8. 運命、邂逅
少し癖のある黒に近い灰色の髪。
涼やかな青緑色の瞳。
知性を感じさせる華奢な金縁の眼鏡。
当時十歳のアルトランテは、あと十年もすればそれは完璧なインテリ系美青年になるだろうと予感させる美少年だった。
筋金入りの面食いのリンティアナが嫌いなわけがない。むしろ大好きだ。シックで涼し気な色合いも、ともすれば目つきが悪く見えそうな形の瞳も、まさにドストライクだった。だからこそ強く警戒した。
この頃のリンティアナは前世のトラウマのせいで『顔の良い男を見たら泥棒と思え』と思って生きていたので、あまりの好みの顔に危機感を覚えてしまったのだ。
この顔で甘い言葉を吐かれでもしたら、コロッといってしまう可能性がとても高い。それは非常にまずい。魔王を倒すという目標を達成するまでは、何としても正気を保たなければならないのに。
「……ねぇ、その顔であんまり格好良いこと言わないでね」
リンティアナからの唐突な第一声に、アルトランテは無表情のまま静かに目を瞬いた。
「……何故でしょうか」
「詳しくは話せないんだけど、私の前世の業のせいなの」
「前世の業」
「そう」
真面目な顔でこくりと頷くリンティアナに、アルトランテは少し視線を彷徨わせてから溜息を吐いて言った。
「はぁ……わかりました」
実際には何一つわからなかったし、心の中では「何言ってんだコイツ」とすら思った。
「え、溜息ついた? 皇女だよ? 流石に不敬じゃない?」
「すみません、ちょっと面倒くさ……いえ、頭大丈夫かなと思って」
「ええ~、どうしよ、不敬が過ぎる」
顔合わせからこの調子で、ダンテ家の使者たちは「こ、皇女殿下に何てことを……!」と青ざめていたが、母皇妃は「このくらい胆力があった方が良いわ。ただし、公の場では弁えるように」と笑っていた。
そうしてリンティアナの隣にアルトランテが加わり、新たな体制での生活が始まったわけなのだが。まだ十歳ながら既に『影』の一員として活動をしていたアルトランテには、年相応の子供らしさは皆無だった。
泣きも笑いもせず、体温の感じられない無表情がデフォルト。感情を出せと言われれば完璧に出して見せるが、その全てが良く出来た仮面だった。
最上級の暗殺スキルと豊富な魔力を生まれ持ち、そのせいで幼い頃に孤児院に預けられたという生い立ちのせいか、当時のアルトランテはすっかり人間不信をこじらせていた。おまけに生来の性格も、どちらかというと悪かった。
とはいえ、僅か数年でダンテ家が運営する影の養成所を歴代最速・最年少で卒業した実力は伊達ではなく、護衛としても従者としてもアルトランテは有能だった。
だが、その不遜気味な態度もさることながら、リンティアナのことを『レアなスキルを授かっただけの、溺愛され甘やかされているワガママな末っ子』だと認識していたことは、大きな難点だった。
当然と言うべきか、従者として付き添い始めた当初は、二人の相性は最悪だった。
幾度となく衝突し、その度に慇懃無礼な態度でのらりくらりと躱すアルトランテに、リンティアナは前世から四十数年分の年甲斐もなく憤慨することが多々あった。
それが変わったのは、アルトランテが着任してから初めて、鍛錬中にリンティアナが重傷を負った時だ。
七色の瞳を閉じ、傷だらけで力なく横たわる小さな体を見て、アルトランテは目の前の主がまだたった五歳であることを強烈に実感した。そして同時に、リンティアナの覚悟の強さを見誤っていた自身を、強く恥じた。
過酷な訓練を受ける『影』ですら眉を顰めるほどの壮絶な鍛錬も、何度死にかけても立ち上がるリンティアナの必死さも、当時のアルトランテには全く理解できなかった。
だから聞いた。
勇者を強く鍛え上げて、自らも死なずに済む道を目指せば良いのではないか、と。
けれど何度聞いてもリンティアナの答えは「魔王は私が倒す」と頑なで、いつしかアルトランテはその訳を知りたいと感じるようになった。そんな感情を、興味を、他者に感じたのは生まれて初めてのことだった。
半年が経つ頃にはアルトランテの無礼な態度は随分とマシになり、リンティアナに対して認めざるを得ない尊敬と慈愛を感じ始めていた。
そうして、リンティアナの六歳の誕生日の夜、とある事件をきっかけに号泣しながら前世の記憶を打ち明けられたとき、アルトランテはこの方に生涯を捧げようと心に誓い、リンティアナにとっても決して替えの効かない存在となったのだ。
それからの日々は順調だった。アルトランテの存在がリンティアナの精神状態を落ち着かせたのか、少しずつ魔力制御も出来るようになっていった。
父皇帝の許可を得て(というか強奪して)国宝『ラウレンティアの涙』を軸とする魔法の杖を作ったのもこの頃だ。
六歳のリンティアナの手のひらほどはあろうかというその大きな宝石は、初代皇帝の相棒だった従魔、聖龍ラウレンティアが残した聖遺物だ。
この世界の宝石は、ほとんどが魔獣から採れる魔宝石のことを指す。強く稀少な魔獣であるほど、その魔宝石は美しく、付加能力も高い。
ラウレンティアの涙は無色透明ながらも陽の光を受ければ七色に輝き、膨大な魔力を蓄積・拡散できるとびきり優秀なダイヤモンドの魔宝石だ。単体でも十分すぎる威力があるが、リンティアナはそこにアルトランテから贈られた魔宝石を追加した。
山間の水辺に棲む大型魔獣から採れる、青緑の遊色が美しいブラックオパール。
大人の親指の爪ほどの大きさで、ちらちらと瞬く閃光のような輝きが特徴的なこの石は、アルトランテが大怪我をしながら自ら採取してきたものだ。
持ち主の自己肯定感を高め、自然治癒力を強化する効果を持つ。当時のリンティアナにはうってつけの石だった。
これ以上ない杖を得たことで、リンティアナの力は一層安定した。
七歳の誕生日を前に皇宮の筆頭魔法師を軽々と追い越す圧倒的な才を覚醒させ、魔法帝のスキルは伊達ではないのだと知らしめた。
必然的に鍛錬も更に高度になり、最早まともに相手を出来る者はいなくなった。戦闘系スキル最上位の『軍神』を持つ帝国騎士団長や、戦闘系最上級スキル『英雄』を持ち、帝国騎士団員として名を馳せる三番目の兄の手を借りて、実戦さながらの戦闘訓練を積んだ。
そうして数年。死にかけること、実に千回以上。
原作では死に際に身に着けるはずの極大魔法もいつの間にか会得していた。
「あ、これできるな?」と思って試しに撃ったら本当に出来てしまい、魔法強化されているはずの鍛錬場を全壊させてしまったのだ。
皇宮筆頭魔法師の「もう皇女が何をしても驚きません……」と言いたげな微笑が印象的だった。




