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7. 兄の目、神の眼

 

 一通りの計画を打ち明けた後、早速準備に取り掛かろうとめいめいに席を立つ。ようやく父の膝から解放されたリンティアナに、ユヴェーレンがずいと歩み寄った。


「それにしてもさ。何かリン、話し方も考え方も随分と大人みたいだよね。魔法帝って皆そんな感じなの?」


「……しょ、しょんなかんじでしゅ」


 まぁ嘘だが。

 前世から合わせて約四十年分の経験値のおかげなのだが。


「ふぅん……ね、ちょっと見てもいい?」


「えっ」


 返事を待たずに、ユヴェーレンは掛けていた眼鏡を外してリンティアナをじっと見た。


 キンと音がしそうなほどに魔力を集中させた青い瞳。

 前世で見た地球の画像を彷彿とさせるような、きらめく青い惑星のようなその目は、唯一無二の特別な力を宿している。鑑定で知ってはいたが、発動するところを直に見るのは初めてだ。


(おお……これが『神の眼』かぁ)


 ユヴェーレンは、皇帝の雷魔法や皇太子の氷魔法のような攻守に優れた魔法適性は持たない。だが、その代わりに最上位の鑑定魔法スキル『神の眼』を持って生まれた逸材だ。


 この世界には星の数ほど多種多様なスキルがあり、同系統のものでも能力の程度には差がある。

 下級から上級、最上級、そして最上位と、明確にランク付けがなされている。下級から上級までは鍛錬の度合いによって実力が前後することもあるが、最上級以上は全く次元が異なる。努力で超えられる域ではなくなるのだ。


 リンティアナの『魔法帝』や、父皇帝の持つ『雷帝』のように、系統内の頂点に立つ最上位のスキルには固有の通り名がある。なかでも『神』を冠するものは、いずれも絶大な力を持っている。神の眼、神の癒し手、軍神などがそうだ。


 リンティアナの十一人の兄姉のうち、最上位のスキルを持つ者は五人。その内、神を冠する通り名を持つ者は二人いる。その一人が『神の眼』を持つユヴェーレンだ。


「リン、動かないでね」


「ひゃい……」


 蛇に睨まれた蛙ならぬ、兄に凝視される妹。

 透き通るような深い青の瞳は底が知れず、まるで全てを見透かすかのような不思議な圧がある。だが、最上位の『神の眼』といえど、鑑定魔法は原則的に上位のスキル持ちには通用しない。


 魔法帝は全ての魔法の頂点に立つ存在のため、恐らくユヴェーレンの眼をもってしてもリンティアナが転生者であることまでは見抜けないだろう。が、緊張するものは緊張する。特にやましいことがあるわけではないが、それでも。


(前世でも、警察って聞くと悪いことしてなくてもドギマギしたなぁ……)


 穴でも開けようとしているのかと思うほど見つめてくるユヴェーレンの視線を受け止めながら、リンティアナは内心で冷や汗をかいた。


『神の眼』を持つ者に嘘は通用しない。政治の中枢にある者にとって、これ以上ないほど頼もしいスキルだ。だが、同時に畏怖の対象でもある。

 ユヴェーレンは周囲の心の安寧のために、普段は自身の鑑定魔法を阻害する魔道具の眼鏡を掛けている。そうでもしないと家族以外は誰もユヴェーレンに近寄ろうとしないからだ。


 たっぷり数分間見つめた後で、ユヴェーレンは諦めたように小さく溜息を吐いた。


「うーん、やっぱりよく見えないや。まぁ、俺にできることがあったら言ってね。リンのためなら何でもするよ」


 そう言いながら、ユヴェーレンはにっこりと破顔した。

 良かった。流暢に喋って宙に浮く三歳児の違和感は、何とか誤魔化せたようだ。




 ***




 父や兄たちの協力を得て、勇者の手を借りずに魔王を倒すべく、リンティアナの修業が開始された。

 まず、元皇家直属諜報部隊『影』のエースで、父皇帝の凄腕護衛でもあったというトンデモ経歴を持つ実母、皇妃リーリアの力を借りた。


 現役を退いても尚衰えを見せない技術もさることながら、実母であるからこそ末っ子皇女に対して鬼のように厳しく接することが出来る唯一の存在だ。


 諸々の説明をして助力を仰いだところ、母皇妃は二つ返事で了承してくれた。むしろ「私以外の誰が出来るというの」と、かなり乗り気だった。


 基礎体力向上のための訓練をメインに指導してもらったのだが、およそ三歳児に相応しいスパルタ具合ではなく、皇宮の騎士や魔法師たちが何度も止めに入る事態となった。


 擦り傷や打撲は当たり前。ときには骨折寸前の重傷も負った。そうしたときは治癒魔法を得意とする第一側妃と、その娘でスキル『神の癒し手』を持つ六番目の姉の力を借りた。

 ひとつの傷痕もなく修復されていく身体を見て、リンティアナは(やっぱ治癒魔法便利だな~。私も鍛錬で強化しよ!)と何度も思った。


 現代日本で培った感覚からすれば、幼児に過酷な訓練などもってのほかだ。だが、ここは異世界で、リンティアナは自身が生き残るために少しでも強くなる必要があった。

 そのための訓練だと思えば耐えられたし、余計な不安に苛まれる暇がないのは、むしろ有り難かった。


 周囲も、恐らくは実母である皇妃も、本当は幼子の痛々しい姿に心を痛めていただろう。それでもリンティアナを止めなかったのは、リンティアナ自身の強い意志と、皇族として世界の救世主となる魔法帝を強く育て上げねばならないという責務からだ。


 一年が経つ頃には、本格的な魔法の鍛錬も始めた。

 皇宮の筆頭魔法師の教えを受け、生まれ持った膨大な魔力を制御する方法を学んだが、これがなかなかに難関だった。魔法帝だからといって最初から何でも上手くできるわけではないのだ。


 そうして五歳になる頃、リンティアナに大きな転機が訪れる。従者を得たのだ。


 その頃のリンティアナは、とにかく焦っていた。魔力の制御が思うように出来ず、代償のように連日高熱を出し、それでも何もせずにはいられずに重い体を引き摺って鍛錬を続けていた。


 そんなとき母皇妃から「そろそろ専属の従者を付けようか」と提案を受けたのだ。


 リンティアナは一も二もなくその提案に飛びついた。『原作』のリンティアナには従者など描写されていなかった。だからこそ、今後のことを考えて少しでも原作との相違点を作っておきたいと思ったのだ。


 そうして出会ったのが、母皇妃の生家で『影』の元締めでもあるダンテ子爵家の養子、アルトランテ・ダンテだった。


(めちゃくちゃ美少年だけど……なんだこいつ!)


 それが、リンティアナがアルトランテに感じた最初の感想だった。


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