ物言いは心地良かったし、ナディアもなかなか懐かないノラ猫のような愛らしさがあって、三人は紆余曲折の末に少しずつ親交を深めた。
そうこうしているうちに落日がごとく時が流れ、気付けばリンティアナは十八歳になった。
二十五歳と女盛りの聖女ミアは自ら『性女』と名乗り、聖女としての務めの傍ら、国の公共事業でもある高級娼館を取り仕切る敏腕女主人かつ圧倒的ナンバーワン嬢として帝都で知らぬ者はいない稀代の存在となった。
十九歳になった元盗賊ナディアは、本人の強い要望により、厳しい鍛錬を積んでリンティアナ直属の『お使い』をしてくれている。
こうして原作に関する憂いを祓い、リンティアナは満を持して魔王討伐へと向かったのだが。
出発前にはアルトランテと一悶着あった。一人で行くつもり満々だったリンティアナを立ち塞ぐように、アルトランテは扉の前で腕組みをし、仁王立ちでこう言った。
「置いていくなら殺してください」
「何それ怖い……」
仕方なく、リンティアナはアルトランテに同行許可を出した。
とんでもなく危険な死地に赴くというのに、目を輝かせて心底嬉しそうに身支度をするアルトランテを見ていると、何だか肩の力が抜けた。
正直に言えばかなり心強くて嬉しかったのだが、言うと調子に乗りそうなので言わないでおいた。
ミアの聖魔法を込めた魔道具をこれでもかと持参し、ナディアに教わった罠解除や探索魔法のコツを駆使して、リンティアナは史上最速怒涛の勢いで魔王に迫った。
そして魔王ジスティリオールとの七日七晩に及ぶ死闘……というよりも、ほぼリンティアナの一方的な蹂躙の末、魔王をテイムすることに成功。
(少し強くなりすぎたか……)などと少年漫画のような台詞を思い浮かべてしまうほど、力量差は歴然としていた。
それでも、やはり魔王を霧散させることは勇者の聖剣なくしては出来ないようだった。
少し残念に思ったものの、思いがけず最強、いや、最凶の従魔を手に入れたのだから良しと思うことにした。
ちなみに、魔王をテイムしたときにリンティアナのスキルが進化し、魔法帝から大魔法帝へとレベルアップした。
こんな展開は当然だが原作にはなかった。それどころか歴史上でも未だかつて大魔法帝が存在した記録はなく、すこぶる面倒な匂いがするので家族以外には秘密にしている。
更にちなみに、ミアもいつの間にか大性女ならぬ大聖女になっていた。連日満員御礼でひっきりなしにお呼びがかかる娼館勤務の影響なのか、それとも併設した施療院で聖魔法を駆使して民を治癒してきた影響なのか、定かではない。これもまた、原作や歴史にない異例の事態だった。
何はともあれ十五年の月日を経て、リンティアナはようやく第二の人生のスタートラインに立った。
ここから先は全て未知の世界。原作にはない『エンディング後の世界』だ。前世では縁が無かった幸せな結婚をするべく、文字通り血反吐を吐きながらここまで頑張ってきた。
魔王を倒し、顔だけ四股勇者を退け、諸々の心残りも片付けて順風満帆。満を持していざ婚活だ、とリンティアナは意気込んだのだが……。
「何でよぉ!?」
美辞麗句が並ぶ『お断り』の手紙を握りしめ、リンティアナは天を仰いで叫んだ。美しい翡翠色の便箋が、手の中でぐしゃりと哀れに鳴いた。




