6. 魔法帝とは
スキル『魔法帝』を持つ者は、数百年に一度エリュシオン帝国でのみ生まれる。
その理由は解明されていないが、エリュシオン帝国の初代皇帝が史上初の魔法帝だったことに由来するのでは、という説が有力だ。
『勇者』や『聖女』など、一部のスキルとともに魔法帝は『ドゥームド』と呼ばれている。『運命付けられた者』という意味の俗称で、この世界にとって明確な役割を持つスキルをこう呼ぶのだ。
勇者は魔王を倒すために、聖女は世界を癒すために存在する。では、魔法帝は。
(スキルを発現したときに何故か『わかった』のよね……)
リンティアナは心の中で小さく溜息を吐いた。
魔法帝とは、守る者。
類稀な魔法の力で世界を守るために存在する。故に『魔法帝』のスキルを持って生まれた者は皆、世の安寧と引き換えに命を落としている。数千年の間、一人の例外もなく。
それは『魔法帝が生まれた年代には必ず世界的な脅威がある』ということでもあった。
魔王の復活、あるいは未曾有の天災、あるいは全世界を巻き込んだ大戦。いずれにせよ、世界の存続を脅かす大きな脅威が、もうすぐそこに迫っている。魔法帝の出現とはそういうものだった。
父や兄たちが顔色を悪くするのも無理はない。魔法帝とは、生まれながらに世界のための死を決定付けられている存在なのだから。
原作のリンティアナが家族から腫れ物のような扱いを受けていたのも、どこか卑屈で自暴自棄な面があったのも、きっとそうした背景があったからなのだろう。
「クソッ、なんで……っ」
お前なんだ、という言葉をユヴェーレンは飲み込んだ。
リンティアナではなく、他の誰かなら良いという話ではない。それは妹の代わりに誰かに死ねと言うのと同義だ。
唇を噛みしめて堪えるユヴェーレンに、リンティアナは虹色の瞳を不敵に輝かせて微笑んだ。
「おにしゃま、だいじょうぶでしゅ。わたちはじぇったい、いきのこる。しょれでこんどこしょかならず……かならず……」
ふるふるとリンティアナの小さな体が震える。寒いわけでも、怖いわけでもない。これは武者震いだ。
ブォンッと小さな拳を突きあげ、リンティアナは精一杯の大声で叫んだ。
「かならず! しあわせなケッコンをしゅるんだぁあ~~!!」
だあぁ、だあぁ……と執務室内に木霊する三歳児の力強い決意。
およそ幼児が掲げる目標ではないが、あまりの気迫に父も兄たちも突っ込む余裕は無いようだった。それどころか、溺愛する末っ子の発した『結婚』という現実的なワードに心を抉られてしまったらしい。
「……け、けっこん? リンたんが結婚? お嫁に、いく……?」
焦点の定まらない目でそう呟きながら、壊れた玩具のようにぎこちない動きを見せる皇帝。
「大変だ、父上がおかしくなってしまった」
「いや兄さん、俺もおかしくなりそう。リンがどこの馬の骨ともわからない男に嫁ぐなんて考えただけで吐き気が……オエッ」
「しっかりしろ、ユヴェーレン……オエッ」
(兄たちよ、お前らもか!)
リンティアナは心の中で冷静に突っ込みを入れた。
末っ子溺愛を隠そうともしない父については予想の範囲内だが、兄達もなかなかに度を越したシスコンのようだ。
何を隠そう、リンティアナの今世最大の目標は『顔だけじゃない人を好きになって幸せな結婚をする』ことだ。
前世では深刻な面食い癖のせいで碌な目に遭わなかった。自業自得とは言え、流石にクズ男のせいで理不尽な死に方をしたことは悔やんでも悔やみきれない。
(でも……!)
小さく柔らかな自身の掌を見つめ、ぎゅっと握る。
顔だけのクズ男に搾取されまくる都合の良い存在だった以前とは違う。前世の死に際に目を覚ますことが出来たし、今世はこの容姿に地位、そして強力な魔法がある。
皇位継承権を持つ皇族で、稀代の魔法帝でもある以上、政治的な意味では色々な制約がありそうではあるが。最終的にはゴリ押しで何とかなるのではないかとも思っている。何せ皇帝がこの溺愛ぶりだ。
(絶対に、顔だけ四股クズ勇者のために死んだりなんかしない。魔王は私が倒す。そして今度こそクズじゃない人を好きになって、幸せな結婚をする!)
激流のような強い決意が小さな体を駆け巡り、溢れ出た魔力が虹色の火花となって宙を舞う。
「うわっ、リンたん魔力抑えて! パパの執務室が黒焦げになっちゃうよ!」
「ほう、綺麗だな」
「暢気なこと言ってないで消して、兄上!」
あわや皇帝の執務室に放火するところだったが、氷魔法スキルを持つラインハルトのおかげで事なきを得た。
威厳に満ちた執務室のそこかしこが水浸しになり、ところどころ焦げてもいるが、この程度なら城の魔法修繕部に頼めばあっという間に修復されるだろう。
火花を逃れ無事だったソファに皆で座り、話の続きをすることになった。
ローテーブルを挟んで兄たちが向かいに並び、リンティアナは父皇帝の膝に抱っこされている。
本来なら、やや鬱陶しいこの父の膝抱っこなど全力でお断りしたいところなのだが。つい先ほど父の馬鹿みたいに高そうな外套をだいぶ焦がしてしまったので、謝罪の意をこめて大人しく従っている。
「おとしゃま、おにしゃま。わたちがうまれたということは、このせかいの、ききがちかいでしゅ」
リンティアナは真剣な顔で言った。父も、兄たちも神妙な顔つきになる。
皇帝が腹を括るようにフッと息を吐き出し、膝の上のリンティアナに問うた。
「その危機とは、何だかわかるか?」
「あい。まおうの、ふっかつでしゅ」
「やはりか……。そろそろだろうとは思っていた」
この世界の魔王とは、決して消滅させることが出来ない存在だ。
勇者の聖剣によって霧散させることが精いっぱいで、膨大な時間をかけて寄り集まり、数百年を経て復活する。その周期はおよそ五百年。皇家秘伝の記録によれば、前回の魔王復活は四百六十年前だ。
「次の復活は、俺の代かと思っていたのだがな……」
形の良い眉を歪め、ラインハルトが苦々し気に呟く。想像していたよりもずっと猶予が無いことを悟ったのだろう。
隣に座るユヴェーレンも眉を寄せて思案していたが、ハッと思いついたように顔を上げた。
「そうだ! 魔王の復活が近いってことは、勇者と聖女も生まれてるはずだよね!?」
「おお、そうだな! 早速捜索をしよう!」
ユヴェーレンの言葉に、皇帝も大きく頷く。
(えっ、ちょっと待って)
リンティアナは慌てて、腰を浮かせかけたユヴェーレンを押し留めた。
「しょれにはおよびましぇん!」
小さな掌をいっぱいに広げて『待て』をかける。
(勇者とは出来るだけ会いたくないんだから、余計なことされたら計画が狂う!)
今のリンティアナはクズ男に屈さない強い意志を持っているが、謎の原作強制力が無いとも限らない。顔を見た瞬間に我を失ってベタ惚れしてしまう……なんて可能性もゼロではないのだ。
勇者との接点は出来るだけ少ない方がいい。出来ることなら一生会いたくない。そのためには『勇者が必要無い状態』にするのが一番だ。つまり。
「まおうは、わたちがたおちましゅ!」
静かに、けれど力強く宣言する。その決意を表すかのように、リンティアナの瞳の奥で七色の炎が躍るように輝いた。
「え、倒すって……リンたん一人で?」
「ひとりで!」
「そんなことが出来るのか?」
「できりゅ!」
「でも伝承では勇者以外には倒せないって」
「できりゅったらできりゅ!!」
「言い切ったよこの子……」
父も兄たちも、想定外の言葉に呆気に取られているようだ。無理もない。これまで魔王は勇者にしか倒せないと言われてきたし、実際に勇者以外が魔王を倒せた例もない。
「まおうをたおちて、わたちもじぇったい、いきのこりゅ! そのために、きょうりょくちてほちいのでしゅ!」
そう言って、リンティアナは父と兄たちの目を真っすぐに見た。三歳児とは思えぬ強い目力に全員が圧倒されてしまう。
「……勿論、リンたんが生きるためなら、どんなことでも協力するさ」
ほんの一瞬だけ瞳に切なさを滲ませて、皇帝はリンティアナをぎゅっと抱きしめた。兄たちも力強く頷く。
「さぁ、パパはまず何をすればいいのかな。考えていることがあるんだろう?」
「……あい!」
抱きしめる腕の強さと温かさに、リンティアナも少しだけ涙腺が刺激されてしまった。気を取り直して打倒魔王のための修業計画をあれこれと発表し、父や兄たちは全面的に協力すると約束してくれた。




